4話
僕は今日、虚子を家に残して買い物に来ている。目的は虚子の服だ。いつまでも僕の服を着せる訳にはいかない。服は決して多いわけでもないし……サイズが合ってなかったり……あぁ。そうだよ。虚子に着せたものを着るのは色々’’あれ,,だからだ。悪かったな、僕だって人間の男だ。
だが。一般的な男子高校生が女物の服を買いにキラキラした洋服店に入るのは不自然だろうかと悩んでいる。一時間もだ。
店の中の定員からは不思議そうな目で見られ、近くのカフェの客は通報の準備をしているようにも見える。恐らく気のせいだろうが。
「さっきから見てるけど何してるの」
「…!百ぉ!」
「とりあえずこれ。ずっと居たから暑かったでしょ」
そう言いながら百は僕にペットボトルに入ったお茶を投げ渡した。
蓋を開け、お茶を飲む。思考のせいで忘れていたが、今日は最高気温更新日とか言っていたような気がする。どおりでこんなに暑いわけだ。
「それであんたに無縁なお店をジロジロ観察して何が目的?」
「あ〜…う〜ん……」
こう言われると説明が難しい。拾った少女の為に服を買いに来ましたと馬鹿正直に言えば僕は恐らく、変態誘拐犯のレッテルを貼られて残りの人生を過ごすことになりそうだ。
上手い誤魔化し方を考える。
そんなものこの暑さに長時間晒されて正常に考えられるものか。
「お〜い?生きてる?」
百が僕のおでこをノックする。
「いい事考えた。一緒に来てくれ」
そのノックした手を掴み、百と一緒に店に入る。
僕の事をジロジロ見ていた定員は何事も無かったかのように「いらっしゃいませー」と僕達を歓迎しながら自分の業務をこなしている。
「急に何よ!」
百が小声で尋ねてくる。
僕は脳で生成し口で発すると言う肯定を省いた、口からただ流れ出る言い訳を百に話した。
「いや実は親戚の子が家に来ているんだけどしばらく滞在するらしいんだ。それで荷物を空港で無くしちゃったみたいで服が無くて。その上その子ロシア人だから暑さに弱くて今の気温じゃ部屋から出られなさそうだったから僕がその子のために服を買いに来たって訳」
「……」
我ながら完璧な言い訳だ。これには百も納得せざるを得まい。
「嘘ね」
「何を根拠に」
「あんた嘘つく時いっつも左耳がヒクヒクしてるのよね」
「嘘だろ!?」
左耳を触る。だが、左耳がヒクヒクするどころか、ピクリともしない。
「えぇ、嘘よ。けれどマヌケは見つかったようね」
まさか百に罠に嵌められるとは。数年の付き合いだが、まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった。
いや、だかしかし。百も日々成長しているということだろうか。出会ったばかりの泣き虫中学生だった頃の面影は今はどこにも無い。
「成長したんだなぁ…」
「何親目線で感動してるのよ…!それよりも、ちゃんとした理由話してくれる?」
「いや…ここではちょっと」
百は僕を疑うような目で見た後、はぁと大きなため息をついた。
「今は聞かないでおいてあげる。けれども後で’’絶対,,話してね」
「あぁ。わかった」
「さ、服を買いに来たんでしょ?この店に来る理由なんてそれくらいしか無いわ。私も服選び手伝ってあげるからさっさと済ませましょ」
そう言いながら百は求めている服のサイズと使用用途を聞いてくる。
良い友達を持ったものだ。
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大量の服の入った袋を抱えながら、自分の部屋の前に到着する。百には玄関の外で待っていてもらい、自分は大量の服と部屋に入る。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
「ちょっと合わせたい人がいるんだけどいいかな」
「私に…?」
「友達なんだけど、この服選ぶの手伝ってくれて…」
虚子は少し考えた後、小さく頷いた。
百に部屋に入ってくるように伝える。
「お邪魔しまs……」
「えっと…初めまして!ウロボロスと申します…じゃなくて桜川 虚子です…!よろしくお願いします!」
「かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!」
百はそう言いながら虚子の手を握った。
「私の名前は桃家 百!よろしくね!ところでかわいいね!化粧水何使ってる?もしかしてノーメイク?肌すべっすべ〜!髪の毛サラサラ〜!いい匂いする〜!何この子女神!?」
「説明が難しいんだよな…」
僕は百にこれまでの経緯を話した。
「ふ〜ん…不思議な子って事は分かったわ。でもこんな可愛い子の服ならもう少しいい物の方が良かったわね…」
「驚かないんだな」
「驚いてないわけじゃないんだけど…なんか現実味がないって言うか…」
そう言いながら百は虚子の頭を撫でる。
「でもまぁ可愛いからなんでもいいわよね。さ、買ってきた服を着てみて!絶対似合うから!」
「それはいいな。……なんだ?僕の顔になにか付いてるか?」
「着替えるんだけど」
「ん?あぁ、悪い」
そう言って僕は部屋を出る。
「終わったら電話するから」
電話が部屋の中から僕の元に投げられる。
さて、この暑い日差しの中部屋から投げ出された訳だが。
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「それで俺の元に来たわけだな!」
「財布は部屋の中に置いてきたからな」
「ははははは!でも良かったのか!?俺にそんな話して!」
「まぁお前は悪いヤツじゃないしな。それに何か企めるほど頭回んないだろ」
「ははははははは!酷い言いようだな!」
勝は笑いながら、氷をボリボリと食べている。
僕達は男二人、暇を持て余していた。
勝の家に娯楽らしい娯楽はない。勝の家はあまり裕福では無く、だが食うのに困るほど貧しくもないらしい。
「暇だな!走りに行こうぜ!」
「こんなに暑いのに?却下だ」
「この部屋も暑いだろう?!冷房も無ければ涼しいそよ風もない!」
「扇風機が動いてるし氷だってある。外よりマシだ」
「ジョーコー……」
勝はため息をつきながらまた氷を食べた。と言うかずっと氷を食べている。そろそろそのボリボリ音が耳障りになって来た。
「そう言えば鳥人間の話を先週くらいからめっきり効かなくなったな」
「ん?あれか!最近聞かないな!野生に帰ったとかじゃないのか?!はははははは!」
セミと勝のやかましい鳴き声がイライラを更に加速させる。
「…不服だが外に行こう」
「その気になったか!もう日も落ちかけているからあんまり暑くないぞ!さぁ!走りに行こう!」
「走るのはゴメンだ」
テロリロリン
と携帯電話が鳴る。
僕はこの地獄から開放される喜びを、たったの4文字で呟いた。
「やっとか」
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部屋に着いた頃にはもうすっかり日は落ちていた。
どこかからカレーの匂いがする。
扉を開け、部屋に入る。すると、エプロン姿の百が出迎えてくれた。
「遅かったわね…ってなんで勝も居るのよ…」
「いや〜話を聞いたら一目見たくなってな!まぁ気にするな!ははははは!」
「はぁ…まぁコウが行きそうな所は予想ついてたし…勝が来るのも予想出来たわ……」
部屋の中はカレーの匂いでいっぱいで、カレーが3人分机に置いてあった。
キッチンには虚子がエプロン姿で立っていた。
「服を着たりするのはすぐに終わったんだけどこの前のシチューを作ったのが私だって知ったら料理を教えてって」
「えっと、初めて作ったから上手くできてるか分からないけど食べて欲しいな…」
「美味しそうだな〜!!あ!キミがウロボ…桜川 虚子さんだね!話は聞いたよ!俺の名前は藍田 勝!ジョーコーじゃなくてコウ君とは友達!いや、親友だ!よろしく!!」
「あ、えっと、よろしくお願いします…!」
勝は皿をサッと取り、米を入れ、カレーを注いだ。
みんなで机に着く。
「と言うか二人は良かったのか?」
「別に、私はいつも一人で食べてるからいいのよ」
「今日はチビ達が親戚の家に行ってるからな!それにどちらにせよ今日はジョーコーの家で食べる予定だったからな!」
「そうか。まぁ…それじゃあ」
「「「「いただきます!」」」」
楽しい夕食が始まった。