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異修羅  作者: 珪素
第一部 十六修羅
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柳の剣のソウジロウ その2

 練習剣の重さを確かめるように、ソウジロウは片手で軽く振った。

 まるで剣の軽さだけが、今から斬るべき相手に対する問題であると言わんとしているかのようであった。


「そうだ。さっきの技、あいつが詞術しじゅつか。どうやる」

「えっ……」

「やったろ。礫を飛ばした、アレだ。そんくらい教えてくれろ」


 ユノは、そこではじめて、“客人まろうど”と自分達の違いに思い当たる。養成校で、それを習ったことがあった。

 異界の剣豪の目には、ユノの行使した力術りきじゅつが珍しかったのだ。命を助けられた理由は、あるいはそれだけのことだったのかもしれない。


「それは、“客人まろうど”には……この世界で生まれていない者には、使えない力だって習ったわ……“客人まろうど”の世界では、音の言葉で話しているから、認識が追いついてこないって」

「音の言葉? ああー、そうだな、日本語じゃねェわな、ここはな」

「……あなたと私が、こうやって話せているのが、詞術しじゅつ力術りきじゅつ熱術ねつじゅつは……その詞術しじゅつで、動いたり燃えたりするように、頼むの。空気や、物を……相手に」


 ソウジロウの言う“ニホンゴ”は、ユノたちの考えるような言葉ではなく、空気を伝わる音声の種類のことであろう。

 確かに、音は会話に必要となる媒介だ。どのような音でも、獣の鳴き声であっても、そこに込められた言葉を他の種族へ疎通することができる。

 この世界の心持つ種族ならば誰しもがそうなのだが、“客人まろうど”の世界では異なるらしいのだ。


「あっそ。じゃあいいわ。面白えけど、まあめんどい。刀のがいい」


 ソウジロウは、ごく当然のように諦めた。元より、純然たる興味本位で訊いた事柄なのであろう。

 尋常ではなく。何の大言でも虚勢でもなく、この男は……果てしのない迷宮機魔ダンジョンゴーレムに、一本の練習剣のみで挑むつもりだ。


「しっ、死ぬわよ……!」

「関係ねェ」

「嘘……! あんなの、斬っても何にもならないわ! 倒したって誰も感謝しない! 逃げたほうがいいでしょう!」

「死ぬ死なねえじゃねェ。おれは楽しいからやるんだ。あいつ、ありゃ絶対楽しいぞ。なァ」


 丸い眼光は、炎の赤をギョロギョロと映している。

 それは……絶望の淵にあったユノの意識を醒ますほどの、深い戦闘の狂気だ。


「さァ、行くか……」


 ソウジロウは――まるで市場に買い出しに行くかような足取りであった。ユノが次の口を開く間もなく、炎の海の只中へ、歩を進めた。

 丘を越える。すぐに、機魔ゴーレムの影が群がる。それらは悉く、乱反射する光のような鋭角の軌道に、斬って落とされる。

 小さな影の点が、入り組んだ市街を進んでいく。さらに多くの機魔ゴーレムが集まり、しかしソウジロウに触れることすらできない。


 敵を、炎を、空気すらをも切断しながら、山の巨怪へと突き進んでいく。

 その滅びの軌跡を――燃える全てが切り払われて、暗く細い、まっすぐな道が伸びていく様を、ユノはただ見ている。


「グッ、グッ……。こりゃ随分デケェ。どう死なせる――」


 獣性を押し殺した笑い。

 煙が視界を覆い、爆ぜる音が聴覚を塞ぐ。

 確かな感覚は、焼けた瓦礫をスニーカーの裏が踏みしめる触覚のみ。鉄の気配が時折横切り、そのたび獣のような切っ先の反射が、致死の一点を斬っている。


 それがソウジロウの視点だ。その他全ての目は、これより始まる攻防を追うことは不可能である。


 視界は前触れなく晴れる。

 周囲の瓦礫が円形に吹き飛んだ。それは急激な風圧であり、頭上から落とされる、迷宮機魔ダンジョンゴーレムの拳であった。

 ソウジロウの剣術が処するにはあまりに巨大な質量――その風に逆らわず、蛇と化す。足で走るのではなく、転がるように地形の隙間を滑り、続いて地を割る大拳と、その衝撃より逃れている。


 ……否。逃れてもいない。ソウジロウは全てを跳ね上げる地面の衝撃にすら逆らわず、むしろ跳んだ。


「左手だな」


 ソウジロウの短い指先が、太い鋼の腕の凹凸を捕えた。

 本来のその箇所は、迷宮を囲み、侵入を阻む防壁の一部であったのだろう。所々の狭間さまが開き、せり出した機械仕掛けの矢が、取り付いた人間ミニアへと狙いを定める。


「そんで、オメェの体が迷宮かい……」


 その人間ミニアは殺戮の本能よりも速く、巨大な左腕を駆け上りはじめた。

 機械の歯車が一つ進むよりも、発条はつじょうが弾けるよりも速く。

 無限の自動迎撃の全ては間に合わず、僅かに間に合ったものも、一瞬の刃の閃きの前に切断された。


「HWOOOO――OOO――――」


 低い潮騒のような咆哮が、再び世界を揺らした。


 ――迷宮機魔ダンジョンゴーレムの両肩には、尖塔が生えている。魔王自称者キヤズナが姿を消す前、それは迷宮に近づく者を見張る監視塔であった。

 そして誰しもが姿を消した今でも、その内には無量の兵力がある。

 監視塔が――虫の卵の如く、破裂したようであった。見よ。その全てが機魔ゴーレム。ひとつひとつが一人を殺すに過大な戦力であるそれが、肩に登りつめたソウジロウを押し潰し、引きずり落とすための怒涛を成している。


「……おァ。考えてんなァ――こいつ」


 無数に降る機魔ゴーレムを、剣で如何に防ぐか。たとえ一太刀で絶命させたとて、重力加速の乗ったそれは、変わらず致死の重量を持つ鉄塊であり――。

 ソウジロウは、未来を瞬時に予期した。その上で、跳躍した。

 その着地点は、たった今登り来たばかりの、左腕の上腕に当たる。


「ッ……チィアッ!!」


 ざん。

 落下の威力を乗せた一刀である。ソウジロウが一度肩まで駆け上ったのは、頭ではなく、それよりも下方――腕を切り落とすための動作でもあったか。

 ……だが。異能の域に達する剣豪であれ、全長50mを優に越す鉄の巨兵に、ただそれだけのことで刀が通るだろうか。

 少なくとも今のこの時は、否であった。


 鉄と岩の装甲を切り裂いて、鮮やかな斬線が長く引かれた。だが、他にはない。

 練習用の剣はまだ刃毀れひとつないが、それは表層に切れ込みを入れただけだ。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、機魔ゴーレムであると同時に迷宮ダンジョンである。外からは攻略できぬ難攻不落をして、この世界では迷宮と呼ぶ。


「ジジジジジジジジ」

「ジジジジジ」

「グ、グ……こりゃあ、いい。こいつは、本当に楽しいな」

「ジギッ」

「ジジィイィジジ」


 状況は好転していない。

 その殆どは肩から地上に滑落し、数は少なくなったものの、それでも雪崩の如き機魔ゴーレムの軍勢が、上腕を伝って迫りつつあるのだ。

 ソウジロウは群れに対するべく剣を向けた。しかし迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、その一瞬を狙った。


 巨影は、群れる機魔ゴーレムごとその左腕を振った。

 このような圧倒の巨体である限り、ただその体が動くだけで、末端の速度は極めて暴力的な慣性と化す。

 一斬の後の残心を機魔ゴーレムの軍に振り向ける他なかったソウジロウも、例外はない。物理の法則に従って、宙へと投げ出されていく。


「LLLL――――LUUUAAAAAA――――」


 これまでの低い唸りとも異なる、金管楽器の如き咆哮であった。

 投げ出されたソウジロウの影が迷宮機魔ダンジョンゴーレムの正面に重なる一瞬、胸部の機構が開いている。


(おう。そしてこいつが、詞術しじゅつ――)


 その装甲の内には、青い超自然の溶鋼が煮え滾っていた。それはナガンの市を一息に焼き払った、殲滅の炎である。

 迷宮機魔ダンジョンゴーレムは、魔王自称者キヤズナの魔と技の全てを凝らした、あるいは“本物の魔王”を倒すための兵器であった。それは思考し、人域を越える使い手のソウジロウにまで対応し、人のように熱術ねつじゅつを用いることすらできた。

 金管の音色は、詠唱である。


「【ナガン(luulaaal)より(lel)ナガネルヤの心臓へ(leeeeel)夜が昼で(luolaue)あるように(eeolu)角雲の(lea)流れ(lelooro)天地(looau)の際(luuaao)溢れし大海(leeo luouu)燃えよ(laaa)】」


 破滅が閃き、炎は天までを貫いた。


 光の軌道で、雲はあぎとのように引き裂かれた。

 風と熱がナガンの廃墟を揺らし、地上の炎は、余波によってむしろかき消された。

 射線の先の川が蒸気となって消えて、夕暮れのように空が燃えゆく様を、遠くの丘からユノが見ていた。


 ――果たして。

 異界より来た“客人まれびと”のソウジロウもまた、そのようであっただろうか。


「……ウィ。詞術しじゅつ。これが、詞術しじゅつか」


 如何にしてか。奇剣士は、迷宮機魔ダンジョンゴーレムの後頭に取り付いていた。

 生命が耐えられぬはずの熱波と衝撃にも、無傷でいる。


「あいつに聞いた通りか? ……向きも、どっから撃つかも、声で命令すンだな」


 ソウジロウの視点でなくば、一連の動きを捉えることは不可能であったろう――それは熱術ねつじゅつの射出寸前であった。

 とはいえ真実は、不可思議の魔術を用いて死の爆炎を回避したものと、どの程度異なったものか。


 自分と同じく宙に投げ出された機魔の群れを、まるで飛び石の如く蹴り渡ったなど――ましてやその到達点が頭部であるよう、瞬時に跳躍軌道を見定めていたなどと、他の何者が信じられようか。


「じゃ、撃つ向きの裏っ側に回りゃあ、熱も来ねェな? 自分の技で自分までは、溶かさねえだろうよ……」


 迷宮機魔ダンジョンゴーレムに話が通ずると考えたのかどうか、定かではない。

 だがその直後には、神殿の柱ほども太い頸を一刀で刎ねた。


 ずるり、と頭部が滑落する。

 練習剣の斬撃などではあり得ない、不条理なほど鮮やかな切断面。

 物理の天則を超絶したそのような現象すら、剣の魔技の到達点のなし得る所業と呼ぶべきであろうか。


「WWWWWOOOOOOOHHHHHH――――」


 しかし、剣を再び背負ったその時。悲鳴のような、胴深くからの地響きが風を揺らした。断末魔ですらない。巨兵は決して死なぬ。


「だな。オメェはここじゃねェー……」


 首の断面に立つソウジロウを、右掌で薙ぎにかかるのと同時である。

 巨人を人とするなら、その剣士は小虫。しかし大振りの一撃を躱すその疾さもまた、人に対する小虫である。

 頭部という重要器官を失った巨兵は盲目のまま、今は自らの右肩に立つ敵を、自らの左腕で叩き落とそうとした。

 その末端速度そのものが、暴力的な慣性であり――。


「――そこが、命だ」


 永禄八年。

 当代の剣聖と称された上泉信綱かみいずみのぶつなは、門下老弟、神後伊豆守じんごいずのかみを伴い、柳生の郷を訪れたとある。

 この時、柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅう開祖、柳生宗厳やぎゅうむねよしは、この神後伊豆守じんごいずのかみを相手取り、真剣が打ち込まれると同時、その手中の剣を奪う――所謂“無刀取り”にてこれを下し、信綱より新陰流しんかげりゅうの印可を受けたものとされる。


 達人域の剣士が真剣を振るう場合……一説に、その先端速度は時速130kmにも達するという。平均的な打刀の刀身の長さ、約0.8m。

 ならば無手の人間が実戦において、この0.8m半径を時速130kmの刃が走るよりも早くかい潜り、持ち手となる手指を制し、一瞬にして刀を奪うことが、果たして可能であろうか。

 現代における“無刀取り”は、この技そのものではなく、無刀において帯刀の者を制する総合的な防御技術……あるいは単に活人剣の心構えであるとも解釈されている。

 前述した“無刀取り”が、誇張された創作の逸話であるという見方すらもある。


 ――その速度よりも早くかい潜り、間合いの内を制することが、可能であろうか。


「見たぞ。オメェの命」


 先の刹那まで右肩の位置に立っていたソウジロウは、今は空中にいた。自身を叩き落とそうとする腕の動きを知っていて、そして跳躍を合わせた。

 さらにそれは、再びの斬撃の予備動作でもあり……


「そこだ。……その、右肩だな」


 バチン、という音が響いた。

 亀裂の音だった。迷宮機魔ダンジョンゴーレムの左上腕、一直線に刻まれた溝から響く音だった。


 それは寸分違うことなく、先の左上腕の傷を、さらに長く延長していた。

 それは表層に切れ込みを入れただけだ。

 だが左腕が振るわれる、この最中だけは。その直線の切れ込みから先の末端速度そのものが、暴力的な慣性であり――。


「OOOO――OOOOOOO――……」


 巨兵の左腕は自身の応力によって、切れ込みから爆ぜる。

 そうして千切れ飛んだ左腕の先端は狙いを外し、今は迷宮機魔ダンジョンゴーレムの右肩奥深くまでを、それ自身の指先が破砕していた。


 剣の伝説の全ては、創作された幻想に過ぎないのであろうか。

 自身の数十倍の巨体の腕が、その速度を以て剣士を叩き潰そうとする時。

 その速度よりも早くかい潜り、間合いの内を制することが、可能であろうか。


「――“無刀取り“」


 可能である(・・・・・)


 もはや奇剣士は結末を見届けることすらない。不安定な上腕をそのまま滑り落ちて、胴へ、腰へ。まるで当然の摂理でそうなるかのように、あまりにも高いその構造体の上を、無傷のまま飛び渡っていく。

 その小さな影の動きに遅れて、大きな影もまた、すべてが脱落し、崩壊し、地に沈んでいく。命の詞術しじゅつの刻印を失った機魔ゴーレムは……魔王自称者キヤズナの迷宮機魔ダンジョンゴーレムであっても、そのようになるのだった。


 逆巻く滝のように、どう、と塵灰が噴き上がった。

 遠い鉤爪のユノはその光景の一部始終を、呆然と見ていた。


「……本当に、倒した」


 何事もなかったかのように丘へと戻ったソウジロウは、人間ミニアに見えた。巨人ギガントでもドラゴンでもない。ユノと同じ、ただの人間ミニアに。


「ウィ。好き勝手斬ってきた……ま。“エムワン”のやつを斬るよか楽しかったな」

「ど、どうして、そんなことができるの……。あんなの……絶対に誰にも、倒せないって思ってたのに……」

「……作ったやつの気持ちになりゃ簡単だ。地面からすぐ届く脚じゃねえ。腰は応力がかかりすぎる。胸は火を吐く武器。最初に殴りに使ったのは左手。残った右腕の、上の方だ」

「……」


 きっとこの男は、今日斬った全ての敵を、そんな判断で読み当てていた。推測とも直感ともつかない、あまりにも獰猛な殺戮者の本能だけで。


 ユノが“客人まろうど”について授業で習ったことは、もう一つある。

 彼らの来る“彼方”は、詞術しじゅつの力が働かない。言葉ではなく物理の法則のみで全てを繋ぎ止めてなければならない、とても脆弱な世界であるのだと。


「“エムワン”って何? ……ソウジロウ」

「んァ、M1エイブラムス? どうせわッかんねーだろ。こっちの連中はよ」


 そんな“彼方”の法則からあまりにも逸脱した力を持って、その世界にいられなくなってしまった個人こそが、この世界に流れ着いてくる“客人まろうど”の正体なのだと。


 森人エルフ山人ドワーフ大鬼オーガドラゴンも――その最初の祖先は、“彼方”の世界に生まれた、突然変異の“客人まろうど”であったのかもしれないと。


「じゃ、行くか。次はもっと楽しい奴がいい。どっちに行くかな……」

「……待って」


 ユノは、“客人まろうど”の背を呼び止めていた。

 それはひどく曖昧な予感だったが、再び出会えなくなるよりは良い考えのように思えた。何より故郷とリュセルスを失ったユノには、もうそれしかなかった。


「強い人達を探すなら、黄都こうとがいいわ……今はあそこが、一番大きい国になったから」

「そっか。強いやつもいそうか」

「……いる。黄都こうとの議会が、世界全部から英雄を集めてる。すごく大きな、何かを決めるために。だから……きっと、あなたと戦っても負けないほど、きっといる」

「は。そりゃアいい」


 ひどく曖昧な予感があった。

 ――なぜ、今日のこの日に、ナガン大迷宮は起動したのだろう。

 それは例えば外部から訪れた、あり得ざる異界の剣士。魔王に匹敵するほど強大な脅威に対しての、自動的な防衛機構ではなかったか。


 あるいは……このソウジロウが、強者との戦いのみを楽しみとする、そのために如何なる無謀も厭わぬ、真の戦闘の怪物であるのなら。

 自分自身が楽しむためだけに自らの手であの迷宮を起動した可能性すら、あったのかもしれない。


(――復讐だ)


 もうユノにはそれしかない。

 それが見当違いの憎悪であっても、幻のような可能性であっても……全てを失ったユノは、いまや目の前にある何かで自分自身を支えていく必要があった。


 この男を殺す。


 そうだ。この世界には、それができる強者がいる。

 ナガン大迷宮すらをも造り上げた……“彼方”が生み出した全ての逸脱を受け入れてきたこの世界には、まだ誰も掘り尽くせないほどの、無数の脅威と真実が残されている。


 誰もがその名を知る黄都こうとの第二将、絶対なるロスクレイがいる。遠くワイテの山岳に潜む、おぞましきトロアの名を知っている。人に知られぬ第五の詞術しじゅつを極めたと語る、真理の蓋のクラフニル。九年前に大氷塞を解放した“客人まろうど”、黒い音色のカヅキが来る。あるいは誰も見たことのない、冬のルクノカさえ。


 この男が何者なのか、“彼方”の世界とは何かを、知らなければならない。

 そして無敵の転移者を殺し得る強者を、地平の全てから探すのだ。


「私が……案内、するわ。探索士の資格は、まだ仮通行だけど。それでも、黄都こうとに怪しまれない身分にはなるから」

「ウィ。いいじゃん、その顔」

「……何が?」

「や。あンがとよ。こっからはもう、オメェも好き勝手できるってことだ」


 口の端を歪めた蛙のような笑いに、ユノも薄く笑い返してみせた。

 何もかもを失った今は、そんな途方もないこともできるような気がした。


「名前は?」

「ユノ。……遠い鉤爪のユノ」


 憎悪を支えにして、歩き出す。

 彼らの旅はそうして始まる。



 ――そして。

 読者諸兄は既にご存知であろう。


 これは一人目の話だ(・・・・・・・・・)


 この地平に蠢く無数の百鬼魔人の、修羅の一人だ。

 “本物の魔王”が倒れたこの世界になおも闘争を求める、その一人目に過ぎない。

 これは彼が巻き込む物語ではなく、彼が巻き込まれる物語である。


 それは単独の真剣のみで、現行主力戦車を撃破することができる。

 それは遍く伝説をただの事実へ堕する、頂点の剣技を振るう。

 それは全生命の致死の急所を理解する、殺戮の本能を持つ。

 世界現実に留め置くことすらできぬ、最後の剣豪である。


 剣豪ブレード人間ミニア


 やなぎつるぎのソウジロウ。

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