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恋さくら  作者: Ayumu M
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9/9

春風と、甘酸っぱい香り

 いかがでしょうか。

 ちょっとした休憩になればよいのですけど


「ツヅラ。いるんだよね?」


 私は視えない妖に語りかける。


 そういえば、子供の頃は彼の前でだけ素の自分を曝け出していた。独りでいる時でさえ、心の壁を作っていたと思う。


 彼と一緒の時だけ気負わずにいられた。私は自分の心にさえ気付いてなかったんだ……。


 忘れていた感覚を思い出す。必死に堰き止めていた想いが溢れ出しそうになった。


 まだだ。これから始めるんだから。


「お願いがあるの。私の力を返して」


 桜の木に寄りかかる彼を思い描きながら、続ける。


「勝手なのは分かってる。でも返して欲しいの。その力は私が背負うべきものだから」


 私は我儘な人間だ。


 あれほどまでに普通を願っておいて、一日も経たずにそれを捨てようとしている。


 しかも本心では捨てたくない。


 もし視ずに済むのなら、と今でも思っている。


 自分に嫌気が差す。


 それでも、もう一度会いたかった。たとえ彼が私の前から去ってしまうとしても。


 二度と会えないよりはずっと、いい。


「もう私に縛られる必要なんかない。ツヅラは十分過ぎるほど尽くしてくれた。だから背負ってくれた家業も、力も私に返してほしい」


 本当は違う。


 いつまでも縛り付けていたい。私のために存在して、私のために尽くし続けて欲しい。


 真実を知った時、心の奥底では喜んでいた。


 私は醜い。我儘だ。卑怯だ。


「ツヅラはもう自由だよ」


 返事はなかった。


 縋りついていた幻さえも見失いそうになる。


 彼はここにいないのかもしれない。


 いや、いる。あの包み込むような暖かい感覚を覚えている。


 だとすれば差し出すものが違うだけ。


「ツヅラの願いは何?」


 私には分からなかった。


 何を望んでいるのか。何ができるのか。いくら考えても分からなかった。


 私は何も持っていない。何の力もない。そんな私にできることなんて、数えるほどもなかった。


「ツヅラにこの身を捧げる」


 返事はなかった。


「ツヅラに心も捧げる」


 返事はなかった。


「ツヅラに魂も捧げる、から」


 返事はなかった。

 止まったはずの世界で、花びらが舞い落ちる。

「……お願い、だよ」


 もう私には頼むことしかできなかった。


「何でもするから、お願い、叶えてよぉ」


 返事はなかった。


 彼の願いを叶えるはずなのに、私の願い事だけが虚しく響く。

 なんで私はこんなにも我儘なんだろう。


 もう分かっていた。

 私は嫌われたんだ。


「……たい」


 でも、どうしてだろう。

 抑えつけていた想いが一気に流れ出す。


「会いたい。会って顔を視たい。会って声を聴きたい。会って謝りたい。会ってありがとうって伝えたい。会って、会って、会って……」


 いけない。これ以上は駄目なのに。


「伝えたいの」


 顔を視て言うって決めてたのに。

 笑顔で伝えるって決めてたのに。




「ツヅラに大好きだって伝えたいの!」




 柔らかな風が頬を撫でていく。

 地に積もった花びらが一斉に舞い上がり、薄紅色をきらめかせた。


 それは何度となく見た光景と全く同じで……。


「我儘な奴だな」


 またこの光景を何度も夢見るのだろう、と思った。


 彼は当たり前のようにそこにいた。


 桜の木に寄りかかり、眠るように目を閉じていた。


「……どうして?」


「お前が願ったんだろうが」


「でも、わたし何もしてない」


「それ俺に説明させる気かよ? 鬼だよ、お前」


 彼は目を開くと、鼻の頭を物凄い勢いで掻いた。


「ああ、もう! 一番欲しい言葉をくれただろうがよ」


 言葉。それが意味することに気づき、顔が熱くなっていく。


 恥ずかしかった。でも嬉しかった。


「黙ってりゃ、好き勝手言いやがって。そもそも俺は縛られてるなんて思ったことはない。全部好きでやったこと。自由も何もない。感謝されても、謝られても困るんだよ」


「……うん」


「何より腹立たしいのはその後だ。身も心も魂も捧げるとか、ふざけてんのか。俺が悪鬼だったらどうするつもりだよ。それに対価としてもらって嬉しいと思うか? お前はそんなに安いのか? あの時の対価まで安く思えるだろうが!」


「うん」


「馬鹿馬鹿しい。やめだ、やめ! お前にこれ以上言っても無駄だ」


 誤魔化すように捲し立てる彼がとても愛おしい。


 どうして彼はこんなにも優しいんだろう。


「ツヅラ、ありがとう」


 その言葉だけで、十分だと分かっていた。


 それでも対価には足りないと思った。だから本当の対価を差し出す。


 いや、違う。それは誤魔化しているだけだ。他ならぬ私が望んでいること。


「私も謝らないよ」


「……っ」


 何かを言いかけた彼の口を無理やり塞いだ。


 春風が吹き、甘酸っぱい香りが漂う。

 ああ、私の大好きな香りだ。


                        


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