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恋さくら  作者: Ayumu M
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私の母

 次話投稿です。母登場!


 それから私は彼を避けるようになりました。


 声をかけられても徹底的に無視します。


 本音を言えば、少しでも一緒にいたかったです。


 しかし、大事な約束を踏みにじられたようで……。

 許すことができなかったのです。


 時が経てば経つ程、彼との距離は離れていきます。

 気が付けば、無為に四日も過ごしていました。


 夕食を済ませ、自室でふて腐れていると、廊下から足を擦る音が聞こえてきました。


 部屋の近くで止まった足音に、期待が膨らんでいきます。


此花(このはな)さま、夜分に失礼いたします」


 淡々とした物言いに、落胆しました。その渋い声は使用人のものでした。


「何か用でしょうか?」


常葉(ときわ)さまより言伝でございます。『顔を見せなさい』とのことです」


 落胆はすぐに怒りへと変貌します。


 母は娘に会おうとする時でさえ、他人を言伝に寄越したのです。


 適当に理由を付けて断ろうとしていた口が止まります。


 これは文句の一つでも言うべきでしょう。

 いや、言ってやらねば私の気が収まりません。


「分かりました、すぐ行きます」


 使用人に礼を言い、自室を飛び出ました。


 母の部屋は母屋ではなく、離れにあります。

 辿りついた私はノックもせずに、母の部屋を開けました。


「あら、とんだご挨拶ね」


 声もかけずに、突然部屋に入ったことに、お母さんはご立腹のようです。

 しかし、とんだご挨拶はお互い様でしょう。


「お母さん、大変お忙しいところ失礼致します。娘と会うのに言伝を頼むほどですから、さも忙しいことでしょう」


 私は皮肉で返してやります。


「年上は敬うものよ。私が出向くよりも、お前が私に会いにくる方が自然でしょう」


 蝋燭とランプで照らされた母の部屋は、様々な土地の骨董品が転がっています。


 洋風とも和風とも付かぬその部屋は、気の移ろいが早い母らしい部屋と言えるでしょう。


 そんな部屋の隅で、豪奢な椅子に腰をかけ、古めかしい机に片肘をつく人こそが私の母、桜守(さくらのかみ)常葉(ときわ)でした。


 日の入り後に、着物を装う母を見ると、人間とは思えないオーラを感じます。


 彼女は机のゴミの中から煙草とマッチ棒を探し当て、流れるような動作で火を付けました。


「煙草やめないんですね」


 私は顔をしかめます。


「煙草と香は似ているわ。人を惑わし、魅了する。返せば、それだけ力があるものを摂取しているのよ。香よりもよっぽどお手軽にね。毒と言えば毒でしょうけど、それならばお前が今吸っている酸素も毒でしょう。力あるものは須らく毒なのよ」


 ふわりふわりと灰色の煙を浮かべながら、母は意味不明なことを呟いています。


 独特な臭いと、この場を支配する沈黙の重圧に耐え切れず、私は再び口を開きました。


「私に用があると聞きましたけど?」


「もう済んだわ。お前の状況を確認したかっただけ。変わり映えないようで安心半分、呆れ半分といったところね。一応これでも母親なのだから、その権利はあるはずでしょう」


 母親の権利。頭を殴られたような感覚に襲われます。


 この人は私を人形か何かだと思っているのでしょうか。気になった時に様子を探り、思い通りにならなければちょっかいを出す。

 娘の顔すら自分から見に来ないというのに……。


 私は爆発しそうな怒りを必死に抑えます。


「それなら直接聞けばいいじゃないですか。コソコソと回りくどい手を使ってばかりいて。そんなに娘と向き合うことが怖いのですか。巻き込んだ人の気持ちを考えたらどうですか?」


 私は暗に、葛籠を巻き込んだことを攻めました。


 しかし、当のお母さんは、困惑したように眉を寄せました。


「どうやら思い違いがあるようね。お前は何が言いたいのかしら。……なるほど。私が彼を使ったと。面白い、面白いわ。駄目だと分かっていてもかき乱したくなる。ねぇ、此花。あなたが葛籠を縛り付けていると考えたことはあるかしら?」


 不気味に独り言を続けた後、母は私に問いかけました。


「どういうことですか?」


「言い方を変えるわ。家業を継ぎたくないお前のために、葛籠が犠牲になっていると考えたことはあるかしら」


 考えたこともありませんでした。


「でも彼は元から家業を継ぐはずで」


「そうね。正直なところ、あの子が傍にいてくれて助かっているのよ。お前と同程度の力を持っている上に、弱音を吐くこともないでしょう? ……聡明なお前なら、何が言いたいのか分かるわね?」


 母の言葉が鋭い刃となって突きつけられます。

 そんなはずはない、と断言することはできませんでした。


「少し苛めすぎてしまったかしら。今の話は私の邪推に過ぎない。忘れてちょうだい」


 何も言うことができなかった私に、母はそう言います。


 その時、母はお気に入りのガラス細工を愛でている時と同じ表情をしていました。


 その妖艶な顔付きに寒気を覚えます。


 十数年の間、私が見る限り母の顔は変わっていません。

 文字通り変わっていないのです。

 年を感じさせない、というよりは時を経ていないように思えます。


 その顔を見た私は怒っていたことさえも忘れ、部屋を後にしました。



 気づけば、年末です。時が立つのは早いものですね。

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