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邂逅


 快晴の空。

 昼過ぎの刻限。


 十余年を過ごした故郷から旅立ったわたしは、背高い木々に挟まれた細い道を走る事一時間ーーついに開けた空間に差し掛かった。


「……うわぁー!」


 わたしは眼前に広がった光景を前にして、心奪われる思いだった。

 

 広い。

 目の前に広がる終わりの見えない草原は、何度見てもやっぱり広過ぎた。


 わたしはもうこの世界の何処にでも行ける。

 地平線を見つめながら、わたしは口元がニヤけるのを抑えられなかった。


「おっとと……いけないいけない」


 わたしは自分の考えを戒め、袋から地図を取り出す。


 いくら何処にでも行けるからといって、本筋は魔術探求の旅。

 であれば、王都への道を辿るのが最優先だろう。


「えぇと……道は、こっちかな?」


 地図をくるくると回しながら、わたしは首をひねる。

 イマイチどう進めばいいか分からなかった。


 大陸の構造、最適な順路、水源の在り処、生息動物などなど、基本を抑えたお手本のように綺麗な地図。

 まさかそれが間違っているとは思えないし、わたしの地図を読む技術がないのだろう。


 ノエルにわざわざ道を教えてまでもらったのに……情けない。


 いやそもそも、くるくると回して地図を見るのは悪手なんだっけ……?


「うーん、まぁいいか!」


 少し観察すれば、草原の中に舗装された街道が目に映る。

 《ミルク》に物資を届けるために馬車が通るものだろう。


 だったらそれを辿れば、少なくとも次の町には行けるということ。


「よーし、いくぞぉ!」


 もう一時間は走ったけど、全く疲れはない。


 昔から体力には自信があったし、そもそもこんな大舞台を前にしては休む気なんて起きなかった。


 わたしは今一度意気込んでみせると、街道を辿って行った。


 ーーそれから更にニ時間後のこと。


 街道をひたすら辿っていたわたしの足を止めたのは、大きな看板と分かれ道だった。


「うーん、えっと?」


 看板によると、右に行くと《ホットドッグ》の街、左に行くと《フィレオ》の街に行き着くらしい。


 地図を見る限り、二つの街までの距離にしてもこれからの進行ルートにしても、どちらへ進んでも良いような気がした。

 いや、あくまで地図を読むのが苦手なわたしの意見なのだけど。


「うーん、こっちの方が人が多いし馬車が良く通るかなぁ。いやでも、こっちからの方が広くて安全な道を進めそうだし……」


 地図とにらめっこしながら、わたしはぶつぶつと独りごちる。


 一番に考えていたのは、交通機関についてだった。

 歩くのは好きだけど、王都まで徒歩で行けるとは流石に思っていない。


 馬車や船、それにわたしは見たことがないけど魔導列車なるものでの移動も考えるべき。

 

 賃金は嵩んでしまうだろうが、お母さんが入れてくれたお金には今のところ余裕もある。

 無駄遣いは出来ないけど、移動に関してはこれを必要経費と割り切るべきだ。


 ……兎にも角にも、この道をどちらに進むかを決めないことには始まらないけど。


「……ん?」


 そんな時、ふと耳に人の声が聞こえた気がした。


 気のせいだろうか。

 いや、そんなわけない。だって今もその声は聞こえてきているから。


 ……それも、獣のような雄叫びと共に。


「……なんだろう」


 気になる。

 ……あぁ、気になってしまった。


 こうなったらもう、答えは決まっている。


「こっち行こうっと」


 先程までは中々決められなかったのに、今のわたしはもうほんの少しの迷いもなかった。


 地図を袋に戻し、声のした右側ーー《ホットドッグ》へと続く道へ足を踏み出す。


 とことん本能に逆らえないなぁーーわたしは自虐気味に笑った。


ーーー

ーー


「……!」


 進んだ先、真っ先に目に入ったのはカランカラン……と行き場なく空回りする車輪だった。


 倒れた馬車と怯える馬、飛び散る物資、それを取り囲むウルフの群れと、対峙する人間達。

 誰がどう見ても、食料を狙う魔物と襲われる人間の構図が成り立っていた。


「(う、うわぁ……)」


 離れた位置の草原に隠れながら、わたしは戦況を見守る。


 ウルフは計四匹。

 それに対するのは二人の傭兵さん。


 彼らは何とか馬や物資、商人や御者達を守りながら戦っているが、多勢に無勢。

 防戦一方という感じだった。


「う、うぅ〜〜!」


 どうしよう。

 助けに行くべき、なんだろうけど……。


「わたし、まだ魔術は使えないし……」

 

 ノエルにみっちり仕込まれたから剣の腕には自信はあるけど、実践の経験が豊富なわけではない。

 突然魔物を、それも四匹を相手にして戦えるのだろうか?


 そういう疑念があった。


「……いや」


 そんな事は関係ないだろう。

 見たところ、このままではあの人達は時間の問題。

 ならば無理を承知でも戦い、なんなら囮にでもなるべきだ。


 まだ魔術の事を何も知れてないから死ぬつもりなんて毛頭ないけど、気になってこの場へ出向いたのならば見てみぬふりはするな。


 それは自分勝手なわたしが自身に課せたせめてもの心構えだった。


「どうせやるなら……不意打ちーー!」


 幸い、ウルフ達は如何にして傭兵さん達を仕留めるかに意識を注力しているらしく、こちらにはまるで気付く素振りがない。


 だったらまずは一匹。

 確実に仕留めるーー!


「……ふっ!」


 ノエルに託された剣の柄を強く握り直し、それから一息の内にウルフの一匹と距離を詰めた。


 まだ、気付かれていない。

 我ながらスピードに関しては目を見張るものがあるーー!


「(落とすは首ーーッ!)」


 大きく剣を振り上げ、鋭い気勢を乗せた一撃をウルフの首へとあてがう。


 視覚からの不意打ち。

 ウルフの一匹はとうとうわたしの姿に気付くことはなかった。


 ゴトン。


 わたし自身驚くくらい綺麗に入った切れ込みは、ウルフの首を胴体から切り離し、その後地面に転がり落とさせる。

 それに続けて、力を失ったウルフの胴体は足元から崩れ落ちた。


「(ぅ……)」


 その光景は流石にちょっと、気分が悪い。

 胸のあたりから気持ち悪いものが込み上げてきて、それが吐き出されそうになる。


 ーーだけど、それはグッと堪えて視線を上げる。


 これから先、こういう事は幾度となくあるだろう。


 ならば慣れなければいけない。

 もしもこの恐怖心が好奇心を殺すようであれば、わたしはわたし自身それを看過出来ないからだ。


「な、なんだ……!?」

「女の子……なぜこんな所に、いや、それよりも……!」


 今しがた、小さな女の子がウルフの首を落としたのが信じられない、と言わんばかりの視線を傭兵さんの一人が向けてきていた。


 まぁ私ぐらいの年頃で、こんな風に剣を振るうのは稀ではないかと予想はしていたけれど……。


「君、何をしている! 早く逃げろ!」


 先程視線を投げかけてきたのとはまた別の傭兵さんが、わたしに向かってそう叫びかけてくる。


 だけど、わたしはぶんぶんと首を振ってそれを拒否した。


 今、ウルフの一匹を倒したのは誰?

 不意打ちとはいえ、わたしだ。


 わたしだって戦える。

 戦わせて、という意思表示を剣を空に掲げることで示した。


 ーーが、そんな風に格好つけている暇ではなかったらしい。


「皆が君を狙ってるんだ!」

「ふぇ?」


 そう言われ、わたしはそこでようやく気付いた。


 残るウルフ三匹ーーその鋭い視線が全てわたしに突き刺さっていることに。


「え、ぇえ……?! ちょ、ちょっと待って! 流石に三匹同時はーー!」


 慌てるのもつかの間、ウルフ達は一斉に飛びかかってくる。

 鋭い牙がいくつも眼前に迫ってきたーー!


「ひ、ひぃ……!?」


 わたしは情けない声をあげながらも、何とか突進や噛みつき攻撃を剣で受け流し続ける。


 ノエルが特にこういう状況での処世術を教えてくれていたから、すぐにわたしの身体が魔物の手に下されることはなかった。

 ……それでも、長く持つ見込みはなかったけど。


「ちぃ……!」

「今行くぞ!」


 そんなわたしを庇うように、二人の傭兵さんが乱入してきてくれる。


 彼らはわたしが辿り着くつい先程まで物資などを守り抜いていただけあって、中々腕の立つ人達だった。


 そこにわたしが加わり、数の利もなくなったことでーー


「………………お、終わったな?」

「あぁ……そのようだ」


 あちこち傷を負いながら、二人の傭兵さんがそう言葉を交わす。

 わたし達の周りには、事切れたウルフ達の死体が散らばっていた。


 殺意を向け合うこと約十分ーーわたし達はなんとかウルフの群れを殲滅したのだった。


「(……さ、先が……思い、やられる)」


 肩で息をしながら、わたしはウルフ達の死体を見て回る。


 魔術があれば、これくらいの魔物なら簡単に倒せたのだろうか?


 うん、きっと倒せる。

 魔術とは人智を超えたような力らしいから、ウルフ程度なら相手ではないはずだ。


 ならば、これは自分の安全のためにも一刻も早く魔術を覚えなければいけない。


 そう思わされる一幕だった。

 

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