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“禁術”への誘い そして……


 傭兵さん達に教えてもらった宿は、オススメなだけあって大きな個室を沢山構えた綺麗なところだった。


 受付からして空気が違うし、従業員達は皆ハキハキとした声で、にっこりとした笑顔が好印象だった。

 更にサービスも良くて、部屋までお荷物をお持ちします、だなんて言ってくれた。


 その時は焦って断ってしまったのだけど。

 だって、そんなこと《ミルク》の宿のおじさんがしているのを見たことがなかったから。


 もしかしてこれが普通なのだろうか。


 だとしたら故郷に外から人があまりこない理由の一端を垣間見てしまった気がする。


「……まぁまぁ、そんな事より魔術書だよね?」


 子供一人にはちょっと大きすぎる部屋で、誰が答えるわけでもないのにわたしはそう呟いた。


 袋から魔術書を取り出し、備え付けの椅子に腰を下ろす。

 それから魔術書を開くべく手を添えた。


「…………ふー」

 

 何故だか緊張する。


 まさか開いた瞬間に爆発だとか、そんな馬鹿げた事はないと思うけどーーここから先はわたしにとって未知の場所。

 万が一にもないとは言い切れない。


 だが、そう、ここから先は未知の場所なのだ。

 それを理解すると、緊張を打ち消さんほどのワクワクが込み上げてきた。


 気になる。

 気になる。

 中はどんなワクワクに満ちているんだろう。


 よし、大丈夫。

 ひらける。


「……てぇい!」


 わたしは掛け声と共に勢いよく、しかし傷つけないように魔術書を開く。


 そして飛び込んできたのはーー!


「……お、おぉ?」


 中はーー思ったよりかは普通の本だった。


 目次から始まって、次いで著者と思わしき人の独白に迎えられる。

 パラパラ……と軽く他のページを確認してみても、文が殆ど。

 時折結界のような図面に目が留まるも、何だか肩透かしを食らった気分だった。


「まぁ、こんなもんかぁ」


 この魔術書には載っていない、浮遊魔術フィアーも分類されるという上級魔術などはどれも派手なものらしい。

 だけどここに載っている、初心者用の低級魔術にそんなものは求められない。


 求められるのは基本の素養のみ。

 だったらむしろこれくらいの塩梅でいいのかもしれない。


「……さて、読むぞぉ」


 今は午後の四時を回る頃。


 夕食はこの宿に内接される食堂で取ることに決めたから、移動に時間は取られない。

 午後六時に食堂に出向けば夕食が用意されているらしいから、それまでは魔術書に没頭できるのだ。


「ふんふんふん!」


 わたしは意気揚々と魔術書にかじりついた。


ーーー

ーー


 ……端的に掻い摘んでしまうと、魔術書の中身は大体理解できた。


 というのも、低級の魔術ともなると技術ではなく心構え的な話の方が多かったからだ。


 やれ魔女は魔術の為に生きろだとか、やれ探求の心を忘れるなだとかーーそんなもの言われるまでもない。

 読むに値しない内容が幾つも散見された。


 それに加えて困ったのは、内容を理解したからといって魔術を使えるようにはならないということ。


 例えばーー


「ーー【フレイム】!」


 掌を前方に突き出し、そう魔術を唱える。


 魔術書によれば、魔力を上手くコントロール出来ていればこれで火炎系低級魔術ーー【フレイム】が発動されるはず。


 繰り出された小さな火球は、部屋の壁に衝突して焼け跡を残すことだろう。


 そう、本来ならーー


「……うーん、やっぱり出ない」


 掌を揺らして、わたしは手応えのなさに肩を落とした。


 他にも低級氷結魔術【ブリザー】、低級風魔術【ウィンド】、そしてバニラさんも使っていた低級回復魔術【メディア】などを試してみるも結果は変わらず。


 きっとわたしのような素養の無い者が魔術を使うには、何かしら“キッカケ”がないと駄目なのだと思う。


 実際、魔術書にもーー


「『魔術とは大気の加護。それに見合う魔術炉を転機の淵で開いてこそ、その力を開花されたし』」


 なんて意味深な項があるわけだし。


「だけどなぁ……」


 キッカケなんて大雑把なもの、全く心当たりがない。


 それに、“魔術炉”というものが魔術を使うのに必要な魔力を貯める“第二の心臓”だと言うのは、記載があったので既に分かっていることなのだが、それがわたしにあるのかも分からない。


 ……いや、正確にはある。

 どんな女性にも魔術炉はある、という事は歴史が裏付けしているみたいなのだ。


 ただその魔術炉が開いているか、いないか。

 活動しているか、いないかーーそれが魔女と無能力者の違い。


 そしてわたしはその魔術炉とやらが開いていないから、魔術が使えないのだ。


 その魔術炉を開く方法はーー綴られておらず。


 バニラさんが挙げた前例があれど、彼女は特例中の特例ということで、魔術炉を開ける方法はないとされているようなのだ。


「何度読み直しても、変わるものじゃないしねぇ」


 そんな風にぼやきながら、わたしは再三魔術書に目を滑らせる。

 だけどやっぱり自分の中で何かが変わった様子はなくーー


「……ん?」


 ふと、ページをめくる手が止まった。


 魔術書の最後ーー見落としていた、見知らぬページがある事に気付いたからだ。


「なんだろう、これ……」


 ついつい気になってそのページに見入ってしまう。


「禁……術? 魔術なのかな……んー、本文は全然読めない……」


 なんとか読み解こうとしてみるも、題名以外は見たことのない文字ばかりでとても読めたものではない。

 ……だけどそのページには何か不思議な魅力があった。


 一度見た者を掴んで離さないようなーーそんな危険な魅力が……!


『ティアラベル様ッ!!』

「きゃあ!?」


 思考が段々と奥まって行っていた最中、どんどん! と部屋の扉が勢いよく叩かれる。

 わたしが驚きの声と一緒に飛び上がってしまうのは、ある意味当然と言えた。


「な、な、なに!? ていうか誰!?」


 高鳴る鼓動を抑えながら、扉の向こうにいる人物に話しかける。

 特に悪いことはしていないはずなのに、禁術のページを見ていたわたしは謎の罪悪感に苛まれていた。


『し、失礼しました! 私はこの宿の従業員でございます』

「は、はぁ。それはそれは……」


 そういえば、聞き覚えのある声な気がする。


「それで、従業員さんがなにか?」

『は、はい……夕食にはいらっしゃいませんでしたし、一度も部屋から出てきていないとのことで。何かあったのかと』

「……へ?」


 たらーっと額を汗が伝う。

 それと同時に、ぐぅーっと大きくお腹がなった。


「…………い、今って何時でしたっけ」

『よ、夜の九時でございます』

「あ、あぁぁーー!?」


 なんてこと! 

 魔術書に没頭するあまり、時間を忘れてしまっていた!


 この宿のご飯は美味しいと聞いていたから、密かに楽しみにしてたのにーー!


『…………』

「え、ぇえと……」

『…………はい』

「今からでもご飯って、頂けませんか?」

『……も、申し訳ございません』

「ですよね……」


 残念極まりないが、元はと言えば自分の失態。

 わたしは空きっ腹を抑えながら、ご飯を求めて夜の《ホットドッグ》に繰り出すことにした……。


ーーー

ーー


 《ホットドッグ》は夜になってもその活気が収まらない。

 それは、何処の定食屋も満席で入れない程に。


「う、うぅ……」


 ぐぅぐぅ鳴るお腹を抑えて、わたしはとぼとぼと街中を放浪する。


 本当だったら今頃、宿で美味しい夕食を食べ終えて心地よい腹持ちで魔術書に望んでいる筈だったのに。

 

「もー、ばか!」


 ぽかぽかと自分の頭を叩いて、少しでも憂さ晴らししようと試みる。

 が、それで事態が好転するわけもなく。


 ぐぅー、と一際大きな泣き声がお腹から響いた。


「うー……何処か、何処でもいいからぁ」


 縋る気持ちで飲食店を追い求める。


 もうこの際、本当になんだって良い。

 肉とか魚でなくても、苦手な野菜料理でもいいからなんでも……。


「…………お?」


 そしてキョロキョロと辺りを見回していると、ややあってわたしの興味を惹くものがあった。


 ただしそれは飲食店などではなくーー。


「……なんだろ?」


 わたしの目に留まったのは、周りの目を気にしながらそそくさと路地裏に入っていく如何にも怪しい黒装束の三人の男達だった。


 道行く人達は気付いていないみたいだけど、偶然か或いは必然か、わたしにはバッチリとその姿が見えてしまっていた。


「…………」


 何だか、嫌な予感がする。

 そしてその予感は、彼らに付いていくことで当たる気がする。


 そんな、二つの予感。


「……うん、なんでもない。なんでもない」


 自分に言い聞かせるようにわたしは繰り返す。


 知らぬが仏、とも言うだろう。

 そう、世の中には知らない方がいいこともあるのだ。


 …………………………。


 …………だけど。


「……だめ、だめ」


 ……だけど。


「だめ、だめだってばーー」


 ……気になる。


「……ぁ」


 気になって……しまった。


「付いていこうっと」


 即決。

 わたしは彼らの足取りを追うべく、路地裏へと入り込んでいた。


 やめて。

 行かないで。

 行かないほうが良い。


 ……そう分かっていても、やはりわたしは本能には抗えない。

 わたしはわたしに逆らえないのだ。


「…………あんた、どうなっても知らないから」


 わたしは何処か他人事のように零しながら、狭い路地裏を突き進んで行った。


 後から思えば、これこそがーー“キッカケ”だったのだろう。



  

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