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混迷する舞台に一筋の光 巫女と老人 幼馴染の告白

 玲炎達が帰った日の更に二日後、火野中家に訃報が飛び込んできた。

 

 水母神社神主で霧雨と璃雨の祖父が亡くなったのだ。どうやら璃雨が遊びに来た日に連絡して来たのは祖父が倒れて病院に運ばれた事を知らせる為のものだったらしい。兄妹神社と呼ばれても、亡くなるまで連絡が来ることはない。新たな神主が決まるまで外部の影響を受けさせない為、故意的に連絡が絶たれるからである。


 ただ、兄妹としての役割が一つだけある。神道の葬儀、神葬祭を水母神社時期神主ではなく火ノ打チ神社守人と巫女達が行うのだ。逆の場合は水母神社が仕切る。そして、時期神主の後見人になるのも守人の役目だ。互いに守秘所は表に出さず、手を取り合える所は固く握りしめる。それが両神社の変わらない掟であり絆でもあるのだ。


 麻炎と流火は亡くなったその日に病院に駆け込み、遺体の全身を拭く、(まくら)直し(なおし)の()を取り行った。その間に凛火と果炎も巫女衣装に身を包み、水母神社に足を運んで、葬儀の手伝いをする。病院から水母神社に遺体を運ぶと今度は守人、巫女、時期神主、そしてその一族と共に水母神に前神主の死を報告する儀式、帰幽奉上(きゆうそうじょ)を行う。それを終えてようやく遺体は棺に納められる。そして祭壇と成る水母神社所有の浜辺に置かれ、()夜祭(やさい)が開始されるのだ。


 祭壇に置かれた棺に町の人は別れを済ませる、この場が住人との最後の繋がりであり別れでもあるのだ。後の儀式は火ノ打チ、水母の両神社の関係者だけで密かに行われる。


 深夜、町の人たちがすべて居なくなると()葬祭(そうさい)の始まりだ。


 守人の麻炎は火葬の準備が施された棺に手を触れ、巫女姿の凛火と白い子供用の羽織を着たヒノが左右に立つ。


麻炎は水好家親族に深々と一礼すると口を開いた。


「本来ならば、ここでは我が火ノ打チ神社におわす、乃神様の炎によって焼かれるのが習わし、ですが、今日この日、水好の皆様にご報告も兼ねて最初の篝火を我が孫、凛火とひ孫に当る、ヒノによってその役目を行わせていただきます」


 麻炎によってもたらされた言葉に水好家の親類縁者が密かに騒ぎだした。


「時期、水母神社神主、水好璃雨殿、こちらへ」


 緑色の袍と水色の袴に身を包んだ、璃雨が麻炎の横に並んだ。霧雨ではなく、璃雨が時期神主として選ばれていた事に麻炎以外の火野中家の面々が驚いた。凛火の婿候補から外された今、霧雨がなるであろうと思われていたからだ。そして水好家面々も霧雨と璃雨以外が驚いていた。秘め事としていた事実を麻炎が知っている事に対してだ。


 麻炎は決まった時点で霧雨から連絡を受けていて知っていた、はれて交際を申し込みたいという胸を告げられた時に。


「さて、秘め事を知っているのが我々火野中家だけでは文句もおありでしょう、ですので、ご紹介させていただきます、次期乃神候補、火野中ヒノとその母親、火野中凛火にございます」


 麻炎が火野中家でも最大級の秘め事を述べた事により、浜辺にいる面々が騒然とするなか深々と一礼した凛火とヒノは棺を挟んで立つと瞑想した。

「それでは火葬を始めさて頂く」


 麻炎は祭詞を奏上しながら祈りを捧げる。それに呼応するかのように凛火とヒノの姿が紅き姿へと変わる様を璃雨以外の初めて見る面々は少なからず驚きを見せた。


現代(うつしよ)と繋ぐ(くび)()を断つ為、白き炎よ、浄化に際して焚ける炎より、導きの炎と為らん」


 凛火の手から白い炎が静かに具現化した。


「神の子にして人の子、乃神候補として、(おきな)幽冥(ゆうめい)へと導かせて頂きます」


 ヒノの手から白い炎が静かに具現化した。静かに揺らめく白き炎は二手からくべてある薪に灯されると少しずつ棺を包んだ。そして白き炎に包まれながらも形を変えない棺は徐々に変貌した紅き炎によって物理的に焼かれる。


 数刻の後、お骨は水好の親類によって拾われ、灰となった部分は火野中家によって海に撒かれた。


 最後に守人である麻炎によって、災厄と死に満たされた浜辺と列席した面々を清める儀式を行うとすべての義が終了となった。


 祭壇の片づけを始めた凛火とヒノの元に璃雨がやって来た。


「お疲れ様、璃雨兄ちゃん」


「馬子にも衣装だな、様にはなっているぞ。しかし、お前が為るとは思わなかった」


「まあ、優しい俺様が為るのが一番だと思ったからな。将来、色男になることが決まりきった俺様が水母神を愛でるのだ」


 がはははっと大笑いしてブイサイを見せつける。そこへ、霧雨もやって来た。


「凛火、少し良いか。二人だけで話したい事がある」


「片付けが終わるまで待てないのか?」


「それなら俺とヒノでやっておくから二人共行ってこいよ」


 璃雨がそう言うので、凛火は霧雨に連れられて人気の無い海近くに歩いて行った。


二人の後ろ姿を見つめる璃雨に対してヒノが口を開いた。


「璃雨兄ちゃん、本当は継ぐのが嫌なんだね」


「馬鹿言え、そんな事ねぇ」


「僕の前で無理しなくて良いよ。顔が笑っていても心は叫んでるよ、嫌だって」


 璃雨は観念したのか、ヒノの頭を優しく撫でると自らの唇に人差し指を当てた。


「うん、分かってるよ。もう一つの事も言わないであげる」


 その言葉に覚えがない璃雨は首を傾げる。


「決めるのは凛ママだから」


 璃雨に聞こえないよう呟かれた小さな呟きは、今必死になっている霧雨に対して申し訳ない。


 海を見つめる、凛火と霧雨の足元では波が満ち引きを繰り返していた。


「それで、話とはなんだ」


 霧雨の顔は真っ赤だ。それで何となく察しが付くものの、意地悪にもわざと聞いてみた。


「水母神社には跡取りが出来た。これで俺に枷は無い。だから言う、好き、だ」


 緊張による完全棒読みの告白である。凛火はたまらず苦笑を浮かべた。


「こんな私を好きになるとは物好きだな。こういう時、女は私もとか言うのかもしれないが、生憎、私にその実感は無い。それは霧雨だろうと仮に他の同級生の男子でも同じだ、異性を好きになると言う事が分からない」


「それは、フラレたって事か?」


「まあ聞け、今はそうでも先の世は分からん。だから保留にさせてくれないか。もちろん、霧雨は好きだ、その好きが異性としてなのかは分からないが、好きなのに変わりは無い、それが異性として分かった時に答えたい。駄目、か?」


 凛火の困った表情で首を傾げる姿が霧雨にとって可愛い度マックス状態だ。男っぽい口調の合間に見せる女の言動としぐさ、それに霧雨の心は掴まれた。


「待てる自信はある。十年以上も片思いしてきたんだ」


 凛火は霧雨の頭を掴むと胸に抱き寄せた。瞬時に霧雨の顔は沸騰寸前の様に熱を帯びた。


「小さい頃はこうしてお前をなだめていたな。今でも、恥ずかしいと思わないと言う事はまだ先の話になるかもしれないぞ、それでも本当に良いのか?」


「祖父に連れられ初めて神社に遊びに言った時、俺は凛火と出会った。その瞬間から好きになっていた。凛火の為なら何でも出来ると思った。だからその問いは愚問だよ」


 遠くから霧雨を呼ぶ声が聞こえる。


「…行きたくないな」


「ばか、跡継ぎから外れたとはいえ水好家の長男だろ。神主となる璃雨を支えてやれ、あれはまだ子供だ、兄貴の助けが必要になる。さあ、行って来い」


 背中を押して行かせると、ちょくちょく振り向いてこちらを見つめてくる霧雨に早く行けと促して軽いため息を吐いた。


(私がこんな事を言う日が来るとは自分で驚きだ)


儀式を嫌っていたのに率先してこの場所に出て、自らの力を使うなんて考えても見なかった。それもすべて、


「ほほ、ヒノ君のおかげですかな?」


「そうだよ、ヒノのおかげだ。何処にでも気配なく現れるな」


 何時もとは違い帽子を取って、どことなく愁傷な顔をした老人が歩いてきた。


「どうしたんだよ、いつもエロい感じで微笑んでるのに」


 凛火がそう言うと、老人は帽子を胸に掲げ深々と頭を下げた。


時雨(しぐれ)殿はあなた達の白き炎で見送ってもらい幸せに思っているはずです。私からもお礼を述べさせて頂きたい、ありがとう」


「へ、時雨殿って霧雨の祖父ちゃんの名前、時雨って言うのか?」


 凛火が生まれた時から、水母の神主と呼ばれていた霧雨の祖父は確かに名前を名乗られたことがなかった。何より自分の祖母からも神主の名を聞いたことがない。


「ええ、時雨殿が水母神社を継ぐ時に廃止したので霧雨殿や璃雨殿は本名を名乗っておりますが、水母神社では隠れ名と呼ばれ、神主候補となる者は名を隠して別の名で日常生活を送る掟がございました。その廃止を条件に時雨殿が神主になったのです。これを知る者は水好家でも限られた者のみ、お孫さん達はもちろん、麻炎殿も知らぬ事です」


 そんな秘密をお前が知っているのかと突っ込みたい所だが、真面目な場面に口を継ぐんだ。


「水好は男の家系、外に出れば好きな女も出来ましょう、しかし、取るに足らない女を娶る事は許されない、別れさせるためと言えば察しが付きますかな?」


 例え、好き者同士でも親族に認められなければ結婚は出来ない、後に面倒を軽くする為だけに存在しない名前を名乗らせ、嫁を迎えて初めて自らの本当の名を知る事になる。そして好きな女に関わらず結婚するまでに知り合ったすべての人に言えることでもあるのだ。偽りの名を名乗らなければならなかった歴代の神主はどんな思い抱いていたのか。


「私は人を人とも思わない儀式が平然と行われてきた歴史に嫌悪感しか抱かない」


「その言葉、時雨殿に聞かせたら泣いて喜んでいたでしょう。血は受け継がれていると感激なさる。あの方は儀式を重んじながらもそういった部分を批判なさっていましたからな」


 老人の眼には涙が浮かんでいた。凛火はその言葉に違和感を覚えると眉を顰めた。


「あの方とは時雨殿ではありません。あなたの祖母、麻炎殿の姉で朱火殿の事です。そして、あなたと同じように乃神候補たる人神の子を産んだ母親です」


「えええええ!」


「声が大きい、私は不法侵入しているのです、見つかったら警察に突き出されます」


 そんな軽く犯罪を告白されても、もはや驚けない。


「そんな事、祖母ちゃんは一言も言ってなかったぞ?」


「麻炎殿にも言えない心の傷があるのです。姉である朱火殿を慕っておりましたから」


「じゃあ、今いる乃神は朱火さんの息子?」


「ええ、そうなりますな。すべての儀式を終えてです」


「朱火さんは我が子をどうやって乃神にした? その後、どうなった?」


 老人は懐から厚い書物を出すと凛火に差し出した。


「死ぬ間際、時雨殿から譲り受けた物です、これをあなたに渡すよう頼まれておりました。これで時雨殿は本当に未練なく逝ける。どうぞ、お受け取りください」


 凛火がその本を手にとって表紙を見ると、達筆な字で育児日記と書かれていた。


「それは朱火殿の息子が神へと至るまでの成長過程を記録した日記です。朱火殿本人が書かれております。これの存在は麻炎殿も知りません」


「どうしてそれを時雨さんが」


「ほほ、時雨殿は朱火殿の婿養子と成るべき方でした。しかし、それは叶わなくなった。時雨殿の兄上が急な病で床に付くなど、数多の出来事が重なって白紙になったのです。ですが、朱火殿と時雨殿は好き者同士だった。後は、分かりますな?」


「好きな人に持っていて欲しかった。それと、家族に知られたくない事もあった」


 老人は肯定も否定もせず、ただ微笑んだ。


「私はこれにて退散いたします。くれぐれも、その本を他の誰に見せてはなりませんよ。ヒノ君にもです。それが譲る時の約束だと時雨殿が申しておりました」


 凛火は頷いて本を握りしめる。


 それを見届けると老人は夜の闇にまぎれる様に消えた。


 興奮を隠し切れず凛火の胸が激しい鼓動を刻んでいた。


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