表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

決別の時 巫女と幽霊 息子の友達は叔父さん

 真夏の日差しが照りつける境内で、過去と再開する。


「お、お久しぶりです。玲炎おばさん」


 玲炎はさしていた日傘を閉じると優雅な笑みを浮かべた。


「やっと、口を聞いてくれるようになったのね、おばさん嬉しいわ」


「その節は本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる凛火に玲炎は怒ってないわ、と述べた。


「それにしても五年ぶりにこの町に来たわ。今日、母さんと姉さん、果炎ちゃんは?」


「今日は修行との名目で温泉に行っていて帰りは明日になります」


 だから水遊びが許される、麻炎がいれば書庫から飛んできて三時間の説教コースに突入だ。


 凛火とヒノは試練が何時起こるのか予測不能な為、町から出れずお留守番である。


「そうなの、まあ、急に来たからしょうがないわね」


 玲炎は何時も連絡をせずにふらっとやって来る。海外生活なので頻繁ではないが、いきなり訪ねてきたりして麻炎と流火を困らせるのだ。しかし、それには玲炎なりに理由があったりする。五年前に来た時は生まれたばかりの赤ちゃんを連れて来ていた。


「大きくなりましたね、拓斗君」


 凛火の言葉に玲炎は僅かな驚きを見せると、そうでしょ、と嬉しそうに笑う。


「五歳になったのよ。ほら、ご挨拶して」


 玲炎の後ろで顔を少し出して凛火を見つめる少年は母親に促され頭を下げた。


「こ、こんにちは」


「こんにちは、拓斗君が赤ちゃんの頃に一度会っているのだけど、私は凛火よ。そして」


 何故か凛火の後ろに隠れて恥ずかしそうにもじもじしているヒノを前に出した。


「ほら、ご挨拶して」


「…こんにちは、火野中ヒノです」


 言うとすぐに凛火の後ろに隠れてしまった。ヒノの行動を不思議に思っていると玲炎は隠れているヒノの側まで行き、しゃがんで笑いかけた。


「大丈夫、あなたも拓斗も一緒よ、だから仲良くしてあげてね」


 ヒノは嬉しそうに頷いた。そして、拓斗に歩み寄り少ない会話を交わすと、すぐに手を繋いで駆け出した。どうやら打ち解けたようだ。


 璃雨にヒノと拓斗の面倒を見る様に頼むと凛火は玲炎を住居の方へ案内した。


 居間に招くとお茶と和菓子を差し出す。ゆっくりとした時間が流れ始めた。


「あの子が凛火ちゃんの息子ね、そして人神の子にして乃神候補。姉さんが手紙で知らせて来た時は色んな意味でびっくりしたわよ」


「私自身もまさか、この歳で母親になるなんて思わなかったもので驚いています」


「そうね、でも、良かったと思う、凛火ちゃんが優しい目をしているのはヒノちゃんのおかげでしょ、五年前では考えられないほど良い顔になった」


 あの当時はまだ美代の事で精神科に通っていた時期だ。過去の体現者でもある玲炎を直視できなかった。会ってもろくに挨拶もせずに避けるように無視していた。だから厳密には遠目から拓斗を眺めていただけになる。


 凛火はスウッと視線を玲炎に合わせた。玲炎は変わらず優雅な微笑みを浮かべている。


(我が子を持つ今、真実を言おう……後に待つ罵りを甘んじて受ける覚悟もある)


 凛火は大きく深呼吸すると口を開いた。


「ねえ、ヒノちゃんがどうして凛火ちゃんの後ろに隠れたか分かる?」


 先に言葉を発したのは玲炎だった。出鼻を挫かれた形となった凛火は吸っていた息を吐き出しながら首を横に振る。


「母親なのに駄目ね。ヒノちゃんはね、自分が他の人とは違うって分かっていて深く悲しんでいるよ、同年代の子と会うとそれを更に痛感して嫌われてしまうかもしれないと思うから無意識に避けようとしてしまう、だから隠れたの。そんなの相手にしてみれば関係無いのに、現に拓斗と少し話しただけですぐに打ち解けて楽しく遊んでいる。初めからこうだと決めつけてしまうのは凛火ちゃんに似たのかもしれないわね」


 そう言ながら玲炎は立ち上がると凛火の側に寄って頭を優しく何度も撫でた。


「私は等に前を向いているわ、美代が死んだのは悲しいけれど、もう思い出に変えたの。変えなければいけないから」


「どうして―」


 母親のあなたがそんな事を言えるの、と続けたかった、けれど、眼前で見る玲炎はあまりにも晴れやかに笑っていて言葉に出せなかった。


「それを教えるのは私じゃない、直接本人に聞きなさい。その為に私は来たのだから」


 それはどう言う意味ですかと、口を開こうとした時だった、ドタドタと足音をたて璃雨が居間にやって来きた。


「悪い、急に兄貴が帰って来いって言うから帰るわ。ヒノと拓斗はまだ境内で遊んでいるから頼むぜ、悪いな!」


 また、ドタドタと足音を立てながら居間を後にした。


「うんうん、水好の坊ちゃんは元気だね。邪魔者って訳じゃないけれど璃雨君が帰ってくれて助かったかな。凛火ちゃん、一つお使いを頼まれてくれないかしら?」


 玲炎は凛火の耳元に近づくとお使いの内容を語る。



――拓斗に海を夕暮れの海を見せて上げて、と。








 日が傾き始めた頃、海岸線を歩く凛火とヒノと拓斗の姿があった。


「……この道を歩くのは事故以来か」


 かなり複雑な心境だった、海へ行く為には美代が車にはねられた横断歩道を通るか、そのずっと手前にある横断歩道を通らなければならない。もちろん、凛火は後者を選択したかった、いくらヒノのおかげで心を強く持てるとは言え、やはり事故現場は行くのも見るのも抵抗がある。ところが、拓斗はあの道を行った方が早いと譲らない。もちろん、凛火は同じだよ、と、軽く嘘を吐いたがガンっとして自分の考えを曲げなかった。ヒノにまで同意求めて、初めて仲良くなった友達だからと小さく賛同する。ヒノは凛火が拒む理由を知っているからあくまで小さくだから勘弁してほしいと目で訴えてきた。結局、ヒノが初めて出来た友達との関係を悪くさせてはしのびないという親心が勝ってあの日と同じ道を歩いている。


 ヒノと拓斗は手を繋いで歩いている。時折、凛火の方に振り向いて心配そうに見つめてくるヒノに精いっぱいの笑顔を向けた。ちょっと引きつっているかもしれないが。


 拓斗はヒノに対して自慢げに語りだした。


「僕にはね、会った事が無いんだけどお姉ちゃんがいるんだよ」


 ヒノはチラッと凛火を見た。心配してくれているのと、どう応えて良いか分からない顔だ。


 拓斗も凛火の方を向くと笑顔で言った。


「凛火お姉ちゃんは会ったことあるんだよね、お母さんが言ってた」


「た、拓斗君、あのね、あの、凛ママは拓斗君のお姉ちゃんが大好きなんだよ。でもね」


 ヒノなりに凛火を助けようとしているのが分かる。が、どう言っていいか分からず困ってしまったようだ。ヒノは本当に優しい子だと、そして勇気をくれると凛火は改めて思った。


「そうよ、美代ちゃんと言ってね、可愛い子よ。ごめんなさい、本当だったら拓斗君は会えたのよ、でも、お姉ちゃんのせいでそれが出来なくなっちゃったの……」


「え、そうなの? お母さんはそんな事言ってなかったよ、お姉ちゃんが遠い世界に行ったのは誰のせいでもないのよって」


「それはきっと真実を知らないから。知ったらきっと私を許さないと思う」


 凛火はその場で立ち止ってしまった。ヒノは拓斗と繋いでいた手を離し、凛火に駆け寄るとその手を握った。暖かい温もりを感じる。


「僕も一緒に謝るから、いっぱい謝るから」


(まったく、私は駄目な母親だ、さっきから息子に心配ばかりかけているな…)


凛火は今にも泣き出しそうなヒノの頭を優しく撫でた。


「ヒノ君は甘えん坊さんだな。でも、僕もお母さんと手を繋ぐと安心するんだよね。今はいないから凛火お姉ちゃんで我慢してあげる」


 拓斗は凛火の片方の手を握る。


「今日はお姉ちゃんに会えるんだって、お母さんが言ったの、だから楽しみなんだ。さ、早く行こうよ」


 拓斗に引っ張られる形で歩き出した凛火とヒノは驚いた。


「お母さんがね、ギリギリだから早く行こうって、昨日言ったの、だからすぐに飛行機に乗ったんだよ。お姉ちゃんに会えるのはこれが最後たよって、だから楽しみにしてるんだ」


「拓斗君…美代ちゃんはもう」


「お母さんは時々日本に帰ると会ってるんだって。ズルイよって言ったら会わしてくれるって約束したんだ、それが今日だったんだよ!」


 そこで凛火は老人の言葉を思い出した。


『あなたの苦手な者と再会する』


 凛火は幽霊が苦手、つまり玲炎では無く……幽霊の美代だという事になる。


 確かに玲炎は流火にも勝るとも劣らない力の持ち主だと凛火は麻炎から聞いたことがある、幽霊を見るぐらいは出来るかもしれない。玲炎はきっと美代から真実を聞いてなお、凛火に優しく接してくれていたのだ。ところが、凛火は初めから拒絶してろくに会おうともしなかった。だからヒノは凛火に似たのねと笑っていた。


「あ、あそこの横断歩道だね、着いたよ」


 拓斗がそう言った瞬間、凛火とヒノの全身から冷や汗が滲み出て来た。まだ、夕暮れと言うのに横断歩道だけは冷気が漂って夕闇に入ったような錯覚を起こす。


「これが、母さん達が言っていた、霊と遭遇すると感じるもの」


 凛火はヒノが生まれるまで力は無かった。だから当然初めて感じる異常である。シュキとの遭遇とは比べ物にならないくらい静かな圧迫感だ。


「え、え、凛火姉ちゃんとヒノ君は何か感じるの、僕は全然分からないよ。お姉ちゃんも見つからない。どこにいるの、お姉ちゃん。返事をして!!」


 凛火から手を離して必死で叫んでいる拓斗の隣には白い靄の様な形が浮かび上がっていた。それは少しずつ形を成して人の姿へと至らしめる。


「美代ちゃん…」


 あの日、一緒に手を繋いで笑っていた美代がそこには居た。凛火の驚愕する姿に微笑みかけると少し驚いているヒノの方を向く。


「凛火お姉ちゃんの息子、ヒノちゃんね、お願いがあるの、聞いてくれる?」


「良いけど、凛ママを悲しませるような事はしないでね」


 頷くとヒノに歩み寄って耳打ちした。ヒノは分かったと言って、拓斗の方へ歩き出すと手を繋いだ。


「拓斗君のお姉ちゃんが凛ママとお話があるから、先に海を見てきなさいって言ってるよ」


「え、ヒノ君には見えるの、どこ、どこにいるの?」


「大丈夫、後で会える方法を教えてあげる。だから海へ行こうよ。僕も初めてなんだ」


「分かった、約束だよ」


 二人は横断歩道を渡りきり、その先にある堤防の階段を下りて行った。


 二人の後姿が見えなくなるまで見届けた美代は振り返る。


「拓斗は力を受け継がなかったのね、ヒノちゃん、約束しても良かったのかな?」


 顔が引きつったまま声も出せないでいる凛火に語りかけた。


「凛火お姉ちゃん、幽霊嫌いは変わらないね。大変でしょ、力を持っちゃったから。あ、でも初めて見る様な顔してるね、きっと、ヒノちゃんが守ってくれてたのかな?」


 確かにヒノが明後日の方向を見て何度か独り言を呟いていた事があったと凛火は思い出す。


 徐々に驚きは治まり冷静になっていくのが分かる。シュキや門呪達と対峙していたから少なからず免疫が出来ていたのかもしれない。


「美代ちゃん、なのね?」


「そうよ、幽霊の美代ですよ、怖い? 怖い? 泣いても良いんだよ、凛火お姉ちゃん」


 年上の自分に対して馬鹿にした口調をするのは美代だと、そう確信した。


「やっと、凛火お姉ちゃんが会いに来てくれたよ。お母さんに頼んでおいたのに全然来ないんだもん。ギリギリだったよ」


 ギリギリの理由も聞きたかったが、まずは言わなければならない言葉がある、再会が許されるのならこの言葉を由美に、


「ごめんね、凛火お姉ちゃん」


 先に言われた。それも凛火が言いたかった言葉だ。どうしてこの親子は先に言うのかと、少し怒りが湧きあがる。


「止めて、その言葉を口にしないでよ」


 口調が少し荒い、自分でそう思いながらもさっきの怒りも交わり制御できない。


「怒った? そうだよね、十数年間も心に傷を持つような出来事だもんね。辛かったね、私の死が凛火お姉ちゃんを苦しめた。辛かった、本当に辛かった」


「違うっ、違う、違う、辛い想いを、痛い想いをさせたのは私だ。謝らなければいけないのは私、それなのに謝らないで、なんでそんな事をするんだ」


 美代は歩み寄ると膝を地面に着けて泣き叫ぶ凛火の肩を掴んだ。触られた肩から熱が奪われる、その痛みと冷たさに顔を上げると、美代は泣きながら微笑んでいた。


「分からないの? 私も凛火お姉ちゃんと同じようにこの十数年間、苦しくて辛かった、未練を残していた。残された者だけが痛みを持ち続ける訳じゃない、残す者だって痛みを持ち続けるの、私が死ぬ時、微笑んだ意味を理解してくれなかった、凛火お姉ちゃんのせい」


「分からないよ、なんで微笑む事が出来たの、私は果炎を選んだんだよ」


「じゃあ聞くけど、あの時の凛火お姉ちゃんは両方助けられたの?」


 幼い凛火に無理な話で、だから言葉を紡ぐことが出来ない。


「そう、仕方が無かった。私はあの時、死を前にしてそれを悟ったの。だから微笑んで、凛火お姉ちゃんのせいじゃないって言おうとしたけど無理だった。だから謝った、心残りを無くして成仏する為に、自分の為にだよ」


 肩から手を離すと膝を着いた凛火を立たせる。


「もう私のせいで心を苦しめなくて良いからね、凛火お姉ちゃんが死なせたと思っている、私が言うんだからそうしてよ」


 その物言いに理不尽さを感じる。


「勝手だ、私には謝らせてくれないのか?」


「それで凛火お姉ちゃんの気が済むなら聞いてあげる、でも、私に謝ったら分かってるでしょ?」


 沈黙がその場を包む。


 美代は悲しそうな笑みを浮かべ、じっと凛火の答えを待っている。


(私の今の状況はこの子を悲しませている)


 凛火は胸に手を当てた。


(当人から許されるのなら…もう)


 心の傷が塞がっていく感じがした。


「もう美代ちゃんの事で心を痛めたりしない。本人が望んでいるんだ、そうしない訳にはいかないだろう」


 言いながら凛火は過去との決別を宣言した。


「さすが、私の凛火お姉ちゃん……間に合ってよかった」


そう言って美代は辺りを伺い、困った表情を覗かせていた。


「気をつけて奴らが来るよ」


 横断歩道を中心に霧が立ち込める。地面から這い出る様に黒い靄が出現して、美代を囲みだした。


「この十数年間、私は門呪に取り込まれないように精神を保ってきた……門呪はね、災厄と似て非なる者なの、すべての生ける者に不幸を与えるのが災厄なら門呪は人の負の感情を拠り所に生まれた文字通り人工的な災厄が形となって現れたものなの。その性質として悪霊などが持つ負や未練を持つ霊を取りこんで大きくなろうとする性質がある」


 門呪が徐々に近づく中、それでも美代は力なく笑った。


「門呪を操る者が現れてから特に性質が強くなってね、精神を保つのが難しくなったの、時間の問題だったのよ……困ったわ、折角、凛火お姉ちゃんが来てくれて想いも遂げられるのに門呪になるのは嫌ね、この世をさ迷う事になるもん」


 群がる門呪が美代を取りこもうと覆いかぶさる瞬間、それは跡形も無く消え去った、同時に美代を守る様に白き炎の壁が作り出される。


「シュキは様々な所で私達の邪魔をする。門呪達、私を目の前にして美代を取り込めるとは思うなよ。掛って来い、すべて浄化させてやる」


 紅き髪と瞳に変わった凛火は心の傷という枷を外した事で体から黄金色の靄が浮かび上がる。それは本来、人が触れることさえ恐れ多い、まして発するなどあってはならない。


 神が自身の威光を示す現象『神の御前』と呼ばれるものに似ていた。人神の子、ヒノならば何時かは必ず発現するだろう。しかし、人の身であり、これからも人として終わる凛火がそれを発現させていた。そしてそれは限りなく神に近い状態を示している。


「凛火お姉ちゃん、凄い。スーパー巫女みたい」


 事の凄さを理解していない、端的に言えば幽霊とはいえ、人の理に括られる美代には理解できないからこその感想である。


 地面から数多の門呪達が次から次へと這い出て来る。それは美代では無く凛火に狙いを定めて襲いかかって来た。その様はさしずめ、蛾が行灯に群がるようだ。


 凛火は両手に揺らめく白き炎の形状を鞭のように変えると、力の限り振りぬいた。一瞬にして自分の周りを這う門呪が消え去った。だが、門呪は次から次へと沸いてくる。


「私は助けられなかった。血だまりに横たわる美代に向かって謝る自分を蔑んだ。後悔できない、でも、本当は後悔したかった、二人共助けたかった。美代は私にとって妹だ、果炎と同じように愛していたから力無い自分を嫌い、心を閉ざし壊していった」


 門呪達は既に百を超えて凛火を囲う。


「自分の事ばかり考えて、私は愚かだ。美代を想っていたはずなのに気持ちを知ろうとしなかった。私を恨んでいると決めつけていた。でも、美代は死して尚、私の為に存在して心を痛めてくれていた。だから、その痛みを私のも含めて今日で終わらせる」


 紅き髪と瞳が炎の様に輝きだすと全身から出る黄金色の靄がほとばしり、霧に包まれた空間を照らし出す。


「我、神の眷属を名乗るものなり、今昔にて終焉を与えん。人や然り、神や然り、根源より生み出される、すべてが然り」

(美代、助けられなかった事、この世に留まらせていた事、全部ひっくるめて)


 心とは別に口は呪詛のような言葉が紡ぎ出される。


「控えよ、神の御前である!!」

(ごめんなさい!!)


 ほとばしる黄金色の輝く靄は限界超えて凛火から放たれた。その光は横断歩道付近一帯すべてを黄金色の風景に塗り替えるほどの凄まじさだ。

たかが霧如き、一瞬にして塗り替えられるとすべての門呪達もまた浄化され消滅した。


 後に残るは光によって浄化された門呪達の灰が煌めく粉雪の様に舞う情景だけだった。


「綺麗ね、成仏するには最適の風景だわ」


 舞い散る灰の空を見上げ、美代はそう呟いた。


「もう少し待ってくれないか、ヒノに約束を守らせたいんだ」


 勝手に紡がれていた口はどうやら正常に戻ったようだ。


 異変を感知してヒノと拓斗がやって来た。舞い散る灰と母親の疲れた表情を見て既に終わったのだと理解したヒノは拓斗を美代の近くに連れて行き両手を握った。


「あのね、これから拓斗君にお姉ちゃんを見せてあげるけど、嫌いにならないでね」


「なんで僕がヒノ君を嫌いになるのさ。変なヒノ君」


 ヒノは小さく笑うと、瞑想した。髪と瞳が瞬時に紅く輝きだして凛火と同じように黄金色の靄が体を覆う、その光は両手を伝って驚いている拓斗の全身までも包み込んだ。ヒノが発現させた光は凛火の時のような威圧感はない。大いなるものに優しく包み込まれる。


「さすが、凛火お姉ちゃんの息子ね、自分の力を拓斗に貸してあげるなんて優しいじゃない」


 拓斗はすぐ隣から聞こえてくる声にびっくりして視線を合わせた。拓斗を見て微笑んでいるその姿があった。


「初めましてかな、拓斗の事はお母さんから聞いてたよ。大きくなったね、お父さん似だ」


「お姉ちゃんはお母さんに似てるね」


 拓斗がニッコリ笑うと、美代は満足したかのように瞳を閉じた。


「良い子ね、お母さんとお父さんを大切にして私の分まで元気に生きてね」


 美代の体が少しずつ薄れゆき、景色に溶け込んでいく。その様がもう会えないのだと直感した拓斗は引きとめようとヒノの手を振り払うも、ギュッと掴まれた手は離れない。


「お姉ちゃんが行っちゃう!! ヒノ君、離して、まだ話したい事がたくさんあるんだ」


「駄目、僕と手を離したら見えなくなっちゃう。最後まで見してあげたいから離さない」


「ヒノ君の馬鹿!! ヒノ君なんか嫌いだ!!」


 引き離そうと力を込める拓斗の頬に薄れゆく手が寸前まで近づくと優しく微笑んだ。


「触る事は出来ないから勘弁して、冷たい想いをさせたくないからね。拓斗、友達にバカなんて言っちゃ駄目だよ。優しい私の弟、分かっているんでしょう、後で必ず謝るのよ。お姉ちゃんはもう拓斗に会えないけれど、ずっと見てるから。それに拓斗には優しいお姉ちゃん達とお友達がいるんだから寂しくないよ。だから大丈夫」


 そう言って凛火を見据えた。


「私には触った」


「しょうがないでしょう、可愛い弟なんだから……どうか、お願いね」


 凛火は苦笑して頷いた。それを見て安心したのか更に全身が薄れゆく。


「凛火お姉ちゃん、忘れないで、残す者にも苦痛がある事を、それが強ければ強いほど苦痛も大きい事をどうか忘れないでね。私が教えてあげられるのはこれくらい。そうだ、杖をついたお爺ちゃんにもお礼を言っておいて、ここまで保てたのはあの人が話し相手になってくれたから、きっとお母さんを寄こしたのも―」


――あの老人だよ、そう呟いた瞬間、姿は跡形もなく消えて逝った。


 未練は断ち切られ、この世に別れを告げられた美代は事故の時の様に笑っていた。


 日は落ちて辺りはすっかり暗い。静寂が包む夜の始まりに子供達の大きな泣き声が響く。


「うあああん、ごめんよ、拓斗君。ヒック、手を離さないでごめんよぉぉぉ」


「ヒック、うわぁぁぁん、僕こそバカって言ってごめんね、ヒノ君を嫌いなんて言ってごめんねぇぇぇ、凄かったよぉぉ、ヒノ君の力ぁぁぁ」


 凛火は泣きじゃくる二人の手を握ると歩き出した。


「お前達はずっと友達で、ヒノは私の息子、拓斗は私と果炎の弟だ。寂しかったら会いに来い、何時でも歓迎するぞ」


「ヒック、弟ならヒノ君のおじさんになるんだよね、おじさんは嫌だぁぁぁ、友達が良いぃぃ」


「ヒック、ヒック、僕も拓斗君がおじさんなんて嫌だぁぁぁ、友達だもぉぉぉん」


 泣きながら冷静に判断する二人に呆れながらも星が煌めく空を眺めた、星の位置が美代の笑っている顔に見えた。しばし、海岸線では息子と弟の泣き声が響き渡っていた。








 一方、美代がこの世の未練を断ち切り、天に昇った頃、境内に玲炎と老人の姿があった。


「これで、宜しかったか、謎の老人よ」


「あなたこそ、娘さんとお別れを為さらなくて宜しかったのですか?」


「私は等に別れは済ましてある。拓斗が出来たのならそれでいいわ」


「これはいらぬ心配でしたか。さて、凛火殿達も時期に帰って来るでしょう、私もお暇させて頂きますかな」


 老人は石段をゆっくりと降りて行く。


「あなたは海外にいた私に手紙を送り、来るように勧めた。すべて凛火ちゃんの為でしょう、あの子に何をさせるつもりですか?」


「私にその資格はありません、すべては凛火殿とヒノ君が決める事です」


「喰えない狸爺、私には決められた事象に誘っているように見えるわ。あなた、母の性格に似ているのよね。母も儀式に関しては本人の意思を巧みに誘導して遂行させる様策略する癖があるの」


 己も後から気づいて何度も母と衝突した過去を思い出して苦い顔をする。ちなみに流火はその策略を難なく看破して、逆に母を巧みに誘導、自分がやるべきことを麻炎にやらせていた。のほほんとしていながら流火は母以上に聡いところがある。


「ほほ、麻炎殿も誰かに似ているのかもしれません。そうなると私にとっては褒め言葉に聞こえてきますな」


 老人が頬染めている様はあまり見るに耐えない。


「褒めてないから。言っておきますが、私は凛火ちゃんも果炎ちゃんも我が子の様に愛しています。悲しませる事をしたら、姉さんはもちろん、私も許しませんから」


 境内にある木々が風もないのに揺れだした。玲炎が持つ力の一端を解放したのだ。


「憶えておきましょう。当代一と言われる強力な力を持つ巫女姉妹の片割れ、玲炎殿。流火殿にも宜しくお伝えください」


 カツカツと石段を降りる速度が心なしか早くなっている気はする。だがその音は途中からプッツリと途切れて聞こえなくなった。変わりに、凛火が泣きつかれた拓斗を背負い、眠そうにしているヒノと手を握りながら境内に上がってきた。


 玲炎は眠っている拓斗を抱えると、微笑した。凛火はヒノを抱きかかえる。


「凛火ちゃんもヒノ君もお疲れ様、拓斗に美代とお別れをさせてくれてありがとう」


「私こそ、ありがとうございます。そしてごめんなさい」


「いいの、すべて終わった。そうでしょ?」


「はい、美代ちゃんのおかげです」


 その日の夜は美代との思い出、凛火の近況報告、流火や麻炎との思い出、それらを肴に長年拒絶してた分を取り戻すかのように語り合った。何時しか朝を迎えていた。


 玲炎に促され部屋で凛火が仮眠を取っていると居間から笑い声が聞こえてきた。


 温泉から帰って来た、麻炎達と玲炎、拓斗とヒノがおみあげの饅頭を広げて楽しくお茶をしていた。そこに違和感なく笑顔で凛火が入り込んで来たので麻炎達を僅かに驚かせる。


 その二日後、帰らないで欲しいと駄々をこねるヒノと、帰りたくないと駄々をこねる拓斗を何とかなだめると、玲炎達は自分たちの家に帰って行った。ちなみにアメリカのロサンゼルスで父親の海外勤務に着いて行っている。


 ヒノは悲しそうだった、まるでその時、自分が居ないような気がしていたのかもしれない、空港で悲しそうに見送る姿を凛火は隣で見ているしかなかった。


改行による水増し疑惑。


多そうに見えて中身が少ない詐欺。


まさにこの小説!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ