6話
数日前、百に促されて勝と水着を買いに行った。水着なんてとれも同じだろうと思っていたが、勝が色々と水着に関して知っていた。どれが早いだのどれがフィットするだの。多分求められている水着は違うのだろうなと思った事を覚えている。
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最高気温を更新し続ける夏休みのある日。僕達は百、僕、虚子の3人で県一番のプールへやって来た。勝は部活動の都合で後から合流するらしい。
日陰の無駄に湿ったプールサイドチェアに寝転がり、百と虚子を待つ。
それにしても人が多い。こんな暑い日は冷房の効いた部屋で寝ていればいいものを。後セミが多い。それに気温が常に高い。
このままだと文句ばかりになりそうだ。この辺りで止めておこう。せっかく遊びに来たのだから楽しまなくてはな。
そう思いながらすぐ側のテーブルに置いてあったペットボトルジュースを取ろうとする。だが、結果は何も取れなかった。ペットボトルジュースが置いてあった方を見る。すると、太ったオバサンが僕がさっきまで飲んでいたジュースをさも元から自分のものであったかのように飲んでいる。
(いいさ。今日は遊びに来たんだし。あれすぐそこの自販機で買ったやつだし)
と自分に言い聞かせる。僕のため息は空へと昇って行った。
「お、いたいたー」
そう言いながら百が虚子の手を引きながら歩いてくる。虚子は白く、ひらりひらりとした可愛らしい水着。百は凄い赤い、なんと言うかビキニだ。凄い赤い。目に痛いくらい赤い。
「二人共水着似合ってるね」
「あら、てっきり暑い、帰りたい。とか言うのかと思ってた」
「みんなで遊びに来たんだろ?ならそんなわがまま言えないさ」
「ふ〜〜〜〜〜ん」
そう言いながら百は僕のお腹を肘でつんつんしてくる。
それにしても気になったのは虚子が抱えている謎の物体。何かの顔とずっと目が合っているが、目が怖い。
虚子は僕がそれと目が合ってることに気づいたのか、その物体を自慢げに見せてきた。
「これはさっき買ったねこさんの乗れる浮き輪ですよ!」
「この子がどうしても欲しいって言うから買ったのよ」
「それは悪いな。いくらだった?」
「いいわよ。売れ残って凄い安かったし、それに私も少し欲しかったし」
「そうか…ありがとうな」
「気にしないで。さ、泳ぎに行きましょ!」
そう言うと百はまた虚子の手を引っ張ってプールに入って行った。
「ちゃんと準備体操はしろよー!」
僕はこの日陰で二人が遊んでいるのを眺めていようと、またプールサイドチェアに寝転がろうとする。が、一瞬立った隙をつかれて知らないおじさんがもう寝転がっている。
しょうがないので二人と一緒に居ようかとプールを見てみるも、人混みに紛れて見えなくなってしまった。嘘だろ銀髪だぞ?見失うか?
更にしょうがないので二人を探しながら、プールサイドをぶらぶら歩く事にした僕だった。
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デカいウォータースライダーに勝を乗せる口実を頭で練りながら、プールサイドをぷらぷらと歩いている時だった。前方に泣いている小さな女の子が見えた。今はちょうどお昼時。家族連れはみんなお昼ご飯を食べに行く時間帯のはずだが。
それにしてもゴミのようにいる人々は、その女の子を避けて通っているように見える。そんなにトラブルが嫌いか?面倒事が嫌いか?僕も面倒事やトラブルは嫌いだが、それを見なかったフリをする方がもっと嫌いだ。
「どうしたんだ?お嬢ちゃん」
女の子は泣いていた顔を更にくしゃっと歪ませた。そんなに怖い顔してるか?なんて考える暇もなく、どれだけ怖がらせないように話せるかを考える。ダメだ。僕の頭の中に迷子の小さな女の子に対する対応法は存在していない。
とりあえず膝を折り、女の子の目線に合わせる。
「お母さんは?お母さん迷子になっちゃった?」
「……ぅ…」
女の子は小さく頷いた。ありがとう、子供に話しかける時は目線に合わせるためにしゃがもうと書いてあった何か。助かったよ何か。
僕は昔読んだ覚えがあるような無いような本に頭の中で感謝を述べながら、辺りを見回す。迷子の子供を探す母親らしき姿はない。
「お母さん探す?」
「……ん…」
女の子は泣きそうな顔を腕でゴシゴシとした後、僕の手を握った。強い子だ。
歩き出したは良いものの、どこに行こうかアテもない。とりあえず無難な所でプールサイドを一周する。すると、あっさりと母親は見つかった。百と一緒に。
「何があったかは予想が着くぞ。迷子を探してた母親がいたから一緒に探してただな?」
「そうね。そっちは迷子の子供と一緒に母親を探してた。でしょ?」
「まぁな」
再会を喜ぶ親子を横目に、軽口を叩き合う。とても感動的なシーンだが、一つ、僕には疑問な事があった。
「「虚子どこ行ったの」よ」
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集合場所を決め、手分けして創作を始めた。だが成果はそう簡単には上がらなかった。
銀色の髪が見え、追いかけたらおばあちゃんだったり。虚子の水着だと思って追いかけたらおばあちゃんだったり。結局虚子が見つからないまま1時間がたった。
「どこ行ったんだよ…」
この施設を軽く一周はした。それでも見つからないのだ。
休憩のために、プールサイドチェアに腰を下ろす。すると、真後ろでの会話が耳に入った。
「さっきウォータースライダーの柱の裏でさ…すっげー可愛い銀髪の子がいてさ」
「へ〜」
「声かけようかな〜って思ってたらなんかチャラそうな奴らが近づいて行ったからやめたんだよな……」
ウォータースライダーの柱の裏。
僕はプールサイドチェアから立ち上がり、若干駆け足でウォータースライダー方面へ向かった。
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「へっへっへっへっへっ」
「へへっへっへっへっ」
「へーっへっへっへっ」
迷子の子供を探していたら、うっかりはぐれてしまった上に、人混みの少ない所に入ってしまい、更にさっきからへっへっへっしか言っていない怖い見た目の金髪3人組に囲まれてしまいました。
「あ、あの…通してください……」
「へっへっへっ…君かわいいねぇ…俺らと遊ばない?へっへっへっ…」
「へへっへっへっ」
「へ〜へっへっへ〜」
こちらをチラッと見た人は少なくは無いはずなんです。でもみんなまずいものを見たように目を逸らして早足で去ってしまいます。
こんなにも怖いのに。こんなにも不安なのに。誰も助けてくれません。
「おい、離れろよ」
「へっへっへっ…?」
「へへっへっ」
「へ〜へっへっへっ……誰だァ?」
声のした方を見ると、コウくんがそこに立っていました。腕組みして、必死に自分を奮い立たせているのが見て分かります。
「へっへっへっ…痛い目見るぜぇ…?」
「へへっへへっへへっ…この女の彼氏かぁ…?」
「へ〜っへっへっへ〜……」
「もう一度言うぞ、とっととその子から離れろ」
金髪の3人組はコウくんの肩や頭に肘を乗せ、コウくんのからだをぺちぺちと叩き始めました。
すると、私の後ろから声が聞こえました。
「おいおいおい、俺の親友に何ちょっかいかけてくれてるんだ?なぁ!」
その声の主は私を後ろに庇いながら、金髪3人組をコウくんから引き剥がしました。
「遅いぞ」
「悪いなジョーコー!遅れた!」
そこには、勝さんがいました。いつもよりその背中が大きく見えました。
「へっへっへっ……覚えてろよ」
「へへっ…顔は覚えたからな」
「へ〜へっへっ…迷惑かけてごめんなさい」
3人組はそう捨て台詞を吐くと、離れていきました。
コウくんはその場に座り込みました。
「マジで遅い」
「すまんな!こんな事になってるって知ってたらもっと急いだんだがな!と言うか俺が居なかったり、絡まれてるジョーコーを見つけなかったらどうしてたんだ?」
「………どうもならないさ。僕がボコボコにされてたくらいかな」
「あの!ありがとう…!二人共!」
そう言うと、二人は顔を見合せ笑いました。
「俺はデカいしか取り柄が無いからな!」
「僕は何も出来ないからな」
二人は「またまた〜」と笑いながら仲良さそうに突っつき合ってます。すごく平和で幸せです。
「覚えてろって言ったよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう叫びながら走ってきたさっきの男に突き飛ばされ、私は一瞬宙を舞いました。空がとても綺麗で、綺麗で、
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突き飛ばされた虚子が水に落ちたと同時に、
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ジョーコーは叫び声をあげながら、水の中に飛び込んで行った。俺は犯人を捕まえようと振り返るも、すでにそいつは人混みの中に消えてしまっていた。
「クソ!ジョーコー!」
水面に虚子を抱えながら上がってきたジョーコーをプールサイドに引っ張りあげる。
ジョーコーに抱えられた虚子はケホケホと小さく咳き込んでいた。だが、ジョーコーの息は浅く、顔も死体のように白い。
「おい!ジョーコー大丈夫か?!」
「あ…あ…?あぁ…きょうこは無事か?」
「無事だ。見ての通りな。お前が助けたんだ」
「そうか……そうか……………」
そう呟くと、ジョーコーはその場に倒れ込んだ。どうやら気絶したようだ。
気絶したジョーコーを背負い、立ち上がる。
「大丈夫か?」
「うん。ケホッ…少し水飲んじゃっただけだから…」
「とりあえずジョーコーを医務室まで連れて行く。一緒に来てくれ。さぁ!散れ!野次馬!」
その一声でいつの間にか出来ていた人の壁は、キレイさっぱり無くなった。
俺はジョーコーを背負い、医務室を目指して歩き出した。ついでに道中百も捕まえた。
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「ごめん…百、勝、虚子…」
気づけば知らない天井だった。どうやら気絶した僕は、夕方まで目を覚まさなかったらしい。
「いいわよ。私は何も出来なかったから…」
「プールなんていつでも来れるさ!そう落ち込むなよ!」
「私のためにごめんね…私のためにありがとう…」
「………」
「……」
「…」
「なぁ!今度の夏祭りみんなで行こうぜ!」
「ふふ…いいわね」
「絶対行こうな」
「うん!約束だね!」
自然とみんなから笑みが零れた。
この一言は勝なりの気遣いだったのだろう。
ありがとう。