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第二話:小さな恋のうた

 瑞希パイセンの家に来ると、やはりというか、忙しい家の生まれなのか雑然としていた。

「お邪魔します」

 川村さんがお辞儀をして上がり、誰に言われるまでもなく靴を揃える。俺も「お邪魔します」と言って靴を揃え、ついでに三好と瑞希パイセンの靴も揃えておく。三好と瑞希パイセンは和気あいあいと雑談しながら進んで行くので俺は何となく傍観者をしていた。

「河村くん」

 お淑やかな声で話しかけて来たのは川村さんだ。川村さんの声は心地よい。

「川村さん、ええっと、どうかしましたか?」

「あら、意外と礼儀正しいのね。大丈夫よ」

 女の子と話すのは初めてだから分からないだけのことを川村さんはにこやかに聞いてくれた。本当のところ、気の利いた会話も苦手であまり愛想も良くないので川村さんを傷つけたくなかったのだ。

 そんな事をつらつら考えて黙っていると川村さんは──何故か微笑んでいた。

「河村くん、優しいのね」

「そ、それは……」

「だって、三好くんも先輩も河村くんのおかげですごく明るいし、何だろう、地に足が着いた歩き方をしているの」

 確かに瑞希パイセンも三好もやんちゃできかん坊だ。ふたりの優しさや逞しさは実は周りから理解されないのでは、等とも思っている。

「三好くんも、先輩も、もっと落ち着きがなかったのよ」

「へえ、そうなんですね。ちょっと聞いてみたいかも」

「内緒の話にしてね」

「もちろんです、川村さん」

 まるで悪戯っ子のように笑い合う俺達を、ふと鋭利な刃が引き裂く。

「河村、全部筒抜けだぞー」

「川村ちゃん、嬉しそうだけどやっぱ河村くん魅力的なの?」

 にたにた、にやにや。

 まるで唐突に現れたラスボスみたいなオーラを発するふたりに俺と川村さんはしどろもどろになった。


「よし、ヒーローもの。つまりは男児向けのイベント。来場者数は一日五千人を目指すし、大きいし野外活動だ。体力と根性がいる。だけど楽しみを与えられる

よう、みんな積極的に動こう!」

 チラシと瑞希パイセン手製の企画書には熱意と魂が込められていた。それもそのはずで配られたイベントのチラシには『副主宰』のところに瑞希パイセンの名前があったからだ。ショーに映る特撮ヒーローはテレビでも放映されている。その後に女児向けの魔法少女のイベントがあった。どちらも瑞希パイセンがいざとなったら要になるイベントだ。

 作家にとってイベントは夢のある世界であり、新たな作品を売るために必要な現実でもある。

「ただ、相手は子供だ。三好と俺は生憎そこまで細やかな気は使えない。そこで実働部隊が必要になってくる。事故防止の為に走り回る河村くんと、気配り上手な川村さんだ。実際には副主催や主催よりも重たい責任が掛かる。サポートはするが頑張ってもらうところは頑張ってもらう」

 瑞希パイセンの真剣な表情に俺は困惑しながらも頷いたし、川村さんは無表情で聞いている。

「だけどイベントだ」

 瑞希パイセンは途端に笑顔を見せる。

「だけどイベントだ、河村くんも川村さんもいちばんは楽しんで欲しい」

 頷く俺と川村さんに瑞希パイセンはどうやら安心したようだ。イベントは楽しい。あの空気感、それほど嫌いじゃない。苦手だけど嫌いじゃない。矛盾するけど、頼りにされるのは嬉しかった。

「河村くん、頑張ろうね」

 にこりと微笑んだ川村さんに俺は困惑しながらも頷いた。


 それからは三好と瑞希パイセンがイベントの中身を漁ったり連絡を取り合ったりしていた。イベントの実働部隊ではあるけど運営には関わらないため、俺は川村さんとぼんやりしていた。

「ふたりとも楽しそうね」

「ま、俺は雑用係なんでしかたないですね。川村さんは退屈じゃないんですか?」

「一人なら気を遣うけど、河村くんと一緒だから楽しいよ」

「あんまりうまく話せないんですけどね」

「そうなのかな? 河村くんと一緒にいて安心するけど」

「あ、えっと」

「どうしたの?」

 川村さんがきょとんとして俺を見つめるが、先程からこの人は俺を褒め殺しにしている。心臓がうるさい。気の利いたことも言えないまま固まっている。

「河村くん、面白いのね。私、河村くん、好みかも」

「えっ……」

 今まで女の子からそんな言葉を掛けられたことも無い。そもそも女の子で話すのは恵理子くらいだ。恵理子のはっきりした声しか耳に馴染みがないから川村さんのお淑やかな声は戸惑うばかりだ。

「河村くん、いきなりごめんなさい」

「あ、いえ、ちがいますよ」

 川村さんがあまりにも目に見えて落ち込んでいるのを見て俺は無意識に言った。

「今度、デートしませんか?」

 あーあ……いきなりそんなこと言われても困るだろうに、と落ち込むが、川村さんは「うん、いいよ。たのしみ」と返してくれた。

「あ、あの、川村さん……」

「河村くんと出掛けるの、楽しみにしているね」

 ど、ど、ど、どうすればいい?

 はてなマークをたくさん浮かべながら思わず三好の方を向くと案の定三好と瑞希パイセンがにやにやしながら「河村ちゃんやるなぁ!」と笑っていた。

「河村、オトコになる! の巻」

「河村、オトコを決める! の段」

「な、なんなんだその次回予告」

「フレー、フレー、か、わ、む、ら!」

「ふれ、ふれ、かわむら、ふれ、ふれ、かわむら! イェェェェイ!」

「み、三好! 瑞希パイセンも!」

 何度嗜めても三好と瑞希パイセンの冷やかしはヒートアップしていく一方だった。


「とりま、話はこんな感じだけど今日危ないから河村ちゃんも夏海ちゃんも泊まったら?」

 瑞希パイセンによる爆弾がいきなり投下され、俺は開いた口が塞がらないまま瑞希パイセンを見上げる。

「男三人に川村さんは、その」

「河村ちゃん、お前は夏海ちゃんのナイト様なんだからきちんと守ってやれよ」

「河村、大人になったなあ」

「み、三好、瑞希パイセン……」

「うそうそ、河村ちゃんと部屋は一緒だけど、離れて寝れるから安心してな」

「そうでないとおかしいです」

「河村ちゃん、意外と真面目だなあ」

「瑞希パイセンがデリカシーないだけですよ」

 溜め息をつきつつ、瑞希パイセンにお辞儀をすると川村さんもぺこりと頭を下げて向かう。

「川村さん、その、すみません」

「いいのよ、河村くん、庇ってくれてありがとう」

 無邪気な笑顔で微笑む川村さんを目の当たりにすると、どうすればいいのか分からなかった。

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