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それじゃあ、またね


 あれから早三日。


 退院日の今日に至るまで、代わり映えのしない病室で絶対安静を命じられていたわたし。


 退屈を紛らわすため、警備員のお姉さんや医師達から色んな話を聞いていた。


 まず、魔石について。


 魔石とは魔力を秘めた半透明の鉱石のことで、魔道具の動力源であるらしい。

 地域によっては、コアという呼ばれ方もするようだ。


 そんな魔石は主に各地の鉱脈から採掘される他、一部の魔物からも剥ぎ取りが出来るとのこと。

 魔道具が普及し始めている今の世において、需要は高まる一方のようだった。


 次に【カラス】ーーそこにいたアニキさんという人について。


 その人は闇組織【カラス】の若頭で、名前は不明。

 強いて言うなら【カラス】の頭領ということでそのまま、鴉と呼ばれることが多いらしい。


 その実力は折り紙付きで、魔女が最優とされるこの社会において、彼女らに迫りかねない力を持つ数少ない無能力者の一人なのだという。


 魔女達も彼を捕まえようと躍起になっているらしいけど、中々上手く行かないらしく。


 しかしそれを聞いて納得した。

 わたしもスピードには多少自信があったのに、アニキさんのそれは比べ物にならなかったから。

 薄々凄い人なんだろうという予感はあった。


 彼に出会って生きているなんて運が良い。

 この三日間で、耳にたこが出来るほどそう聞かされた。


 ちなみに医師達の話によると、昔王都にいたという騎士も彼と同じぐらいの力を有していたとされたらしいけどーー既に戦場で亡くなったと伝わっているらしい。

 

 その話を聞いて、一瞬ノエルの顔が脳裏をよぎったけど、どうやら勘違いだったみたい。

 だって彼は元気に生きていたし。


「……ふぅ」


 そして最後に、わたしの身体の経過について。


「ーー【フレイム】!」


 魔術病棟の中庭。

 そこで担当医の付き添いのもと、わたしは低級火炎魔術ーー【フレイム】を唱える。


 その直後、わたしの身体をある種の高揚感が包み込み、胸元辺りから湧き上がるものがある。

 その正体こそ万有の力ーー魔力。


 わたしはその魔力を掌に集め、前方へ思い切り射出するイメージを思い浮かべる。


 するとーーぷしゅっ……と。


 辛うじて視認できるくらいの火の粉が現れ、すぐに消えていった。


「う、うーん……?」


 無から有を生み出す。

 それすなわち魔術が成功したということだ。


 魔術が出た。

 それは大変喜ばしいこと。


 ……だけど、これは魔術と呼べるレベルには達していない気がして、わたしは素直に喜べなかった。


「きっと〜、魔力の扱いになれていないのね〜」


 その傍ら、そんな間延びした声と共に近付いてくる影がある。


 その影の主の女性は、わたしの担当医でもあるモカさんという魔女。

 なんでも現代魔術医療の権威の一人らしい。


 普段ののほほんとした様子を見ていると、とてもそんな凄い人には見えないけど……。


「それか〜、貴女の適性魔術は炎ではないのかもね〜。まぁ色々と試してみるといいわよ〜」

 

 ふんわりとした髪の毛が与える第一印象通りの穏やかな彼女は、わたしの身体をぺたぺたと触りながら言葉を続けた。


 有り難いことに、彼女達の献身的な治療のおかげで身体は既に快復していた。


 ただ、あまりに酷い損傷だったので傷口は完全に元通りとはならなかったみたいで、また包帯は増えてしまったけど……。


 まぁそれは自業自得だ。


 むしろ身体のことより、どうして全力を尽くしてくれたモカさんに「綺麗にしてあげられなくてごめんなさい」、だなんて謝られなければいけないのか。


 わたしにはそっちの方が辛かった。


「先生、そういえば今って何時? そろそろ退室の時間じゃない?」

「えっと〜」


 彼女はわたしに言われて気付いたらしく、腕時計を見て「まぁ〜」と声を上げた。


「あらあら〜、もうこんな時間なのね〜。そろそろお部屋に戻りましょうか〜」

「もう」


 モカさんはどこか抜けている人だ。


 腕は確かというのは身を持って体験しているんだけど、なんだか危なっかしくて、積極的に彼女の手術を受けたいとはあまり言えなかった。


 そんなモカさんに連れられ、わたしは病棟の廊下を歩く。


「もうティアラベルちゃんともお別れなのね〜。早いわ〜」


 前を歩くモカさんが口惜しそうにそう言った。


「うん、そうだね。もっといて欲しかった?」

「うふふ〜もっとお話はしたかったけど、駄目よ〜。こんなところ、本当は来ちゃいけないんだから〜」

「確かに」


 医師の鑑のような答えだなぁ。

 と、そんな事を考えていると、すぐにわたしの病室まで辿り着いた。


「それじゃ〜、退室の準備をお願いね〜」

「はーい」


 とは答えるも、大した荷物があるわけでもなく。


 あの日の夜に泊まっていた宿から直接送られてきたわたしの袋は中身も変わった所はなく、魔術書もきちんと合わせて病室まで届いた。


 ……いや、それは少し間違いか。


 わたしの荷物には変わっているところーーというか、軽くなっているところがあったから。


「(…………医療費、高かったなぁ)」

 

 出発時に比べて、だいぶ寂しくなった小包を見てわたしは肩を落とす。


 子供だから特別に免除、なんて都合の良い話はなく。

 向こうはお仕事なのだから、医療費を請求してくるのは当然のことだった。


 ……だけど、これでもかなり手心を加えてくれたほうで。


「(ほんと……わたしって恵まれてるなぁ)」


 病室の前で待つモカさんを横目に見て、わたしは改めてそう思った。


 医療費の話をされた時のわたしの絶望した顔を見て、モカさんが“おまけ”で医療費の大部分を負担してくれた……というのは口が裂けても口外できない。


 それが彼女との約束だから。


 そんなことさせるつもりはなかったのに、と。

 そう言いたかったけど、モカさんはその件でわたしに追求させる事を良しとはしてくれなかった。


 これは自分が勝手にしたことだから、と。


「(……はぁ、わたしって他人に迷惑掛けてばかり)」


 昔からずっとそう。


 お母さんに他人に迷惑は掛けるなと言われたのに、さっそくこれだもの。


 本能のせいにしてはいけない。

 わたしという一人の人間が色々な人に迷惑をかけて、そして支えてもらっているのだ。


 まだ短い旅路の中でも、わたしはそれを痛烈に感じていた。


「ティアラベルちゃ〜ん? 終わったかしら〜」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 感慨に耽っているばかりで、退室の事をすっかり忘れてしまっていた。


 わたしは袋を肩に斜めがけにすると、室内を一通り見回してから頷く。


 うん、忘れ物はない。

 

「おまたせ! もう大丈夫!」

「うふふ〜、それじゃあ行きましょうか〜」

 

 にこりと笑う彼女に連れられ、病棟の入り口へと向かう。


「ティアラベルちゃんは〜、もうこの街を出るんだっけ〜?」

「うん!」


 そう、わたしはもうこの街を出ることにした。


 たいしてこの《ホットドッグ》を見て回れた気はしないし、一部建物を破壊しておいて逃げるようでバツも悪いけど……わたしはこれ以上ここに滞在するつもりはなかった。


 何度か脳裏を掠めた魔道具、というものを見てみたいーーという思いが強いのかも知れない。

 この街にはまだ魔道具が普及していないみたいだから。


 それに、魔術をもっと良く知るという意味でも王都への進行は早いほうが良いだろう。


 入院中にいくつかのルートも構築したし、きっと大丈夫だ。


「……それじゃあ、先生!」


 入り口に辿り着いたわたしはタタッと小走りになると、扉の前でくるりとモカさんに向き直る。


「さようなら! 本当にありがとう!」

「は〜い。お大事にね〜」


 最後にそんな挨拶を交わし、わたしは病棟を飛び出した。


 広い土地の端に面した病棟を横目に、内周をぐるりと回って魔術協会の入り口へと走る。


 身体は軽い。

 不調もまるでない。


 完全回復だーー!


「……あっ!」


 入り口に差し掛かったところで、お世話になった警備員のお姉さんと目が合う。

 何やら他の警備員と話し合いをしていて、忙しそうな様子。


 そんな中でも彼女はこちらを発見すると、軽く会釈をしてきてくれた。


 彼女は仕事中。それも忙しそうだ。

 本当は別れ際に話でもしたいところだけど、あんまり邪魔をしてしまうのも悪いだろう。


 ……それでも。


「ありがとー! またねー!」


 それだけは言わなければ気が済まなかった。


 わたしは半ば言い逃げする形で、魔術協会を後にした。


 そのまま人混みを抜け、ぐるぐると目まぐるしく変わる街並みを抜け、わたしが初めにくぐったのとは逆方向の街門へ向けて一気に駆け抜ける。


「……あー!」


 ……そういえば、折角協会内にいたんだからもっと中を散策すれば良かった。

 本館らしきお城の様なところには結局入らず仕舞いだったしーーあぁ、勿体無い。


 今になってそんな事を思う。


「……いや、まぁいいか」


 あんな挨拶を済ませておいて今更戻るだなんて、ちょっと恥ずかしいし。


 ……それに。


「ふふ……」


 空を見上げて少し微笑む。


 わたしはもう、曲がりなりにも魔女なんだ。


 魔術協会にだっていつでも入れるんだから、そう焦らずとも良いだろう。


 短い間で色々あったけれど、わたしは弾むような気持ちで《ホットドッグ》の街を飛び出したのだった。


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