序章
「――十六名だ。候補者の情報もここで共有しておく」
黄都第一卿、基図のグラスはそのように続けた。
臨時議場に集う黄都二十九官の幾人かが、様々な思惑を含んだ視線を巡らせる。
六合上覧の名が定まり、試合条件の前提に全員が同意したこの時点より、既に戦闘は始まっている。
「十六名もいるなら、申請順にするか。俺からでいいか?」
「それが分かりやすいだろうな。では、第二十卿。鎹のヒドウ」
ありとあらゆる驚異と逸脱を許容するこの地平において――仮に。
全ての種族、全ての戦闘者の内から、ただ一人。全ての手段を尽くして最後に残る“最強”が存在するのだとすれば、それは如何なる存在であるのか。
「星馳せアルス。わざわざ説明する必要もないよな。迷宮も財宝も、全てを獲り尽くした鳥竜。……つーか色々抜きにして、“本物の魔王”を殺せた奴がどこかにいたとしたら、こいつくらいだろ」
数多の神秘を略奪し、欲望のまま全てを蹂躙しゆく、万能の適性を持つ冒険者か。
「……二番手。こっちを先にするか。第十一卿。暮鐘のノフトク」
「はぁ……“教団”よりの推薦枠ですなぁ。通り禍のクゼ。“教団”の盾として、屠った敵が幾百と。まぁ……それなりには、頑張ってくれるのでは」
この世の誰にも認識されることなく、一撃にて致命の刃を突き立てる暗殺者か。
「では、第二十五将。空雷のカヨン」
「アンタ達ね、分かってる? この試合の本題、“本物の魔王”を倒したかどうかって話なんでしょ? それなら地平咆メレよ! ただ一人、サイン水郷への侵攻を押し止めた英雄……! 実績が全然違うわ!」
万物を捉える彼方の射程より放たれる、防御不可能の破壊をもたらす弓手か。
「第二十七将……弾火源のハーディ。次の候補だ」
「一つ言っとく。ナガン迷宮都市の話は本当だ。それをやった奴の話もな。誰も知らない勇者ってことは、つまりつい最近までこの世にいなかった“客人”ッてことだろうが。ロスクレイにゃ悪いが、俺は柳の剣のソウジロウに賭けるぞ」
生命形態すらも問わぬ斬殺の技。剣の魔道の果てに法則を逸脱した剣豪か。
「四番目の候補だな。第十三卿、千里鏡のエヌ」
「……奈落の巣網のゼルジルガ。元“黒曜の瞳”。彼女の離反なくして、黒曜レハート討伐は成らなかったと断言していい。糸の技で触れずとも縛り、操り、敵を裂く。私の知る限りは――彼女が最強の使い手だね」
知られざる影の底より陰謀と支配で侵食し、群体たる目と耳を操る斥候か。
「……第十将、蝋花のクウェル。候補は」
「サ、サイアノプです。……無尽無流のサイアノプ。えっと、あの。“最初の一行”の、彼岸のネフトさん。知ってますよね。……あの人、倒しちゃうくらいです。あっ、武器も持たずにです。……強いですよ。私の全力より、ずっと」
鉄の執念を以て知識と鍛錬を積み上げた、異形の肉体に武を極めし武闘家か。
「では……第十七卿。赤い紙箋のエレア」
「私の候補は、他の方のように大層な実績などはありませんけれど。ギルド“日の大樹”首領、灰境ジヴラート。暴の力は、市民の誰もが知るところでしょう。数合わせの候補としては最適かと」
神の如き全能を与えられた、万象を思うがままに破壊し創造すらできる詞術士か。
「……フ。勝ち抜き戦なんだ。そういう輩も必要ではあるな。第十六将、憂いの風のノーフェルト。そっちの候補はどうだ」
「俺のは、数合わせとかじゃねーから。アリモ列村の虐殺犯を一人で鎮圧したのも、あの裂震のベルカを殺ったのも、全部マジの話なんで。不言のウハク。まァ……面白いもん、見せられると思うよ」
世界の根源の呪いを否定し、遥か上回る存在尺度を一つの法にて殺す神官か。
「九番目の候補は、こいつか。第七卿、先触れのフリンスダ」
「ホホホホホ! ツーちゃんね! 魔法のツー! もー良い子なのよォあの娘! この前もあたし……あら、強いかどうかって話だったかしら。そりゃあもう! “最後の地”で暮らしてたくらいだものね~。ホホホ! あの娘……“本物の魔王”の残り香が、何も怖くなかったってことでしょ? ……ねェ?」
あらゆる害意が意味を成さぬ、天衣無縫の身体能力のみで圧倒する狂戦士か。
「第二十二将、鉄貫羽影のミジアル」
「はーい。でも、おぞましきトロアの名前なんて、とっくに皆知ってるでしょ? 別に僕が紹介することもないと思いまーす。生きてて、出ます! 以上!」
多種多彩なる魔剣を完全なる形で発揮する、恐怖の伝説の後継者たる魔剣士か。
「……。まあいいとするか。第二十四将。荒野の轍のダントの候補だ。説明を頼む」
「……千一匹目のジギタ・ゾギ。我々の知る軍勢が“本物の魔王”を打ち倒すことは叶わなかった。ならば、知られざる軍勢だったとしたなら。俺は……ギルネスの陣を無傷で破ったジギタ・ゾギの戦術の力こそが、まさしく勇者足り得たと愚考する」
「順番が前後したが、第十四将、光暈牢のユカ。……まさかお前が候補を見つけてくるとはなあ」
「いやあ、俺もびっくりだよね。移り気なオゾネズマ。混獣だってさ。俺は他の皆みたいな話はできないんだけど……うん。とりあえず、凄く強い奴だったなあ」
戦いの事前より大局を動かし、異才の弁舌を以て数を力へと変える政治家か。
「次だ。第四卿、円卓のケイテ」
「ハッ! 知っての通りの話だ。魔王自称者、軸のキヤズナは我ら黄都の軍門に降った。“本物の魔王”を討伐した兵器――窮知の箱のメステルエクシルなる、土産を持ってな。それの性能は、この俺が見て、認めた。よもや異論はあるまい?」
卓絶の術者に構築された、理論上永遠に打倒を果たせぬ生術士にして工術士か。
「第十九卿、遊糸のヒャッカ。次はお前だな」
「はい! 音斬りシャルク! 先日オカフ自由都市との講和が成立しましたので、黒い音色のカヅキを討ち果たしたという旨、確認が取れております! 無影にして至妙! 反撃すらも許さぬ槍の絶技、まさしく最強の名に相応しいかと!」
何もかもを置き去りにする神速。槍の間合いが不可避の死を意味する槍兵か。
「最後はハルゲントだな。第六将、静寂なるハルゲント。どうだ」
「冬のルクノカ。ふ、ふはははは……知らぬ者はおるまい……彼女は実在していた! その爪は遍く英雄の剣を折り、その息は……いや…………あー、とにかく、最強……最強の、候補だ!」
英雄たちの終焉として君臨し続け、自身までをも絶望させた凍術士か。
「これで十五名。そして、ロスクレイ」
「はい」
運営者すらも味方する策謀者にして、不敗の偶像を作り上げた無謬の騎士か。
「――第二将、絶対なるロスクレイ。無論のこと、この私が勝ちます」
地平の全てを恐怖させた世界の敵、“本物の魔王”を、何者かが倒した。
その一人の勇者は、未だ、その名も実在も知れぬままである。
恐怖の時代が終息した今、その一人を決める必要があった。
六合上覧が、始まる。




