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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年10月

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2017.10.30 月曜日 サキの日記 秋浜祭

 去年は土日に開催していた秋浜祭は、今年はハロウィン当日に合わせて今日と明日行われる。そのせいか、去年以上にコスプレの人が多かった。休日を避けたのは混雑を緩和するためでもあったらしいけど、その試みは完全に失敗。今日でこの人混みなんだから、ハロウィン当日の明日はもっとすごいことになるだろう。

 学校は、なんと休み。

『町の大切な行事だから』だそうだ。


 ステージで歌った。

 この私が。大勢の人の前で。


 死ぬほど緊張したし、歌ってる間足が震えた。

 でも歌えた。

 最後まで歌いきった時、客席に結城さんがいるのが見えた。

 そう、あれは絶対結城さんだった。

 アイドルを見るような楽しそうな顔でこっちを見ていた。

 何度か目が合った。

 歌い終わってすぐ客席まで走っていって結城さんを探したけど、その時にはもう、どこにも、いなかった──

 でも、あれは絶対結城さんだった。

 結城さんが、私を見に来てくれた。

 奈々子ではなく。


 一番の大仕事を終えて力が抜けてしまい、その後はずっとレストランのブースでコーヒー飲んだりカレー食べたりしながらぼーっとしていた。ヨギナミ、もうレストランでは働いてないはずなのに、レストランのブース手伝って、シェフらしき人と楽しそうに話していた。

 所長はステージが始まる前からずっと近くで見守ってくれていた。でも、私は結城さんを見かけたことで頭がいっぱいで、『結城さんが、結城さんが!』みたいな話ばかりしてしまったので、今思うと悪かったなと思う。

 佐加とあかねは今年もホラー映画のようなコスプレをしていた。あかねがビキニでゾンビやってたので『それ寒くないの?』と言ってたら雨が降ってきて、やっぱり寒かったらしく震え始めて、平岸パパの車で早めに帰った──と思ったら、ゴスロリみたいなフリフリのコートを着込んでまた来て、佐加と一緒に大人からお菓子を巻き上げていた。


 サキ君、すごいじゃない。


 所長がそう言ってくれた。


 あんな大勢の人の前で平気で歌えるなんて。しかもものすごく生き生きした表情をしていたし、パフォーマンスの才能あると思うよ。


 平気だったわけじゃない。めっちゃ怖かった。でも、思ったよりは、人前に出ても平気だなと思った。もとはといえば奈々子のせいで出るはめになったステージだけど、おかげで自分の以外な一面を発見できた。

『大勢の人の前に出ても、わりと大丈夫』ということに。

 とはいえ、今日の秋浜祭は人が多すぎる。祭りとは関係ないただのコスプレイヤーがたくさん集まって、それぞれが勝手に騒いでる感じ。とてもうるさい。

 所長はずっと、ノイズキャンセルのヘッドホンをしていた。

 そういえば去年は、先輩達がこの騒ぎを嫌って図書室に集まってたって修平が言ってたな。もっとローカルな祭りだった頃はよかったのにって。昔は、祭りはその地域の人だけのものだったのかもしれない。でも今はSNSで何でも拡散するから、どこかで祭りがあれば世界中から人が来てしまう。

 それで修平のことを思い出したので、今日撮った写真を送ってあげた。

 夜になってから、


 俺も幽霊にでもなって祭り会場に行きたいよ。


 とか言ってきたから、とりあえず『死ぬな、生きろ』と返事しておいた。さっき見たら『まだ死ぬ気ぜんぜんないから』と言ってきていた。

 レストランのブースでぼーっとしてたら河合先生が来て、歌うまかったなとほめてくれた。自分で作った曲かと聞かれたので『幽霊作です』と言ったら変な顔された。その後藤木と佐加のお母さん達が来て、『いい曲だったわ、誰の曲?』と聞かれたので『友達のです』と答えておいた。その後、知らないおじさんやおばあさんからも『いい曲ね』と言われた。

 奈々子、才能あったんだな。

 ちょっと惜しい気がする。生きていたら歌で成功したかもしれかい。私よりずっと歌うのうまかったし。

 私はふと、30年前とか50年前の秋浜祭はどうだったのかなと考えた。当時ここを歩いて祭りを楽しんでいた人の半分くらいは、もう生きていない。でも人が入れ替わっても祭りは続いている。

 会場の多くの人の人生の過去に、さらにいろんな人の存在があって──その数の多さ、一つ一つの人生の重さを考えると、気が遠くなりそう。

 今、ここでこれが行われているってことが、どれだけ奇跡か。

 そんな話をしてたら、ホンナラ組が走ってきて、


 杉浦が詩吟の会のメンバーを連れてやってきたぞ!

 逃げろ!捕まったら詩を書かされるぞ!


 と叫んだ。ちょうど帰ろうかなと思っていたので、所長と一緒に秋倉町唯一の個人タクシーである宇海さんの車で帰った。昭和風のタクシーなんだけど、車体がすごいピンクで、宇海さんが着てるスーツもピンクだった。なんかすごいこだわりがあると思った。

 結城さんはもういない。

 タクシーに乗ってたらそれを実感して悲しくなってきた。車に乗せてもらった時の思い出がいろいろよみがえってきた。悪口を言いながらも、ちゃんと送り迎えしてくれてたなと思って。

 所長も、結城さんのピアノにはさんざん苦しめられたけど、無償で車出してくれてたのはありがたかったし、


 あいつガソリン代とかいろいろ無理してたんじゃないかな。


 と心配していた。

 私、自分で運転免許取ろう。大学に受かったら。

 人の車じゃなく、自分で運転してあちこちに行けるように。





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