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人神の子 巫女と家族 妹の華麗なる打算  

 神社の離れにある住居に戻ってきた、凛火は寝ている母親を気遣う訳でもなく廊下をドタドタと踏みしめ、部屋の襖を勢い良く開けて、荒々しく閉じた。


震えた手で、ポケットから小さな箱を取りだした。蓋を開けて錠剤らしきものを取りだすと口に含み、水で流しこんだ。


「ちくしょう、最近は薬なしで寝られるようになったのに」


 凛火は動揺したりすると眠れなくなってしまう。考えたくない事が頭から離れなくなってしまうのだ、そういった時に睡眠導入剤を服用する。最近は少しずつ飲まないようにしていたのだが、こうなってしまったら仕方がない。


 凛火は布団に潜りこむと瞳を閉じた。薬が効くまでは頭の中で色々な事象や言葉を繰り返して思いだすが、そこを過ぎればコクリと睡魔の中に誘われる。

 案の定、数分もしない内に部屋からは寝息が聞こえて来た。


 


 凛火は真っ暗な空間に立っていた。


「ああ、またこの夢……」


 真っ暗な空間はこれから徐々に明るくなる、凛火が思った通りの情景となった。


「次は私の周りを炎が走る」


 凛火を囲むように炎が勢いよく噴き出した。だが、熱くは無い。夢だと言う証にもなる。


「そして私は何時も通り不快な目覚めを迎える……ん?」


 本来ならここでの意識が途切れ、現実で目を覚ますはずだった。


「夢が変化したのか」


 複雑な気分だが、変わらない夢よりは幾分マシだ。


「一人の空間で独り言は寂しいものがあるな」


 そう呟いた次の瞬間、自分とは違う、人間が発するような音が耳に入る。


―――あう、うあ。


「はっ、ここへ来て私の望みを叶えるってか。だったらこの夢を止めてほしいぜ」


―――うあ、うあ、うぁぁぁ。


 直接耳のそばで鳴かれているようで頭に響き、脳が揺さぶられるようで僅かに痛い。


 ありえない事に凛火は動揺するしかない。


「痛いだと……嘘だろ」


 呆然と呟いて感じる痛みに純粋な恐怖を覚えた。


 一連の事態が夢ではなく本当は別の意味を指していたとしたら、気づくのが遅すぎた。日常から大きく逸脱した事態の対処に頼れるのは祖母と妹だ。それなのに凛火は一切この夢を二人に話していない。


「ババアや、果炎の領域だろう。何で私なんだよ」


 このまま自分はここに一生閉じ込められて終わりを迎えるのかもしれない。過程がどうあれ、最後に迎えるのは己の死でしか考えられなかった。


 長系巫女でありながら凛火は超常現象と呼べるものに一切関わったことがない。才能が無かったのもあるが、凛火自身そういった事象を認識できなかったのが大きな容易だ。


 これが妹の果炎ならきっちり対処して生還できただろう。あれは祖母の麻炎と共に行動して何度か危険と遭遇している。その時の凛火といえば役に立たないのを言いことに同行を拒否して遊びほうけていた。


「あの時の私を殴りたい。全力で」


 今更言っても仕方が無いといえ、呟かずにはいられなかった。あの時、一緒に行動していればもっと身のあることを考えていただろう。

 今の凛火は膝を折り現実逃避をして己を保つのが精一杯だ。


 恐怖に苛まれた凛火の耳に今も伝わる、先ほどの音が明確なものに変わり始めた。


 体を起こし、耳を澄まして冷静に音を拾う。二回ほど耳に入れた後、その音が何なのか理解する。


「赤ん坊の…泣き声だったのか」


 それは徐々に、けれど確かな音を以って聞こえ始めた。


 一個の生命力を主張する力強い泣き声がこの空間に響き渡るのに指して時間は掛からなかった。


 自分と同じ人が発する音に僅かな安堵を浮かべその声を耳に受け入れる。状況が進展したわけでもないのに凛火はこの時確かに落ち着きを取り戻していた。


 赤ん坊の泣き声はそれからも自身の存在を知らしめるかのように大きくなっていく。その強さに耳を塞ぎたいと思う頃には安堵していた凛火も苛立ちが募り始めていた。


 一体誰に向けての泣き声なのか。


 まさか私に向けているのか。


 そんなまさか。


 そんな思考を繰り返しては泣き声という轟音に苛立ち、また思考を再開すれば気づけと言わんばかりに轟音を響き渡らせる。


 凛火の苛立ちはピークに達していた。


「あああ、分かったよ。理解した認識した、お前は私に向けて泣いていた!! これでいいのだろ!!」


 赤ん坊の泣き声にも負けない声で叫ぶ。


 すると、泣き声がピタッと止まった。



――神と人が結びし理を以って、始まりの種が芽吹く――



 直後、聞こえた声、凛火が人であるからこそ、その声が自分と同じ存在から発せられたわけではないことを本能が理解する。そして自分に何かがおこる事も残念ながら理解してしまった。



 囲っていた炎が一層激しく燃え始め、一斉に凛火に向けて襲い掛かる。

 炎に飲み込まれ、全身が焼かれているのに痛みはない。むしろ温かみを感じる。まるで母親に抱かれているような優しい温もり。


 凛火の視界は赤一色に染まっていた。赤ん坊の泣き声が再び聞こえはじめる。自分の体内から聞こえるような近さに恐怖を抱く。


 不意に赤ん坊の泣き声とは別の、大人びた女性の声が聞こえた。


「そう、選択はなされたのね」


 その女性の声は恐怖を和らげ、安心感を抱かせる。


「大丈夫、あなたなら愛せるわ。だって、私たちは結局――」


 女性の声が途切れた。


 赤ん坊の泣き声も止まった。


 凛火の意識が浮上する、夢が終わったのだ。

 


 凛火は布団から飛び起きて辺りを見回した。


 見慣れた、クローゼット、テレビ、勉強机、雑貨屋で祥子に無理やり買わされた可愛らしいウサギのぬいぐるみ達、変わらない自分の部屋に安堵する。


「ああ、怖かった」


 随分と女の子らしい言葉を吐いているなと、内心苦笑いした。こう言った現象は苦手なのだ。祥子にでも聞かれれば、きっと可愛いと言って抱きついてくるに違いない。


「あぶ、きゃっきゃっ」


「そうだな、笑っちゃうよな。私らしくもない」


 そう言って、頭を傾げた。自分の部屋から 少し籠った笑い声、それもかなり幼い感じの笑い声が聞こえる。


「うぁう、あぅあぅ」


 そんな感じの純粋無垢な赤ん坊のような声。何故か先ほどの夢の中で延々聞かされていた泣き声にそっくりで。


 その時、布団の中で動く物体に気づいた。

凛火は立ち上がり電気を付けると、恐る恐る布団を掴んで一気に取り払った。


 そして現れた。物体に驚愕する。


「ぎゃあああああああ」


 それはもう住居から境内まで響き渡る叫び声だった。


 部屋の前から、どたどたと廊下を踏みしめる音が聞こえ、襖が開くと三十代ほどの女性が飛び込んできた。母親の()()である。続いて、面倒だといわんばかりの態度を全身から漂わせた果炎が部屋に入ってきた。


「どうしたの、凛火ちゃん」

「あ、あ、赤ん坊が布団にいる」


 的確な状況説明ではあるがバカっぽい言い方だ。しかし、それ以外に言葉は見つからない。布団には確かに赤ん坊がいて、凛火を見て笑っているのだから。


「姉さんの子供?」

 果炎が問うと母親の流火が目を輝かせた。


「んな訳あるか」

 尽かさず否定する。果炎は別として、母親が関わると割と面倒なのだ。


「私はまだ男性と……」

 言おうとして口を閉じた。何が悲しくて、中学生の妹に自分の未経験話を告白せねばならんのだと。


「とにかく、私はこんな子知らん。妖怪とか何かじゃないのか?」


「そんな感じはない。普通の人間だと思う、まあ、上級妖怪は見分けるのが難しいけど母さんが平然としているから、やっぱり人間の赤ん坊」


 母親の流火は長系巫女で強大な力を持っている。それに比例して人に害をなすものに敏感だ。その力は全盛期の麻炎を凌ぐほどで悪霊や災厄などを一目で見抜き、尚且つほとんど一瞬にして消滅させる。


 果炎ですら、儀式を行い、時間を掛けて祓うものを流火は、その場で何の儀式も無く祓ってしまうのだ。


 そんな力を持っている母親が実のところ凛火と同じで悪霊とか妖怪が苦手だったりする。なまじ力を持っているから凛火より性質が悪い。悪霊などを見つけると恐怖で力を暴走させてしまうのだ。その暴走で家族が被害を受けたことも数え切れない。だから下手に守人の仕事を任せ、それによって暴走などされては、被害が来るのは一般人である。そういった理由で先代守人の麻炎が数多の儀式を取り仕切っているのだ。


 家族の中では最終兵器流火と呼ばれているこの母親は少し抜けているところがある。


「可愛い。何となく凛火ちゃんに似ているわね。やっぱり、凛火ちゃんの子よ」

 否定したのにも関わらず自分の感性を疑わない。


「違う、断じて違うからな。私は…」

 流火の耳元で真実を語った。こうでもしなければ認めないのだ。


「えええ、凛火ちゃん。まだ、男の人と付き合った事無いの!」

 大声で叫ばれた。


(この母親は、何の為に耳打ちしたのか分かっているのか!!)


「姉さんは祥子さんと付き合っている」

 確信に満ちた言動を述べてはいるが事実無根である。


「そうだったの、それもいいかな。祥子ちゃん可愛いし。凛火ちゃんは男の子っぽいからお似合いのカップルね」


(ああ駄目だ、こうなった母さんを止めるのはしんどい)


「でも、子孫は望めないから、私が守人になる」


(馬鹿ばかしい。祥子は親友だって…)


「そうよね…じゃあ、果炎ちゃんが婿養子をとって、その子供を凛火ちゃんたちの子供にしましょうよ。ね、名案!」


(名案じゃねぇよ…付き合ってないから)


「それだと子供が男の子かもしれない。それだと面倒、私が守人になれば解決」


(果炎……お前はそこまでして守人に)


「困ったわ、凛火ちゃんは長系なのよう」


(私としては別にかまわないがな……むしろ止めたいぐらいだ)


「果炎ちゃんはどうして守人にこだわるの?」


(そう言えば聞いたことなかったな)


「私には人とは違う力がある。それを生かしたいだけ」

「なら、婿養子をとってこの家に住むじゃ駄目なの?」

 果炎は少し考えて頷いた。


「なら守人が相続するこの神社の財産を半分と収益の半分を私にくれれば婿養子をとる。育てるにはお金が掛かるから」


(この子、めっちゃ現実主義者なんですけど!!)


「そうね、それで行きましょうか」


「これで私の目的も達成……ゲホゲホ…守人を諦められる」


(汚っ! こいつ守人になる理由がすごく不純だ!!)


「これにて解決ね」

「ミッションコンプリート」

 流火は満面の笑み、果炎は口の端を僅かに上げてニヒルに笑う。


 同じ血を引いているのが恥ずかしい。ここまでのやり取りで凛火はそう思った。


 子供の数を話し合っている二人を尻目に凛火は赤ん坊を見つめる。何時の間にか話の趣旨が変わっているのに赤子は凛火を見つめて笑っていた。まるで、凛火がいればそれだけで構わないとでも言うように。


 廊下をゆっくりと踏み込む音が聞こえてきた。流火と果炎も口を閉ざして入り口を見据える。


 麻炎がゆっくりとした足取りで部屋にやってきた。


「どれ、わしに赤子を見せてみい」


 流火と果炎の横を通り抜け、布団で寝ている赤子を抱き寄せた。もっぱら書庫で日長本を読みながら茶をすする麻炎は珍事件に関して冷静に対処してくれる、伊達に何十年も守人を務めていた訳では無い。


「やはりな、事象を告げるものはこの事を知らせに来たのだ。しかし、早すぎる。こんな事は初めてかもしれん。じゃが、古の契約に則り行動せねばならん」


 母親や妹が的外れな事を言っている中、既にこうなる事を事前に察知しているとは流石だ。


 凛火は安堵する。後は麻炎に任せればいい、そう思った時だった。


「この赤子は正真正銘、凛火の息子じゃ。今日から成長するまで共に過ごしてやれ」


 さらっと放たれた言葉に凛火の思考が一瞬止まった。


「やっぱり。目元が似ていると思った。そう、私もお祖母ちゃんなのねぇ」


「でも、姉さんの子供は男の子、火野中家は女の子しか生まれないはず」


「うむ、だがある条件だけは違う。これは大変名誉な事なのじゃ」


 三人の会話が所々片耳に入りながらも凛火はどうにか思考を再開させる。


 祖母は嘘を吐くのも吐かれるのも嫌いだから、多分本当の話だろう。この状況で冗談を言う人でもない。何故、私の子供なんだ。生まれてから十七年、男性と付き合った事もなければ、そう言った状況になった事もない。まして、妊娠から出産まで一夜で済ませるなど聞いたことが無い。


 当然、普通の子では無いと推測できるが、逆に冷静に考えている自身に驚きだ。


「と、言う訳で母親である、お主が育て上げるのじゃ。お前の子は、神の力を授かった子にしてやがて我が神社におる()()処乃(どころない)(しん)様の次期候補じゃ」


(私が、(ない)(しん)の子供産んだ? 人である私が? 妹や母親とは違って巫女としての力を持っていない私が? 長系巫女という立場を嫌い、古臭い儀式を鼻で笑っていた私の産んだ子が乃神になるだと……)


「冗談じゃない!! 私は認めないぞ、育てるなどするものか」


「お主の意思など関係ないのじゃ。これは古からの契約、我ら火野中家はこの火ノ打チ神社を守ると同時に乃神の子を産むのが使命、そこにお前の意思が入る隙など微塵も無いと知れ」

 あっさりと却下され、凛火は激昂する。


「ふざけんな、ババアは何時も二言目には儀式は大切、古からの契約、長系巫女は家を継がなければいけないって私の気持ちを考えてくれた事なんて一度も無い。こんな家にいるくらいなら死んでやる」


 凛火の怒鳴り声で赤ん坊が泣きだした。それと同時に部屋が大きく揺れる。


「そうだ、喜ぶ事も後悔も出来ないなら自らを犠牲にするしかない……うあああ」

 凛火の体内から不可思議な白い靄が浮かび上がる。その靄は赤ん坊と抱いていた麻炎を包み込んだ。


「いかん、流火、果炎、この部屋から出るのじゃ!」


 その必死の叫びが他只事ではないと感じた二人は部屋を飛び出して行く。


「母親の絶望を感じて泣きだしたか、呼応する力、これこそが親子と言う証。何故分からん、お主が死にたいと嘆くから、この子は失いたくないと背いっぱいの反抗をしているんじゃ!!」

 麻炎の言葉は凛火に届かない。


 部屋は更に大きく揺れ出した。


「これ以上は部屋が持たん。屋根が落ちて死んでしまうぞ」


 急に赤ん坊が泣きやんだ。


 次の瞬間、麻炎は不可思議の力によって白い靄からはじき出された。その力で赤ん坊と引き離され、部屋の外に押し出される。


 麻炎が飛び出す間際、視界に映ったのは凛火と赤子を残して部屋の天井が崩れ落ちる光景だった。





 轟音は夜の町に響き渡る。

 何事かと家々から飛び出した住人が一斉に音の発信源に目をやった。

 天にも昇る勢いの火柱が火縁山の中腹にある火ノ打チ神社から上がっている様が映し出される。


 住人達は皆同じような事を考えた。


 守人の流火さんが久々に暴走させたんだ、この町が平和だという証。火柱が消えゆくと、何事も無かったかのように各家に帰って行くのだった。




「凛火ちゃん、お母さん、大丈夫?」


 廊下で倒れている麻炎を抱き寄せた流火は煙が充満する凛火の部屋を覗いた。煙が分散してその情景が見えると驚愕する。


 赤ん坊はその場に倒れていた凛火の胸元で静かに眠っている。まるで母親を守れて安堵したかのように優しい寝顔だ。しかし、驚愕した所はそこでは無い、天井に目をやると、何かが突き抜けたかのようにぽっかりと穴が空いていたのだ。


「凛火と赤ん坊の力、その一端じゃな。あの白い靄は凛火が本来持つ力が体から出ようとしていた様じゃ。親子同士の呼応で力が発動されたのじゃろう。じゃが、生まれたばかり赤ん坊と今まで何の力も無かった凛火ではこれぐらいがやっと、力を使い果たして暢気に眠っておるわ」

 麻炎は言い終えると頭を抱えながら立ち上がった。隣に立つ果炎がぼそっと呟く。


「これが一端? この力、暴走させた母さんと同じ…いや、もしかしたらそれ以上かも」


「すべては人神の子と凛火の見えない絆が起こした奇跡じゃな」


 人神、人と神の間に位置する存在。人として過し、人の感情を知ってこの町を守る神となる。そして、子が母を思う愛情は、初めて知る感情にして、一番必要なものとされている。


「愛情を持って災厄から人々を守る地域密着型神、それが火ノ打チ処乃神。この神生町は災厄が溜まる特殊な地域だからこそ、乃神は必要とされる」

「何で姉さんなんだろ。愛情の欠片なんて感じた事が無いから私には分からない」

「それこそ、神の味噌汁じゃ」


 その場が急に吹雪に襲われたかのような寒さになった。


「あ、神のみぞ知ると神の味噌汁か、つまんない…つまんない」

「何故、二度言った、恥ずかしさを二倍にさせたのか。お前の愛情が感じられん」


 流火が間に入り、二人の言い合いを止めた。麻炎は気持ちを静め、話を戻す。


「神殿で寝かせる。あそこなら今生乃神様の保護を受けられるはじゃ。今は体を休ませ、立ち向かってもらわなければならん」


 何に? とは果炎も流火も問わなかった。きっとそれは凛火が最初に知るべきで否応なしにやらなければならない事なのだと分かっているからだ。



 流火は凛火を抱いて、麻炎は赤ん坊を抱いて神殿に向かった。


「流火、果炎、わしと共に結界を張るのじゃ」


 三人は瞳を閉じて念を込める。すると、神殿は静寂と神聖な空気に包まれた。


「これで凛火と赤子はこの中で体を癒しながら守られる。不測の事態に関してはきっと乃神様も助けて下さるじゃろ。わしはこのまま夜を明かすから、二人は帰って寝なさい」


「姉さんの事で忘れてた、ポストに手紙が入ってたから渡しとく」


 懐から手紙を取りだして麻炎に手渡すと流火と共に神殿を後にした。


 手紙に目をやると麻炎は苦笑した。

「ふん、良い時に来たのか、悪い時に来たのか。これで手紙を出す手間が省けたの」


 麻炎は神殿最奥にある扉の前まで進んだ。


 厳重に閉められた扉は月に一度の火炊き祭でしか開かない。開けた所で中は何もない小さな部屋でしかない。しかし、見えないだけでその場所に乃神は鎮座していると言われている。


 麻炎は扉に手を当て深く息を吐いた。


「どうしてこの時代なのです、どうして我が孫なのです。古からの契約とは言え、あまりにも惨い、本心はあの子に育てさせたくない。しかし、生まれてきてしまった。何故です、もうこの町に愛想が尽きましたか、そんなにも神々の世界に帰りたいのですか?」


 扉に語りかけるように口から言葉が溢れる。苦しみと悲しみを吐きださなければ、凛火に止めても良いと言ってしまいそうになるからだ。


「あの子はもう、女性として子を産む幸せを味わう事が出来ない。それが我が一族に伝わる書物に書いてあった代償だ。故に我が一族は二人の女子を産む。不測の事態に備えて」


 神に人の兄弟を造ってはならない。故に母親となった者は人神の子を産んだ直後、女性の機能を失ってしまうという。つまり、この時点でこの神社は後系巫女の果炎が継ぐ事に決まったという事になる。


「あなたが乃神と成られて七十年、お陰でこの町は平和でした。戦後の混迷期にて各地から来る大災厄さえも恙なく抑えてくださった。ですが、それでも早すぎる。百年は守ってくださると約束してくれたのに……」


 涙が落ち言葉に詰まる。過去の思い出がそうさせた。


「二度も私に同じ思いをさせる、あなたを恨みます。ですが、ですがこの町の為、私は鬼になりましょう、そうでなければ歴代乃神様達の母親を勤め上げた、ご先祖様に申しわけが立たない。そうでしょ、姉上、姉上、あねうえ」


 扉の前でうずくまり、声なき叫びで最後の一言を繰り返し続け、時を過ごした。


 今は亡き麻炎の姉はその優しさと強さを心に秘めた美しい人だった。麻炎にとって誇りだった、今でも辛い時は姉の事を考えて落ち着かせる。


麻炎の姉、()野中(のうち)(しゅ)()、かつて人神の子を産んだ母親だった。

投稿に時間が掛かりすぎでした。

 この話を見ている奇特な方々、遅くなりまして申し訳ありません。

 

 実質の四話です。

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