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わたしの本心と本能


「ありがとう、君のおかげで助かったよ。……まぁ、ちょっと危なっかしかったけど」

「あ、あはは……」


 ウルフとの戦いから暫し経った頃。


 商人と御者が馬と車の手入れをしている傍ら、ウルフの死体から素材を剥ぎ取っていた傭兵さんの片方が、そばにいたわたしにそう言葉を投げかけてきた。


 確かに、確かに危なかった。

 下手をしたら死んでいたかもと思わされるほど。

 

 わたしはもう笑うしかない。


 ……旅が始まってすぐに死んだなんて知れたら、お母さんやノエル、それにバニラさんにも顔向けできないだろう。

 心底ホッとした気分だった。


「……ところでお兄さん、素材なんて剥ぎ取ってどうするの?」

「ん? 換金所に持っていくかな。稼ぎの一つなんでね」

「ふーん?」


 どうやら大きな街には、魔物などの素材や希少な薬草、鉱石などを換金できる施設があるらしい。

 護衛や魔物退治を生業とする彼らが足繁く通う場所の一つみたいだ。


 無論、わたしの故郷は大きな街ではないので、そんなものは初めて知ったけど。


 ……ただ、そんな施設よりも今、わたしは“気になる”ことがあった。


「…………ねぇ、お兄さん。お願い、一匹わたしに頂戴?」

「む?」


 傭兵さんは顔を上げると、わたしが指差す方を見やる。


 そこにあったのは、わたしが不意打ちで倒した綺麗に首の絶たれたウルフの死体だった。


「……まぁよく考えたら、あれは君が倒したものだな。好きにしてくれていいよ」

「やった!」

「あぁ待って、皮や牙の綺麗な剥ぎ取り方は分かるか? 良ければ教えてあげるけど……」

「ありがとう! でも“今は必要ない”!」

「?」


 わたしの返答に、傭兵さんが不思議そうに首を傾げるのが見えた。


 今は?

 なんだか分からないが、旅をしているなら知っておいて損はないだろう。

 何故断るんだろうーーそんな風に聞きたげな表情だった。


 うん、その疑問は正しいと思う。

 だけどね、すぐに分かるよ。


「んー、まずは身体からかな?」


 わたしは死体の前に座ると、剣を取り出して狙いを定める。

 何処から切れ込みを入れようかーーそんな風に。


「……ん? 剥ぎ取り、か。刃を入れるのに躊躇いがあるのなら、俺がーー」


 もう一人の傭兵さんが、死体を前に固まるわたしに詰め寄ってくる。


 大方、素材を剥ぎ取ろうと死体を前にしたけど、身震いしてしまっているーー。

 そんな風に思って、心配で声を掛けてくれてるのだろう。


 有り難い話。

 でも、そんなんじゃないの。


「ううん、大丈夫だよ。別にぐちゃぐちゃになっても構わないし」

「……なに?」

「あー、うん。そうだね。どうせぐちゃぐちゃになっちゃうし、何処からでもいっかー」


 自問自答で納得が行ったわたしは、勢いのままにウルフの脇腹から剣を乱暴に突き刺した。


 その瞬間、すぐ隣と少し離れた場所で、二人の傭兵さんが揃って息を呑むのが分かった。


 普通ならきっと、首元辺りから丁寧に皮を取っていくものなのだろう。

 それから肉を部位ごとに分けてーーだとか、なるべく死体を傷つけないようにそういう手順があるんだと思う。


 だけど、別に今のわたしは素材が欲しいわけじゃない。


 勿論、いずれは食い扶持を繋ぐためにそういう技術が必要になるのかも知れないけど……。


 少なくとも今のわたしの好奇心を押しのけてまで必要なものではなかった。


「ウルフって、どんな構造してるんだろ……」


 そう、ただ気になっただけ。


 ウルフの身体について。


 本では読んだことがある。

 だけどそれが真実だとは限らない。


 中はどうなってるの?

 どうしてあんなに俊敏な動きが出来るの?

 弱点はどこにあるの?


 そんな事が気になったから、わたしは死体に剣を刺す。


 例え奇っ怪な目を向けられてしまっているとしても。


「へぇー、結構引き締まってて硬い肉なんだぁ。……あっ、でもお腹の辺りは特に柔らかいかなぁ?」


 ザク、ザク、と剣を刺しながらわたしは感触を確かめる。


 背中、脇腹、お腹。

 時折硬い骨に当たるけど、他の生き物に比べたらあまり頑丈な感じではないのかなぁ?


 勢いを付けていたとはいえ、あんなに綺麗に首が断てちゃったわけだし。

 或いはノエルがくれた剣がかなり上等なものだったのかも知れないけど。


 それにしてもこの感じだと、弱点はお腹?

 だったらそこを狙えばいいかな?


 いやでも、ウルフが戦闘中にお腹を向けてくるシチュエーションって思い浮かばない。


「うわぁ、足の裏凄いんだぁ。直に見るのは初めてだなぁ」


 楕円を描いた肉球と、その周りについた強靭な筋肉。そして鋭い爪。


 こんなものを持つ魔物と対峙していたと思うと、わたしはゾッとする思いだった。


「……よし、次は頭かな」


 わたしはもう刺しようがないくらいウルフの胴体が原型を留めていないのを確認すると、今度は近くに転がる頭部に駆け寄る。


 ーーその間際、傭兵さん達の視線を感じた。


 なんだこいつはーーそう言わんばかりの、理解の範疇を越えたモノを見る目。

 リアさんにされたのと同じ、魔物を見るような目だった。


「…………」


 うん、分かるよ。

 気味悪いよね。


「(……だけど、無理なんだぁ)」


 抗えない。

 自分の本能には抗えないんだ、わたしは。


 わたしだって死体とはいえ……魔物とはいえ、身体に剣を刺すのは気持ち悪い。

 血を見るのだって気持ち悪い。


 自分でこんな事をやっといて何を言っているんだって思うかも知れないけど、それは本心。


 だけど本心と本能は、違う。


「……頭、大きいなぁ。それに顎の筋肉も凄い……」


 再び、グサ、グサ、と剣を差し込みながら、独り言のようにぼやく。


 鋭い牙と、それに連なる小さな歯。

 そこにこの顎の筋力が加われば、一撃でわたしみたいな子供は死へ追い込めるだろう。


 足の爪も恐ろしいけど、やはり最も気をつけるべきはこの牙だ。

 

 うん、収穫があった。

 

 わたしは返り血にまみれながらも、清々しい気分だった。


「ふぅ〜〜……」


 あぁ、ウルフについて知れて良かった。


 まだその全容を把握したとは思えないけど、ひとまず満足。

 わたしのウルフへの好奇心はとりあえず収まったみたいだった。


 その証拠に、もうウルフの死体への興味はとんとなくなっていたから。


「あ、お兄さん達。これ、ぐちゃぐちゃなんだけどどうしたらいいかな?」

「……え? あ、あぁ……」

「う、うむ……」


 わたしが問いかけると、彼らはびくりと肩を揺らしてから目を見合わせていた。


 どちらかが先に口を開くのを待っているような、そんな間。

 少し居心地は悪かった。


「……魔物の死体は、後でこの地域の管轄にある所定の職員が回収にくる。その手続きは僕達の方でやっておこう」

「え、いいの?」

「あ、あぁ……気にするな」

「ありがとう!」

 

 わたしは元気良くを心がけて笑顔を見せるけど、二人はそれがかえって不気味な様子。


 まぁ、返り血まみれの少女が満面の笑顔、なんて……確かに気味が悪いかも。


 だけどきっと二人は良い人なんだろう。


 だって、なんと得体の知れないわたしを御者と商人に交渉してまで《ホットドッグ》の街に乗せていってくれるというのだから。

 助けてくれたお礼、と言うことらしい。


 そう言われては遠慮するのも悪いし、わたしは貸してくれたタオルで血を拭いてから馬車に乗り込んだ。


 これが旅は道連れってやつなのかな?


 それから優しい彼らはわたしの奇行には触れず、車中で《ホットドッグ》の名産や良い宿を教えてくれた。

 本当に良い人たちだ。


 ……だけど。


「…………」


 だけどね、別にいいよ。

 気持ち悪いって言ってくれても。


 自覚はあるから。


 故郷の人達はノエルを筆頭に優しく歩み寄ってくれていたけど、これが普通なんだから。


 だからわたしの事なんて気にしなくていいんだよ。


 あぁ、だけど……。


「(バニラさんは、今のわたしを見たらどう思うかな……?)」


 それはちょっと気がかりだった。


 彼らやリアさんと同様に魔物を見るような目を向けてくるのか。

 ……それとも前と同じように、優しく笑ってくれるかな。


「(……早く魔術を覚えよう)」


 また会いたい。

 だけど魔女になっていないのにバニラさんに会うなんて、彼女の約束を破るようなもの。


 お互い魔女になって、会わなければいけないんだ。


 経緯はどうあれ、わたしはますます自分が魔術への執着が強くなっていることを自覚していた。

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