Last,ラスト,lost
「…なあ、あんたはどうすんだ?これから」
「どうする…って、何がかな?」
わかっているくせに、と苦々しい顔をして心のなかで毒づく。
けれど、自分の目の前にいるソイツはデフォルトのからからした笑顔を絶やさず浮かべて、どこか冷たい雰囲気を纏って黙ったまま、何も言わない。
そんなソイツを見て、俺はやはり自分だけ取り残されたような気になる。
焦燥感とでも言うのだろうか。不安にもよく似た焦りと嫌なものが、ぽっかり穴の空いた己の心を吹き抜けていく。
ーーーーあぁ、気持ち悪い。
夕暮れの静まり返った教室の中心で、あの人は机に座り、俺はその正面の椅子に座っていた。
ひたり、と俺の目を覗き込んでくるように見てくるのを、なんとなくそうした方が良いとおもい、こちらも目を逸らさずに見つめ返す。
何を考えているかわからない目は普段と同じ。
内容の無い馬鹿らしい会話も普段と同じ。
開けている窓から吹く風が髪を揺らしていくのも同じ。
冬だというのに、生暖かい風が頬を掠めて気持ち悪いのも同じ。
お互い偽り合って道化のような事をしているのも同じ。
時々、ふと悲しそうに笑うのもーーー同じ。
「恐らく、だがね 」
「…ん」
「君とはもう会うことがないと言えるような所へ行くのは、確かだね」
「…、…あっそ」
「寧ろこんな所で君とーーー君達と出会った事の方がイレギュラーだったんだがね。不思議な事もあるもんだ」
口元を吊り上げて笑ってはいるが、目は全く笑っていなかった。それどころか普段よりもずっと冷たい。
…何故だか全く見当もつかない。この人の思考だけは読めない。どうしても。
俺が心配したところで…この人は自分で全てどうにかしてしまうような人だけれど。
「でも…出来れば、なあ」
「え?」
「ーーーいや、なんでもないよ」
君は知らなくて良い事だ。
堪らなさそうに笑う目の前の冷たい人は、結局俺の知っているいつものあの人だった。
目を細め、俺の目を覗き込んだあと、一旦目を閉じてーーーまた、開く。
次のその目は、暖かい。
「君は、そのままでいてくれ」
「…?
「真っ直ぐでなんてあろうとしなくていい、好きな事をして好きなように生きてくれればいい…だから、言いたい事だけは、伝えなければならない事だけは、残すなよ。私は君に平凡に生きて欲しくはあれど、後悔だけはしてほしくないんだ」
「…アンタ、本当に俺と同い年か?」
「あぁ、間違いなく。ただ、私は君よりも少し多く後悔を経験しているからこう言ってしまうだけだよ。反省はしても、後悔はしたくない」
この人が今までに一体何を見てきて何を経験してきたのかなんて、俺は知らない。
多分、知っても理解出来ないだろう。この人でさえ己の中で渦を巻かせているというのに。俺が測り知れるわけが無い。
俺と視界の幅とかそういうのが格段に違うから。
「…ふふん」
「…んだよ…今度はニヤニヤ笑い出しやがって………キメェ」
「うんうん相変わらず減らず口で威勢が良いのねー。良い事だ。うん。」
「はぁ……?」
「きっと君は、そんな君であるからここへいるんだろうねーーーんー、まあつまりは多分、すぐに巡り逢えると思うよ。君の大好きな彼や、その他ともね」
「…いつもの如くアンタが言ってる意味がわかんねぇんだけど」
理解フノー。
凡人には対処出来ません。
降参、とでも言うように両手を上げると、その人は ひひひっ、と笑って俺の目から視線を頭の上へとずらした。
それにつられて、自分も上を見る。
天井は電気をつけていないのに、明るい。
窓から入って来る太陽の暖かな光がまだ注ぐ。
日が長くなったらしい。春はもうすぐということか。
ーーー春。
卒業がゆっくりゆっくり、近付いてくる。
別れに、歩き出している。
中学3年、冬。
俺は今日、ここでこの人と会うのは最後になる。
でも、それでいい。
それでいいんだ、きっと。
この人の言ってる意味を理解する暇もなく、別れてくのが、一番幸せ。
視界にまだ散るはずのない桜が入って来たような気がして目を閉じる。
そうすると、俺の正面にいるひとの笑い声が何故かとても遠くで聞こえた。
「ははっーーーわかんなくていい。わかんなくて、いいよ」
大丈夫、だなんて大層なことは言えないけれど。
君が後ろを振り向いたときーーーーきっと、そこにはーーー。