わたしと魔術教会
《ホットドッグ》。
そこは歴史こそ短いものの、ここ数十年は有力魔女を何名も排出しているようで、魔術協会の介入以降著しい発展を遂げている街の一つ。
煉瓦造りの街並みは情緒があり、街の名前を冠するホットドッグというパンズは特産品として人気で、それを求める為だけに訪れる者もいるらしい。
また、温暖な気候と周辺に湧く動植物が魔法薬の素材に役立つという理由から、王都から遠く離れた場所にも関わらず、この周囲の土地価格は高騰する一方なのだとか。
そんな事を、街に着いてから別れた例の傭兵さん達から聞かされていたわたしはーー
「……魔術協会ってなんだろ」
そんな疑問を抱いていた。
ただ、聞いた感じだとこの街にとってはとても重要な施設なご様子。
いや、この世界にとっては……なのかも?
……どっちにせよ、気になったからには一度見てみないことにはこの胸のつかえは取れない。
宿を取って、そこで早くバニラさんから貰った魔術書に目を通したいところだけど、今は魔術協会の方が気になってしまっている自分がいる。
だから、わたしはその魔術協会とやらを求めて街を駆け回り、やがて最も人の集まるメインストリートに出た。
「(うわぁ……人、多いなぁ)」
そこで、わたしは思わず肩を竦めてしまう。
メインストリートは住民や観光客でごった返しており、わたしの様な子供は少し気を抜けば人の波に長されてしまいそうだった。
武器屋や宿屋、食堂が多く立ち並んでいるらしいけど、わたしの背丈じゃ人ごみのせいで店の看板を見ることもままならない。
それくらいの混雑具合だ。
それにしても距離はかなりあるとは言え、わたしの故郷と隣町にも関わらずこの活気ーー《ミルク》に何か悪いものがあるんじゃないかと邪推せずにはいられなかった。
あそこ、居心地はそんなに悪くないと思うんだけどなぁ……。
「……ん? ぁ、もしかして」
魔術協会って、あれかな?
ふと視界に留まった建物を見て、そう脳内で疑問符を浮かべる。
いやはっきり言うと、ほぼほぼ確信を持ってその建物を魔術協会だと思い込んでいた。
だって、その建物はメインストリートから嫌に目立っていたから。
「……絶対これだよねぇ」
人混みを何とか抜け、魔術協会と思わしき建物の前にやってきたわたしは見上げながら言う。
そこは、色鮮やかな町並みの中で異色を放つ黒石造りが特徴的なお城の様な外観をしていた。
天を貫かんとする程に高い塔を中心にして円形状に広く土地を取っており、外周を円錐の薄い膜のようななにかで覆う様は、一般人を寄せ付けない風体。
誰がどう見ても、普通の場所ではなかった。
「……ねぇ、お姉さん」
「ん?」
その建物の前で、出入りする人々に注意を向けていた姿勢の良い女性に声を掛ける。
「お姉さん誰? この建物に詳しい人?」
「え? まぁ、警備員だから、それなりにね」
「おー!」
これは丁度良い。
話を聞くには打ってつけの相手だ。
「この建物ってなに? これが魔術協会?」
「そうだけど……貴女、魔術協会を知らないの?」
「うん」
「このご時世に珍しいわね……なんなら協会のこと、説明してあげましょうか?」
「え、いいの?」
「えぇ、しっかり聞きなさい」
彼女はおほんと咳払いを挟むと、それから魔術協会についての説明を始めてくれた。
“魔術協会”。
それは魔女が各地の王族と連携して創り出した、魔女のための公的機関。
その有り体は魔術の更なる発展、魔術の生活への供給、魔術を用いた犯罪への牽制などなど様々。
更に魔術書の貸し出しを行っている他、魔術の研究材料の一部無料支給、魔女達の意向に沿った土地を彼女らの住処として抑えているなど、魔術の発展の為に精力的に活動しているようだ。
まさに魔女至上主義社会の本懐とも言えるだろう。
また協会は各地に支部を点在させており、各管轄内の魔物の出現情報や災害情報などを纏め、魔女向けの“クエスト”として掲示板に張り出したりもしているらしい。
魔女達の本拠地。
それが、魔術協会らしかった。
「へー、なんだか凄いね」
大雑把な感想になっちゃったけど、魔女にとっては大事な施設のようだ。
「ところで、なんか建物の周りに膜? みたいのがあるけど、これってなに?」
「あぁ、結界魔術ね」
「お、おぉ!?」
何だかワクワクする単語が出てきた……!
どんなものなのか知りたい……!
「それって何? 教えて!」
「いいわよ。この結界はね、一定以上の速度や魔力を完全に無効化する効果があるの」
「? ど、どういうこと?」
「つまり、外からの攻撃に対してほぼ無敵ってこと」
「おー! 凄い!」
何でも結界魔術は形成するのに膨大な魔力と人員、そして期間が必要なので即時性に欠けるけど、その効果は絶大らしい。
確かに話を聞けば、その有用性は推して知るべしと言える。
しかしそうなると、そこまでして守りたいものがこの中にあると言うことだろうか?
……気になる。
「ふぅん、中はどんな感じなんだろ……お邪魔しまーー」
「ちょ、ちょっと待った!」
わたしが魔術協会へ入ろうとすると、女性に首根っこを掴まれてしまった。
「な、なに?」
「何? じゃない。貴女まだ若そうだけど、魔女なの?」
「え、えぇと……魔女志望?」
「は?」
「これからなる予定なの!」
「……じゃあ魔術は使えない、と」
その問いには頷くしかなかった。
「なら駄目。協会は魔女以外立入禁止だもの」
「えー!?」
そんな事聞いてない!
……あ、いや。
今初めて協会の事を聞いたんだから当然か。
だけどだからって、協会の中がどうなってるのか気になるーー!
「お願いお願い! ちょっとだけでいいから!」
「駄目よ! 何人たりとも魔女でなければ通さないわ」
「やだやだやだやだッ!!」
「しつこいわね……! それ以上騒ぐなら自警団に来て貰うわよ!」
「……う〜〜!」
自警団。
それは街の平和を守るために結成された防犯組織。
悪い人を捕まえるのが仕事ーーというのは、ノエルがしていたから知ってる。
この街にも自警団があったんだ。
「う、ぅう……」
そう脅されては、わたしも好奇心を無理矢理抑えざるを得ない。
この好奇心のままに事を完遂しようものなら、後に続くいくつもの新たな好奇心の種を潰しかねないから。
それは巡り巡って将来にも関わる。
もしもここで指名手配でもされて、魔女になったのに協会に立入禁止だなんてされたら溜まったものではない。
それに、きっと魔女であるバニラさんの耳にもその話は届いてしまうだろう。
そしたら彼女は絶対に悲しむーーそれだけはしたくなかった。
「…………ぐ、ぐ、わ、分かりましたぁ」
口ではそう言いつつも、わたしは本能を抑えるので精一杯。
ギリギリと歯軋りをして、無意識の内に苛立ちで腕を掻きむしるわたしを見て、女性は同情した様子ながら解放してくれた。
「……ま、貴女にどんな考えがあるのかは知らないけど、諦めることね。はい、飴あげるから」
そう言って、彼女は懐から取り出した飴を一つ握らせてきた。
苺味だ。
好きだけど……なんだか妙に虚しい。
「お、覚えてろーーッ!」
わたしはそう捨て台詞を吐くと、女性の返事も待たずに場を走り去った。
悔しい。
本能から悔しい、と思うのと同時にーー無能力者扱いされたことも、子供扱いされたことも。
何もかも悔しい。
絶対に魔術を覚えて、堂々と協会に入ってやるーー!
その意気込みのもと、わたしは魔術書を読み解くため、傭兵さん達から聞いたおすすめの宿へと向かった。