7話
「いらっしゃい。自分の家だと思ってゆっくりしてちょうだい」
「はい!不束者ですがお世話になります!」
静かな木の匂いのする玄関で靴を脱ぐ。
お家の中はとても静かで、古い木の匂いが微かに漂っています。
「それにしても酷いわよね〜実家に連れて行けないからって。コウがお盆なら私もお盆なのにね〜…」
「きっと、コウくんにも事情があるんですよ」
「あなたはいい子ね〜……いい子すぎて心配になるわ」
一つの部屋の前で百さんは足を止める。
百さんが扉を開けると、中から花の香りが微かにした。
「ここがあなたの部屋よ。使ってなかったけどいつも掃除はしているし、あなたが来る3日前から毎日掃除していたから綺麗よ」
「ありがとうございます!」
「ご飯には呼ぶから好きにしていていいよ〜」
そう言うと百さんは部屋から出ていってしまった。
部屋の中はベッドがひとつ、机と椅子が一つの簡素なものでした。
私がなぜ百さんのお家にお邪魔しているかと言いますと…
簡単な話でお盆の間はコウくんが実家に帰るらしく、私を連れて行くことが出来ないかららしいからです。少し残念でしたが、しょうがないです。
それでコウくんは百さんに頼み込んで、私を泊めてもらえるようにお願いしたらしいです。
コウくんが実家に帰っている数日間、私は百さんの家でお世話になります。という訳です。
「……少し探検しますか」
私は部屋の扉を開け、薄明るい廊下に出ました。
キラキラと光る太陽が、中庭を幻想的に照らしています。私は中庭を外周の廊下を歩いて、その小さな和風庭園を堪能していました。
「いいだろ?」
不意に声をかけられ、振り向きました。そこには、優しそうなおじいさんが立っていました。
「ワシが作ったんだ」
「それは凄いですね…とても綺麗で、それでいてとても静かです」
「うむ。この庭はな、ワシがこの家を建てた時に作ったんだ」
おじいさんは中庭に続く仕切り戸を開け、中庭に降りました。
そして小さな松の木を撫でながら、静かに話し始めました。
「作った後、気に入らなくて何度も何度も手直しした。この中庭のほとんどは最初は無かったんだ。だがな、この松の木だけは最初からあった。最初から最後までこの松の木は変わらなかった」
それからおじいさんはこの中庭、主に松の木に関する思い出を沢山語ってくれました。時に涙あり、時に笑いありの楽しいお話でした。
しばらく話すと、おじいさんは満足したのか
「ワシの話に付き合ってくれてありがとうな、また会ったらまた話をしてやろう」
と言い、廊下の奥へ消えていきました。
「ご飯出来たわよ」
「ひゃっ!?」
そう言いながら百さんは私の背中をつつきました。
びっくりした私は情けない声を上げてしまいました。それを見た百さんはクスリと笑い、私を食堂まで案内してくれました。
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ご飯を食べた後、片付けを手伝いました。百さんはやらなくても良いと言いましたけど、私の気がすまないと言ってやらせてもらいました。
片付けが終わった後は、お風呂です。
お風呂はとても広く、ゆったりとしていました。ここは和風じゃないのが少し面白いです。
人の家のシャンプーはとても不思議で、百さんの頭で嗅ぎなれた匂いのはずなのに、いつもより一層いい匂いに感じます。
「おじゃまするわね」
髪の毛を洗っていると、百さんがお風呂に入ってきました。
「肌綺麗よね〜…羨ましいわ…」
「百さんも綺麗ですよ。それにスタイルも良いです」
「ふふ、ありがとね。お礼に背中流してあげるわ」
「では、私も後で百さんの背中を流しますね」
百さんはそう言って、泡を立てたタオルを私の背中に優しく当てました。
「それと、私の百さんって呼ぶのやめてちょうだい」
「不快でしたか…?」
「んーん。私も仲良くなったつもりでいるし、仲良くないと思ってるなら仲良くなりたいから。他人行儀な呼び方は嫌だなって」
「分かりました。じゃあ百ちゃんって呼びますね!」
「…なんか恥ずかしいわね」
少し私の背中を洗う力が、少し強くなった気がしました。
「じゃあ私もこれからあなたの事を虚ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい!あだ名ってやつですね!とても嬉しいです!」
「むぅ…仕返しのために言ったのにあなたには敵わないわね」
「ふふふ…」
「何笑ってるのよー!」
「わー!」
いつもお風呂は一人なので、こんなに楽しいのは初めての体験でした。友達っていいものですね。
お風呂を上がった後、私は百ちゃんの部屋にお邪魔しました。
部屋はトロフィーがたくさん飾っている棚がある以外は、普通の女の子のお部屋でした。
「このトロフィーは?」
「これ?これは小学生の頃剣道の大会で優勝した時のやつ。こっちは去年とったばっかりの。これは中学一年の時のやつね」
「この写真の子は?」
中学一年の時に取ったトロフィーの隣には、百ちゃんと百ちゃんによく似た誰かが仲良く写っている写真が置いてあります。
「……それは妹。双子のね」
「妹かいたんですか?でも今日一度も見てませんけど…」
「今はほとんど家にも帰ってこない…中学の頃グレちゃってね……」
そう言うと百ちゃんは写真立てを伏せました。そして百ちゃんはベッドに腰掛けました。私もその隣に腰掛けました。
「原因は多分私。昔は仲良かったんだけど……昔から私の後ろを付いてくる子で、剣道も私を追って始めたの。みんなからは天才だ逸材だと褒められるくらいには才能があった……でも私はそんな妹より強かった。あの写真の次の大会で、私達は戦った。そして私が完膚無きまでに勝ってしまった…」
百ちゃんは涙を流しながら続けました。
「周りからは期待はずれと罵られて……私のせいで……」
「百ちゃんのせいではありませんよ…」
「でも…原因は私なんだよ…私が剣道を始めたから、私があの子に勝ってしまったから、私が塞ぎ込んだあの子への接し方が分からず距離を取ってしまったから……だから……」
百ちゃんは大粒の涙を流しながら、私の手を握りました。私はその手を優しく包む事しか出来ませんでした。
百ちゃんは泣き疲れて眠ってしまいました。手は話してくれなかったので、同じ布団で私も眠りにつきました。枕は、ほんのり涙の匂いがしました。