8話
「今日で最後か〜…」
「また遊びに来ますよ」
「もっと楽しい事したかったな〜!」
「百ちゃんと一緒に過ごせた事が一番楽しかったですよ」
「く〜!いい子だよ〜!」
そう言いながら机に乗り出し、私の頭を撫でました。
空になった朝ごはんのお皿を片付けていると、玄関を開ける音がした。
「……」
「妹さんですか?」
「たまに帰ってくるのよ…帰ってくる時は怪我して帰ってくるの……ごめんね」
そう言うと百ちゃんは、救急箱を取り出し玄関の方に走っていった。
私が泊まっていた数日間はどこに泊まっていたのだろうかという疑問と、百ちゃんの妹はどういう人なのだろうかという好奇心。気づけば私は玄関の方に歩き出していた。
物陰からそっと除く。そこには百ちゃんによく似た、金長髪の女の子が傷を付けて座っていました。百ちゃんはその子の傷を消毒していました。二人は無言のままでした。
「チッ…」
「ごめん…」
消毒液が腕に染みたのか、金長髪の子は舌打ちをしました。それに反応して百ちゃんは謝りました。金長髪の子はそれを聞いて百ちゃんから顔を背けました。
偶然私と目が合いました。咄嗟に隠れましたが、金長髪の子が歩いてくるのが音で分かります。
「お前誰だよ」
「えーっと…初めまして。桜川 虚子って言います」
「何でここにいるんだ?百の彼女か?」
おちょくるようにその子は言いました。
百ちゃんはその子の手を引っ張って私から遠ざけようとしています。けれども彼女はビクともしていません。
「百ちゃんとはお友達です。それよりその傷はどこで?」
「あ?関係ないだろ」
「友達の妹って言う関係があります」
「じゃあ教えてやるよ」
そう言うと彼女は私の胸ぐらを掴み、持ち上げました。そして右手で頬に当たる寸のところで止めました。
「こうやって敵をボコボコにしてたら他のやつに後ろからやられたんだよ!」
「やめて!」
百ちゃんはその子の腕を掴んで、私を床に下ろさせました。
その子は不機嫌そうに舌打ちをして、奥の部屋に消えようとしました。
「待って」
私の口から言葉がいつの間にか出ていました。
「なぜ帰ってくるんですか」
「自分の家に帰って来るのは自由だろ」
「なぜ自分で治療しないんですか」
「……何が言いたい」
「なぜ百ちゃんの言う事を聞いて私を下ろしたんですか」
「なんだよお前!何が言いたいんだ!?」
その子は私の肩を掴み、壁に叩きつけました。
それでも私は続けます。
「なぜあなたは百ちゃんが嫌いなフリをしているんですか」
「ッ!……」
その子は私の肩から手を離し、廊下の奥へと走って行ってしまいました。
「ごめんね……でも今のどういう…?」
「私はただ、事実を言っただけ。百ちゃんも仲良くしたいんでしょ」
「うん…仲直りしたい。でも私が謝るのも違う気がするし…どうしたらいいか……」
「行こ」
百ちゃんの手を引いて、あの子の後を追う。
「なんで私の事を嫌いなフリをしてるって言ったの?」
「百ちゃんの話から、あの子は百ちゃんが大嫌い。大嫌いな人が待っている家なんかに帰りたくもないはず」
「だからあの子あんまり帰ってこないんじゃ…」
「でも定期的に帰ってくる。外で泊まる場所はあの子は持っている。そこには包帯も消毒液も用意出来るはず。でもわざわざ帰ってくる。しかも、自分で治療しないで百ちゃんにさせてる」
「……」
「治療中は百ちゃんの顔をじっと見てた。染みた時に出た舌打ちで百ちゃんが謝った時は顔を背けてたけど…百ちゃんに治療させてるのは百ちゃんの顔を見たいからじゃないかなって」
「でも……」
「何より言った時のあの反応。何か引っかかった事があったからあんな反応になったと思う。それにあの子そんなに悪い子じゃないかも」
廊下の先に、あの子が見えた。そして、ある部屋に入って行った。
そこは、私が泊まっていた部屋だった。
「入ってくんなよ!」
部屋の中から叫ばれる。
「私みたいなのよりもっと従順で可愛い妹が欲しかったからこの部屋に泊めてたんだろ!私の代わりとして!」
「違う!そんなのじゃない!」
「ここは私の部屋だ!私の部屋なんだ!お前の可愛い妹の部屋じゃない!」
「違うよ。あなたの部屋でもあり、百ちゃんの可愛い妹の部屋でもある。それは同じ事」
部屋の扉を開ける。彼女は部屋の真ん中に立ってこちらを睨みつけている。
「なんでこの部屋が綺麗なのか分かる?百ちゃんが定期的に掃除しているから。あなたがいつ帰ってきても良いように」
「そんなの…ッ!」
「なんであなたが帰って来た時に治療をしに行くか分かる?あなたが心配だから。あなたの言うように代わりがあるならそんな事はしない」
「ふざけんな…!!」
「百ちゃんは自分の部屋に写真を飾ってあった。あなたとのツーショット写真。私がそれに触れるまで、ずっと伏せずに置いてあった。すぐに目に入るところに置いてあった。毎日あなたの事を思ってたんじゃないの?」
「うるさい!!」
部屋に置いてあった私の荷物を投げつけてきます。それは私に届かず、全て私の前に力弱く落ちました。
そして静かに泣き始めました。
「私はあの時色々言われた…それで弱かった私はいとも容易く傷ついた。百はきっと自分のせいで傷ついたと思って自分を責め始める。だから私は距離を置いたんだ…」
「うん」
「でも…それでも百は勝手に傷ついて行った。だからもっと離れたんだ……」
百ちゃんも私の隣で泣き始めました。二人のすすり泣く声が、私を包み込みます。それはとても悲しく、とても暖かかった。
「ずっと……仲直りしたかった。グレた私をいつも心配してくれてたのは分かってた……だから…でも…私はクズに落ちぶれた。気に入らないやつに暴力を働いて、悪い仲間と徒党を組んで暴れて……そんなのが姉貴の妹だと知れたら……」
「それでも妹だよ…!私の妹はただ一人だよ……!!」
涙を流しながら百ちゃんが妹さんを抱きしめました。固く、強く。
邪魔にならないように、部屋を出ました。すると
「ありがとうな」
と声をかけられました。声の方を見てみると、この間のおじいさんがいました。
「ワシもあの孫二人が心配だったんだ…でもキミが何とかしてくれた。礼を言う。ありがとうな」
「いいですよ。私はただ友達のためを思ってやっただけですから」
「………これを受け取ってくれるか。礼だ」
おじいさんは小さな鉄製の鍵を私の手に握らせました。
「ワシの唯一の心残りを何とかしてくれてありがとうな……本当に……」
気づけばおじいさんはいなくなっていました。
「今日はお盆でしたものね」
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「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「ううん、私が勝手にした事だから」
辺りは既に夕焼けに染っている。そろそろ帰る頃である事をカラスが告げている。
「二人が仲直り出来て良かったよ」
「…ほんとにごめんな。なんかあったら頼って…私それくらいしか力になれないから」
「わかった。…私の名前は桜川 虚子って言うの。あなたの名前は?」
「私の名前は桃家 一。男っぽい名前で私は嫌いなんだけどな…」
「ううん、可愛い名前だと思うよ。それじゃあ百ちゃん、またね」
「うん。ありがとう。またね」
そう言葉を交わし、帰路につく。
夏の夕焼けは暖かく私を包み込む。
「お腹すいたな…」
お昼ご飯を食べていない事に気づきました。
帰ったら何を食べようか考えながら、セミの声に耳を傾けます。
軽かった少女の足取りは段々と重くなり、遂には歩を止めてしまった。フラフラと力なくコンクリートブロックの壁にもたれかかり、息を整える。
数分立ち止まると、少女は何も無かったかのようにまた歩き出した。