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ドラゴンとの遭遇

 

 彼女は凍り付いてしまいます。


 なぜって、大きなドラゴンが、こちらにぎらぎらした目を向けながら、のっそりと立っていたのですから無理もないでしょう? 一拍おいて、ディックもようやく異常に気がつきました。そしてもちろん同じように金縛りになってしまいます。


 と。



 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!



 マリーが悲鳴を上げるのと同時に、ドラゴンがのそのそと動き出しました。


 捕食の動作ならこれほどのんびりはしていないでしょうから、きっとこのドラゴンは、気まぐれに散歩していただけなのでしょう。もっとも、そんなことはマリーたちにはわかりません。


 なんと言っても、本物のドラゴンを見るのは、これが初めてなのです。


 腰が抜けてへたり込んでしまったマリーに向かって、ドラゴンはゆっくりと近づいてきます。単に興味を持っただけなのですが、マリーやディックから見れば、彼女を襲うために近づいてくるようにしか感じられません。


 そのうちドラゴンは、くさい息がかかるまでの距離に近づいてきました。


 もはやマリーの命は風前の灯に見えます。


 といっても、本当言うと、そんなことは全然ないのです。


 ドラゴンはおなかいっぱいのときには、決してイタズラに捕食したりしませんから。けれど、少なくとも当のマリーと傍で見ているディックには、恐ろしいドラゴンが彼女を食べるために襲い掛かってくるとしか見えません。



「マリー! マリー!」



 ディックは叫び、マリーも絹を裂くような悲鳴を上げます。


 と。


 ばしゅっ! っと言う奇妙な音がして、その次の瞬間、マリーの上にざぁっと雨が降りました。


 一瞬、あっけに取られてから、それの雨の正体が血液だと言うことに気づいて。


 マリーはもう一度、魂消たまげるような悲鳴を上げます。



「いや、いや、いやぁ!」


「マリー! マリー! 大丈夫。もう、大丈夫だ。しっかり」



 マリーは強く抱きしめられ、頭の上から低い、暖かい声でそういわれ、我に返りました。



「え?」



 つぶやきながら目を開けると、そこには大好きな顔が。



「パパ……」



 次の瞬間。



「パパぁ!」



 マリーは大泣きしながら、暖かい父親の胸にすがりつきます。


 ああ、大好きなパパ。パパが助けてくれた。


 恐怖から開放された安堵で、マリーは泣き続けました。


 泣くだけ泣いて平静を取り戻したマリーは、そこでようやく自分に降りかかってきた雨のような血しぶきが、父親がドラゴンの首をはねたせいだとわかります。薄気味悪い、生臭い匂いに耐えかねて、マリーは不平を漏らしました。



「パパ、おうちに帰りたいよ。シャワーに入りたい」



 父親、ジェイルは優しい笑顔でうなずきます。



「だが、その前に彼をつれて帰らなくちゃ」



 父親の指した先には、気絶してしまったディックが倒れていました。



「なによ、だらしないわね。まったく、弱虫ディックなんだから」


「ふふふ、そういうマリーだって、ずいぶん意気地がなかったじゃないか。あのドラゴンはおなかをすかせてなかったから、ほうっておけば森の奥に帰っていったんだよ?」


「だって、私は女の子だもん!」


「だったら、これは取り上げだ」



 そういってジェイルはマリーの腰からドラゴンソードを引き抜きました。


 スペアのソードを持ち出したことがばれたマリーは、首をすくめて舌を出します。それからジェイルは目を覚ましたディックを背負い、マリーの手を引いて森を出る道を歩き出しました。


 道すがらお説教です。


 まあ、これだけのことをしたのですから、仕方ありませんね。



「いいかい、ふたりとも。もう、こんな危ないことをしては駄目だよ?」


「でも、マリーに言われたら、僕は……」


「なによ! 全部私のせいにする気? まったくなんてだらしない男なの、あんたって」


「そうじゃないよ。マリーが悪いんじゃなくて、僕はマリーに言われると断れないって言うか……」



 まあ、恋する男は弱いものです。


 ジェイルはニコニコとしながら、二人を見ています。マリーはディックが何を言いたいのか判らずに、いらいらした調子で言い返します。



「イイワケするんじゃないの! 男なら、もっと堂々としなさい」



 マリーだって本当はディックが好きなんです。


 が、こんなにだらしのない男の子だと、なかなか素直にスキと言えないのです。


 男はすべからく、パパのように強くあるべし。マリーの根底には、そんな思いが流れているのでしょう。ファザコンといえばそうなのかもしれませんが、たいていの女の子にはこういった気質があるものです。



「おいおい、マリー。そのくらいにしておきなさい。そんなにおてんばだと、ディックがお嫁さんにもらってくれないぞ?」


「なに言ってるのよパパ! こんなだらしない男、こっちから願い下げよ!」



 パパもうかつなことを言いましたね。


 おかげでディックはまた少し傷ついて、悲しそうな顔を伏せてしまいました。


 しまったなぁと言った表情でジェイルも頭をかきます。女の子の扱いと言うのは、いくつになっても難しいようです。特にこういう、無骨で不器用な男どもには。



 そんな風にわいわいと言いながら森の中を歩いていると、突然、ひゅうと風がなります。


 何だろうと周りを見ようとしたディックとマリーの目前に、不思議な光景が映りました。


 パパが逆さになって飛んでゆくのです。



 え?



 と思うまもなく、二人は事態を把握します、いや、させられます。



くぁーおぅ!


 激しく、それでいて物悲しい響きを持った叫び声が、響き渡りました。


 ドラゴンの叫び声です。


 その強靭なシッポに吹っ飛ばされたジェイルは、大きな木の幹に身体を打ち付けられて、げぼっと血を吐き出しながら、転がりました。なんとか意識は失わずに済んだので、彼には後悔する時間がありました。



「しまった……まさか、あんなに大きいのが……」



 先ほどジェイルが倒したのは、どうやらこのドラゴンの子供だったようです。



「繁殖期のケルベロスと、子持ちのドラゴンには近づくな」



 誰でも知っているドラゴンバスター、ケルベロスハンターの基本中の基本ですが、先ほどのドラゴンは大きかったので、ジェイルもまさか親離れしていないドラゴンだとは思わなかったのでした。


 大きくなっても親離れできない子供が増えているのは、ドラゴンの世界も同じようです。



「にげろ! ふたりとも、にげろ!」



 ジェイルは必死で叫びますが、マリーはさっきよりもさらに大きいドラゴンに、今度は本格的に腰を抜かしてしまいました。気絶までしないものの、ディックも恐怖でまったく動けません。


 絶体絶命、とはこのことでしょうか。



「パパ、パパ、たすけて……」



 マリーがか細い声でそういいます。


 大きな声を出すには、間近に迫ったドラゴンは迫力がありすぎるのです。



「マリー! マリー!」



 ディックは思わず大声を上げました。


 大好きなマリーが襲われそうなのですから、彼が我を忘れても仕方ないでしょう。しかし、そんな気持ちにはお構いなく、ドラゴンは本能に従って声のした方を見ました。


 つまり、ディックのほうを。



がるぅう



 低くうなると、のそりのそりと方向を変え、ディックの方に向かってきます。


 しかも今度は、明らかにディックを食べるためでしょう、かなりの速さで向かってきます。


 ディックはもう、恐ろしさのあまり失禁しそうになりました。



「こっちだ!」



 瞬間、ジェイルが吠えます。


 なんとしても子供たちを守らなくては。そんな思いが、肋骨の折れた激痛の中で、彼に大声を出させたのです。しかし、反撃するまでの力は、もう、残っていません。


 叩きつけられた時に折れたのは、肋骨と右の大たい骨、それに左の脛骨でした。


 つまり、彼はもう、立ち上がって歩くこともできないのです。


 万事休す。


 ジェイルは、「こうなれば少しでも抵抗して、子供たちの逃げるチャンスを作ろう」と心に決めたのでした。刃の分厚く大きなロングソードを引き抜いて、木の幹に寄りかかって座りながら、決意と共に剣を構えます。



「いやぁ! パパ! パパっ! パパぁぁぁ!」



 マリーの魂のすべてが、叫びました。マリーの全身全霊でした。


 そして、それにこたえる神様はいませんでした。



 

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