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第十四話 ヘブンズ

「ちょ――。止めろって!」


 あまりの寒さに肌を震わせる。


「服が濡れたら帰りに困るだろ」


「風邪ひいちゃうぞ」


「ならこんなこと止めろよ!」


 くそ、歯がガチガチと鳴るのが止まらない。


「禊だよ。禊」


「お前の体に染みついている幼女趣味をこそぎ落とすにはこれしかないんだ」


「性犯罪の未然防止だよな」


「そうあくまで善意だ。ボランティアの有志に感謝しろよ」


「ふざけるな!」


「確かにいまはわからないかもしれん」


「だがきっといつか俺たちに感謝するぞ」


「いい友達を持ったな」


 どっと大爆笑が起こる。


 最低なクラスメイトたちだ。帰ろうとしていた所を拉致されてプールサイドまで連行されたのだ。そして無理やり服を脱がされた。正月明けの三学期のある日のことだ。


「休み中にさ。間違って体育の先生が水を入れちゃったらしいよ」


「有効活用してくれっていってたよな」


「パンツの替えは用意しといたぞ。うちの爺ちゃんの紙オムツだけどな」


「敏くん気が利く~」


 嫌な結末しか見えない。いますぐここから逃げ出したかった。しかし、両側から腕を掴まれているのでどうにもならなかった。こいつら狂ってる。


「おら! さっさといけよ!」


 後ろからドンと蹴り飛ばされた。


「うわぁああ!?」


 プールに落とされた俺は顔面を強打した。バシャンという水音しなかった。ゴンという鈍い音だった。


 この数日間で表面に厚い氷が張っていたのだ。巨体を顔面で受け止めた衝撃で意識が朦朧とした。歯が折れたかもしれない。


 バリンという何かが砕けた音が聞えた。


 気づいた時には水の中にいた。ほぼ0度の水だ。寒いというよりもとにかく痛かった。全身が針で刺されたような痛みだ。


 息ができない。鼻孔を冷水が刺し咽る。ごぼごぼと口から空気が漏れた。水上に上がろうとするが手足が痺れてうまく動かない。


 ああ、もう駄目だ……。


 急激に体が冷やされた所為か意識が朦朧とする。プールの底で仰向けになったまま動けない。プールの縁、クラスメイトが何か騒いでいるようだ。死にゆく俺を大爆笑でもしているのだろうか。


 畜生、こいつら殺してやりたい――。


   ****


「ぶはっ!? はぁ、はぁ、はぁ……」


「大丈夫っすか?」


「俺は死んで地獄に堕ちたのか……」


「なにを言ってるっすか!」


「闇がどこまでも広がっている」


「ムーングラスをしている所為っす!」


「地獄の鬼は随分と気の抜けた声だな」


「おいらはビバティースっす!」


 目の辺りに触れると確かに何かがあった。それをゆっくりと外す――。


「うわっ、眩しっ!?」


「おはようっす。随分とうなされていたっすね」


「はあ、夢だったか」


「熟睡しすぎっす」


「そうか? まだ日も昇ってないじゃねーか」


「なにを寝ぼけているっすか。あと一時間もすれば着くっすよ」


 え、だって。まだ外は白いままだぞ。あれ? 月が一つ?


「もしかしてこれは雪か?」


「そっすよ」


 確かに窓からはスースーと冷気が伝わってくる。


「なんか息苦しいな」


「すでに標高三千メートル近いからっす」


 なるほど。あんな禄でもない夢を見た理由がわかったよ。


「なんか傾いてないか? うお、すげえ……」


 よく見ると外は崖のような急斜面だった。軍用列車はその崖に吸いつくように進んでいた。雪崩とか起きたら一発アウトだな。


「ここはマウンテンゴッズ。勾配が急なので螺旋状に上っているっす」


「もしかしてこの頂上に?」


「王都ヘブンズがあるっす」


 自分の席とは逆側の窓を見やる。遠くに山の頂上が見えた。


「おお、なんだよあの塔は」


 頂上から漆黒の筒が天空に向かって伸びていた。その先端は雲に隠れてみえない。


「え? まだ見えないっすよね」


「いや、余裕で見えるけど」


「ルイスさんって実は猛禽類の獣人っすか?」


「別にルイスでいい。そして俺は普通の人族だ」


「あっ、まさかムーングラスを発動しちゃったんすか!」


「え?」


「発動後、数時間かけていると外したときの視力が一定時間上がるっす。昨日説明したじゃないっすか」


「え、そうだっけ……」


 寝る直前の記憶がほとんどなかった。


「ああもう、もったいないっすね」


 どうやら本当に友達価格だったようだ。魔道具なのに五千ギルなんてありえないよな。十倍返しにならないように気を利かして売るという形をとってくれたようだ。


 でも俺の場合はおそらくいつつけても発動するのだろう。ふむ、いい物を貰ったな。しかし初めて会った相手にこんなものを安く譲っていいのか? 商売人として大丈夫なのだろうか。余計なお世話かもしれんが、少し心配になった。


「いや、それでもこのムーングラスは睡眠には快適だぞ。これからも愛用させてもらうよ」


「そう言ってもらえると嬉しいっす」


「それであれは何なんだ?」


「《天界への道》そう呼ばれています」


「天界なんてあるのか?」


「そう信じられているっす」


「てことは誰も天辺まで登ってないのか?」


「完全に制覇しているのは十五階までっす。そこには王族が住まわれているっすから」


「城として使用しているってことか。でもそれって全然下の階だよな。それより上は?」


「悪魔によって道が阻まれているっす。最高到達階もSSランクの冒険者が達成した三十階が最高っす」


「なあ、それってただのダンジョンじゃないのか? 天界に繋がっているという根拠は?」


「過去に天使が堕ちてきたと伝えられているっす」


「天使ねえ」

 

 眉唾ものの伝承じゃねーのか?


「あ、信じていないっすね。空から堕ちて来た天使は残念ながら死んでいたそうっす。でも身につけていた物はこの世界には存在しない魔道具だっそうっす。城の宝物庫にいまも大切に保管されているっす」


 まあ、異世界すら存在したんだから否定する根拠もないけどな。神も天使も実際にいるかもしれん。


「お? 傾きが直った?」


 ビバティースと話し込んでいるうちに魔道列車が山を登り切ったようだ。


「おお、これはまた――」


 頂上は深い雪で覆われていた円形の台地だった。中心に向かってなだらかに下っている。中央には深い青色を湛えた湖。水上から伸びる漆黒の巨大な塔が天空へと消えていた。これまでに見た事もない光景に言葉を失った。


 そして湖を取り囲むようにして背の高い建物が所狭しと並んでいた。太陽の光を反射してキラキラと眩しかった。


「ここは銀の都とも呼ばれたりするっす」


「その銀はどこから?」


「《地界への穴》からっす」


「それってどこに?」


 洞窟のようなものは見当たらなかった。


「それも中央の塔っす。地下部分を指して言うっす。底なしのダンジョンであり坑道っすね。壁の鉱物に多量の銀が含まれているっす」


「そういえば銀って魔法属性を良く通す性質があるんだったよな」


「そうっす。王都が誇る特産物の一つっす」


 確かになあ。科学技術も発展していないこの世界。誰がこんな塔を作れると言うのか。神が存在すると考えるのも頷ける。


 そしてこんな秘境ともいえる場所が王都になったのも信仰心だけじゃないだろう。豊富に採れる銀目当てに発展したに違いない。


「それにしても、ポリシアの街の数倍はありそうだな」


「冒険者も多いっすよ。地界への穴に出現する魔物は同ランクでも他よりも魔結晶が大きいっす。種類も数も豊富っす」


「なるほど。こんな所にまで足を伸ばす価値はあるってことか」


「それに深部までいくと採れるのが銀だけじゃないっす。ミスリルやオリハルコンの鉱物さえ採れるらしいっすよ。よほど高位ランクの冒険者じゃないと自殺行為っすけど」


 ほほう。これは稼ぎがいがありそうだ。腕がなるぜ。

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