第六話
頭上の紅葉は、今が一番の見頃だろう。手の中で本を広げたまま、僕はぼんやりと空に移る銀杏を眺める。
あの日から、千恵子さんの姿を見ていない。定期的に現れていた存在がぱったり現れなくなったことに戸惑いが拭えなかった僕は、ふと当たり前のことに気付く。
「僕、あの人のこと何も知らないや」
ただこの銀杏の木の下で会うだけの仲。それも明確な約束はなく、千恵子さんから始めてきた薄い関係に過ぎないのだ。
すべてはあの人の気のありよう次第の関係だった。僕も分かっていた。それなのに。
「・・・・・・」
本に落ちた銀杏を手に取る。先程から冒頭の文字を追うことすらできていない。
千恵子さんはもう嫁に行ってしまったのだろうか。それとも別の事に興味が湧いて僕の事を忘れてしまったのだろうか。唐突に現れて関りを持ったと思ったら、去り方も唐突だ。
「僕は・・・」
僕はあなたにとってどうありたかったのだろう。どう思われたかったのだろう。
人より幾分知識が豊富なだけな取り柄の僕は、あなたにどう映っていたのだろう。
こつん、と銀杏の木にもたれかかる。黄色い葉が僕に降る様子がなんとも滑稽に見えた。
あぁ、僕は。きっとあなたに。
それは今まで感じたことのない、知識や技術など到底敵わない、ままならなくて厄介な感情。
「千恵子さん・・・」
脳裏に浮かんだのは、頬をうっすらと赤く染めて、熱っぽい瞳をした千恵子さんの顔。
だったのだが。
「何?」
感傷的な僕の心情などもろともしない、剽軽な声。それと見慣れた快活な笑顔。
「!?」
首を上げたまま硬直している僕を、千恵子さんは覗き込むようにして立っていた。それはもう、面白そうに。
僕がどんな顔をしているか分からない。でも千恵子さんが不敵な笑みを浮かべた辺り、間抜けな表情をしているに違いなかった。
「千恵子さん!?」
「何そんなに驚いてるの?」
「い、いや・・・。お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
挨拶を交わして冷静さを取り戻ろうとしているのに、千恵子さんは変わらず面白そうに笑っている。
「あ、あの・・・」
「あなた、ずっとここにいると落ち葉で埋もれちゃうわよ?」
「え」
千恵子さんの視線を追うように己の体躯に目をやる。座り込んで投げ出した足は、黄色い葉が落ちて衣服を今にも隠そうとしていた。
「それだけそこにいたって事よね。でも普通、そんなことになる前に気付かない?」
「そ、そうですよね。ははは・・・」
動揺を通り越して自身に呆れながら、立ち上がって服をはたく。はらはらと己から落ち葉が散る量を見るに、かなりの時間座り込んでいたようだ。
「あの、千恵子さん・・・」
久々に会っただからか、何を話せばよいかあぐねていると、千恵子さんは視線を遠くにやりながら目を細める。
「もう紅葉の季節も終わりね」
風の音に連なって、黄色い葉が宙を舞う。だが時期に重力に逆らえず、頼りなく落ちていった。
「覚えてる?こんな風に黄色い地面になったら、二人だけの舞台のようになるわねって話したこと」
僕はこくりと頷く。
「毎年そう思ってたの。こんなに鮮やかな景色を、いつか誰かと見たかった。今日ようやく叶ったわ」
地面を覆いつくすほどの銀杏の葉。確かに、この季節ならではで尊い光景だろう。
「願いを叶えるのに、相手が僕で良かったんですか?」
自分で言っておいてなぜか胸が苦しくなった。だが千恵子さんは変わらず笑みを浮かべている。
「あら、一緒に見る相手は誰でもいいって訳じゃないのよ」
「そ、そうですか」
若干問いに沿わない気がしたが、追及するほど求めたくはなかった。名言されることを反射的に拒否していた。
そして、分かり切っていたはずのその言葉を。
「近いうち、結納するの」
千恵子さんは、あまりにも軽く告げてきた。
「え・・・?」
「だからここに来られるのは今日が最後ね」
言葉が出ない。
『そうですか』と軽く流したい思いがあったのに、どうしてもできなかった。
自分でも分かるくらいに、痛々しい表情をしていたから。黙ったままの僕の方を振り向いた千恵子さんは、少し驚いたように目を瞠る。だがその表情はすぐにかき消された。
「ねえ、私と約束しない?」
「やく、そく・・・」
「そう、約束」
千恵子さんの懐から取り出されたのは、丁寧に丸められた糸玉。千恵子さんの着物のと同じ、橙色の糸だ。
「私は約束を破るのは嫌なの。だから、約束を叶えるために、今約束してちょうだい」
「?何か別の約束をしていたでしょうか」
「あら、『日本外史』をあげるって言ったじゃない。忘れたの?」
忘却の彼方に飛んでいた事柄をようやく思い出して驚く僕の手を取ると、千恵子さんは有無を言わさず小指に糸を括りつける。
チョキン、糸切狭が容易く糸を断ち切る。
「あ、あの・・・」
「よし、これでいいわね」
すっと示して見せる、己の左手の小指。僕と同じ位置に巻かれている橙の糸。
「この糸は目印よ。私たちはいつか、きっと再会するの」
僕への承認を聞かずに勝手に決めてしまう千恵子さん。
やはり、千恵子さんは最後まで千恵子さんだ。
「約束よ。私は絶対に忘れない」
呆れる想いも、切ない想いもあった。だがそれらを凌駕して心を満たすのは、どうしようもない安堵。
「僕も忘れません。いつかきっと約束を果たしてみせます」
そう答えるだけで、僕の胸は一杯になる。
なぜか泣きそうに笑う千恵子さんの顔を、僕はただ見つめることしかできなかった。
約束をした。途方もなく叶わないであろう約束を。
でもあの人が、いつも豪快に笑っていたあの人とが言うのなら、叶いそうな気がしたんだ。
僕らだけの橙の糸は、今でも繋がっているだろうか。
「高広」
クラスのホームルームが終わるや否や、苑子の顔が間近に迫る。高広は肩を落として鞄を肩にかける。
「今日はどこに行く?やっぱり考えたんだけど、目星をつけた土地に一回行ってみる方がいいと思うのよ。名前は分かっているわけだし、近所の人に聞いてみれば見つかるかも・・・」
いつものように相手の都合を考えない猛進さはあれど、切羽詰まって余裕のないのは明らかだった。内心では祖父がいる病院に向かいたいに違いない。
「ねえ高広聞いてるの?」
「あぁ聞いてる」
「なら早速今日の放課後に・・・」
「行きたい所がある」
苑子はかみ合わない返答に眉を寄せた。
「それは何?私たちが探したところの一つ?」
「いや、まったくのノーマークだ」
「じゃああたしは、なんであんたがそんな場所を知っているのか聞かなくちゃいけない」
どうやら知らない所で事が進んでいることが不満のようだ。だが今は説明する気にもなれない。
花が連れて行った場所。一般家庭では珍しい、銀杏の木が植えられている簡素な庭。
なぜこんなに気になるのだろう。銀杏に過剰になっているだけかもしれないが、花があそこに案内したことが偶然に思えないのだ。
顔をしかめたまま見つめてくる苑子の視線から目を逸らし、校庭の景色を見つめる。
「賭けてみたいんだ」
桜の木が埋められている校庭には、地味な色の落ち葉しか落ちていなかった。
息苦しくて厄介な感情を恋だと知ったのは、千恵子さんと最後の別れをして数日後の事だった。
僕は変わらず、銀杏の木の下で本を読んでいた。千恵子さんに貰った『日本外史』を傍らに置いて。
もくもくと黒い文字を追っていると、紙とは違う白が落ちてくる。はっとして空を見上げると、ふわりと雪が落ちてくるのが見えた。
もう、紅葉の季節は終わったのだ。じきに寒さが厳しい冬がやって来る。この銀杏は、しばらく黄色の舞台から身を引くだろう。
頭上に降ってくる紅葉ももうない。その瞬間、目じりが熱くなった。
おかしいな。千恵子さんが嫁いで暫く経つのに。最後の日も落ち着いていられたのに。どうして今になって涙が出てくるんだろう。
あぁ、そうか。これが恋なんだ。
僕は、千恵子さんに恋をしていたんだ。
涙を流しながら、僕はうっすらと微笑む。気付くのが遅かったという後悔も悲しみもない。
ただ、少しだけ苦しい。
そっと『日本外史』に手を置く。そして乾いた幹に背を預けた。
きっと秋が巡る度に思い出すのだろう。そんな予感を疑いもしなかった。
色素を持たない雪が静かに落ちてくる。
出会いと別れの秋が、終わった。
昔の夢を見ていた気がする。
微睡む思考の中で、幸彦は視線を彷徨わせた。さっきも目に入った無機質な空間。クリーム色の花瓶。名前も知らない医療機器。
人工呼吸器が取れてからも、幸彦の体からは細い管が通っている。これをチョキンと切ってしまえば死んでしまうのだろうか。冗談にならない冗談で何度笑ってしまいそうになったことだろう。幸彦や高広が聞いたら呆れるどころか本気で怒りそうだ。
最初に倒れて意識を取り戻した時、自分はもう長くないとすぐに悟った。だからと悲観的になることもなく、すんなりと心に落ちるだけで動揺もしなかった。自分もいい年だ。もう寿命なのだろう。
見合いで知り合った正美と結婚し子供を授かり、人として満ち足りた日々だった。
清楚で大人しくどこまでも控えめな女性だった。千恵子のことを引きずってはいなかったが、真逆と言っていい性格に安心感をを覚えた。
悲しみで言ったら、千恵子のとの別れより正美との死別の方が深かった。葬儀を終えて身の回りの整理をしながら、母の姿が見えず泣きじゃくる幸広を宥める日々が続き、悲しみの波が収まることがなかった。
そんな時だった。気まぐれで受けた、故郷の大学に講師として教鞭に立つことになったのは。
大学で教えることは長年の夢だった。歴史を人に伝えることも調べることもできるなんて天職としか思えない。だがそれよりも、あの銀杏の木がある街に戻ることに、運命に近いものを感じていた。
籍を入れたと同時に離れた故郷。もう戻ってくることはないと思っていた故郷。約束は敵わないと諦めた故郷。そんな思い入れ深い場所に、再び戻ることになったと分かった時、あの頃の想いの欠片が姿を現した。もしかしたらまた会えるのではないか。千恵子さんは約束を破ることを嫌っていた。だから二冊の本を抱えてあの木の下で待っているのではないか。そして現れた自分を見て遅い、と文句を言って眉を潜めるのだ。
今思えば、叶わないと諦めているからそんな絵が浮かんでいたのかもしれない。
首だけを動かして窓を見やる。病室からの景色は幾度となく見てきたが、正美を看取った時に眺めた、恨めしいくらいに青い空と白い風によく似ていた。
今日もまた高広は来るのだろうか。病院は暇だからと、書斎の書物を持ってくれるあの子は。
コツコツと足音が聞こえる。人が少ない通りにある病室なので行先はこの部屋しかない。
高広だろうか。視線を窓からドアに変えると、タイミングよくスライドドアが開かれた。
「?」
その人は一瞬だけ立ち止まるも、肩を小さくして頭を下げた。そして遠慮がちにベッドに近づいて来る。幸彦が口を開くより先にその人は言った。
「初めまして。私、西田と申します。突然押しかけてすみません」
幸彦より少し年下くらいだろうか。歳になると見た目で年齢など判別しにくいが、幸彦より幾分肌に若さが感じられる。
会ったことを忘れているのかと内心焦っていたが、『はじめまして』という言葉に記憶にない人物だと認識する。初めて会うその人は丸椅子に座らず、幸彦の反応を待っているようだった。
初見の方に寝ながら話すのは失礼だ。体を起こそうとすると傍から腕が伸びてくる。
「ご無理をなさらないでください。こちらが一方的に押しかけたのですから」
「いやはや、申し訳ございません」
西田の手を借り体を起こす。手を重ねて置いた所で西田の方に顔を向けた。誰か分からない人でもこうして来客が来るのは喜ばしいことだ。病気になる前も仕事の関係で訪れる人もいたのでその類だろう。世の中悪い分類になる人もいるだろうが、目の前の男からは嫌な空気は全く漂ってこなかった。
「どうぞお座りになってください。それで、今日はどのようなご用件でいらっしゃったのかな」
西田はようやく椅子に座るも慌てたように、焦るように頭を掻いて苦笑する。
「そうでしたね、用件も話さず失礼しました。どうも人と話すと慌ててしまって大事なことを言い忘れてしまうんです。妻からもよく呆れられていました」
緊張で体を強張らせているから察するに本当のことだろう。だが姿勢や口調からはどこか品の良さが感じられる。
昔の自分を見ているようだった。教授として教鞭に立ってからは人とのコミュニケーションに慣れたが、青年の頃は本と向き合う方が楽で楽しかった。
笑みを浮かべてじっと黙っていると、西田もそれに気付いて口元を緩める。慈愛に満ちた優しい笑みだ。西田の人生が幸せで彩られた証拠だ、とよく知りもしないで確信する。
「実は、あなたにお渡ししたいものがあるんです」
「私にですが?」
どうやら本当に緊張しているようだ。具体的に自分が何者なのか話すことなく話を進めてく西田に苦笑しそうになる。気難しい物なら失礼だと怒られてもおかしくない。
「はい、これを・・・」
紙袋から一冊の本を取り出す西田。男にしては皺のない綺麗な手だ。なぜこんなに艶があるのだろう。
「これは・・・」
だが手渡された本の表紙を見た瞬間、西田の手の事など頭から吹き飛んでいた。
突然押しかけた見ず知らずの高校生相手にも、西田は優しく微笑んで家に上げてくれた。高広が言葉少なめに千恵子の名前を出した途端、何かを悟ったように頷いた西田は廊下を歩きながら言った。
「妻も喜びますよ。こんなに若いお客さんが来てくれるなんて」
「いえ、そんな・・・」
出迎えてくれた人を見た時、高広の中に一抹の予感がよぎる。一般家庭より少しだけ大きめの家からは、自分たち以外の人の気配は漂っていなかった。
「どうぞ、千恵子に挨拶をしてあげてください」
西田が開けた襖の先は、線香の香りが染み付いている部屋だった。黒檀の仏壇の奥で笑う女性。にこやかに快活に歯を出して笑っている。
祖父の写真で見た女性と面影が重なる。
高広と苑子はぎこちなく手を合わせる。そして再び西田に向き直ると、ちょうど三人分のお茶を用意してくれていた。
「あの、千恵子さんはいつ・・・」
失礼な質問ではなかっただろうかと不安になったが、西田は変わらず穏やかに告げた。
「三年前に。風邪をこじらせて肺炎にかかりまして」
「・・・そうですか」
お茶に手を出す気にもなれず、ただ俯いてしまう。隣を見なくても、苑子もあからさまに落ち込んでいるのが分かった。
結局、自分たちの行いは無駄だったのだ。千恵子さんに会わせたいという願いは叶わなかった。大きな期待こそしていなかったが、突き付けられた真実がズドンと胸に沈む。
お茶を含んで一息ついた西田の視線が頭上に掛けられている遺影に向かう。そしてゆっくりと立ち上がっておもむろに襖を開いた。西田さんが立ち上がった気配を感じ顔を上げると、高広たちの目の前に一冊の本が差し出される。
「もし自分を訪ねてくる人がいたら渡してほしいと頼まれていたんです」
なんでこれが。まず浮かんだのは激しい疑問だった。高広ほどではないが苑子も驚いて本を見つめる。訳が分からずそっと本を手に取る。祖父の持っているそれを酷似した、だかそれとは異なる本だ。
「とても快活な女性でした」
呆然とする高広は西田の顔を見つめる。だが手にはしっかりと本が握られたままだ。
「元々臆病で人と接することが苦手な私に対して、なんとも強引な人でしてね。にもかかわらず私のくだらない雑学にしっかりと頷いてくれる所もあって。本当に変わった、そして大きな愛情を持った人でした」
再び西田の視線が上に向く。今度は見落とすことのなかった高広の視線をそれを追った。再び心臓がトクンと跳ねる。
「橙の着物が良く似合う女性でした。太陽のように暖かい色だと、とても気に入っていましたね」
『橙!』
花のはしゃぐ声が通り抜けていく。本を持つ手に力が籠る。
「約束している人がいる。生前千恵子は言っていました」
「約束?それは一体なんですか?」
苑子の問いに応えようとした西田だったが、高広がそれを制すように言った。
「西田さん、お願いがあるんです」
二人の永年の約束を、俺たちが安易に聞くべきじゃない。
「祖父に、会っていただけませんか。会って、あなたからこの本を渡してほしいんです。お願いします」
胸が一杯になる。高広は祈るような思いで頭を下げた。苑子と西田の驚く視線が頭に刺さる。
千恵子の想いは、西田の言葉の中にある。疑いようなく確信した。
「千恵子との見合いの席で、赤い糸の話をしたんです」
『日本外史 中巻』と印刷された文字をそっとなぞる。大切に保管されていたのだろう。時と共に褪せている所はあれどとても状態がいい。
「会話に困った私のくだらない知識でしたが、次に会った時に言ったんですよ。『私の赤い糸はあなたの小指に繋がっている。でももう一つ、私には特別な糸があるの』と」
ゆっくりと顔を上げる。優しい西田の笑みをそこにあった。震える唇で恐る恐る言葉を紡ぐ。
「それは、橙の糸ですか」
『約束よ』
千恵子の声が聞こえたのと、西田が頷いたのはほぼ同時だった。
あぁ、繋がっていたんだ。僕たちの橙の糸は。世に広がる赤い糸に紛れないよう、その橙は色褪せることなく。
確かに繋がって、そして引き寄せた。
あぁ、やはりあの人は約束を確かに守る人だった。
「もう一冊・・・」
囁きに近い声だが、西田は誤ることなく拾いとる。
「もう一冊あるはずなんです。日本外史の下巻が」
あぁ、と息を漏らした西田の表情は穏やかだった。
「私は持っていません」
「私は?」
含みのある言い回しにぎこちなく首を傾ける。だが不思議と、その意味が分かるような気がした。
「彼女の遺言で、棺と共に火葬しました」
『私たちはいつか、きっと再会するの』
あぁ、やはり千恵子さんは最後まで。
「最後の一冊は、千恵子が持っています」
最後まで、自分が慕っていた千恵子さんだった。
目頭が熱い。だが涙が出ることはない。視界がぼやけることもない。
そっと手の中の本に触れる。頼山陽の『日本外史』。この世に二つとない二人だけの書物。
「そうですか・・・」
それ以上言葉が出てこなかった。代わりに愛おしく本を撫で続ける。何度も何度も拍子に手を滑らせ目を安堵の瞳を細くした。
初めての感情を抱いた人だった。
初めて興味を持った人だった。
初めて共に紅葉を見て美しいと思った人だった。
天国にも、あの地にあるような銀杏の木はあるだろうか。木の下で本を読んでいたら、きっとまた会えるだろう。
二人は特別な橙の糸で結ばれているのだから。