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祖母の選択 巫女と妹 目立つ赤ん坊は親友がお気に入り

 神殿の窓から朝日が差し込み、凛火の顔を照らし出す。その眩しさに促されて瞳を開けると自分の部屋で無い事を確認した。頭はハッキリしているのにここが何処だか分からない。すぐ横では赤ん坊がスヤスヤと眠っている。


(良い子だ、よく寝ている)


 ハッと目を見開き我に帰ると自分の頬を三発叩いた。


「どうして私がそんな事を考えなきゃいけないんだ」


「起きたか、昨日あれだけの事をして元気じゃのう。ほれ、朝飯を持って来た、赤ん坊が起きる前に、一緒に食べるとしよう」


声と共に神殿の扉が開き、麻炎が朝食を持って入って来た。


 神事などに使われる光沢がなされた台に品が置かれ、互いに向き合うと食事が始まった。


 昨夜の事でお互い無言ではあるが箸は進み、すぐに凛火は一膳を平らげた。


「ほれ、育ち盛りじゃ、もう一膳どうじゃ?」


 凛火は黙って茶碗を差し出す。先ほどより半分ぐらいの量で渡され、よく分かっているなと微笑を浮かべて気分が幾ばくか浮上する。


 すべての品を平らげて二人の食事は静かに終わった。


「さて、お腹も満たされて少しは落ち着いただろう、本題に入ろうかのう」


 急須から少しさめたお茶を湯呑に注ぎ、凛火に差し出した。


「そう言えば、一昨日の深夜から何も食べていなかった」


 麻炎は昨晩の凛火が起こした出来事を話した。


「その力こそ、親子の証じゃ。それでも、あの子を拒絶するか?」


 脳に栄養が渡り、麻炎の言葉が冷静に耳に入ってくる。けれど、冷静になればなるほど、思考は昨夜の出来事を受け入れてくれない。


「私は高校生だ、それに経験も無い、自分の子と思えるか分からない」


「その事なんだが、そこに居る赤ん坊はお主が未来で結婚した男性との間に出来た子供に神に至るものを施し、現在の時間に連れてきていると書物には書かれていた」


 急にSFちっくな話になり凛火は困惑する。麻炎も同じように半信半疑なのだろう、声に力がない。それでも、麻炎は続ける。この話の根本的な意味は一つ。


「つまり、遺伝子的にも親子と認識されるということだ。なんなら、調べさせても良い」


 その言葉を聴いて、凛火はふと、あの夢で耳にした女性の声を思い出した。


 まさかと否定しながらも、見ず知らずの声を受け入れ、安堵してしまうほど凛火は心広くない。けれど、あれがもし、未来の自分だったら変わってくるだろう。誰しも自分自身は無意識に肯定してしまうのだから。

凛火が胸に手を当てた。鼓動がゆっくりと紡がれる。心なしか胸が熱く感じるのは気のせいだろうか。


「胸が熱い…」

 無意識に呟いた。


 これが親子の証だと言うのか分からなかった、それでも、眠っていた赤ん坊を見て安心したのは、血の繋がった親子だからなのかもしれない。


 戯言のように熱いと口から零しながら胸を触る凛火に麻炎も自ずと視線をそこに向ける。そして気づく違和感に驚きを見せた。


「お主、そんなに胸が大きかったかの……」


「いや、だからこれは気持ちが温かいからであって……うん?」


「自分の体じゃろうて。どれ、わしに触らせてみい」


 両手でガシッと掴まれると、流石に相手が祖母でも恥ずかしい。見る見る顔が真っ赤に染まっていく。が、痛い。握る強さが半端じゃない。羞恥どころか身体の危機だ。


「痛い。痛いって……そんなに揉んで何が分かるって言うんだ!」


 もぎ取るぐらいの強さで揉まれてはたまったものではない。


 麻炎の腕を振り払って荒い息をつけば、パジャマのボタンが殆ど外れ、まるで強姦にあったかのように胸元がはだけていた。


 それを行った当の本人は揉んでいた手を見て目を見開いていた。そしてその手を凛火に見せる。


「何だよ、手なんか見せて。あれ、何で濡れてるわけ」


 言いながら肌蹴たパジャマを直すため手を掛けて気づく。ちょうど胸元の部分が濡れていることに。当然、凛火はまだこの現象を知らない。


「これは母乳じゃ。凛火、お主は母乳が出とるぞ」


「なんですと、母の乳と書いて母乳、嘘だろ!」


 驚愕と、ショックとその他諸々の感情を滲ませて声を上げればタイミングよく赤ん坊が泣きだした。本当に良いタイミングである。


「ふむ、凛火、母親の第一歩として母乳をあげるが良い」


 更に追い討ちを掛けるように言われえて凛火の頭はパニック状態だ。

男性と付き合ったことのない自分に、何もかもをすっ飛ばした祖母の提案を素直に行える経験などない。


「すべてが未経験の私には無理だ、吸わせるなんて高等技術、誰も教えてくれなかった」


 こう言ってしまうのは仕方がない。混乱しているのだから仕方がないのだ。


「お前、何を考えておるんじゃ。ただ、赤ん坊にお乳を上げればよいだけではないか。後は勝手に赤ん坊が吸ってくれるだけじゃ」


「赤ん坊は変態か!!」

 凛火は混乱している。


「変態はお前じゃ、馬鹿め……何を思春期の男子のような反応をしておるのじゃ」


 呆れた物言いに凛火は気づかされた。


「変態は私か!!」


「その通りじゃが、少し落ち着かぬか」


「そうか、私は変態だったわけだな」


「落ち着いても混乱しているその頭ではどうにもならんか」


 言って、麻炎は未だに泣きつづけている赤ん坊を抱き寄せて戻ってきた。


「ほれ、赤ん坊がお腹を空かせておるぞ、自身が母親かはとりあえず先送りにしてまずは泣き止ませてやろうとは思わんか?」


 赤ん坊は泣きながら力いっぱい凛火に手を伸ばしていた。


「だ、だけどやり方が分からない」


 赤ん坊に求められ、手で胸を隠しながら恥らう凛火に麻炎は言う。


「わしにお任せじゃ、伊達に二人も産んで育てておらんわ」


 経験談からくる力強い助言に混乱していた頭は正常に戻った。


 麻炎の的確な指示でぎこちない抱き方ながらも赤ん坊に母乳を与える事に成功した。


 満腹になった赤ん坊の背中を軽く叩くよう言われ、恐る恐る二、三回叩く。


「ゲップ。きゃあ、きゃあ、あぶう」


 赤ん坊は見事なゲップをかますと満足したように凛火の腕で優しく微笑んだ。


「疲れた、祖母ちゃんや母さんはこんな事をしていたのかよ」


「母親とはそういうものじゃ」


 にべもない言い方に苦笑する。これを当然とする母親のなんて強いことかと。


 凛火のぎこちない抱き方にひやひやしながらも、そこに愛情が芽生え出したと麻炎は当たりをつける。

 後はやる気になるような条件を聞かせるだけだ。

 

 しかし、それは子を産めなくなるという真実を語ることにもなる。この残酷な真実が凛火の心に多大な影響を及ぼし、下手すれば、幼い日の凛火に戻ってしまうかもしれない。


 ここは祖母として言うべきなのか、それとも。


「凛火よ、お主が人神の子、我が子を育て上げた暁には巫女としての役割を終えたものとして好きに生きる事を許そう」


 麻炎の出された破格の条件に凛火の目が見開いた。


「じゃが、長系巫女としての生涯を賭けた大切な儀式だと考えよ、途中で投げ出す事など許されん、故に特例として認めるのじゃ。この神社は後系巫女である、果炎に継がせよう。凛火、乗るか?」


 またとない申し出に凛火が断る訳が無い。それもこの神社で実質、最高権力者の先代守人が出した条件だ、後で反故されることもないだろう。


 了承を込めて首を縦に振る。そして叫び声をあげながら喜びをかみ締める。腕の中にいる赤ん坊も母親の喜びに合わせるかのように無邪気に笑う。


 けれど、上手い話には落ちがつくもので。


「愛情を持って育てよ。起きる時も寝る時も、すべての時間は赤ん坊と共に過ごすのじゃ」


 その言葉は喜びが後悔へ変わるカウントダウンの始まりだった。


「それって、学校に連れていけと?」

「当然じゃ、親子と言うのは秘密にしておけ。学校側にはわしから説明しておくが、生徒には、そうじゃのう、親戚の子が懐き過ぎて離れないとでも言っておくとよいかのう」


 カウント、3。


「これは神事であるからして学校には制服ではなく巫女の衣装を着る様に。じゃが、これに関しては生徒にも神事によるものと答えてよいぞ」


 カウント、2。


 巫女の衣装とはその名の通り、コスプレとかで彼女に着させたいランク、中位ぐらいのものだと、凛火は勝手に思っている。


「家の神社って簡略されて無いやつだろ。朱色の捻襠袴だよな?」


 袴の種類の一つで、スカートみたいじゃなくて股が裂けている奴のことをそういう。


「そうじゃ、わしは歳のせいか、スゥスゥして嫌じゃが。蹴出しも忘れるな」


 カウント、1。


蹴出しは巫女にとって下着の様なものだ。


「あれ着ると便所とか大変なんだよな……あ、そうだぜ、祖母ちゃんが私の髪を切っちまったじゃないか、どうするんだよ。祖母ちゃんとしては有るまじき失態だな」


 巫女の正装として髪が長くなくてはならない。目安としては肩から腰に掛けての長さが、この神社での決まりだ。ちなみに果炎はまだ伸ばしている最中なので肩ぐらいしかない。


 麻炎の失態をあげてこのまま衣装の件を握りつぶしたい腹つもりの凛火(火焚き祭での自分の失態はこの際見ない振りだ)が嫌味をこめて言うも、麻炎は鼻で一笑する。


「古い儀式が嫌いなお前を思って特例で短いままで認めてやるつもりじゃったが。お前がそこまで言うなら切り落としたあの髪でカツラを作るがどうする?」


 簡単に嫌味を嫌味でおいて返され、尚且つ苦い思い出が残る髪を使ってカツラを作る提案までしてきた。さすが最高権力者である、儀式に特例を出せるのも守人の特権だ。


 そうなると選べるのは前者の提案である。


「短いままでいいです……くそっ」


 苦虫を噛んだような表情を浮かべて受け入れる。


 タダ、ギリギリでカウントは止まったようだ。


 麻炎は今気づいたとばかりに口を開いた。


「お札類も持っていかなければならんぞ、お前は巫女として覚醒したのだから悪霊などに襲われるかもしれんからな」


 カウント、0である。むしろ、この一言だけで終わりだ。理由は言わずもがな、幽霊や怖い話が大の苦手だからに決まっている。それなのに、さらっと力を会得したという先の人生軽く左右してしまう事情をこうも簡単に告げられれば、


「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫びたくもなる。


「ふぇぇぇぇぇぇぇ」


 ついでに凛火の叫び声に触発され赤ん坊も泣きだした。普段は物静かなイメージを持つ神殿がいまやテーマパーク並みの煩さだ。


 麻炎は耳を塞ぎながら口を開く。


「どっちにしろ、巫女として覚醒してしまったんじゃ、ここで止めようが止めまいがその力は一生お前と共にある。ならば、我慢してでも育てるほうが献身的な考えだと思うがのう、お前は常日頃守人として縛られたく無いと愚痴を言っていたではないか」


 そんなことを言われても、今の凛火は恐怖と願望が今まさに秤に掛っている状態だ。


 初めから決定された道は行きたくない、それは小さい頃から思っていた事だ。それでも幽霊とかが怖いというのもある。


 それに自身が守人になってはいけない気がしていた。守人とはこの町に住む人々と乃神の為に献身的に尽くす者だ、自分は幼い頃にその資格を手放した。だったら、果炎がなった方が良い。それがこの町の為にもなる。


 秤は赤ん坊を育てる方へ大きく傾いた。


 渋々、凛火はすべてを承諾して神殿を後にした。時刻は朝の七時、巫女装束に着替えるのに時間が掛かるため、既にぎりぎりの時刻なのだ。


 麻炎は大きなため息を一つ吐くと、小さく呟いた。


「見事育て上げた暁には、わしを恨んで好きにするが良い。その覚悟は出来ておる」


 真実を告げない代わりにすべての恨みを引き受ける、麻炎は祖母としてではなく、先代守人として、この神社と町を守る者としての選択をなした。








 凛火は巫女装束に身を包み、赤ん坊用の一色を詰めた片掛けバックと学校用のバックを持ち、通学路を歩いていた。


「果炎、どうして少し離れて歩く?」


 凛火から少し離れた所を歩く果炎はその問いに対して無視を決め込んだ。

理由は単純、凛火はさっきから登校する他の男子生徒や女子生徒、これから勤め先に向かう社会人、果ては朝の散歩が日課になっている老人とその飼い犬から多種多様の視線を浴びていたからだ。彼ら彼女らは必ずといって良いほど二度見してくる。


 日常で巫女装束を着て赤ん坊を背負っているなど変に思われるのは当然といえば当然であるが。


 まして大都会にある電気街では無く、片田舎の町では珍しく思えても仕方が無い。例え、神生町の住人が神を信じていても現実、朝の道で巫女を見たら思わず二度見してしまうだろう。なにより赤ん坊を背負っているのは何処にいても珍しいはずだ。


 年輩の方は神事だと考えて温かく見守ってくれるが、若い人には見た目の方が先行してしまう。


 十字路の大きな道に差し掛かる。


「まあ、頑張れば」


 表情を一切変えず述べてさっさと別の道を歩いていってしまった。中学の果炎とはここで別れるのだ。


 我ながら嫌われたものだと、凛火は苦笑を浮かべて離れていく後ろ姿を見つめる。


 姉に対して冷淡とも取れる態度を向けてくるのには理由があった。それも自らが招いたと理解しているから怒りは沸かない。原因のすべては凛火にある。逃れられない痛みを抱えた幼い凛火は自分より幼い果炎に拒絶と言う形で辛く当たってしまった時期があった。


 後悔を胸に歩きだすと背負っていた赤ん坊が凛火の頭を撫で始めた。


「なんだ、慰めてくれるのか?」


 そう問いを乗せれば、撫でる手は更に強くなる。


「あう、きゃっきゃっ」


 言葉は分からないが、悲しまないでと、言っているような気がした。


 悪い気はしないが赤ん坊に慰められる母親は自分くらいか、などと感傷に浸っていると自分を呼ぶ声が聞こえる。


 朝から元気な声の主は一目散に駆けてくると背中の赤ん坊に目を潤ませた。


「祥子はこの子が可愛いと直感しました、凛火の子供ですか?」


 直球の質問は見事に確信を貫いた。やはり鋭い、侮れないと凛火は再認識する。


「違う、親戚の子だ。懐かれてしまったから連れて来た」


 ごく普通に平静を装って言ったつもりだったのだが。


「そうですか、でも、祥子には凛火が嘘を言っている様な気がします。巫女装束を着ているんですから何か訳ありですね。私の目は誤魔化せません」


 確信を持って述べているあたり、どう言い造ろうとも、変わることはないだろう。まったくもってこの親友は手ごわい。


「凛火が祥子に嘘をつくのですから、よっぽどの事なのでしょう。だからこれ以上は聞きません。親友として心配になりますが親しき中にもプライベートありです」


 しかし、祥子は凛火を困らせる事をほとんど行わない…はずだ。

最後は凛火の想いを尊重してくれるのだが……。


 嘘を吐いている凛火に罪悪感を植え付けるような言い方、そして、お得意の涙目だ。


 祥子は鼻をすすりながらハンカチで瞳を覆う。


「祥子は泣いていないのです。気にしないでください」


 本気の涙だから性質が悪い、罪悪感は膨れ上がり凛火を蝕む。


「それでも私達は親友ですよね?」


 ウルウルさせた瞳で見つめれ、罪悪感は凛火の心を破裂させた。

深いため息の後、凛火は昨晩から出来事を話すのだった。



「可愛いですね。食べちゃいたいです。あ、凛火の巫女姿も素敵ですよ。食べていいですか?」


「人ごとだと思って。冗談は止めろ」


 ニコニコと笑っているが、否定も肯定もしなかった。


「おい、一昨日のことと言い、冗談だよな?」


凛火は顔面蒼白に変わる。それを見て祥子は噴出した。


「あははは、冗談ですよ」

「ほんと、勘弁してくれ」


 祥子の本気か冗談が未だに分からない凛火である。


「そう言えば祥子の小耳を挟んだ…あ、痛くはありません、噂ですからね」


「分かるわ、バカ天然娘。それで、どんな噂だ?」

「家のクラスに転校生が来るらしいのです、それも男の子だという噂ですよ」

「ふうん、別に興味ないな」

「そう言うと思いました。長い付き合いですが凛火の好みのタイプが良く分からないです」

「自分自身でも分からん。まあ、出会いとは直感だと母さんが言っていたからな。父はもう死んでしまったが、母さんは今でも愛していると言っていた、私もそんな出会いをしたいものだ」


 赤ん坊は肯定するかのように笑った。そこでふと凛火は気づく。


 この子は未来の旦那との間に出来た子だと祖母ちゃんは言ったのだから、そんな出会いをしたのだろうと、凛火は赤ん坊に笑い返した。


「いつかは私も結婚するさ、その証拠がこの子なんだからな」

「そうでしたね、でも、凛火を好きになる子は見定めますからね、取るに足らない男は祥子が全力で潰します」


 笑顔で言ってのけた親友との今後について若干の不安を抱きながら、それでも会話は弾み、何時しか学校の門までやって来た。


そして気づくと自分を珍しげに見てくるたくさんの生徒達。


 話しに夢中で巫女姿だった事を忘れていた。


「女子は珍しげ、男子はイヤラシイ目線で見てきますね。こうまで多いと守ることが出来ません」

「格好を変えただけでここまで注目されるのか?」


 祥子は深いため息を二回繰り返す。


「凛火はもっと自分を良く見た方が良いですね。日頃から凛火は男子生徒の中で一、二を争うほど人気なのですよ。ちなみに祥子は五位以内には入っていますが。とにかく、巫女姿が似合いすぎて青少年の妄想をかき立てている訳なのです」


 さらっと自分の自慢を入れるところが祥子らしい。


「ふうん、ま、別に良いけど」


 等の本人は本当に興味がないのかお座なりの返事を返すだけだ。


 祥子がまたもため息を零す。

「そんなのんきな事を言っている場合ではありません。妄想だけで留まれるならば安全です。しかしながら、若き精神の抑制力は緩いのですよ、祥子の可愛い凛火が襲われたらと考えるとご飯も喉に通りません。朝食を食べたばかりだからお腹いっぱいという理由もありますが。そもそも、それ以上に――」


 いまだ続く祥子の力説にうんざりしていると、背負っている赤ん坊が心なしか周りの男子生徒を見て低いうなり声を上げていた。


「おいどうした?」


 赤ん坊に問いかけたところで、一人の男子生徒が凛火に近づいて来る、同じクラスの顔なじみなので挨拶をしようと凛火も近づいた瞬間だった。


「あぶぅぅぅぅぅぅ」


 赤ん坊の泣き声と共に不可思議な力が働く。何もない地面から勢いよく炎が噴出したのだ。その炎は凛火と男子生徒の間すれすれに展開されていた。

 凛火は目の前の出来事に驚愕する。男子生徒も当然驚いているだろうが今は炎が壁となって確認は出来ない。


 やがて炎は円を描くように凛火と祥子を包み込んだ。炎の壁の完成である。


「どうなってるんだよ、お前がやってるのか?」


「あびゃ、あびゃ、びぃや、ぶう」


 何故か怒っている様な声を上げる赤ん坊に凛火は困惑するしかない。

 祥子はこの現象に驚く様子も見せず赤ん坊の頭を優しく撫でた。


「この子は凛火をイヤラシイ男子生徒から守ったのですよ。まあ、少し嫉妬も混じっていますが、これで祥子も安心です。それに私も守ってくれるなんて優しい紳士さんです」


「きゃっきゃっ、あぶ」


 凛火にはその通りだと言っている様な気がした。


 炎の壁は未だに勢いを留めることなく存在している。


「いつになったらこの炎は止まるんだ」


 言いながら、炎の壁に手をかざした。勢いよく燃えているが熱さは感じない。そうでなければ今頃凛火達は蒸し焼き状態になるのだが、なんとも不思議な現象である。


 視線を祥子と赤ん坊に戻すと、未だに撫で続けていた。赤ん坊も機嫌よく笑顔で笑っている。笑っているのだが、その笑顔がどことなく過去に見た誰かの笑顔と類似しているような気がした。


「この笑顔、何処かで見たことあるのは気のせいか?」


 考えても思い出せないので家族よりも一緒にいる時間が長いだろう祥子に問えば、赤ん坊を見て首を横にふった。


「残念ながら祥子にはわかりません」


 祥子にも分からなければ気のせいかと、凛火は一応頭の片隅に置いておくことにした。


「それよりも守ってもらってなんですが、これでは学校に行けませんね」


 腕時計を見て祥子は眉をひそめる。どうやら時間が迫っているようだ。


 炎の壁を出した張本人は大きな欠伸をしながら眠そうにしている。


「まったく好き勝手してくれるな、この赤ん坊は」


 そう言って懐から一枚のお札を取りだすと昨晩、部屋の天上を壊したときのように自身の中にある力の一端を認識する。その力はまるで靄のように体内を巡っていた。昨晩、凛火から出ていた靄はこの力が制御もなされず漏れでていたのだ。


 今度は認識した力を制御してゆっくりと札に込めて念じる。赤ん坊と呼応しなければ昨晩のように暴走もしない。まだ拙い制御しか出来ない凛火にはこれが精一杯の作業だ。赤ん坊の方も凛火が発している力を認識しながら何もしてこない。


 札は淡い光を放ち、宙を舞い、炎の壁に吸い込まれる。するとあれだけ勢いのあった炎の壁はいとも簡単に消え去った。


 その様を目の当たりにして祥子は驚く。


「巫女の力を使えるようになったのですか?」

「まあな、この子が生まれてから覚醒したらしい」


 炎の壁が消えると今度は生徒と先生方の人盛りが壁となって凛火と祥子を囲みだした。日常で超常現象が起きたのだ、無理もない。


「目立ちまくりだな、私と赤ん坊は……」


 質問攻めに会いながら、ボソッと呟くも張本人がどこ吹く風の如く眠っているのだった。


親友の一人称の変わりようは次の話で……そこまで重要ではないです。


 五話目でした。

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