妖怪ハンター
今日も私は真夜中に、山中さんと青田さんと
現世での思い出話に花を咲かせていた。
今日は失敗談が多い。
山中さんが会社への遅刻しそうな電車の中で盛大に漏らしてしまったことや
青田さんのことをとても好きだった女の子をこっぴどく振ってしまって
以降三年間付きまとわれた……現代の言葉ではストーキングというのだろう?
……それを続けられたことなどを、二人は私に熱心に語ってくる。
もちろん本当に傷ついたような、核心的な話題には三人とも触れない、だがそれでいいのだ。
私が二人の言葉を聞き続けることでいつか二人が成仏してくれればいい。
そんなこんなで真夜中になったころのこと
いつものように人気の無いトンネル内で三人でウトウトしていると
東側のトンネルから、大きなものが侵入してくる気配がある。
ふむ。物の怪だな。
手負いだろう。雰囲気でわかる。
気づいた山中さんと青田さんは、素早くトンネルの反対側の入口まで
逃げて行ってしまった。
その漆黒の身体を持つ物の怪は、私の居る位置まで来ると
こちらに顔を見せて、その頭髪のない厳めしい巨大な顔の大きな口を開けて
こう言った。
「おじぞさま……たずげでぇ……」
……ふむ。真黒な人間のような巨体。ダイダラボッチだな。
傷だらけで這ってきたのだろう。
真黒な大きな体で窮屈そうにトンネルの中に横たわっている。
ダイダラボッチと言えば、昔はもっと大きかったものである。
山を一飲みにしそうな者も、時には居たものだが、
そこは、山中さんや青田さんに聞くように今は科学の時代、
物の怪たちも肩身が狭く小さくなっているののかもしれないな。
私は、この哀れなダイダラボッチを保護することに決めた。
とは言え、できることは限られている。
山中さんと青田さんに手伝ってもらい、私はこのトンネル内に横たわる
ダイダラボッチの快癒を祈ることにした。
三人で必死に祈っていると、パァァァと緑色の光がダイダラボッチの多数ある傷口を
次々に包んでいく。
成功だ。私の力もまだ多少は残っていたらしい。
「おじぞさまぁ……あ゛でぃがどなあ゛」
痛みが薄れて言っているらしいダイダラボッチも涙を流して喜んでいる。
良かったなぁ。物の怪であれ人であれ、誰かの役に立てることは嬉しいことだなぁ。
と祈りながら、三人で喜んでいると、
ダイダラボッチが入ってきたトンネルの入り口の反対側から
大声が響く。
「ちょーっと!!まったあああああああ!!」
派手な黒眼鏡、いやあれはサングラスというのだったな、
そして桃色やピンクをふんだんに使った傾奇者な雰囲気の、
派手な色遣いの服装をした暑苦しい男がそこに立っていた。
「ひっ!!!ひっいいいいいいいいい……」
身動きが取れないダイダラボッチが口から泡を吹いて気絶する。
そうか……この者にやられたのか。
私たちの前に近づいてきたその男は辺りの匂いを嗅ぐような動作をすると話す。
「そうか、このトンネルは地蔵さんのもんなんだな」
「そして、あんたたち二人は、地蔵さんに救いを求めてきてると」
と私たちを見て次々に値踏みする。ふむ。山中さん青田さん
この者は霊能者の様だ。案ずることはない。
私の横に隠れて小さくしゃがみこんでいる二人を安心させて
私はその男に問いかける。お主は何故、ダイダラボッチをいじめるのか?
「はぁ!?いじめてなんかいねぇよ!!
俺は妖怪ハンターの花巻豪太だ!!これでも一級霊能師だぜ!
このダイダラボッチが住宅街に出没して、怖がられてるから
この山の中まで、苦労して追い込んできたんだろうがよ!!」
……暑苦しいな。身振り手振りを使って、唾がかかりそうな距離で
私に説明するこの男を今度は私が値踏みする。
妖怪はんたぁか……。ふむ。おそらくは、妖怪を捕まえる猟師のようなものだな。
少し考えた私は、この妖怪はんたぁに提案してみる。
今の世の中、物の怪や妖怪も肩身が狭いのだよ。
山の中にはひとはこぬし、住宅街や町などに出没するとすぐに騒ぎになる。
そもそも人々は彼らのことを理解もせず、怖がるだけになってしまったではないか。
このダイダラボッチも、たまたま好奇心で
街に入り込んだら騒ぎになって、困って迷ってしまっただけではないのか?
「お地蔵さんの言うこともまぁ、一理あるな。でも俺の仕事はこいつの消滅なんだよなぁ」
そこで山中さんと青田さんが再び怯えて私の左右に隠れる。
そう言わずに、許してやってはくれんかね。
と私の頼みに花巻は
「聞いてやってもいいんだけど、代わりに俺の頼み事を一つ叶えてくれねぇか?
あんた、まだけっこう、力あるんだろ?」
そう、私に願ってきた。
すぐに私との話が終わって、上機嫌になった花巻は
「あばよっ!!じゃ頼むぜ!」と暑苦しく手を掲げながら
入ってきたトンネルの方へと、走って去っていった。
私はホッとしながら、山中さんと青田さんと共に
ダイダラボッチの傷をいやすことに専念する。
二時間ほどすると、すっかりの癒えたダイダラボッチ意識を取り戻し
「あでぃがどぉ……あでぃがどお……」
と涙を流しながら、這ってトンネル内から出ていく。
彼にはこの山で、しばらく静養するように言っておいた。
何百年も私が会えてない山のヌシにあったら宜しくとの、伝言も添えて。
ん?山中さん、怖くて、花巻さんの頼みごとをきいてなかった?
ああ、はっはっは。簡単な頼み事だったよ。
あの歳まで、女の子と付き合ったことがないということだったので
良さそうな当てがあると言っておいたんだ。
はは。青田さんの言う通りだよ。そうだよ。ミカさんを紹介しようと思ってね。
奥手な彼と、純粋なミカさんは、良い組み合わせになると思わないかい?
え、二人の危なさが、余計に足されるんじゃないかって?
そんなことは無いだろう。君たちも心配性だなあ。
こうして、今日も我々の棲んでいるトンネルの何気ない日常は過ぎていった。