今日も片想いしている家庭教師の先生に告白したらフラれてしまったのだが、その後トイレの中から先生の独り言が聞こえてきた
「京子先生、好きだ! 今日こそは俺と付き合ってくれ!」
「ハイハイ、いつも言ってるでしょ悦也君。私と君は家庭教師と生徒という立場なのよ。よって君とはそういう関係にはなれません。ごめんなさい」
「そ、そんなあ……」
またフラれちまった……。
今から三ヶ月程前、俺の大学受験のためにと両親が家庭教師として雇ってくれたのが、近所の女子大に通う京子先生だった。
クラスメイトの女子達など目ではない、その大人の気品溢れる佇まいに、俺はすっかり一目惚れしてしまった。
それ以来、俺は京子先生が来るたびに毎回告白しているのだが、こうしていつもすげなくフラれてしまっている……。
だが、俺は決して諦めないぞ。
まだ京子先生から、『嫌い』と言われた訳じゃないんだ。
だったら、めげずに告白し続けていれば、その昔ベルリンの壁が壊された時のように、京子先生の心の壁もいつか壊せるかもしれない。
「ハァ。私ちょっとトイレお借りするから、しっかり自習しておくのよ」
「はーい」
京子先生は俺の部屋から出て行ってしまった。
そういえば俺が告白した後って、いつも京子先生はトイレに行ってる気がするな。
……やっぱ俺、避けられてるのかな?
だとしたらちょっとヘコむな……。
――いや、まだそうと決まった訳じゃない。
落ち着くんだ俺。
恋愛は諦めたら負けだぞ。
よし。
気分を変えるために、ジュースでも持ってこよう。
俺は台所に向かうために、部屋から出た。
――が、俺がトイレの前辺りを通り過ぎようとした時だった。
「あー!! 今日も危なかったー!!!」
「っ!?」
トイレの中から京子先生の叫び声が聞こえてきた。
「もー!! 何でいつもいつも私に告白してくるの悦也くーん!! 私達は付き合えないって何度も言ってるのにー!! あー、でも今日も告白してくる時の悦也君カッコよかったー!!!」
っ!?!?
「はー、好きだよー!! 私も悦也君が大好きだよー!!! 初めて会った時から、何て凛々しくてカッコイイ子なんだろうって、一目惚れだったんだからー!!!」
き、京子先生!?
……そんな。
俺と京子先生が、両想いだったなんて……。
「あー!! でもダメなのー!! 私と悦也君は、教師と生徒だからー!! あー!! でも好きー!!!」
……京子先生。
そんなに俺のことを……。
「はー、よし、今日も吐き出せた。これで今から私は、いつもの大人で冷静な京子先生よ。悦也君の前では、こんなはしたない姿見せられないからね」
トイレから京子先生が出てくる気配がした。
ヤ、ヤバい!!
俺は慌てて部屋に戻った。
「どう悦也君? ちゃんと自習はしてた?」
「うん。もちろんさ」
部屋に戻ってきた京子先生は、さっきのトイレでの叫びが噓のように、至ってクールな振る舞いで俺に聞いてきた。
もちろん自習はしていない。
それよりも俺は、どうすれば京子先生を落とせるのか、そればかり考えていた。
「そ。どこかわからない箇所はあった?」
京子先生が定位置である、俺の隣の席に腰を下ろした。
……よし、この手でいこう。
「……一つだけどうしてもわからないことがあるんだけど」
「え? ああ、どこがわからないのかな? 言ってくれたら教えるよ」
「……何で京子先生は、そんなに綺麗なの?」
「――っ!?」
「大きくて凛とした切れ長の眼や、セクシーな目元のほくろ。長い黒髪も、清潔感があって、いつもサラサラだよね?」
「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの急に悦也君!?」
京子先生は、目に見えて狼狽えた。
「急にじゃないよ。いつも思ってたことだよ」
「そ、そうなの……?」
「容姿だけじゃない。優しいし、勉強の教え方もとっても上手だし、俺が解けない問題とかあっても、絶対に諦めないで解けるまで付き合ってくれるし――俺、マジで京子先生には感謝してるんだぜ」
「……悦也君」
「京子先生は、俺にとって理想の人だよ」
「――!!」
途端、京子先生は茹でダコみたいに顔が真っ赤になった。
「ゴメンなさいッ!! 私またトイレお借りするわねッ!!」
「はいはい、ごゆっくりー」
京子先生は逃げるように部屋から出て行った。
俺はコッソリ後をつけた。
「えー!?!? 何あれ何あれー!?!? 今までは好きだ好きだの一点張りだったのに、何で急にあんな褒め殺してきたのー!?!? もー!! あんなこと言われたらもっと好きになっちゃうじゃーん!! 私も悦也君のキリッとした眉毛とか、男らしいがっしりした肩幅とか、苦手な科目にもひたむきに取り組む姿勢とか大好きだよー!!! あー!! でも私達は、教師と生徒だからー!! でも好きー!!!」
トイレから京子先生の魂の叫びが聞こえてきた。
よしよし、効いてる効いてる。
俺は部屋に戻った。
「ご、ごめんなさいね……何度も席を立ってしまって」
「ううん、気にしないでいいよ」
部屋に戻ってきて俺の隣に座った京子先生は、まだ少し顔を火照らせたまま眼を泳がせている。
既に平静を装うことさえできなくなっているらしい。
――よし、とどめだ。
「――なあ、京子」
「えっ!? き、京子!?」
「――愛してるよ」
「――――!!!! ちょっとトイレお借りするね!!!!」
「うん」
俺はコッソリ後をつけた。
「いやいやいや呼び捨ては反則よッ!!! 呼び捨ては反則だってッ!!! しかも『愛してる』って!!! 『愛してる』ってッ!!!! 私も愛してるよ悦也くーん!!! ハネムーンはモルディブの水上コテージで、二人っきりで二週間くらいラブラブしながら過ごしたいよー!!!! あー!! でも私達はー!! ああー!! でも愛してるううううう!!!!!」
これはあとひと押しで落とせそうだな。
でも、今の関係は今の関係で面白いな。
――よし。
俺はもう少しだけ、今の関係のまま京子先生の反応を見て楽しむことにした。
おわり