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街案内

「すべて、貴方のためです」


 真摯な眼差しに、何も言えなくなる。


 なぜ、こうなってしまったんだろう。

 胸の奥に渦巻く後悔は口に出すことを許されなかった。

 誰にも言えない。


 もっと違う方法があった筈なのに・・・。

 けれど、過ぎてしまったことは変わらない。

 変えられない。

 だからこそ、今はできることをしなければならないのだ。


 翠の瞳が決意に満ちて煌いた。



 ***************



「この街は本当にすごいね。見たことないものばっかりだし、どこに行っても人がいっぱいで。こんなにたくさんの人を見たのは初めてだよ!」


 テーブルの上の食事を粗方たいらげたルカが興奮した声を上げた。

 その様子が見た目以上に幼く見えて、サーシャは微笑む。


「そうね、この街より人が多いのなんて王都くらいらしいし。もともと商人の街だしね」


 サーシャは食後のお茶を口に運びながら言う。


 日が傾いて、いろんな店を夢中になって見て回っていたルカの腹の虫が盛大に鳴った。

 ルカは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたけれど、まだまだ成長期の男の子なんだからそんなもんでしょと笑って、近くの食事処に入って食事を終えたところだった。


「じゃあ、昔から大きな街なんだね」

「それは・・・」

「おや、あんたたち、そんなことも知らないのかい? この街が、今みたいに賑やかなのは今の領主様になってからだよ」


 サーシャの言葉に被せるように皿を片付けに来た店の女将の声が響いた。

 驚いているルカを無視して、人好きする笑顔で話を続ける。


「商人の街って言っても、戦時中は兵士たちの駐留で儲けていたんだよ。それが、戦争が終わって、この街もめっきり静かになっちまってね。兵士相手のたくさんの店も閉店に追い込まれて、うちも昔からやってるけど、本当に閉める間際までいったのさ。

 ・・・でも、領主様がうまいこと立ち回ってくれてね。王都に行く商人が立ち寄りやすいように関税を下げたり、あとは職人たちを大勢雇ったりしてね。これだけ人が集まる街になったんだよ」


 女将が嬉々として話す。

 領主様と言うときの女将の顔は崇拝といってもいいような気配で。

 けれど、それはこの街の住人なら珍しいことではなかった。


「そうそう、十年前に今の領主様になる前は、大きいのにちょっと寂れた印象だったものな」


 隣の席の客まで話に乗ってきた。


 二十年前に終わった翼人ルーンとの戦争。

 百年以上も続いた種族間での戦いが終わったとき、大半の国民は喜んだ。

 戦地に赴かなければならない男手たちも、それを見送る家族も、戦争が終わってほっとした。


 けれど、実際は戦争で食べていた人間も少なからずいた。

 戦後、急激に廃れたこの街もその一つだった。

 見たところ五十がらみのこの女将も、知らず知らずにその恩恵にあやかっていたひとりなのだ。


「前の領主様も悪い人じゃなかったけれどね。・・・不幸な事件だったけれど、今の領主様になって街がこうして元気になって、みんな感謝しているんだよ」


 サーシャは少し、目を伏せた。


 十年前に今の領主に変わって、この街はこうして復活した。

 現領主は領地の内外からその辣腕を高く評価されている。


「ほんとにな。・・・俺なんて、戦争が終わった直後は終わらなきゃ良かったなんて思っちまってたもん」


 ぼそっと、別のテーブルの客が呟いた。


 そのとき、急にルカとラナの顔色が変わった。

 興味と好奇心に溢れていたルカの顔が急に悲しそうになり、ラナからはいつも以上の敵意・・・いや、殺気に近いものが感じられて、びくっとなる。

 でも、それは今まで一緒に居たサーシャだからわかるもので。


「あ、あのっ・・・お茶のおかわりお願いします」


 ルカがはっとして、ラナを横目で見てから女将に声をかけた。

 その言葉で、女将は仕事中だと我に返ったみたいで、「はいはい、ちょっと待ってね」と、厨房に戻っていき、ほかの客も離れていった。


「ラナ・・・どうかした?」


 ほかの客たちの意識がこちらから外れたのを確認してから、サーシャは声をかけた。

 ラナからは、殺気のようなものは、もう感じられなかった。

 けれど、いつも以上にぴりぴりした雰囲気が伝わってくる。


「・・・なんでもねぇよ」


 ぼそっと不機嫌そうに言われた言葉。

 ルカはラナが人間嫌いだと言ったが、それには理由があるのかもしれない。

 不意に思って、少し興味が湧いた。


「そんなにピリピリしているくせに、どうして人目のあるところに行きたいの? 昼間、そんなこと言ってたわよね?」

「・・・探しているだけだ」


 ちらりと視線を向けられて、面倒そうに言われる。

 人探しをしていることは知っているけれど、別にこの街に探し人がいるというわけでもないのに、人が集まるところに行って何を探すというのだろう?

 サーシャは首を傾げて、続きを聞こうとしたが、ちょうど女将がお茶のおかわりを運んできて、忙しそうに離れるのを待って、もう一度視線を向けると、もう話す気はないようにそっぽを向かれる。


「・・・それはラナが彼女に似ているからだよ」


 ルカがかわりに応えてくれた。


「似ているから?」

「そう、雰囲気は違うけど、似ているのは確かだから、彼女を知っている人がラナを見れば絶対に何かしら反応すると思うんだよね。だから、ラナはできるだけ、人が多いところに行ってみたらいいんじゃないかと思って」


 そういう理由もあって、この街に来たのだとルカは説明した。

 この街は大きいだけじゃなく、人の出入りが激しい商人の街。

 探し人に会ったことがある人が居る可能性が大きいからと。


 なるほど、と思う。

 だから興味もないのに店をひやかして回っていたのだ。

 最初に見かけたあのときも、そういうつもりで市場を回っていたのかと納得した。


「じゃあ、明日は市場以外にも、人の集まる場所があるから、そっちに行ってみよっか?」


 サーシャの言葉に、ルカが嬉しそうにうなずいた。


 こうして、クリスが提示した三日後まで、できるだけ街を見て回ることに決めた。

 人探しは確かに目的なのだろうけど、ルカはそれ以上にいろいろなものを見て回りたいという欲求が強いように感じる。

 一石二鳥かなと思った。



 ***************

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