第四十話 竜車
翌日の朝、街の外を目指す。
(主、歩く。速い)
「もう集合時間を過ぎてるんだ。急げ」
(主、寝坊。悪い)
「お前が、朝からひっつくからだ」
(主、我、離さなかった)
「う、煩い!」
あれだけ諭したのに、プラテアがいつのまにか俺の布団に潜り込んでいやがったのだ。寝ぼけて抱き枕にしたのは大いなる俺の失態だった。あ、もちろん今回は二人ともちゃんと服は来ていたぞ。
「大体すぐに宿を出れば間に合ったのに」
(朝肉。食べる。常識)
「どんな常識だよ……。しかも肉しか食わないなんて栄養バランスが悪すぎだぞ」
(我、食べ物から栄養とらない。主の魔力。栄養)
「なら食うな!」
朝から何十人前ものステーキを見せられる俺の身になってほしい。見てるだけで胃もたれしたわ。栄養にならなかった肉は一体どこへ消えるのだろうか。
「よし、十分遅れほどで済みそうだな」
小走りで歩いたこともあって、すぐに外壁が見えて来た。
「うおっ、さむっ!」
門を潜ると一面銀世界の極寒の地。最近、街の中にいたのですっかり忘れていた。ここは標高四千メートル級なんだよな。
「ん、なんか門の外が騒がしいな」
雪煙を舞い上がっていた。一瞬、吹雪かと思って空を見上げる。うん、やはり今日も変わらず快晴だな。
どうやら何かがこちらに向かってくるようだ。うーん、朧気にしか見えない。もしかして軍用列車か?
「兄貴! 危ない!」
ホワイトアウトした視界の向こう、聞き慣れた声が響く。しかし、視界もほとんど見えないのになんで俺だとわかったんだろう。
「おいおい、なんだよあれ」
体長二十メートルを超す赤い大蜥蜴。それだけでも威圧感はんぱない。それなのに、その後ろには数倍の長さの赤い車両が繋がれていた。
巨大な赤い塊がまさに俺に向かって猛進してきた。さすがに不味くない?
「あ、おい! 危ないぞ!」
ふらふらふらと俺の前に出るプラテア。迫り来る赤い脅威に立ちはだかる女子高生の図。うん、違和感しか覚えない。
(大地、這いつくばる。土竜ごとき。我に刃向かう?)
凛とした声が脳に響く。と同時に地竜が飛び跳ね、急ブレーキをかける。あわやプラテアと衝突といったところでなんとか停止した。そして――。
「なあ、竜も降参のポーズって腹見せなのか?」
数十メートルもの巨体が転がる姿は何とも形容しがたい。地竜の腹って白いのな。柔らかいのかな? 数両の客車が思いっきり横転してるけど。内部がぐちゃぐちゃになっていそうだな。そんなとりとめもないことを考えてしまった。
(上下関係。明確。我、頂点)
プラテアが胸を張ってドヤ顔していた。
「ルイス、大丈夫だった!?」
狐の仮面がこちらに駆けつけて来る。いい加減外そうぜ、それ。
「アンヘレス、これは一体何の騒ぎだ」
「ご、ごめん! ちょっとうちの竜車が暴れて手がつけられなくなっちゃって」
「まさかこんな危険な奴に引かせたものに乗るのか」
「この子しか空きはないって言われたの。竜力は一番強いから最速だって、事務官の人が笑顔でそう伝えてくれたよ」
最速なら普通は空いてないよな。それって代わりに制御できないってことじゃないのか。体よく厄介者を押しつけられたっぽいな。一国の姫君に対する扱いとは思えない。
「なあ、そいつってどこか体が不自由だったりしないか?」
「え? うーん。そういえば杖をついていたかなあ」
それだ。要は復讐なのだろう。どう考えてもどこかで事故に陥りそうだもん。
(そいつ。他より力ある。我に従順)
気づけば、地竜は転倒した客車をいそいそと自ら戻していた。ちらちらとこちらに顔を向けている。おそらくプラテアが恐くてご機嫌伺いをしているのだろう。どうやら彼女は本当にエンシェントドラゴンのようだ。
「ま、結果オーライか。それより、みんな揃っているようだな」
「ところでルイスさん。その可愛らしい娘はどなたかしら?」
「兄貴! まさか人攫――。いでぇえ!?」
「お前はもう少し考えてから口を開こうな」
とりあえず殴っておいた。グーで。
「ああ、こいつはちょっと口がきけ――」
「我、プラテア。よろしく頼む」
「私はアクアといいます。よろしくね。プラちゃん? って呼んでいいかな」
「うむ。それいい。問題ない」
「ちょ!? お、お前しゃべれたのか!?」
「我、当然」
「ははは! 兄貴、嫌われているから口をきいてもらえなかっだぁあああ!?」
「だからお前は口を開くな」
「あ、あのいま空を飛んでいるのが、私のお兄ちゃんでレッドです。ちょっとオツムが弱いけど気にしないでください」
(主以外。脳直接、無理。面倒だが、発声する)
「それさ、昨日、宿で絡まれた際にして欲しかったんだけど」
(否。面倒)
「……その所為でそれ以上面倒な事になったんだけど」
「ルイスさん、さきほどからお一人で何をぶつぶつと呟いているのですか?」
「えっ? あ、そうか。今のは頭に語りかけていたのか。まったく、分かりづらいな」
「どういうことですか?」
「いや、こいつ。痛っ!? な、なんだよ」
(こいつ。我の名。違う)
「プラテア……は俺の脳に直接語りかけることができるんだよ」
「なにそれ! かっこいい! 私もやってみる!」
「は?」
目を瞑り、うーんうーんと唸るアンヘレス。
「ルイス! なんでいくら呼びかけても返事してくれないのよ!」
「いや無理だろ」
なんでこうオツムの弱い奴らばかりなんだ。
「ルイスさん、とりあえず竜車の中で話をしませんか?」
ぶるぶると震えながらアクアがそう提案する。
「だな。どうせ移動中は暇なんだろうからな。ところで俺らはどれに乗るんだ?」
というかこんな馬鹿でかい乗り物じゃなくて普通に馬車でいいだろ。
「中央の車両となります」
「うぉっ!? お前、いつの間に……」
どこかで見た事のある黒装束の男がアンヘレスの傍に控えていた。確かシードだったっけか。
「なんだ。お前も行くのか?」
「はい、よろしくお願いいたします。近衛騎士五十名。侍従が十名。料理人や医師等々、総勢百名がお供させて頂く事になっています」
「兄貴! お姫様に挨拶しに行かなくていいのか!?」
「お兄ちゃん……」
「止めようよ! お姫様は高貴で忙しいのよ。簡単には会えないわ!」
「そうだよな! 俺もそういうのは苦手なんだ」
まさかアンヘレスの奴。自分の身分が皆にバレていないとでも思っているのか……。
「挨拶はもう済んでいる」
「「え!?」」
「いいから行くぞ!」
驚くおバカな二人を置いていく。
列車の前には胸に剣を掲げる騎士達と深くお辞儀する使用人。
俺の目標は孤独になることだよな。
なんでこんな大所帯になっているんだ……。
現況に愕然としつつ、俺は深紅の客車へと乗り込んだ。




