小さな恋
「お兄ちゃん今日泊めて」
「また家出かい?」
「当たり前よあんな家もう絶対帰ってなんかやんないんだから!」
そう言ってどんどん俺の部屋…もとい家に上がり込む。
お兄ちゃんと言われても別にこの子と血が繋がってる訳でなく、この子の親と俺の親が知り合いだったため、好意でこの部屋を貸してくれたのだ。だからこの子の親は俺の大家になる。そして俺はこの子の産まれる前から此処に住んでいるので、この子にしてみれば俺は兄であり、俺からすればこの子は妹のようなものだ。
「夕飯は食べた?」
今はまだ夕方の6時、まだ夕飯時である。
「まだ何か作って?」
「ハイハイお嬢様は何が宜しいですか?」
待ってました!とばかりに声を張り上げる。
「肉じゃが!」
「肉じゃがてまた家庭的な…」
俺は少し呆れ気味に言った。
「い・良いじゃない!お兄ちゃんの肉じゃが美味しいもん!」
頬をぷっくり膨らませて言うのでどうしても可愛がってしまう。
「ありがと。さてお嬢様の要望に答える為に肉じゃがを作りますか!」
と意気込むも冷蔵庫の中身を見ると肝心の肉がない。
「あちゃぁ肉が無い。買ってくるか」
「何か買ってくるの?」
お嬢がこちらを見て聞いてきたので正直に答える。
「じゃぁアタシ買ってくる!」
と張り切っているのでお使いと帰りにアイスを買ってくるよう頼み、お嬢が家を出た。
「今の内に電話しておくか…」
と立ち上がり電話機に向かう。
トゥルル。トゥルル。
ガチャ。
「姉さん?自分ですけど。お嬢家に居るので今日の夜帰しますか?」
『何時もごめんね?まぁ明日は休みだからアナタの好きにしちゃって?どうせ着替えは持っててるし』
「分かりました。じゃあ明日にでも帰らしますね。」
『ゴメンね〜またいつか埋め合わせはするから♪アナタ〜今日は飲むわよ〜♪』
と言って電話を切る。
数十分後お嬢が帰ってきたのでアイスを冷凍庫に入れ肉じゃがの準備を始めた。
「お嬢は出来るまでに勉強しちゃいなよ?そしたら遊んだげるから」
目をキラキラさせて此方を見る。
「本当!?」
「あぁ」
俺が肯定するとやる気が出たのか宿題に取りかかる。
俺も一通り肉じゃがを作り終えお嬢の所へ向かった。
ベットに腰掛けふと足下を見ると見知らぬ便せんが…
「この手紙お嬢の?」
と聞いてみると自分宛てのラブレターだと言う。「驚いた?私こう見えてもモテるのよ」と鼻高々に言うが。
「まぁ付き合うつもりは無いけど」
「何で嫌いな子?」
「んーんー嫌いじゃない」
宿題をやりながら首を振る。
「じゃなんで?」
「私好きな人が居るもん。その人の為に色んな初めてを残してるの♪」
「ふぅ〜んじゃぁその子は幸せだね?お嬢に好かれてるなんて。」
肉じゃがが出来たようなので器に盛るため立ち上がる。
「お兄ちゃん本当にそう思う?」
肉じゃがを器に盛り付けテーブルの上に持っていく。
「うん。お嬢可愛いもん」
俺はご飯を盛るためまたキッチンに向かう。
「………」
「ん?何か言った?」
「なっ何でもナイヨ?サッ手伝うよ!」
何故かお嬢が急に立ち上がり俺を手伝った。
「?まぁ良いや」
少しお嬢がぎこちない感じだが気にせず準備する。
「さて準備もすんだし頂きますか!」
「うん!いっただっきまーす!」
パン!と乾いた音を起こし手を合わせる。
「いただきます」
お嬢の勢い良く食べる姿を見ながら俺も食べ始める。
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「何?」
呼ばれたのでお嬢の顔を見ると頬にご飯粒が付いていた。
「お嬢ちょっと待ってて?」言うと同時に膝立ちになりお嬢の頬に触れご飯粒を取る。
(お嬢ってあんなに背大きかったっけ?)
俺のそんな考えを引き剥がすようにお嬢が声を出す。
「ばっバカ兄!エッチ!スケベ!変態!」
何故かお嬢から罵声を受ける。そして少しの間俺は顔も合わせてもらえなかった。
「お嬢お風呂入んな?もうすぐ八時だし」
夕飯も食べ終わり、洗い物も終えたので寝る準備をする
「…分かった…でもまだ許した訳じゃないんだからね!」
「ハイハイ。じゃ準備しよっか?」
そう言うとお嬢と俺はテキパキと準備を始めた。
「ふぅ〜…今日も色々在ったなぁ〜」
お嬢を先に入れ、月明かりの下のんびりする。
「そいやぁお嬢夕飯の時何を言おうとしたんだろ?」
そんな事をぼやきながら布団を押入の中から出す。
「お兄ちゃん出たよ〜!」
布団を引き終わり一段落するとお嬢が出たようであった。
夜二人は布団に入り寝るばかりといった状態であった。
「お兄ちゃん、まだ起きてる?」
「どうかした?」
「あのね…さっきアタシが言ってた好きな人の事って気になる?」
いつもよりも弱々しく感じる声である。「うーんまぁ気になるって言えば気になるかな?お嬢は妹みたいなもんだからね」
「そっかそっか♪まぁ最後のは余計だけど気になるか♪」
さっきは弱々しかったのに今は何か機嫌が良い…よく分からない年頃である。
「で?お嬢の好きな人って誰?俺の知ってる人?ん〜何か聞き出したら止まんないや♪」
「うん♪お兄ちゃんもよく知ってる人♪」
更に真面目に考えだすも分からない。
「ん〜分かんないなぁ〜?ヒント頂戴?ヒント」
「ヒントは〜…お兄ちゃん!」
「俺!?ん〜ますます分かんなくなってきた…」クスクスと笑い出すお嬢を後目に考えを深まらせる。
「わっかんないなぁ〜?降参!誰?教えて?」
「エヘヘ〜その前にお兄ちゃんの布団に入れて?」
「?まぁ良いよ?」
エヘヘと言って俺の布団へモソモソと動き出す。
「で?お嬢の好きな人って誰なの?」
「あのねぇ〜私が好きなのは
お兄ちゃんだよ♪」
俺の中で何かがガチャリと止まる。
「あーと茶化す分けじゃないけどそれは“ライク”じゃなくて“らぶ”?」
月明かりの下コクリと満面の笑みで返すお嬢はどこか美しかった。
「あーうーんお嬢それはらぶじゃないんじゃないかな〜…?」「…なんで?…だって誰かをずっと思ったり、その人の事考えたら胸が痛くなるのは恋じゃないの!?」
正直驚いた。今まであんなにちびっ子で、まだまだ恋なんて早いと思ってたのにもうこんなに大きくなってた。
でもだからこそと心に決める。
「ゴメンねお嬢今はまだダメなんだ…」
泣きそうに顔を歪め必死に涙をこらえているお嬢。
「だからお嬢が大人になった10年後。お嬢が今と変わらずに俺を好きのままで居てくれたらまた来てくれるかな?」
「その時にちゃんと言うよ」
ホント?と尋ねてきたお嬢に笑顔で頷く。
「お兄ちゃん大好き!」
と抱きついて離さない。
もう寝ようと提案し今度こそ本当に眠りについた…
あれから10年。俺の就職が決まり何時までもあの家に居てはダメだと決心し、あのマンションから出ていった。
(そいやお嬢俺が出るとき物凄い勢いで泣いてたなぁ〜)
等と思い出にふけっていると電話がなる。
『警部補アポなしで面会を望んでいる人が居ますがどうしますか?』
今追っている事件もないし今は昼時だ、別に出掛けても構わない。
少しの逡巡の後直ぐに決断する。
「今から会いに行くから待っててもらって下さい」
『わかりました。それでは』と言って電話を切る。
今の俺はノンキャリアながらも警部補と言う地位に着いてる(自分で言うのも何だが)有望株である。
エレベーターを降りながら思う事は一つ。アポなしの人物である。
だが考えが纏まる前に一階に着いたためあえなく思考を戻される。
キョロキョロと周りを見回して居ると…
「お兄ちゃん!」
何とも懐かしくそれでいてホッとする声がする。声だけを聞き笑顔で声の主を向く。
「ありがとう…お嬢…」
FIN