隣の幼馴染
私は扉の前に立ち、インターホンを押す。
ポニーテールで縛っている髪を少し整えながら、私は少し待つ。
すぐに、健兄さんがやってきて私は部屋へとあげてもらう。
「沙希、夏休みの宿題、やっぱりいっぱいあるのか?」
「毎日やっていると、そうは感じないかな」
「まじめだなぁ。俺なんて、夏休みの終わりに一気にやっちまってたからな……」
健兄さんは思い出したのか、引きつった笑みを浮かべている。
「今日は、姉さんは来ないからね」
からかうようにいうと、健兄さんは慌てて手を振る。
「……べ、別におまえの姉さん目当てじゃねぇし」
わかりやすい。
健兄さんの部屋に入る。
「んじゃ、いつもどおりわからないところは聞いてくれ。俺も勉強してるからな」
健兄さんは机に向かい、私は彼の部屋にあるテーブルで勉強を始める。
健兄さんの部屋はクーラー完備だ。
暑い夏もへっちゃら。
……やっぱりちょくちょく学校を休んでいるせいで、いまいちわからないところがある。
健兄さんにすぐに聞き、わからないところをつぶしていく。
一時間ほどやったところで、先に健兄さんが根をあげた。
「休憩だ休憩。ジュースと麦茶どっちがよい?」
「オレンジジュースある?」
「あるよ。ちょっと待ってろ」
健兄さんは下からコップとジュース、麦茶を持ってくる。
私はテーブルの上の荷物を片付け、そこにお菓子と飲み物を置く。
二人で向かい合うようにすわり、健兄さんが口を開く。
「そういえば、通知表あるんじゃねぇか? 欠席はどのくらいだ?」
「三十日くらい」
「一ヶ月まるまる休んだって感じか? ま、勉強はついていけるんだろ?」
「成績は中の中って感じ」
「なら良いのか」
そう言うのは健兄さんと姉さんくらいだ。
両親は私を情けないと言ってくる。……まあ、実際そうなんだけど。
「小学校くらい、適当にやりゃあいいんだよ」
というのが健兄さんの持論だ。
成績が悪くないからこその話、という前提はあるらしいけど。
「やっぱり、まだ無理か?」
苦笑気味にいった健兄さんに、うなずいて腕を組む。
膨らみ始めた胸が寄せられ、少し嫌な気持ちになる。
……私は他の子よりも成長が早く、五年生の三学期くらいから、成長し始めた。
そのせいか、男子たちの視線は増え、運悪くクラスの人気者たちに好かれてしまった。
それが、女子たちからすれば気に食わないようで、仲間はずれにされた。
……それから、少しずつ学校に行くの嫌になり、六年生になっても構わない。
別に、一人でいることは良いのだが、嫌がらせや、男子たちの視線が……何よりも嫌だった。
「ねぇ、男ってどうしてあんなにあからさまな視線を向けるの? ばれているの気づかないの?」
「……え、わかるか?」
「健兄さんも、外に遊びにいくとよく見ているよね」
「……そりゃあ、その……あれだ」
「どれ?」
「……すんません」
健兄さんが苦笑いとともに頭をかく。
……クラスの男たちは、そのくせ私が睨み返すと、むしろ私が悪者だとばかりに睨んでくることもある。
「まあ、男ってのはそういう生き物なの。可愛い女の子とか、綺麗な足とか、うなじとか……そういうのが見えるなら、ついつい見ちゃうんだよ」
「……え、綺麗な足? うなじ?」
「そこは拾わなくていいところだ、沙希」
健兄さんの頬はさっきから引きつりっぱなし。
冗談めかしていう彼に、短く嘆息する。
「ま、中学にもなれば周りも成長してくるんだ。ちやほやされるのなんて今くらいだ」
「そうだったらいいんだけど……」
「あー、でもおまえ姉さん可愛いし、沙希ももしかしたらずっと可愛いかもしれないよなぁ。そうなるとこれからもちょっと大変かも」
「……それは嫌」
けど、ほめてもらえたことはうれしかった。
○
一週間後。宿題はほとんど終わったが、勉強がしたいという理由で家を出てきた。
私は一つの決意を胸に抱き、健兄さんの家のインターホンを押した。
いつものように挨拶をして、部屋へとあがる。
勉強道具をテーブルに並べながら、私は健兄さんのほうを見やる。
「……お姉ちゃん、告白するって」
「ああ、そうなんだ」
……やけにあっさりとした反応だった。
「もっと驚くと思った」
「ま、別にな。あいつ綺麗だし、いつかは誰かと付き合うと思っていたし……ショックはあるけど、あ、来たんだなって感じ」
「やけにあっさりだね。健兄さんは告白とかしないの?」
「俺は……いいよ」
「……情けない顔」
「う、うっせぇよ! おまえな、俺の学校での立場知っているか?」
「平凡な運動能力、成績だよね。あと、酷いくらいのアニメオタク」
「ざ、ざくっと言うな! ……そうだよ。あいつは生徒会にも入っているし、テニス部でも活躍しているって話だ」
「……どこで聞くの? ストーカー?」
「学校でたまにくらい話すんだよ! 一年で生徒会に入るってどんだけか知っているか?」
「わからないけど、普通は二年生なんだっけ?」
「そ。それだけの人気者ってことだ。俺じゃないやつのほうがいいってことさ」
だから、諦めが早かったようだ。
これならば、好都合だ。
私は縛っていた髪留めをはずし、姉のようなロングにする。
それから、近くに座っていた健兄さんへとゆっくりと近づく。
「ねぇ、健兄さん。私、お姉ちゃんに似ているでしょ」
「髪下ろすとそっくりだな。けど、沙希はちょっと冷静って感じがある」
「……そうかな?」
健兄さんはのんびりとあくびをしながらこっちを見ている。
だから私は、彼へとにじり寄る。
さすがに少し警戒したようだ。
「どうしたんだ?」
今しかないと思うから、私は思いをはきだす。
「……私、健兄さんのことが好き。だから、私と付き合って」
「……お、おい本気か?」
健兄さんは眉間にしわを作る。
冗談だと思っているのだろうか、それは少し酷い。
「本当にすきなの。私、お姉ちゃんみたいでしょ? お姉ちゃんみたいだと思って、付き合ってもいいから」
「……」
そういった瞬間、健兄さんの表情があからさまに険しくなった。
立ち上がった彼はベッドへと移動し、それから嘆息する。
「今の言葉、俺は嫌いだ」
「……」
「おまえにはおまえの良いところがあって、おまえの姉ちゃんにもある。……自分のことを誰かの代わりみたいに言うな。俺はおまえか姉ちゃんどっちかいなくなっても、どっちかで代わりが務まるとは思わない。そんなこといわれると、悲しくなる」
健兄さんの厳しい目に、私はしょんぼりと頭をさげる。
「……ごめん」
「……まあ、おまえが告白してきたのは、うん。うれしいよ。けど、俺はやっぱりおまえの姉ちゃんのことが好きだから、断るよ。ごめんな」
「ま、わかっていたけど」
私はなるべく気にしないように、髪をとめなおす。
しっかりと私と姉を別に見てくれて、うれしかった。両親からは、姉のように立派になれと散々に言われていたから。
そのとき、インターホンの音が家に響く。
「ちょっと行ってくる」
健兄さんが立ち上がり、部屋の扉がぱたんと閉じた。
私は玄関のほうを見て、嘆息する。
私の告白は、失敗、か。




