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エレベーター

作者: 仙鶴

展開は考えているものの、続きが書けるか分からないので短編で…







キンッと空気が震える、ある冬の夕方。

その日私は母の見舞いに来ていた。


入口の自動ドアを潜り、エレベーターに乗ると目的の階のボタンを押す。


もう付き合いも長くなった看護師さん達は、いつも朗らかで優しい。

「こんにちは」と挨拶をして病室に入る。


それが、いつもの事。



「あっ、すみません、乗ります」



閉まりかけた扉の向こうから聞こえた声に、反射的に開を押す。

すみません、と頭を下げながら入ってきた人がうっかり挟まれたりしないように、私はボタンを押し続けた。


ここのエレベーターは扉が閉まるのが早いのだ。病院なのに。


車椅子対応のものはそんな事ないのだが、いかんせん台数が少ない。

私の母のように足の不自由な人は結構大変だ。

乗ってきた人も松葉杖を両杖でついているので、さぞや困らされている事だろう。



「何階ですか?」



右足にギブス。

多分外科関連の三階か五階だろうなぁ、と思いつつ聞く。



「あ、五階でお願いします」



こくりと頷いてボタンを押す。



「ありがとうございます」


「いえ」



静かに扉が閉まり、エレベーターは上昇を始めた。



背の高い人だな、と思った。



私は身長が165cmある。

女子の中ではやや高めなのだが、その人は杖をつくのに猫背気味になっているのにも関わらず、私よりずいぶん上に頭がある。

普通に歩いたらエレベーターに頭をぶつけるのではないだろうか?…流石に言い過ぎか。



(そういえば、以前電車のドアにおでこをぶつけていた人がいたな。あれは痛そうだったな…)



ぼんやりとその時の事を思い出していると、ポーンッと五階に到着したことを知らせる音が鳴った。



「どうぞ」



軽く振り向いて相手を促す。



「ありがとうございます」



ニコッと笑ったその人がエレベーターを降りようとした時、カクッと杖が地面に引っ掛かった。



「うわっ…と、とっと…!」



コココッと、つまづきかけたものの、辛うじて堪えた…のは良かったのだが、その衝撃でその人が下げていたコンビニ袋の中身がエレベーター内にばらまかれてしまった。



「えっ!うわ、まじか…!」



エレベーターを降りかけていた中途半端な体勢で、慌てて振り返ろうとするも、杖が邪魔をする。

反射的にしゃがみこんだ私は、扉が閉まらないように足を滑り込ませると、てきぱきと落ちたもの達を集めた。



「あぁっごめんね、ありがとう!」



慌ててお礼を言ってくれるその人に「いえ、」と返しつつ、袋に入れようと受け取った。


のだが。



「あちゃー。破れちゃったのか…」



どこかに引っ掻けたのか、側面にザックリと大きな穴が開いていた。

これでは数歩歩けば元の木阿弥だろう。

少し考えた私は、立ち上がるとエレベーターを降りた。



「部屋まで持っていきますよ」


「え、大丈夫だよ!気にしないで!」



閉まる扉を背後に袋を抱えようとすると、びっくりした顔でブンブンと首を横に振る。

それならば、と袋を渡すと、笑顔で「ありがとう」と言って歩き始めた。


…のだが。



「…持ちますよ」


「うん…ごめんね、お願いできるかな…」



杖の振動に負け、一時も保たずポロポロと落ちてきた中身を拾い上げながら見上げると、その人は申し訳なさそうに眉毛を下げた。








お兄さんは佐々木(ささき)晴臣(はるおみ)と言った。

私の名前が須々木(すすき)だと言ったら、「似てるね」と笑われた。



「その制服、誠森高校(せいしん)だよね?実は俺OBなんだ」


「そうだったんですか」


「歴史の山口先生、まだ居る?三年の時の担任でさ」



まさかこんなところで先輩に会うとは。



「ちょうど今担任です」


「そうなんだ!あの先生の授業面白いよね。内容はほぼ豆知識だけど」


「そうですね。私、あまり歴史得意じゃなかったんですが、そのお陰でちょっと興味持てました」


「話が面白いよね。俺も歴史は年号しんどくて覚えられなかったけど、山口先生の授業だとすんなり入ってきたなぁ…」



どうやら、佐々木さんが知っている他の先生も結構残っていたようで、先生話に花が咲く。

私が今二年生だと言うと、ちょうど弟さんと同い年だったらしく、使っている参考書の話になった。



「あ、ここ」



コツン、と杖の音が止まる。



5012 佐々木晴臣様



杖を持ち替えようと動かすのを見て、「開けます」と声を掛けた私は、扉に手を掛けてカラカラと横に引く。



「ありがとう」



佐々木さんはふわりと笑い杖を持ち直すと、コッコッと歩いていく。

その後に続き室内へ入り、佐々木さんがベッドに腰かけると同時に、脇にある小さなテーブルに持っていたものを下ろした。


杖をベッド脇に立て掛けながら、私より目線が低くなった佐々木さんが苦笑する。



「ごめんね、わざわざ持ってきてもらっちゃって…。誰かのお見舞い?」


「はい。母が入院していて」



そっか、と呟いた佐々木さんは今私が置いたものをごそごそと漁る。



「お母さんは食事制限とかあるのかな?」


「いえ。今は特には」


「そっか。じゃあ、コレ」



「ちょっと手、出してくれる?」と言われて出すと、掌に何かコロリと落ちてきた。



チロルチョコ二つ。



「これしかなくてごめんね。全然お菓子買ってなくって…。良かったらお母さんと一緒に食べて?」


「いえ、大したことはしてないので頂けません」


「いやいや、十分助かったよ。両杖だと本当不便でさ。…君が居なかったらエレベーターに挟まれて途方にくれてたかも。

 ガションガション挟まれながら落ちたもの拾うのってかなりマヌケじゃない?」



「体は痛くはないけどさぁ、心が痛いよ…」と、外国人のように肩をすくめおどける。



言われて想像してみると、笑ってはいけない場面なのだが。

確かに、と少し可笑しくなった。

クスクスと笑う私に佐々木さんも笑う。



「さっきの俺からしたらもう須々木さんは救世主。女神降臨だったよ」



だから、貰って?



そう言って、おどけたままイタズラっぽく笑った。


なんだか大袈裟だなぁ、とは思ったけど、意外とその物言いが嫌いではなくて。

大人の気遣いって言うものなのかな、なんて思いながらチョコレートを握りしめた。



「…じゃあ、いただきます」


「うん、本当にありがとう」



手の熱でチョコが溶けないように上着のポケットに入れ、荷物を背負い直し扉に向かうと、「ありがとうございました」と、ペコリと頭を下げる。

閉まり際、顔を上げると目が合って、ヒラヒラと手を振ってくれたのでもう一度会釈してから静かに閉めた。



(お母さん、チロルどっちが良いかなぁ…)



到着したエレベーターに乗り込み、面白いお兄さんの話をどう話そうか考える。

今日は学校でも良いことがあったので、話すことが目白押しだ。


ポケットに手を突っ込みチョコを指でコロコロ転がすと、ほわりと暖かくなったような気がした。





ただ、それだけの、出会い。












ありがとうございました。

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