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第一話

 俺はいつまで経っても立ち止まったままなんだ。

 苛立ちと焦りが込み上げてくるのに、時計の針は立ち止まってはくれない。


「では、四月に新入生が来るので、皆さんは新入生が憧れるような先輩を目指して春休みを過ごしてください」

 ありきたりな言葉で締め括られ、あっさりと高校二年生の学生生活は終わった。

 出席番号十二番、河村優かわむらゆう。さっき返ってきた成績表の総合評価は三。偏差値は五十そこそこ。まあ、可もなく不可もなくと言った評価ではあった。模範的な生徒、というところだろう。そもそも部活は興味がなくて帰宅部、たまにつるんだダチとカラオケでドリンクを乾杯し合って大人の振りをする程度。しかもダチがいるのはひとえに隣を歩くイケメンのおかげだった。

「よう、河村! はぁぁ校長の話ってなんであんな長いんだろ。おかげで便所我慢するの大変だったわ」

「三好……」

 出席番号三十一番、三好一希みよしかずき。常に学年トップ近くを走り、憧れの眼差しを向けられるやつ。そして所謂陽キャである。三好を囲む男友達はもちろん、女子の中でも名前が必ず出てくるイケメンだ。

 一部のガリ勉からは三好を嫌う人間もいるが三好自身は気にしていないためにその堂々とした姿勢も加点がつけられている。そんな三好が最初に声をかけたのは何と可もなく不可もなく人間の俺だったなんてよく分からない。

 第一、俺は三好のような人間があまり得意ではない。好きか嫌いかはさておき、その率直な物言いが苦手なのだ。何かこうチクチクするのだが、嫌いかと言われたらそういうわけではない。どちらでもないというのが正直な感想だろう。そもそも俺は積極的に動くわけじゃない。三好が話し掛けるから答えているだけだ。

「かわむらー、進路決まった?」

「いいや、わからん」

「始業式に提出だって」

「へぇ」

 三好の苦手なところは此処だ。三好はめちゃくちゃタイムリーなのだ。対して俺はそういうのを遠ざける質がある。だから、三好のタイムリーな話題にはあまり答えたくない。どのみちこの偏差値じゃFランの大学が限界だろう。センター試験は間に合わない。AO入試と小論文でどうにか切り抜けたい。なお、就職は考えていない。来年でもう社会人だなんて嫌すぎる。

「俺は就職なんだよね! ちなみにもうハロワに行って決めた。親父が働いてるから紹介してもらえるし」

 三好はいつでも決断が早い。文化祭も何でも早い。やりたいと決めたら迷わない。三好の進路のプリントには会社名と志望動機とやらが書かれていた。俺は願書のプリントだけで憂鬱なのに。

 いったい、なんで三好は一年のオリエンテーションで俺みたいなのに話し掛けたのか分からない。どこも取り柄ないと思うんだが。

「かわむらー、今日カラオケ行こうぜ!」

「あ、ああ」

「いつものメンツは呼ばずに。例えば相田とか瑞希先輩とか」

 相田とは相田翔馬あいだしょうま、出席番号一番の快活なやつ。陽キャの三好ほどでは無いが生徒会長も任された優等生だ。ただ堅苦しさがなく女子のオシャレにも興味を示すため三好と同じくイケメンポジションを確立している。

 瑞希先輩は俺たちより三歳年上の社会人で三好とは親戚らしい。瑞希先輩はフリーターで色々バイトしている。会社員が性にあわないらしい。

 大体三好の人脈で形成された集団に何故俺が入っているかは謎として。

「ちょっとお前にやって欲しいことがあるんだわ」

 いつも寄るちょっとさびれたカラオケ店の前で三好は会員カードを取り出しながらそう言った。俺はさっぱり分からないまま三好の後について行った。


「いらっしゃいませー、二名様ですか?」

「はい、二人でーす!」

 金髪のしゃかしゃかした可愛い女の子の店員さんに三好はピースサインをしながら答える。

「高校二年生の方ですかね? 高校二年生の方は夜十時までなので十時には退店お願いしまーす」

「ありがとうございます! じゃあ二時間で!」

「分かりましたー」

 店員さんからの説明に対する回答はほぼほぼ三好が行い、あっという間に伝票をもらって俺たちは番号の部屋へ行く。

「はぁぁ、これでナイショ話ができるな」

「またなんか悪い誘いか?」

「まあある意味? 瑞希先輩の手伝いだし、かわむらを悪い道に誘うには密室じゃないと!」

「うわあ……」

 瑞希先輩はフリーターと言ったが、本業は漫画家もとい作家であった。ただ、連載や書籍化まではいっていないため今はアシスタントの仕事がメインだった。

「瑞希先輩がアシしてる連載漫画の方があれあれ、ボイスドラマを自主制作しててさー、イベントやるみたいだけど裏方足りないらしいんだよな。だから手伝い引っ張ってきてって瑞希パイセンに俺は言われたのでした!」

「三好は相変わらず……」

 連載漫画家だの作家だのイベントだの、テレビやインターネットの向こう側の話だった俺は三好の話についていけないでいた。そういう類は俺にとって苦手分野なのは三好がいちばんよく分かっているのに何でまた。

「ていうか瑞希パイセンがかわむらを推してきたし、なんかかわむらと俺じゃないといやとか言うし、ここは一蓮托生! 共犯だぜ?」

「……バイト料は?」

「なんと! 一日八千円!」

「うそだろ!」

「これがマジ」

 三好は高校に上がってから部活も入らずバイトしていた。もちろん俺も短期間ではあるがバイトしていた。

 それに高校でのバイトはあまり制限されてなかったし、俺の親もバイトはむしろやれとせっついて来たほどだ。

「場所はちょっと遠いけど瑞希パイセン達が何とかするから安心してくれ!」

 両肩を強く叩かれ、俺は何が何だかよく分からず頷いた。よく分からないバイトではあるが、人から頼られるのは単純に嬉しかったからだ。


「ただいまー」

「あら、ゆーくんおかえり。今日も三好くんと一緒だった?」

「うん、三好がまた無茶振りして……」

「良いじゃない。友だちが困っているなら助けてあげなさい」

 お母さんに出迎えられて三好の事を話すと二つ返事で助けてあげろと言われたため、更につかれた。

「優、遅いぞ。懇談会で目をつけられたら面倒だからもう少し早く帰って来なさい」

「もうお父さんったら。三好先輩がいるから大丈夫よ! お兄ちゃん一人だと心配だけど」

「……恵理子」

「ホントのことじゃん」

 今年同じ高校に上がる二歳下の妹──恵理子にまで頼りない扱いをされてつかれはトータルで五倍増した。三好の存在は家族にも浸透していて正直肩身が狭い。あの堂々とした存在感と絶対的な信用を築ける三好が俺は多分羨ましいし、多分憧れでもあった。

「いただきまーす!」

「いただきまーす!」

 お母さんの声に続いて皆で手を合わせながら三好が何で俺みたいなのに構う理由をずっと考えていた。


****


 今日から始まった春休みはからっとした晴天で太陽が煌めいていた。昨日の夜、眠りに落ちながら耳に挟んだニュースで暑くなるという言葉を聞いた気がする。

 目が覚めたのはLINEの通知音がなったからだ。こんな朝に鳴らすやつは一人しか思いつかない。

「……も、しもし、み、三好……?」

「河村ーお、早寝早起きはいいぞ?」

「春休みなんだから、寝かせろよな……」

「瑞希パイセンもいるぞ」

「……何を考えて……」

 三好の呼び出しは大体タチが悪い。断れないように外堀を埋めて頼んでくる。そういう時はやたら機嫌がいい。そう、三好は今ものすごく機嫌がいい。俺は眠気の他に憂鬱感も一緒に引き起こしげんなりした。

 瑞希先輩はどちらかと言うと好きの部類に入る。元々俺自身が人間が得意ではないから選り好みが激しいわけではないけど瑞希先輩にも三好にも好感みたいなものはある。ふたりと話す時はふわっとした気持ちになる。

 これを好感というなら、そうなのだろう。元々俺自身が自分の気持ちや意思をあまり持たない方だからよく分からない。

 まあ、そんなふわっとした気持ちがあるからこそ三好のLINEの呼び出しに応じている訳だが。

 下着を履き替え、タンスから無難なTシャツとズボンを取って着替えて髪をとかす。

 バックを取り出して部屋を出ると先に出掛ける準備を終えた恵理子が何か言いたげにして待っている。三好と話がしたいからそのお願いだろうと理解する。

「お兄ちゃん」

「何」

「あ、いやね、今三好先輩と話していたでしょ」

「まあ、そうだけど。紹介ならしないぞ。三好はそういうのうんざりしてそうだから」

「そういうのじゃないよ。第一、三好先輩はお兄ちゃんと一緒にいるのがいいと思うし」

「?」

 恵理子は何か苛立ったようにたしなめた。まあ、そんなつもりはないのにたしなめられたら苛立ちもするだろうと落ち込むと恵理子は何か苛立ったように続きを言う。

「あのね、もう高校三年生じゃない。お兄ちゃん」

「まあな」

「お兄ちゃん、そんな成績悪くないんだし、こういう学校行けばいいじゃない。お兄ちゃんってコツコツ頑張るタイプだからいけると思うし」

 恵理子が渡してきたのはオープンキャンパスの資料だった。

 S専門学校、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、看護師、医師。医療福祉の大学だ。

「私進学しないから学費くらいは稼げるし、お兄ちゃんってこういうの向いてると思うから」

「へえ、あんまり考えたことないな」

「……お兄ちゃん、三好先輩のいちばんの理解者だと思うよ」

「あんまり考えたことないけど」

「お兄ちゃん」

 三好を理解しているとは思わない。どう考えても三好はキラキラしているし誰に対しても優しいし公平に接する。かっこいいと思う。

 ただ、少しだけだろう。ほんの少しだけだが、つかれたような、どこか悲しそうな顔をする時がある。影が差す、というべきか。とにかく三好のたまに見る暗い顔が不安でならない。

「進路のこと、心配してくれてありがとうな」

「いいや、どういたしまして」

 恵理子はふわっと笑ってスキップしていく。ただ、小さかったはずの恵理子までもう未来を見据えている。それも特に何の葛藤も抱かずに恵理子は決断する。

 恵理子の勧めは嬉しいはずなのに、何故か少し寂しかった。

 手渡されたオープンキャンパスの資料には白衣の女の子が真剣に誰かと向き合っている姿が映っている。何となく、その白衣の女の子が頭に焼き付いて離れなかった。


「遅かったな!」

「えー、あー」

 指定された時間には間に合わせたつもりだが三好と瑞希パイセンと──後ろにいる女性の三人が既に待ちくたびれたと言った顔をしていた。プリント等は瑞希パイセンが持っていて瑞希パイセンが簡単な概要を説明する。

「握手会とショーとか色々あって皆に手伝って欲しいのは受付とイベント対応とまあ、子どもの対応だよな」

 イベント会場は大きいスーパーで確かに走り回って仮に迷っても見つかりにくい。チラシからしてヒーローものでこの対応は骨が折れるだろう。

「受付には可愛い女の子がいいから俺の後輩、夏海ちゃんを連れてきた」

 瑞希パイセンが振り向くと大人しめの──良くも悪くも可愛らしい大学生と言った感じの彼女が穏やかな笑みで一礼する。

「さて、中に入ってお互い自己紹介だな。精鋭を選んだから夏海ちゃんも気兼ねなく頼ってくれよな」

「任せてください!」

 こういうのに率先して返事をするのは三好だった。やっぱり三好は三好だなと俺は感心と疲労を綯い交ぜにした感情を懐かずにはいられなかった。

 ただ、俺は穏やかに笑っている瑞希パイセンの後輩──確か夏海、と呼ばれていた女性のことが何となく気になって仕方なかったのだ。


 とりあえず瑞希パイセンの家に行くことになったので道中歩くことにした。

「このハキハキしたイケメンが三好。とりあえず三好がいれば三好に丸投げしたらいいよ」

「パイセン俺の扱い酷くないっすか」

「信頼の証だろ」

 相変わらず喋る瑞希パイセンと喋る三好の爆発力には感心する。一方でつかれるのも確かだ。ぐったりしながら話を聞いていると隣にいた彼女──夏海が話しかける。

「ええっと、プリントではお名前を見ているのだけど、改めて教えて貰えないかな」

 恐る恐ると言った様子で聞いてきたので配慮が足りなかったと反省しつつ回答する。

「初めまして、河村優です。ええっと、夏海さんと呼んだらいいですか?」

「河村? 偶然かしら。私の名前は川村夏海かわむらなつみっていうの」

 プリントを見せてくれて、メンバーの名前に三好と俺の名前のすぐ下に彼女──川村夏海の名前があった。なるほど、かわむら違いだ。

「名字呼びだとややこしいから優くんでいいかしら? 私のことも夏海呼びの方がしっくりくるかもしれない」

「そうですね。間違えないですもんね。字は違っても呼び方は一緒ですし」

「ありがとう、優くん」

 どこにでもある名字「かわむら」を一時は平凡だとガッカリすることもあったが、今は何となく嬉しかった。名字が一緒という共通点を持つ女性と歩いていることが単純に嬉しいという男子特有の下心かもしれない。

「優くんって彼女いるの?」

「あんまり女の子と話したことがなくて。妹ならいますけど俺よりしっかりしてます」

「私にも妹がいるけれど、気が強いからついつい私が根負けしてしまうのよね」

「俺がぼんやりしているっていうのもあるかもしれませんが、居づらい時もあります」

「あら、一緒ね。また共通点を見つけた」

「いいところ、なんですかねえ」

 そんな何気ない会話を流れるように続けていた。中身はない。ただ、確かに心地よかった。

 ただ、穏やかに笑って話し始めた夏海さんの声を聞くのがとても楽しかったのは間違いない。

 多分時間にして三十分ほどだが、三十分とは思えない程長い時間を彼女と一緒いたのかもしれない。

 ぼんやりと、正確には途方に暮れていると夏海さんが何故か嬉しそうに笑っていた。

「河村くん、ありがとう」

「あ、いえいえ」

 無難な返ししかできないと呆れつつ、どうにもならないので曖昧な笑顔で誤魔化した。こういうのは得意じゃない。彼女に御礼を言われることをしたとも思えないからどうしたらいいか分からない。

「おい、かわむら。楽しそうだなあ」

 瑞希パイセンの家につけば三好と瑞希パイセンがにやにやしながら指さしている。

「可愛い女の子と話して嬉しいーって顔してるな、河村くん」

「ヒュー、俺も川村さんと話したいんだけどなぁぁ」

「み、みよし! 瑞希先輩も!」

 この二人に終始からかわれ続け、隣にいた夏海さんからも「河村くんって可愛いのね」と言われて俺のメンツは台無しになったのだった。

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