過去の終わりを告げるもの 巫女と叔母 息子は生意気盛り
二つ目の試練以降、凛火とヒノの周りは平穏だった。
学校には相変わらず親子で登校、一応、違う親戚の子として他の生徒達には通っている。最初は不思議がっていたクラスの生徒たちも二、三日で慣れてしまい、今では当たり前のように挨拶を交わしてくれる。特に女子にはその容姿と可愛らしさから大人気、日替わりでヒノのおやつを作る会などが発足され、毎日昼休みにはお菓子をごちそうになる。凛火も甘いものが好きなのでご相伴にあずかっていたりするわけだ。
しかし、ヒノが一番好きなお菓子は凛火が作る激甘チョコクッキーだ、凛火の失敗作なのだが、かなりのお気に入りで毎日のように催促させる。親子共々甘党だが、不思議と太らないので祥子に羨ましがられている。
一緒に授業を受けていると、人神の子だから天才ぶりを発揮するかと思いきや、全然授業を聞いておらず、与えられたノートには落書きしか書いていない。幼いから仕方ないと思うが母親の凛火としてはちょっとがっかりだった。そのくせ、体育となると途端にハシャギだして高校生に交って真剣に取り組み、サッカーやバスケなどの試合で負けたりすると本気で悔しがり、腹いせに炎を出したりして凛火を困らせる。
そして、際も困るのがマザコンから来る嫉妬だ。凛火と仲良く話している男子生徒に対しては容赦なく炎を使って脅したりする、凛火がそれに対して怒ると本気で泣く。一応、素直に脅した生徒に泣きながら謝るから許してしまう。で、また忘れた頃に同じような事を繰り返す。慣れたものでそれ有りきで男子生徒は凛火と仲良く話すようになったぐらいだ。例外として霧雨に対しては何もしないので、父親だからか? と、凛火は密かに疑っている。
学校が終わり家に帰れば親子として接する事が出来る時間帯に入る。流火などはもう、ヒノにメロメロだ。一緒に買い物したりすると、もちろん外に出る時は凛火が一緒にいなければならないのでおまけとして付いて行くが、ヒノが欲しいものは何でも買ってしまう、母親の凛火がそれを戒めるものの結局、毎回好きなお菓子は二、三個買って行く。最近ではヒノも当たり前のように買い物かごにお菓子を入れるものだから、母親として説教してみれば、すぐに流火の背後に隠れる。流火が凛火をたしなめ許す、の悪循環に陥っている。だからこそ最終手段を用いることに、凛火が共に行くのを拒否したのだ。そうなると当然、ヒノも行けない。何時でも一緒にいたいヒノとしては諦めるしかないのだが、悪知恵を働かせ、密かに菓子を流火に買ってきてもらうという行動にでた。それに気づいた凛火が叱るよりも先に感心してしまう辺り、親ばかぶりを発揮している。ちなみに菓子は用途を守って食べさせるようにした。
凛火と果炎の関係もぎこちないが少しずつ良い方向に向いている。果炎はあからさまに嫌がる表情や言動はしなくなった。しかし、凛火は明るく活発、果炎は冷静で生真面目な性格のせいか少なからず衝突はしている。総合的に言えば姉妹関係は良好だといえよう。
休日によく霧雨と璃雨が遊びに来るようになり、ヒノは歳が近いせいか璃雨を兄貴と慕うようになった。璃雨もまんざらでは無さそうである。
七月も半ばに差し掛かった頃、夏休みを前に恒例の火炊き祭が行われた。もちろん、深夜番をさせられる事になった凛火と、遊びに『違いますよ、凛火』もとい、手伝いに来た祥子の二人で焚火の炎を絶やさないようにしていた、前の月と違うのはそこに眠そうにしている息子が居る事だった。
「最後まで付き合う事はないぞ、無理しないで帰って寝なさい」
「眠くない、眠いフリをしているだけだよ」
ウトウトとして立っているのもやっとの癖に強気な発言だ。
「うふ、ヒノちゃんはお母さんと一緒に居たいのですよね。甘えん坊さんです」
可愛らしく船を漕ぐヒノの姿を見て祥子が笑みを浮かべる。
「最近思うんだが、少し度が過ぎないか。マザコン頻度が更に強くなっている気がするぞ」
「これくらいの歳の子はそう言うものですよ。祥子の弟もヒノちゃんくらいの時にはお母さんと一緒にいる事が多かったですが、成長する毎に離れて行きましたよ。そうなると逆に寂しくなるってお母さんが言ってました」
「そう言うものなのか、そうなると、寂しいな、いや、かなり寂しいぞ!」
「凛火もかなりの親馬鹿ですね。今から考えてどうするんですか」
「でも、この子は普通の子じゃないから何が起こるか分からない。心構えも半端じゃないさ」
限界が来て前のめりに倒れる寸前、ヒノを抱き寄せた。耳元で聞こえるヒノの静かな寝息が心を穏やかにさせてくれる。
ヒノはどう足掻いても乃神候補なのだ、何時かは巣立っていく。人の親であってもそれは同じだが一緒に居られる期間は誰よりも短いだろう、凛火はそんな気がしていた。
しんみりとなった三人とは別の声が聞こえる。
「ほほ、凛火殿は随分と優しい表情をするようになりましたな。初めて出会った時とは比べ物にならないくらい良い顔だ。愛情の賜物ですな」
気配も感じさせず、何時の間にか老人が焚火の前で暖を取っていた。
「出たな、不思議変態老人、ここまで来るとストーカーだな。言っておくがお汁粉はもう無いぞ。もちろん、揉ませるつもりも無い」
「出来れば祥子殿の方が良いです。残念ながら凛火殿は儚い夢でしたな」
その指摘に凛火のおでこに青筋が走る。確かにヒノが成長してから萎んできているのが目に見えて分かるのでガッカリしていた。必要無くなれば萎んでいく、老人の言葉通り儚い夢だったのだろう。まあ、老人に指摘される由縁はないが。
「祥子、焚火を見張っていてくれ、私はこのクソ老人を今度こそ警察に突き出してやる」
「まあまあ、大きいと結構、肩に負担が来るのですよ、凛火が羨ましいです」
嫌未で言っているのではないのは分かるが馬鹿にされている様な気がしてならない。祥子と老人の顔を掴んで握りつぶしたい気持ちが浮上するもヒノを抱いているので沈める。
「ほほ、ヒノちゃんのおかげで命拾いをしましたな」
考えを読んでいたかのような発言に凛火は内心で驚いた。本当に不思議な老人である。自分の中では人では無いという結論で片付けたが、それも所詮推測にすぎない。
「それで、今日はどうして来た?」
そう問いかければ、老人はわざとらしく身を震えさせる。
「ほほ、寒さが身にしみるので暖を取りに来たではいけませんか?」
「いけなくはないが、もう夏だぞ」
「いやいや、私は今まで熱い場所にずっと居ましたから、寒いくらいですよ。まあ、心が寒いせいかもしれませんがね、何しろこの歳まで独り身ですから温もりが恋しいのです」
寂しそうの表情を浮かべ、焚火に手を当てている姿に祥子が憂いの表情を浮かべ、涙まで見せる。
「祥子は知っています、孤独な老人、ニュースとかで特集されると見ていて涙が出ます」
「祥子殿は優しいですな、それでは」
「揉ませませんよ、それとこれとは別なのです」
悪即斬、憂いを見せていた祥子が鋭く睨めば、老人は違うと首を横に振る。
「ほほ、今回は私の得意な占いをして差し上げましょう」
老人は立派な白ひげを摘まむと抜いた。
「私の開発した髭占いは良く当たるのですよ」
抜き取ったひげをマジマジと見つめると夜空へと飛ばした。占い終えたらしい。
「出ましたぞ、祥子殿の凄い近くに将来を約束された男性が見えますな。渋めのカッコイイ初老男性で、ちょっとお茶目な優しい方です。ラッキーアクションはその男性におっぱいを揉ませると金運アップに繋がると出ました。ラッキーアイテムと色は燃える炎の様な真っ赤なブラジャーを身に付けると、その男性は興奮します。ホルスタインの様に」
と、言いながらスーツの裏ポケットから紅いブラジャーを取り出して祥子に差し出した。
祥子は笑いながらその手にあるブラジャーを焚火に投げ捨てる。真っ赤なブラジャーはすぐに灰になった。
「凛火、祥子がこのクソ老人真っ盛りを警察へ引き渡しに行ってきます」
「ひいい、真っ盛りではなく初老なのに。変ですな、この手で女性はいつも落ちるのですが」
「警察の尋問にだろ?」
凛火のツッコミに老人は舌を出して片眼をパチパチさせる。軽く殺意が芽生えた。
「ほほ、さて、凛火殿もついでに占ったのですが聞きますか?」
「これ以上聞くと、芽生えた気持ちが本能の赴くまま行動に移しそうな気がするから遠慮する」
「そう言わないで……ふむ、あなたはこの夏、苦手な者と再会を果たします。ですが逃げてはなりません、きっと、あなたに答えを教えてくれる。そしてその答えは自身が最後の真実にぶつかった時に必ず役に立つはず………こんな感じですかね」
老人は占い終えると焚火の中に手を突っ込んだ。すると何故か灰になったはずの紅いブラジャーを取り出して裏ポケットに仕舞いこんだ。老人の手に火傷はない。
「人外であることを隠す気もなくなったか、変態老人」
「てへぺろ」
「良いだろう、どのくらい人外か試してやる」
指先から白い炎ではなく小さな赤い炎を具現化させて放つも、老人はひょいっと避けてそのまま逃げ出した。
「老人とは思えない動きだな、何者なんだ」
その素早い動作と退却に凛火は畏怖にも似た感情を抱き、祥子はあからさまな舌打ちする。
「何で凛火には真っ当そうな占いをして行くんですか、腹が立ちます」
「苦手な者、か」
静かに考え込む凛火と対照的に祥子は苛立ちを解消するかのように焚火に薪を放り込んでいく。炎の勢いは増して空に向かって伸びていった。
炎、凛火は一人の人物が頭に過った。
もう一人、あの時に関わった人物。無意識に会う事を拒絶していた人物。
老人の言葉通り、その日は急にやって来た。夏休みに入ってから数日が立ったある日の午後、凛火とヒノ、急に遊びに来た璃雨は、境内で水撒きと称した水遊びをしていた。
「璃雨兄ちゃん、覚悟!」
バケツに入った水の中から補充満タン状態の水鉄砲を取りだし、璃雨に向けて発射した。
「甘いな、ヒノ。分かりきった弾道じゃ俺様の玉は取れないぜ」
何処から持ち出したのか、背中から鍋のフタを取りだすと、向かってくる水を巧みに防いでいく。ヒノの攻撃が弱まると、今度は攻勢に出る、バケツに柄杓を突っ込み振り上げると、勢いよく水をばら撒いた。
「拡散水しぶき、避けられるものなら避けてみやがれ!」
たくさんの水しぶきがヒノだけを狙って飛び交う、避けるのかなりの困難だ。しかし、ヒノに当たる寸前に水粒は蒸発していった。それを見た璃雨は柄杓を置いてヒノに詰め寄る。
「ずるいぞ、ヒノ。力を使ったな!」
「璃雨兄ちゃんだって使った!!」
「やってねぇよ!」
「嘘だ! 僕を狙って飛んで行くように水を操ったもん」
二人は顔付け合いケンカに発展しそうな勢いだった。しかし、文明が造り出した凄い兵器、ホースを持った凛火はそんな二人の顔面に容赦ない水撃を加えた。
「お前達、遊びに力を使うなら私のホースから出る水が黙っちゃいないぞ?」
「ふぎゃあ、至近距離は反則だ、半端ない水圧なんだぞ!!」
「ひどいよ、凛ママ。服がビショビショだ」
「ふん、服が濡れるのが怖いなら最初から水遊びなんかするな」
フッと不敵に笑う凛火の姿に腹の立った二人は攻勢に出た。左右に分かれ、ホースの水が届かないギリギリの場所に陣を構えると対峙する。
「そんな所からでお前達の武器が私に当たると思うのか?」
ヒノと璃雨は互いに頷き合い、凛火に向けて駆け出した。
「突貫? 血迷ったか、左右に分かれて撹乱したつもりだろうが私のホース捌きをなめるな」
蛇口を全開にひねると両手でホースを握りしめ、鞭のように水を左右交互に振り撒いた。
蛇のようにうねりを上げた水の筋は的確に二人を捉える。ところが、璃雨を捉えていた水の筋は急激な方向転換でヒノを捉えた水の筋とぶつかり相殺する。
「操ったな、璃雨」
「ふっ、ボウヤだからさ、俺様達が、な!!」
「凛ママ、脇腹が空いてるよ、何やってんの」
水鉄砲による局所的な攻撃と、柄杓から放たれた拡散的な水しぶきに、服と全身、そして頬を涙で濡らした。
完敗だ。勝利に酔いしれ、嘲笑う、ヒノと璃雨を目の前にして凛火はこう呟いた。
「敢えて言おう、クソガキ共であると」
こうして境内水撒き小戦は大いに遊んで満足した二人の大笑いで幕を閉じたのだったが。
「あら閉じちゃうの? もう少し早く着いたら私達も混ぜてもらえたのに残念ね」
石段を登りきった場所に女性と子供の姿があった。
美しい着物を優雅に着こなし、流火に似た綺麗な女性がヒノぐらいの男の子を連れて三人の前まで歩いて来る。当然ヒノと璃雨は参拝客かと思ったが凛火だけは全身を強張らせた。
予想していなければ逃げ出したいと即座に思っていただろう。
美代の母親にして凛火の叔母、吉田玲炎の登場である。