ぱんつ地蔵爆誕
いつごろ、私がここに創られたかはもう忘れた。
君たち人間が室町時代とか、江戸時代とか言うころだろうと思う。
最初の目的は確か、ここら山々の豊猟祈願だったか、
豊作祈願だったか、確かそんな感じだったのではないかな。
創られてから何百年も私の周りには人が絶えなかった。
毎年の四季には、沢山のお供え物が添えられ
私の周囲にはちょっとしたお社を建ててもらい
子供たちが私に赤いオべべ着せて、赤い頭巾を被せてくれた。
かわいらしい無垢な子たちに「おじぞうさまー!今年もよろしくお願いします」
なんて声を合わせて言われたら
私も発奮して、皆の安全を全力で守ったものである。
不思議と私には創られたときから霊力があり、
それは私を石から彫りだした仏師の力なのか、
それとも魂を込めた僧侶の想いなのか分からないが、
たしかに私には力があったのである。
当時のお社は私の視界を遮らないように作られており
山々の木々の間から、私はこの世界を眺め続けてきた。
朝靄の中、毎朝のように遠くに出た息子の安全をお参りに来る夫婦、
晴れた昼間に狩猟の成果を報告しながら旨そうに握り飯を食べる猟師、
夕方に恋の成果を報告しに来る乙女。
山に入り込んだ幼き迷い子を山の下まで降ろしたこともあった。
ふふっ、幸せだったな。
もちろん人外の者たちとも沢山話をしたよ。
山中で果てた人や獣達の沢山の魂を空へと上げたものさ。
山の主は真っ黒で大きな巨体を揺らして、
お社を覗き込みニカッと笑うといつも消えた。
それで我々の意志疎通には十分だった、
彼ともだいぶ会ってないなあ。
ん?誰かきたって?
ああ、山中さん、すまんすまん。
こちらは自縛霊の山中さん、私の良き話し相手だ。
なんでも現世に強い未練があるらしく、この場所に止まっておる。
ああ、言うのが遅れたが今のこの場所はトンネル内だ。
一時期この辺りの山々に人間たちが、
様々な建築物を建てていたころがあってだな、
なんでもバブル?とか言う豊かな時期だったと山中さんから聞いた。
その時、私の周りもトンネルの壁になった。
私は空の見える場所に移設されるはずだったのだが、
どういう理由か立ち消えになり
結局、このジメジメしていて狭く暗いトンネル内に止まることになった。
お社は工事と共に取り壊され、赤いオべべも頭巾も被せてくれる人も
それ以来居なくなった。
ふんふん。青田さん分かった。
いつものあの子ね。すまんね、毎回。
こちらは浮遊霊の青田さん、山中さんと大体一緒に居る。
この方も何か強い未練があるようだがよくは知らない。
本人が話したがるまで、私は深く聞かない主義なのだ。
「おじぞおざまああああああああ」
トンネルの入り口から黒い物体が高速で私に走り寄ってきて
山中さんと青田さんがびっくりして横に避ける。
「ぎい゛でええええええええええ゛」
うむ。聞いて。と言っているのだな。
「ばだじいいいいいいいいい」
わたし。ね。
「ブラ゛れだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
男から振られたのか。そうか。何度目かな。
トンネル内に大反響する奇声に
青田さんと山中さんも遠くで怯えておる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああ」
定期的にトンネルに恐ろしい声をあげにくる
この女性はミカさんと言って、全身黒いレザースーツに身を包み
かわいらしい顔と金髪に二股に分かれたオサゲ、
ツインテール?がかわいらしい娘である。
「うぅ、落ち着いてきた……」
うむ良かった。役に立てて何よりである。
涙と鼻水をハンカチで拭いながら、ミカさんはしゃがみ込み私に手を合わせる。
「ごめんね。お地蔵さま、いつもありがとう」
こんな山中のトンネルの中にまで何度も来てくれるなんて私もありがたいよ。
気にせずにいつでもきておくれよ。
トンネルの入り口近くで身を寄せ合っている山中さんと青田さんも
ほっと胸をなでおろしているようだ。
久々に良い仕事をしたな。と、上機嫌で居ると何かを被せられる。
お、ずっと坊主のままの私の頭にも新しい頭巾が!と色めき立つと……
「ミカのぱんつあげるー!お地蔵様もこれでミカのこといつも思い出してね」
「じゃあね!ぱんつ地蔵さま!」
……そうだった、ミカさんは邪気はないのだが
かなり頭が弱いのだった。
……しかし、まさか下着を私の頭に……これは、たまげたなぁ。
口を四角にあけて呆然としている
山中さんと青田さんの横を颯爽とミカさんは通り過ぎて
トンネル外からバイクの駆動音が鳴り響き、
嵐のように去って行った。
山中さんと青田さんは私の頭に被せられた
白いぱんつを見ながらあたふたとしているが
何せ私は動けぬ地蔵であるし、彼らは身体の無い霊体である。
三日後にたまたまトンネルを訪れた浮浪者の男が持ち去るまで
私はぱんつ地蔵として過ごしたのであった。