カラーレス・カラフル
思うように使えない松葉杖に苛つきながら、リハビリ訓練を続けて4日が過ぎた。
土曜日以降、コーシの顔を見ていない。後悔と反省で送ったLINEも、既読が付いた切り、今日に至る。忙しいことは分かっているし、謝っておきながら返事の催促なんか出来る筈もない。
もやもやした気持ちを抱えたまま、歩行訓練を兼ねてフリールームへ行く。広いテラス風の窓があり、テーブルやソファ、自販機、レンジ等が並んでいる。入院患者の息抜きや、見舞い客との気兼ねない談笑に利用されている。
私は自販機で温かいココアの缶を買って、窓辺のソファでチビチビ啜った。窓の向こうは、高速道路が走っていた。物流のトラックが次々に駆け抜ける。忙しない季節を前に、陽だまりの院内は、毎日同じことの繰り返し。たった10日程度の入院とはいえ、日常から切り離された「置いてけぼり感」を育むには十分だ。焦るなという方が無理。リハビリも。仕事も。コーシとのことも。
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病室に戻ると、カーテンの中、コーシが丸椅子に腰掛けていた。くたびれてシワの付いた紺色のスーツで。
「あの……ごめんなさい、私、あの時」
「うん。僕も、ちゃんと聞こうとしなかった」
口をついた言い訳を、彼は最後まで言わせなかった。私をベッドに座らせて、手から松葉杖を受け取ると、丁寧に壁に立て掛けてくれた。
「それと――ずっと、話しそびれていたことがある」
いつものフワフワした雰囲気とはちょっと違い、見下ろす眼差しは固い。
「若奈が大変な時だけど――ううん、こんな時だから……聞いて欲しい」
丸椅子を示すと、大人しく腰を下ろす。それでも、彼の眼差しは真剣で。
「来月、新店舗が開店するって話、したよね」
「うん」
「そこ、任されたんだ、僕」
「――え」
「だから、マネージャーじゃなく、店長」
突然の出世。喜んでいい筈なのに、彼の緊張感に飲み込まれ――どちらともなく、ゴクリと喉が動いた。
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「今のアパートから新店舗に通うのは、正直、キツい。だから、引っ越そうと思うんだ」
驚いたままの私の手――両手を、彼はギュッと握る。
「退院したら、一緒に住んでくれないか。もちろん、僕も家事するから」
「――は? ええええっ?!」
二の句が継げない私の前で、彼は紙袋から灰色の包みを取り出した。ぎこちない手付きで包みを解き、弁当箱の蓋を開ける。半分白米、残る空間にはゆで玉子と赤ウィンナー、1cmはある分厚いキュウリの輪切りが並ぶ。
この不細工な弁当を、一生懸命に作る姿を想像すると――胸の奥がキュンとした。
「朝起きて、真っ白なシーツは嫌だよ。若奈がいないと寂しいんだ。生活から色が消えるって、多分、こういうことなんだと思う」
誰かがいて、何かに遭遇して、積み重なって。日常は、カラフルに彩られていく。私はずっと、必死になって色を集め、何度も何度も塗り重ねてきた。
――でも。
スケジュールもキャリアも、しばらく空白になるけれど。未だ見ぬ色を1つずつ、彼と一緒に見つけていけたら――。
「白から始めるのも、悪くないわね」
私は微笑んで、温かな彼の手を握り返した。
【了】
拙作をご高覧いただき、ありがとうございます。
この話は「目覚めたら、白」というテーマで書きました。ですが、「起きたら」「気が付けば」という展開のスタートにはしたくありませんでした。
日常を彩る、という表現があります。また、悲しみをブルーと表現するように、今回の話では、色を比喩的に扱いました。
エピソードのタイトルは、物語の発端、事故の現場で空から色が降る(カラフル←駄洒落)から始まり、色が混ざった後の色(=白)で終わります。
色を混ぜることを混色といいます。
ディスプレイの光でも用いられている「色の加法混色」では、基本の青、赤、緑を混ぜると「白」になります。(反対に減法混色では黒になります)
主人公と母親との関係は、青。
彼氏との関係は、赤(ちょっと薄いですがピンク)。
仕事(同僚)との関係は、緑。
ちなみに、「グリーン・アイド・モンスター」とは、「妬む」という意味の慣用句です。
全部混ざって、ぐちゃぐちゃになった果てに、「白」からリスタートする――というお話でした。
彼女が退院後に向き合う、仕事、彼との関係は、楽観出来ない気がします。
けれども、心機一転、新しく鮮やかな日々を送ることが出来そうな予感を、滲ませることが出来たのではないでしょうか。
あとがきまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
また、別の話でご縁がありましたら、よろしくお願いします。
2020.3.15.
砂たこ 拝