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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.22 サキの日記



 掃除したかったら勝手にしなさい。欲しいものがあったら、あげる。もう使わないから。



 クローゼットのホコリについて聞いてみたら、母から、驚異的にどうでもよさそうなメールが来た。ほんとに服に興味ないんだなと改めて実感。



 でも、扉の中のものは触らないで。



 パーソナルな方が大事らしい。

 あの扉の中、探りまくったから物の場所が変わってるかもしれないと思い、ファミコンを元の場所に戻し、思い出せる範囲で片付けておいた。


 所長と雪ダルマの話をしていたら、誰か訪ねてきた。

 照明のさわのんだった。5つ年上だけど、たぶん寝不足の私より若く見える。目がまん丸って感じで大きくて、かわいい。

 近くを通ったから寄ったというけど、たぶんカントクか誰かに言われて、私の様子を見に来たんだと思う。別にさわのんなら楽しいから来てくれるとうれしい。付き人だったら蹴ってるが。


 掃除しようとしてたと説明してクローゼット部屋のドアを開けたとたん、さわのんが悲鳴をあげた。



 エルメスに埃が!!

 はたき!!早く!!



 さわのんは鬼のようにハンガーラックをたたきまくり、いちいちブランドの名前を叫び(もしかしたらデザイナーの名前かもしれないけど、私はよく知らないので区別できない)もうもうと舞い上がる埃に咳き込んだかと思うと『空気清浄機持ってきて!!』と金切り声で叫んだ。

 私は『そんなものうちにあったっけ?』と思いながら家の中を探し回り、なぜかバカの部屋で古いのを一台見つけて引きずって行ったら『それ除湿器じゃん!!洗濯物のマークついてるし!!』と叫ばれ、それから、大気汚染と放射能とダニと埃が美容にもたらす影響を延々と語られた……服にブラシかけろと命令されながら。


 まさか照明が、ブランドと空気に厳しかったとは。



 言われて初めて気がついたが、うちには、ダニや埃に敏感な人はいない。意識したことも言われたこともない。自覚していなかった我が家の恵みを発見。でもさわのんに言わせると、

『今すぐ空気清浄機買え』

 だそうだ。わざわざおすすめの機種を検索して見せてくれた。もう忘れたけど。



 部屋を掃除して空気をきれいにすると、運が良くなるの。



 ハイハイ。

 埃が舞うクローゼットではたきを振り回して怒っていても、さわのんは輝いている。好きな仕事をしているからか、もともとかわいい属の人間なのか。同じ人間の女類に属しているとは思えない。たぶん私の知らない別な類か科があるんだろう。



 私は古本屋の娘に生まれたかった。

 無口で大人しい両親が店番をしてて、

 私は店のミステリアスな本を読み放題。

 なんて素晴らしい幻想。



 ホコリを始末し終えた私たちは、近所のコーヒーショップで休憩。さわのんは母のジャケットと靴(サイズ同じらしい)を勝手に身につけていた。自由すぎ。私は無理やりかぶせられた、似合いもしないカーキの女優帽を頭に乗せていた。つばが広すぎて、コーヒーに口をつけるたびにバランス悪くて邪魔。でもさわのんは似合うと言い張る。100%お世辞だろうけど悪い気はしない。



 少しは服に興味持てばいいのにと、今まで何度も何度も言われたお説教は無視。私と母は違う属ですからと言ったら、ゾクって何?と素朴な顔で聞かれた。かわいい。その顔かわいい。でもそれ、それなの!!属が違うって意味は!!


 私は、笑わない属のホンノムシ科に属している。



 戻ってから、さわのんは好きなだけ母の服を試着し、私にまで無理やり着せ(悲しいほど似合うものがない)夕方に帰っていった。たぶんこれから何かあるんだろう。仕事か、用事が。



 私はまたクローゼット部屋に一人で戻り、さっきのカーキの女優帽をかぶって鏡を見た。


 やっぱり間抜けな感じがする。

 でも、さっきよりは私に合ってる気がした。出かけてる私じゃなくて、一人で考えている私のほうが、帽子も合うみたいだ。



 母に、この帽子もらっていい?とメールしたら、




 いいよ、いらないから。

 そんな大きいの、普段かぶってたら邪魔じゃない?




 という返事が、眠りに落ちる直前に来た。


 やっぱり私の親なんだなと思った。




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