*零れ話 妹のワンパクだっていいじゃない 巫女の楽しい実験
時間を遡ること七月の火焚き祭の前日。
火焚き祭を翌日に控え、麻炎率いる火野中家は朝から準備に取り掛かっていた。
まずは境内の中心、乃神がいる神殿前を綺麗にする。石畳に落ちている落ち葉やゴミ等を掃き、水を撒くとデッキブラシで綺麗に磨いていく。家族全員で行っても一時間は掛かってしまう重労働だ。
それが終わると、今度は焚火を組んでいく。これは毎回、町にある材木を扱う店に特注しているのだが、重量や、守秘の関係上、自分たちで組まなくてはならない。
材木屋がたくさんの一定感覚で削り取られた木板を置いていくとさっさと帰っていく。
そしてここからが、守秘に当たる部分だ。残念ながら、ここで母親の流火は別の用事のため家のほうに帰っていった。
「今回は凛火とヒノにも行ってもらうぞ」
麻炎はそう言って二人に見本を見せる。
一つの木板にお馴染みの術札を貼り付けるとなにやら難しい文言を述べた。すると、術札は淡い光を放ち、木板に溶け込むように消えていった。
「今見せたのは板に悪い気が入っているかを確認するものじゃ、わしらが災厄と呼んでいるものはどこにでも付着する汚れのようなもの、それが集まって淀みとなり、それが更に集まって増えることで災厄に変貌する。日本の各地で変貌した災厄はこの土地を目指すかのように、色々なものに寄生してこの町にやって来るのじゃ。当然、こう言った樹木にも然り」
札が溶け込んだ木板が黒く変色する。
「ふむ、これは嫌な意味で当たりのようじゃな」
そう言って、懐からもう一枚の札を取り出した。変色した黒い部分は霧のように散布される。麻炎は札に念を込めて黒い霧が舞う場所に投げた。札は淡い光を放つと散布された黒い霧状の災厄を取り込んでいく。やがて、すべてを取り込み終えると地面に落ちた。
麻炎は黒く変色した札を取り上げて用意してあった紙袋に入れる。
「これで一連の作業は終わりじゃ。お主たちにもやってもらおう」
「まって、何か変」
果炎が抑圧のない声を張り上げた。
用意されていた木板の束がすべて黒く変色していく。
「何じゃ、すべてが寄生されておったのか」
「こんなことは初めて、あの材木屋がどんな手段で手に入れたかは知らないけど、よっぽど良くない場所で採取されたものを掴まされたみたい」
「じゃが、一般人に災厄は見えん。じゃからこそ、災厄などとわしらは称するのじゃからな。あの者たちに落ち度はありゃせん」
二人が会話している間も黒く変色した災厄は一つの塊なろうと集まっている。そんな状況に焦ってしまうのは初心者マーク付きの凛火とヒノだ。
「おいおい、なんだか大きくなっているんですけど!!」
「お婆ちゃん!!」
二人が必死に叫ぶも当の麻炎と果炎は気にするそぶりも見せない。
「それでも今回は可笑しいのう、すべてに災厄が付着するとは。やはり乃神様が天にお帰りなるからじゃろうか」
「それこそ、ちゃんとしてもらいたい。飛ぶ鳥後を濁さず」
「これ、果炎。乃神様が居られる御神殿前じゃ、もう少し言葉を柔らかくしなさい」
「札を一枚扱うのにもお金と労力が掛かる。私は無駄が嫌い」
「やれやれ、うちの家系にいないタイプじゃな、とんだ守銭奴じゃ」
「その言葉は嫌い、倹約家と言って」
果炎の譲れない境を知ったところで、災厄は大きくひとつの固まりになった姿で四人の前に現れた。全長、五メートルほどの災厄は呻き声に似た鳴き声を発すると襲いかかってきた。
凛火とヒノが戦闘態勢に入ろうと構えるも、待ったが掛かった。
「おぬしたち手出しは無用じゃ、ここは果炎に任せる」
先ほどまで会話していたはずの果炎が長さ、刃渡り70センチほどの刀を腰に差して居合いの構えを取っていた。
本能がそうさせたのか災厄の動きが止まる。
「え!? か、か、か、果炎さん! 私の妹さん!! 何時の間に刀持っていたんですか。お姉ちゃんは不思議に思います!!」
「僕たちも大概不思議に属性されるけど!! 僕も何時手にしたのか分からなかった!!」
「お姉ちゃん、ヒノ、うるさい。これは私の得物。札を使うなんて非経済的、私はこの一本ですべてを手に入れる」
「あれ、おかしいな、私の妹は何時からこんなワンパク少年のような言動をするようになったんだ」
「果炎叔母さんってこんな性格なんだね」
戦闘態勢から既にリラックス状態で会話する親子に対して果炎は腰を据えて、刀の鞘を握る。すると彼女の周りから空気の渦が発生する。
「勝負は常に一瞬、その他は無駄の境地。三撃で決める」
「一撃じゃないんだ」
ヒノがボソッと呟くも果炎は気にすることなく動いた。既に終わりを見据え、無駄を省いた行動が果炎の持ち味である。
「一閃」
刀を振りぬき、果炎は災厄の背後に足をつけた。
けたたましい、鳴き声を上げて災厄の上部と下部が分断される。
「二閃」
災厄の頭上まで飛翔して重力の赴くまま刀を振り下ろした。
災厄が四分割された。そして最後の仕上げとばかりに返す刀で振り上げた。
「三閃、無駄なく終了」
その言葉通り最後に振り上げられた刀の刃によって五メートルほどあった災厄は空に散るようにして消えていった。
厄を拭うように一振りして果炎は鞘に収める。そして呆気にとられる親子と頷く麻炎の下に戻ってきた。
「終了した。今月のお小遣いアップよろ」
「見事じゃ、その件については考えておこう」
何事なく会話する二人に凛火が突っ込みを入れる。
「いやいや、違うよね。まずはお姉さんと甥っ子に説明してくれ」
「そ、そうだよ、あの刀はどこから出したの!!」
ヒノが目を輝かせて問う。人神のことは言え、男の子、戦隊ヒーローの如く活躍した叔母に興奮冷めやらぬといった状態である。当の叔母といえば興奮するヒノとは対象的に通常起動の無表情で刀を専用の布袋に入れている。
「ヒノ、よく聞いて。人はね、心の中に一本の刃を持っているの。私はそこから出しただけ」
そしてそんなことを言う。それを聞いた、ヒノの興奮度は最高潮に達していた。もしかしたら自分にも出せるのではないかという願望がそうさせている。うっひょーという奇声を上げるヒノの姿を見て果炎は口元を引きつかせ、隣で奇声を上げる息子に若干引いている凛火に対して口を開く。
「姉さん、この子、大丈夫?」
「やっぱり嘘なんだな」
「普通は信じないと思う。純粋すぎて逆に怖い」
では、その刀はどこから出したんだと問えば答えは至極簡単だった。普通に持ってきていただけだという。そんな単純なことにあの時の凛火は気づいていなかったのだ。
「お前、刀なんかを得物にしていたのか」
「私はお祖母ちゃんみたいに出来ないから」
実のところ凛火が使っていた札も、全部、麻炎の手作りなのである。つまり、数に限りがあるわけで早々無駄遣いは出来ない。ならばと、果炎は祖母の下、札作りの勉強をして自分で作ろうとした、ところが、一向に上手くいかない。麻炎のように和紙に術の元となる文字を書き入れるのだが、どうやっても字が歪になってしまうのだ。歪であれば術札が正常に稼動しないのは当たり前で、習字を習おうかとも考えたらしいが麻炎曰く、字の上手さとは関係ないらしい。どうやら、果炎の力は術札に字という力を込めるには向いていないようなのだ。ちなみに麻炎が作り出した札を扱う分には普通に稼動するようで、それによって凛火も扱えたというわけだ。原理としては字の力を込められた術札を爆弾、爆発させるための発火を外部からの力を加えて行うことで扱えるという形である。
「お祖母ちゃん曰く、私の力は剛の属性なんだって。術札を作り出す細かい作業には向いていないみたい。何年も修行を行えば、作り出すこと事態は出来るらしいけど、お祖母ちゃんが造るような結界にも使えて、攻撃にも使えて、策敵にも使えるような、ある意味万能の札は作れない。どれか一つの特性を持たせるので精一杯」
麻炎は逆に静の属性らしく、細かい制御や自由性に特化していて、麻炎自身の能力とも言える、媒介を通して力を注ぐことはこの家にいる誰よりも凄い。それは札だけでなく得意とする薙刀にも込めることは朝飯前だという。ただ、静の属性は総じて力の絶対値が低いのが通例らしい。力をもつ家族の中では一番低いのだ。では逆に剛の属性がどうかといえば、自由性や細かい制御による力の使い方には乏しいもの、威力という観点からすれば高い、の一言に尽きる。
「だから私は刀一本に力を注ぐことにした。敵を倒すことは可能だし」
布袋に仕舞われた刀を握り締めて言った。
「何でまた、刀を選んだ?」
凛火の疑問に考えるそぶりを見せると、視線少し下げて口を開いた。
「姉さんは知らないと思うけど、私、剣道を習ってた。その人、私は師範と呼んでいるけれど、その師範は刀で異形と戦ってきた一族なの、だから私が剛の属性だと知ったお祖母ちゃんが紹介してくれて……」
抑圧のない喋り方は変わらないが、どことなく声が小さい。何か、言いずらそうな感じだ。普段、明け透けもなく話す果炎には珍しい現象に、凛火の中でその理由を知りたいという欲求が燻る。
「なんだ、姉さんには話してくれないのか。どうして剣道を始めたとか、姉さんは聞きたいぞ。私が知らないということはあの頃だったんだろ?」
果炎はコクリと頷く。無表情の頬を僅かに赤く染めている。あの頃の話をするのは果炎にとっても、恥ずかしいらしい。それは凛火も同じなのだが、今は知りたい欲求が勝っているので手は休めない。
「あの頃のことを思うと、果炎に悪いことをしたと思う。それでも、いや、だからこそお前のことを知りたいんだ」
姉にそう言われると妹として黙っているのは出来そうになかった。それでも渋る理由がある。
「本当に知りたい?」
「ああ、知りたいとも」
お前の恥ずかしい理由をとは口に出さず。ただ純粋にという理由を前面に押し出して頷けば勘弁したのか口を開いた。
「私が剣道を始めた理由は……」
「始めた理由は?」
果炎はゆっくりと顔を上げて視線を姉に合わせる。その瞳に熱い炎を映し出して。
「姉さんを完膚なきまでに潰したくて習い始めた」
「そうか、私を完膚なきまで……潰したい!?」
「あの頃の私は姉さんをとにかく潰したくて、仕方がなかった」
そう言って、布袋を外して刀を取り出した。
「果炎さん!! どうして刀を取り出すの!?」
凛火の悲鳴にも似た疑問に答えることなく、鞘から刃を抜くと上段で構え始めた。
「あの頃、姉さんに拒絶された私は目の前が真っ暗になるほどショックだった。そして同時に気づいてしまった。姉さんに依存していた自分に。情けなかった、たかが、姉に無視されるぐらいで自分の足元がぐら付いてしまうのが。そんな想いが何時しか姉さんを恨むことで落ち着けるようになった」
腰を据えてすり足で凛火に近づく。
「でも、それが駄目だと頭では理解していた。他者を恨むことで立つ地面の危うさに理性が警告していた。そんな時、お祖母ちゃんから紹介された師範と出会った」
果炎が一歩近づくと凛火が一歩後ろに下がる。その場はまるで一対一の果し合いの雰囲気を醸し出していた。
「師範は私に剣を教えながら心も教えてくれた。元々、内にある姉さんに対しての想いを溜め込んでいた私に師範は吐き出せといった。言われた私は姉さんの悪口を掛け声にして素振りをする毎日、吐き出された想いは戻ることなく心は軽くなった。そのおかげで私は確固たる私を手に入れ、今の心を手に入れた」
果炎は凛火の懐に飛び込むと横に一閃、鞘に刀を納める。鞘を収める音の合図と共に凛火が崩れ落ちるように倒れた。
「結局、私の心はどんなに拒絶されても姉さんを嫌いになれないらしい。それが分かって、自分の甘さに落胆もしたけど、今はそれで良かったと思える。姉さんは、私の大好きな姉さんは強く、気高い存在なのだと改めて知ることが出来たから」
切られたはずの凛火は体の異常がないことに気づいて、顔を赤くして立ち上がった。その赤さは無様に倒れた理由だけではない。
「この刀は師範から頂いた『抜刀怪魔』と呼ばれる妖刀で不思議なことに物質を斬ることは出来ない。当然、大好きな姉さんを斬るはずもない」
それだけ言うと、そそくさと火焚き祭の準備に取り掛かるため戻っていった。
残った凛火は妹の本心を聞いて何ともいえない喜びを感じているのだった。
すべての木板に災厄が寄生するというアクシデントを乗り越えて四人は火焚き祭の準備を再会させた。
木板の削り取られた部分を別の木板にはめ込み正方形の形にする。その上にまた正方形にした板を重ねることによって幅三メートル、高さ二メートルほどの焚き火台の完成だ。
完成された焚き火台から半径五メートルほどの場所に年代を感じさせる木で出来たポールを円になるよう等間隔に置いていく、そして置かれたポールに一本の荒縄で結んでいくと、一般人が立ち入るのを禁止するものと邪なるものが入れない結界の意味も込められた二重のバリケードの完成である。
後は、深夜でも安全に来られるよう、入り口の石段に行灯を立て掛けるなどの細かい作業が終われば、ほほ、すべての準備が終わりを迎える。
火焚き祭は日の出が昇るのと同時に始まり、二十四時間火を絶やさないようにする。今回も深夜組になるであろう、凛火はこれから明け方まで起きて、深夜の交代時間まで眠るのだ。
もうすぐ日が昇る時間帯、凛火は自分の部屋で読書をしていた。ヒノは昼間の準備で疲れたのか押し寄せる眠気には勝てず、随分前に布団に入って眠っている。窓から僅かな光が見えてようやく眠れるなどと思っていると廊下を踏みしめる音が聞こえ、その音は部屋の前で止まった。
部屋の主が入ることを許可すれば隔てていた襖が開いた。
「何じゃ、あれだけ啖呵を切って眠ってしまったのか」
部屋に入ってきたのは麻炎だった。
「随分頑張ってたんだけどな、昼間の準備と果炎の剣術を見た興奮で疲れたのか眠気には勝てなかったらしい」
「ふむ、そうなると起こすのが可哀想になってくるの」
「ヒノに用事でもあったのか?」
「いやなに、せっかく乃神候補であるヒノがおるのだから付け火を行ってもらおうと思ったのじゃが、何時も通り、わしが付けるとするさね」
そう言って、出て行こうとする麻炎を凛火は止めた。
「なら私がそれを行うよ、ちょうど試したいこともあるんだ」
「ほう、儀式嫌いのお前が行うと言うか」
「何だよ、母親の私じゃ駄目だっていうのか?」
「いや、構わんよ。なるほの、成長しておる証拠じゃな」
そんな掛け合いをしながら二人は部屋を出て焚き火台に向かった。
焚き火台に付くと早速、凛火は己の中にある力を引き出した。その姿を赤い髪と瞳に変える様を始めて垣間見た麻炎が感嘆の声を上げる。
「見事なものじゃ、本当に……似ているのう」
「え? 誰に似ているって?」
聞かれているとは思っていなかったのか、思わず顔を引きつらせてしまいそうになるのを堪えて笑顔を作ると答える。
「いやなに、自宅の庭にある池の中にいるやつにじゃ」
「私は赤い鯉ってか……」
凛火から距離を置いていたようで無理やりの笑顔を不振に思われずに済んだようだ。この話題から離れる意味も込めて何をするのか聞いてみれば、凛火が一言、実験と述べた。
次の瞬間、凛火は白い炎をその手に具現化させて焚き火台に放った。白い炎は焚き火台の中に組んである薪を勢いよく燃やすかと思われたが、形はそのままに焦げることもない。
「どういうことじゃ」
麻炎の疑問も、もっともである。凛火は顎に手を当てて考える。
「やっぱり白い炎じゃ、無理か……この炎は果炎の刀と一緒で物理的なものは燃やせない」
もう一度その手に白い炎を具現化させた。
「性質を変えてみれば……」
昼間、果炎の話を聞いて、自分はもしかしたら静の属性なのではないかと思った。初めて力を認識してすぐに、麻炎が作った札とはいえ扱うことが出来たこと、白い炎の形を自由自在に変えられたことを考えれば細かい制御に特化して尚且つある程度の自由性も持ちえる。能力が低いという部分には疑問が沸くものの、乃神を生んだ母親だからという理由で片付けた。
白い炎に向けて凛火は念じる。その性質を変えて、物理的なものを燃やす力となれと。宛らパイロキネシストのような気持ちで念じていると、白い炎がゆっくりと赤色に染まっていった。すべてが染まり終えると、その手には赤々と燃え盛る紅蓮の炎が完成していた。手のひらから離れた空中で燃えているとはいえ、白い炎の時には感じられなかった痛いほどの熱を肌で感じて成功を確信する。
凛火は赤く燃える炎を先ほどと同じように放った。すると薪は勢いよく燃え、夏の暑さも相まって境内は異様な熱気で包まれる。
「よっしゃ、成功だ!!」
喜びを溢れさせる凛火の隣で麻炎は仕切りに感心する。
「器用じゃのう、凛火は静の属性じゃな。それにしても見事じゃ、さしずめ、白い炎が人に触れ得ない神火ならば、赤い炎は人が扱う炎、人火と言ったところか」
その安易な発想にネーミングセンスのなさは火野中家の血筋と関係するのかもしれない。凛火はそう思った。
無事役目を終えた、凛火は麻炎に後を任せて自宅に戻ることにした。
部屋に戻るとパジャマに着替えてヒノが眠る自分の布団に潜り込んだ。そして眠るヒノの頭を撫でながら言う。
「お前にも教えてやるからな。お前ならすぐに出来るはずだ」
一度見ただけで、形状を変えて見せたヒノのポテンシャルの高さを凛火は知っている。あの陰険なシュキとこれからも対峙するのだ、こちらの持ち札は多い方がいい。
「取り敢えずは、今日の深夜番に向けて眠るとするか」
言って、大きく欠伸をすると睡魔の赴くまま、眠りに付くのだった。
今回は零れ話という形で、隙間を埋めてみました。こんな形の話を何回か創りたいと思っています。