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終わりのない苦しみ 息子と少年  迫る危機

 夕暮れの海岸線を三人の少女が歩いていた。真ん中の子は両脇にいる子よりお姉さんに見える。手を繋いで横一列で並んで楽しそうに笑っていた。


海を見せたかった、綺麗な貝殻を探してあげたかった、両脇にいる小さな女の子達を楽しませてあげたかった、そんな想いで少し大きい少女は二人を海へと誘ったのだ。


 信号待ちをしていた少女達、右手を繋いでいた少女は早く海が見たいのかソワソワしている。


青になったのを確認すると一目散に駆け出した、手を繋いでいたのでつられて真ん中の少女も走りだした、引っ張られる形で左手を繋いでいた少女も動き出す。短い横断歩道、でも小さい頃はとても長い距離に感じる。


真ん中の少女が歩道のちょうど真ん中に差し掛かった頃、目の前が真っ暗になったかと思うと大きな砂時計が現れた。中の砂はもの凄い速さで下に堕ちて行く。


そしてすべてが堕ちた時、凛火の心も堕ちてガラスが割れる様に粉々となった。












 病室のベッドで眠る、凛火を見ながら麻炎は言う。


「二日間の昏睡状態の後、目覚めた凛火は心を閉ざしていたんじゃよ。母親の流火は凛火を精神科に通わせて少しずつ心を取り戻させようと努力し、その結果、今の状態にやっと戻ったのじゃ。今でこそ薬に頼らずに済んではおったが当時は薬を飲まなきゃ眠る事さえ叶わんかった。それだけ辛い経験をしたという事じゃな」


 備え付けの椅子に麻炎が座り、見舞いに来た祥子、霧雨は折り畳み式の椅子に座っていた。


「俺が留学してからすぐの出来事だったのですね」


 言って、膝に置いた拳を握りしめ、悔しそうにベッドで寝ている凛火を見つめる。


麻炎は話を続ける。


「あの頃、祥子ちゃんと出会ったのじゃな。わしは感謝しておるよ。祥子ちゃんと出会って無ければ凛火は今も精神科に通っていた」


 祥子は微笑むとペコリと頭を下げた。


麻炎は祥子の膝に乗せている大きなバッグが気になるも敢えて何も言わなかった。


「あれは事故じゃ、決して凛火のせいではない。むしろ自分が助かった事に喜ぶべきなんじゃ。そして美代(みよ)が死んだのはどうしようも無かった」


「美代ちゃんは確か麻炎殿のお孫さんでしたね?」


 乃神にすべてを捧げる意味も込めて長系巫女は名前に火を、後系巫女は炎をつける。しかし、火野中家から出た娘は乃神との理から外され、嫁ぐ事が可能になる。もちろん娘の名前を自由に決められ、男の子も生まれる。


麻炎は霧雨の問いに頷いた。流火の妹、吉田(よしだ)玲炎(れいえん)の娘だ。


「即死じゃった。わしとて目を逸らすほどの姿に変わり果てておったわ」


 麻炎は何気なく病室の窓を覗いた、辺りはすっかり暗くなっていた。


「今日はもう遅い、家族が心配するから今日は帰りなさい。わしも一端帰って泊まるための用意をしなければならんのでな、途中までタクシーで送ろう」


「また明日伺います」


 霧雨が席を立とうとした時、今まで黙っていた祥子が口を開いた。


「麻炎さん、お願いがあります。どうか今日、祥子をここに泊らせて下さい」


 麻炎に決意を込めた視線を送ると言葉を続けた。


「凛火が起きた時、二人だけで話したい事があります。凛火の為に何を話すかは言えません。家族を前にして指しでがましい事は重々承知しています。ですが、どうか、どうかお願いします」


 バッグを抱える腕が震えている。


「そのバッグの中身、入院に必要な一色を揃えておるのじゃな?」


 祥子は頷いた。麻炎は霧雨を連れて病室の扉まで行くと言葉を発した。


「幸い空きベッドがある、好きにするがいい。ここの院長とは知り合いじゃから言っておこう。わしは明日、ゆっくりと朝飯を食べてから来るとする、それで良いか?」


「あ、ありがとうございます」


「凛火は本当に良き友と出会ったのじゃな。お礼を言うのはこっちじゃ、ありがとう。凛火もきっとすぐに起きるじゃろう」


 二人が病室から出たのを確認すると眠っている凛火に視線を合わせた。


「起きているのでしょう。麻炎さんも気づいていたですよ」


 凛火はゆっくりと目を開けると俗にいう魚が死んだような目で祥子を見上げた。


「その視線、出会った頃を思い出しますね。小学生の時でした、クラスであなたは人と距離を置いて、楽しい学校生活を台無しにしてくれる無粋な子だと思って正直嫌いでしたよ。理由を知っていればそんな風には………いえ、思いましたけどね」


 祥子は苦笑する。こんな時でも自分を変えられない。口に出すのは真実だけだ。


「…私もお前が嫌いだった。笑わない私にお前は笑えと命令して、拒否したら口に手を突っ込んで来た。一瞬、殺意が芽生えた」


 祥子は思い出す。あの頃、凛火は本気で私を嫌悪していた。それはもう、普段図太いと自負する自分の心を傷つけられるくらい。


「そうですね、死んだような目で睨んできましたですね。死んだような人に殺意を芽生えさせる祥子も凄いですけどね」


 それでも祥子は凛火と関わった。関わり続けた。半ば意地になっていたのかもしれない。凛火を絶対に笑わせようと、きっと笑った顔は素敵なのだと、初めて出会った日、それを見たいと思ってしまった自分本位の欲求が祥子を突き動かしていた。


 すべては自分のためだった。そしてそれが良かったのかもしれない。


「でも、少しずつ会話とは言えないけれど、言葉を交わしました」


 消しゴム貸してくださいなと、祥子が言えば、嫌だと、凛火が返す。

今日は天気が良いですねと、祥子が言えば、雨になればいいと、凛火が返す。


教科書を一緒に見せてくださいなと、祥子が言うと、五分、五十円と、凛火が返して、あこぎな商売ですね、と更に返す。


「今考えると、お互い意地の張り合いでしたね。そしてある雨の日、傘を持っていた祥子は傘を持っていなかった凛火に聞きましたよ、一緒に帰りましょうと、凛火はなんて答えてくれましたっけ?」


 静かな問いかけが病室に落ちると、病室は静寂に包まれた。


どくらい互いが沈黙していたのだろう。時間にして数分後かもしれない。


 凛火の瞳に僅かな光が戻る。


「…うんと答えた」


 そう呟いて、沈黙を終わらせた。


「そう、その一言だけでしたが、祥子はとても嬉しかったのですよ」


 祥子はクスッと笑った。凛火も弱弱しく笑みを浮かべた。


「話していないのですね、麻炎さんにも、流火さんにも。祥子だけが本当の痛みを知っている。偽善に聞こえるかもしれないですけど、凛火の痛みを分かち合えて本当に嬉しかった」


 凛火はベッドから起き上がると祥子の方を向いた。


「お前は偽善なんか持ち合わせてなんかいない。すべてが自分本位だからこそ、当時の私はお前を受け入れたんだ」


 当時の凛火にとって優しい言葉は苦痛だった。その相手が本当の善意で言ってくれていたとしても関係ない。すべてが偽善に聞こえて仕方がなかった。その中で祥子は異様だった。グイグイと自分本位で凛火に近づいては求め、相手のことはお構いなしに己の欲求に忠実だった。その強さに多少引いてしまったが、決して苦痛ではなかった。


「そして今度も私を己の欲求に従い構うのだろう?」


「当然です、祥子は凛火の幸せを願っていますし、その為には手段を選びません。もちろん、凛火の拒否も知ったことではありませんから」


 祥子の欲求の中に凛火の幸せがある。なんて究極のお人よしだろうか。今の凛火にはそれが理解できるからあの当時の真実を話せたのだ。


「祥子は私を抱き寄せるとただ黙って一緒に泣いてくれた、考えられないくらい痛みが和らいだよ。感謝しても足りないくらいだ」


 祥子はそれを聞くと一筋の涙を流して凛火を抱きしめた。


「ですが、今度は黙らないですよ。教えてください、凛火、ヒノちゃんは嫌いですか?」


 祥子の胸に擦りつけるように頭を横に振った。


「そうですよね、凛火の息子ですもんね、美代ちゃんじゃないです。分かっているのですよね、でも、あの年頃の子を見ると思いだすから言ってしまった?」


 その場に居なかったのであくまで想像だが言った言葉は何となく分かっていた。凛火は首を縦に振った。


「だから薬を大量に含んだ。過去の事に対してではなく、ヒノちゃんに辛い言葉を吐いて悲しませたから、そうですよね?」


 全身で分かる凛火の震えは絶頂を迎えていた。


それが答えだった。


「凛火、立ち向かう時が来たようです。明日、果炎ちゃんにヒノちゃんを連れて来てもらいましょう、そしてすべてを話しましょう。大丈夫、一緒にいますから」


 小さく首を縦に振る姿を確認する。


凛火も覚悟を決めたのならば祥子が出来るのは横にいてあげるだけだ。


祥子はパジャマに着替えると凛火の横に潜りこむ。


「久しぶりに一緒のベッドで寝ましょう。文句は後で受け付けますからね」


 祥子は寝像が悪い。どれだけ悪いかと言うと、一度、凛火を全治三日にさせたぐらい酷い。


「……覚悟はしている」


 その覚悟が寝像の事なのか、明日の出来事に対してなのか、祥子は聞かなかった。


祥子は手探りで凛火の手を探した、そっと手を差し出すとしっかりと繋いだ。


寝像が悪くてもこの手だけは離さないと凛火は思った。


 消灯時間が来て明かりが消えると、二人は小さな寝息を立てるのだった。




 次の日の朝、麻炎はゆっくりとした朝食を済ませ、病院に向かった。


その直後、住居の方で電話が鳴り響く。それに出た流火は祥子からの頼みを快く引き受け、果炎にヒノを病院へ連れて行くようお願いした。


 最初は渋っていた果炎だが、前日からろくにご飯を口にせず、消沈な表情を浮かべて外を見つめるヒノの姿が頭を過り、仕方なく承諾することにした。


タクシーを使う様にと流火に言われたが病室に行きたくない果炎としては少しでも遅らせたい一心で拒否すると徒歩で向かう事にした。


 果炎の後を追う形で付いてくるヒノは何処に行くか聞かされていない。流火がヒノをびっくりさせようとして良い所としか言っていないのだ。しかし、前を歩く果炎をヒノは不安に感じてしまう。ヒノは赤ん坊の時の記憶が鮮明に残っている、果炎が母親である凛火に対して、露骨に嫌な顔をする様を憶えていた。だから、果炎を好きにはなれないし、信用も出来ない。けれど、自分は言葉を話せる。母親の事を聞いてみようと思った。


 息を整えて、前を歩く果炎に語りかけた。


「果炎…叔母さん」


 前を歩く果炎は立ち止ると振り向き様ヒノを睨みつけた。最初の突破口が見事に崩れ落ちた、かのように見えたが果炎は無表情に戻ると口を開いた。


「そうか、姉さんの息子だから私は叔母になるのね。それで、なに?」


「凛ママの事が嫌いですか?」


「君は好き?」


 ヒノが質問を質問で返され困惑していると果炎が次いで質問した。


「姉さん、あなたに消えてくれって言ったでしょう? おぞましい者でも見るような眼で見たでしょう? で、最後は目を逸らされて、ごめんとか言って拒絶されたでしょう?」


 その場に居て見ていたかのように当てられ言葉が出ない。


ヒノが涙を浮かべ黙ってしまうと、先ほど最初に言った質問を口にした。


「それでも、君は姉さんが好き?」


 時間にして数分の沈黙の後、ヒノは首を縦に振った、言葉で出せるほどの気持ちは残念ながら持てなかった。


「さっきの質問だけど、あなたと同じような事をされて嫌いになったわ」


 そう言ってヒノに背を向けると歩き出した。


「祥子さんが姉さんのいる病院に君を連れて来いと言っているけど私は行きたくないの」


 赤信号で止まると背を向けたまま、そう語った。


「でも、君の消沈した姿が昔の私にそっくりで嫌だった。だから連れて行くわ。あなたを―」


 振り向くと、ヒノの姿が無い。


「あれ、消えた」


 無表情だった顔が見る見る青ざめ出す。人神の子とは言え幼い子を放り出したら、いくら姉さんが嫌いでも、良心の呵責に耐えられない。まして、巫女として乃神候補を見捨てるなどあっては末代までの恥、つうか、麻炎に長刀で殺される。


そんな末路はごめんだと身震いして果炎は広い町を当ても無くさ迷い探し続ける事となった。














 一方、果炎が必死で探し始めた頃、ヒノは病院までの道を知らずに闇雲に走っていた。連れて行く気が無いと果炎に言われ、一人で行くしかないと咄嗟に駆け出していた。まさか、その後に連れて行くという言葉が続いていたとは当然知る由もない。


 信号待ちで立ち止ると、会いたい気持ちと同時に拒絶される恐怖が顔を出す。


自分の存在が凛火を悲しませるなら言葉通り消えた方が良いのではと考えてしまう。ヒノにとっては自身より凛火が一番なのだ。


(僕が生まれて大きくならなければ辛い想いをさせないで済んだのに)


ヒノの目からポロポロと涙が零れ落ちる。


(それでも一緒にいたい、共に過ごしたいと思う僕はきっと悪い子だ、だから凛ママは嫌いになって息子とは思ってもらえなくなった)


 潤んだ視界で信号を見ると、青が点滅している。急いで駆け出そうと足を踏み出したその瞬間、後ろに勢いよく引っ張られた。


 尻もちを付いた形で見上げると、ランドセルを背負った藍色の髪をした少年が睨んでいた。


「お前、母ちゃんに教わらなかったのか、点滅している時は横断しちゃ駄目なんだぞ」


 表情とは裏腹に優しく手を伸ばしてヒノを立ち上がらせる。


「やっぱり泣いてるな。お前の背中から悲しみが伝わってたぞ。迷子か?」


 少年はポケットから汚いハンカチを取り出すとヒノの頬を拭いた。酸っぱい匂いがして新手の嫌がらせかとヒノは思ったものの、何故か行為に対しての不快感は抱かなかった。


「臭いハンカチで拭いてくれてありがとう」


「良いってことよ、二日間洗ってないんだ」


 道理で臭いわけだ。


「洗えばいいじゃない」


「この匂いにするのに二日も掛ったのに洗えるか。俺様は匂いフェチだ、このカッコイイ顔を使って女の子にハンカチを使わせて放置させた匠な一品を」


 誇らしげに掲げる姿を見てヒノは思ったことを言う。


「良く分からないけど、分かったら駄目な気がする」


「お前なら分かってもらえると直感したから使わせたのに。幼すぎたか」


「気持ち悪いって事が分かった」


 ヒノはドン引きして汚物を見るような目で少年を見つめた。ところが、少年はその目を向けられても変わらない。


「これは痛い所を突かれたな。だが、その言い方、目つき、懐かしくて嫌いじゃないぜ?」


 思いっきり、ヒノの頭を撫でだした。


見ず知らずの少年にされているのに不快感が沸かない。それ以上に凛火とは違った安心感があってヒノは笑みを見せた。


「おし、ようやく笑顔を見せたな。じゃ、母ちゃんの所まで連れてってやる」


「分かるの?」


 ヒノは目を輝かせる。


「そりゃあ、分かる訳ないだろう」


 がっかりと、肩を落とす。一喜一憂の仕草に少年は苦笑すると手を差し出した。


「場所を言わなきゃ流石の俺様でもわからねぇって」


 そう言えば、と気づいたのか再び目を輝かせる。


「どっかの大きな病院だよ」


 ヒノは笑いながらその手を握る。ちょうど青信号に変わった歩道を二人は歩き出した。


「そっか、じゃあ、俺様と一緒か。俺も病院に見舞いに行くところだったんだよ。この町の大病院は一つだからな」


「その人は病気なの?」


「まあそうだな、でも、心の病気だろうな。会うと感じるのさ。俺様は凄いからそう言う力を持ってるんだろうな、人の痛みが分かるってやつ」


「凄いね、僕もそんな力があれば嫌われなかったのかな」


 笑顔が再び曇りだすと、少年はポケットからアメを取りだしてヒノの口に放り込んだ。初めて知る美味しさに晴れやかな笑顔に戻させる。


「大丈夫だって、お前の母ちゃんだろ、きっと美人で優しいよ、そんで、お前の事が大好きに決まってるよ、お前は優しいもん、嫌いになる訳ないぜ」


「そうかな?」


「きっと美人で優しくてお前が大好きで……どこか神秘的でSっ気が強かったら言う事無い」


 取り敢えず前半だけを心に刻んで残りは片耳から流すと、心が楽になった。


「ありがとう、お兄ちゃん。僕はヒノって言うの、お兄ちゃんの名前を聞いていい?」


「俺様か? 俺は()()だ、好きな女性のタイプは美人で神秘的で気が強くて、更にSっ気が強くて、それでも心に痛みを持っているから優しい女性が好きだ」


「そこまで聞いてないけど、璃雨兄ちゃんも心に痛みを持ってるから優しいんだね」


 一瞬だが璃雨は驚いた表情を見せ、ランドセルを降ろすとヒノの前でしゃがんだ。


「馬鹿だな、俺様は生まれた時から女の子に優しいぜ。その証拠にお前をおぶって連れて行ってやる」


「え、僕は女の子じゃないよ!」


 酷いと言わんばかりに声を上げれば、璃雨は違うと首を振る。


「俺様の優しさを女以外で感じさせてやるのはお前が初めてだってことだ。それによ、早くお母さんにも会えるから一石二鳥だろ?」


 意味合いが違う様な気もするが璃雨は至って真面目な表情だった。


 何度か押し問答の後、ヒノが折れる形となって背中に跨るとランドセル胸に掛け、璃雨は勢い良く駆けだした。


 確かに二人で歩くより早いが、疲れるのも早かった。案の定、十分も経たない内に足元がおぼつかなくなってきている。苦痛に満ちた声を発するたび、ヒノが降りると提案するも、ガンとして降ろさなかった。


 しかし、病院の目の前にある公園に差し掛かったとき、遂に力尽きてしまった。背中から降りたヒノが息も絶え絶えの璃雨を支えながら公園に入っていく。公園にあるベンチで休ませるつもりだ。


 ベンチに深々と座り荒い息使いをする璃雨の横でヒノは教科書をうちわ代わりにして扇ぐ。


「ここから病院が見えるから一人でも行けるだろ、だから置いていけ」


「出来ないよ、元気になるまでいる」


 首を振るヒノを見て口に端を上げる。


「お前、一人じゃ怖いんだろ?」


 教科書で扇ぐ力が急激に弱まった。図星である。


璃雨は呆れたように笑うとヒノの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「分かった、もう少し休んだら一緒にお前の母さんの病室まで行ってやるよ」


「ありがとう、璃雨兄ちゃ……」


 璃雨に対して笑いかけていた表情が強張る。


 ヒノはベンチから降りて、辺りを見回した。公園は何時の間にか霧に包まれ始めていた。


「なんだよ、感じた事もねえ力だ。すげえ、体が重い」


 この圧力を感じられる璃雨にヒノは驚きを見せる。


「この力を感じれるなんて璃雨兄ちゃんは凄いんだね」


「俺はお前に驚きだよ、この力を感じて平然としているんだから」


「ちょっと苦しいけど前よりは楽かな。でも」


 自分だけの力であのシュキに勝てるのか不安だった、凛ママが居てくれればと頭に過るも、すぐに隅に追いやった。


 小さな拳を力いっぱい握ると、濃い霧の先を見据えた。


 不敵に笑いながらゆっくりとシュキが近づいてくる、地面を這うように無数の黒い靄が現れ、ヒノと璃雨を囲むのだった。


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