5話
虚子が僕の元に来てから数日がたった。
別段変わった事はない。いや変わった事はあった、勝や百がよく来るようになった。おかげで静かな夏休み計画は台無しになって、賑やかで楽しい夏休みになってしまった。
そんなある日、勝がこんな事を言い出した。
「部屋の中に籠りっきりじゃ身体に悪い!運動しに行こう!」
と。
これは僕に言った言葉でもあり、虚子に言った言葉でもある。
事実僕は彼女をこの部屋から一歩も出していない。外に出す事で、もう二度と帰ってこないということに恐れているからだ。あの時みたいに。
だが、当の本人はそれに賛成した。本人曰く、
「この街を見てみたい!」
との事。
それで百も連れて、4人で街を回る事にした。
よく行くスーパー、地元の人間だけで回っている商店街、よく行く本屋、デカい服屋、僕達の通っている学校、周りの店を潰して吸収しているデカいモール、その他色々。
そして近場のちょっとした山にある神社で今、休憩をしているわけだ。
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「昼飯どうする?!」
「さっきたこ焼き食べてたじゃない…」
「あれは…美味しかったぞ!」
百は静かにため息をつき、顔を逸らした。
虚子はお茶の入ったペットボトルをくぴくぴと飲んでいる。
「大丈夫か?」
「うん!商店街の人達も街で会った人達も優しい人ばっかり!」
「そうか…足が痛くなったらすぐ言うんだぞ」
虚子は笑顔を僕に向けた。
どうやら僕が思っている程悪人は多くないようだ。
「よし!とりあえず飯を食いに行こう!」
「どこに食べに行くのよ…」
「駅前に「ラーメン屋は却下」何故だ!」
「あの店汗臭いじゃない!」
「そんな訳ないだろう!」
「汗臭い人間は汗臭い臭いに慣れてるから気付かないだけよ!」
「でも美味しいぞ」
「だろ?!お前うまいうまいって言って食べてたもんな!」
「でもあの店汗臭いから今日行くのはダメだ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
そう叫びながら勝は地面に五体着地した。喧しいやつだ。セミと間違われて虫取り網振られても知らないぞ。
「他に意見は?ない?じゃあ近くのファミレスで済ませましょ」
地面に横たわったまま勝はウゴウゴと喜んでいる。気持ちが悪いので虚子には見せないようにしよう。まぁ、今一番近くでこいつを観察しているのは虚子なので時すでに遅しと言うやつだ。突っつき出した、完全に見せないようにと言うのは手遅れだ。
「ほら、いつまでも地面に寝転がってないの。行くわよ」
「へ〜い」
そう言うと百は歩き出した。勝はバネのように飛び起きた。僕と虚子はただ平凡に百の後をついて行った。
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「そう言えば夏休みの課題ちゃんとやってるの?」
食後のデザートを楽しんでいた手が止まる。賑やかだった店内もその一言が聞こえたのか一瞬で静まり返る。店内の沈黙は一瞬で解かれ、元の賑やかさに戻った。
「…………」
「…………」
二人を除いて。
「どれくらいやったの?」
「半分だけ……」
「半分やってたら上出来よ。でも去年のコウは今頃には終わってたわよね。どうしたの?ってこの子ね」
僕は夏休みの最初の方に課題は全て終わらせるのだが、今年は半分程度しか出来なかった。いや、言い訳をする気はないさ。やらなかったのは僕の責任だから…
「そぉれぇでぇ…?去年最後に泣きついてきたランニングアホはどれくらいやったのかしら〜〜?」
「………ぃ」
「なんて?もう一回ハッキリと」
「名前……………書いたくらい…………」
いつもはデカくて邪魔に思う事もある勝は、今はもう蟻程の大きさもないように思えてしまう。それくらい小さくなっていた。
「それは、やったとは、言わないの。今日からコツコツやる事、もう泣きついてこないでよね」
「はい…………」
「もう…まだ夏休みは半分も終わってないじゃない!元気だして今からやりなさいよ!」
百は自分の頼んだチョコレートパフェをペロリと平らげた。
対する勝は頼んだチーズケーキをチビチビと食べていた。
虚子はそんな様子を楽しそうに見ながら、ジュースを飲んでいる。
僕は静かに残ったコーヒーゼリーを飲み込み、こんな騒がしい夏休みも悪くないなと思った。