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恋さくら  作者: Ayumu M
5/9

願い事

 少し分量が多めで申し訳ありません。

 削ろうとしたのですが……。


 お気軽に、お読みください♪


 母の部屋を出た私は、月の明かりに照らされた廊下をぼんやりと歩いていました。


此花(このはな)か。こんな時間に珍しいな」


 今はまだ会いたくなかった人の声がします。


 この前までは、あれだけ会いたかったというのに。


「……本当に間の悪い人」


 ついつい本音が零れてしまいます。


 私の返事を聞いて、彼は一瞬だけ顔をしかめたように見えました。


「失礼な奴だな」


「あなたも大概失礼な人ですけどね」


「そうそう、その顔だよ、その顔!」


 彼はからからと笑います。


 何も気にしていない、そんな風に装う優しさに私も自然と笑みが零れました。


葛籠(つづら)さんこそ、こんな遅い時間にどうしたんですか?」


 少し気が楽になって、私は尋ねました。


常葉(ときわ)さんへの挨拶だ。野暮用も終わったことだし、明日には発とうかなと。東京に行く予定があるんだよ」


 明日。


 今を逃すとまた彼と再会する日はいつになるか分かりません。


 私は決心して聞いてみることにしました。


 彼に嫌われるかもしれません。


 それでも、このまま疑念を抱いたまま別れるのは嫌でした。


「あなたは家業を継ぎたくなかったんですか?」


「はぁ? 突然どうした。別にそんなこと考えたこともなかったぞ。あれか、また常葉さんに何か言われたな。あの人の遊び癖にも困ったもんだ」


「……では、どうしてあんなこと聞いたんですか?」


「何の話だよ」


「お願いのことです。本当に約束を果たすために聞いてくれたんですか?」


「はぁ? そりゃ約束したんだからな」


「でも私の返事を予想してたんですよね? それでも聞いたんですよね? どうしてですか?」


 畳み掛けるように、疑問をぶつけていく。


「まぁ。常葉さんから近況を聞いて、思うところはあったからな」


 頭を掻きながら、彼は答えてくれた。


 私の疑念は、とうとう頂点に達しました。


「……もしかして葛籠さんは私の心境を探っていたんじゃないんですか?」


「なるほどな、そういうことか。俺が常葉さんの駒になっていると思っているわけか」


「だって、仕方ないでしょう。今まで便りもなかったのに、急に手紙を寄越してくるなんて。何かあると思ってしまいます」


「……その答えを言う前に、確認しておきたいことがある」


「何ですか?」


「本音を言ってくれ。お前は視えなくなることが望みなんだな」


 今度の彼は視線を逸らしませんでした。


 ここで私が誤魔化す訳にはいきません。


「はい。この力が大嫌いです。私は視えなくなりたいです」


「理由を聞いてもいいか」


 彼の目は、とても傷ついているように見えました。


 それでもやめる訳にはいきません。


 私は、この力のせいで散々な目に合ってきました。


 この話で彼には嘘をつきたくなかったのです。


「視えてしまうモノを無視することは難しいです。私は異常なものを普通と認識します。私には全てが同じに視えます。葛籠さんも思ったことはありませんか? 本当の普通になりたいと」


「俺たちはそもそも異常だからな。普通になるとか考えるだけ無駄だ」


 彼のことを少し理解できた気がしました。


 それと同時に、私と彼の間には途方もない距離があることが分かりました。


 彼のように諦められれば、どんなに良かったことでしょう。


「私の願いは普通に生きることです。この力さえなければ私はみんなと同じ位置に立てると思いました。だから視えなくなりたいんです」


「そんなに普通がいいのか」


「ええ、たとえ全てを他人に押し付けることになろうとも、私は普通になりたかった。いえ、普通になりたいんです。それで他人を縛り付けてしまっていたとしても、私は普通になりたい」


「……やっぱり常葉さんから聞いたのか?」


 おそらく、葛籠さんに全てを押し付けていることを指しているのでしょう。


「はい」


 あの女狐め、と彼は呟きました。本気で怒っているようでした。


「それでも願うんだな」


 私はとても我が儘な人間です。


 卑怯なことが分かっていても、頷くしかありません。


 それが私なのですから。


「……はい」


 私が頷くと、彼はため息を吐きました。




「その願い叶えてやるよ」




 私は耳を疑いました。

 彼は何を言っているのでしょうか。


「嘘ですよね?」


 そんなことできるはずがありません。


 あの母ですら、それはできないと断言しました。そんなことができるとすれば……。


「嘘じゃない。もちろん、それなりの対価をもらうけどな」


「対価?」


 私は戸惑いました。


 そんな私に構うことなく、彼はゆっくりと顔を近づけていきます。


 顎の下に冷ややかな感触が走ります。


 細い指だと気付いた時、無理やり私は顔を持ち上げられていました。


「お前は望むものを手に入れる。その代わり俺も望む対価を頂く。それが契約だろ」


「そ、そんなことできるはずありません」


「できる。俺は人の望みを叶える妖だ。個人で完結する望みなら叶えることができる」


「妖? 個人で完結? 意味が分かりません!」


 葛籠さんが妖だなんて、聞いたことがありませんでした。


 そんな。

 ありえない。


 私は何かとんでもない過ちを犯したのかもしれません。


 しかし、気づいたときにはもう遅かったのです。


「俺は絶対謝らないから」


 ――そう、これは俺にとって正当な対価だから。


 彼は囁くように私の耳元で呟きました。




 何かが触れ合う音。




「……っ」


 言葉を発することができません。


 凍り付くような感触とは裏腹に胸が熱くなります。


 全身が痺れ、締め付けられるような痛みと、訳の分からない恐怖を感じました。


 奪われた。


 私が悟った時、他にも大きな変化が起きていることに気付きました。


 そこにいるはずなのに、感じているはずなのに、彼が視えないのです。


 ああ、私は致命的な勘違いをしていたのですね……。


 凍り付くような感触が消えていきます。


 彼の香りが遠ざかっていきます。


 嫌。


 ただそれだけの感情が私の心を飲み込んでいきました。


「ねえ! ツヅラ、待って」


 思わず出た言葉に返事はありませんでした。




 そこには静寂だけが残されていました。





 願い事が一つ叶うなら、みなさんは何を願いますか?

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