2:幼なじみの言葉
「あーくそ、あいつらめ……」
楓は一人で小さく呟いた。
本当は大声で叫びだしたいところだが町中なのでそんなことはできない。
朱附には警察官が普通より多いのだ。
少しでも何かあったらすぐにすっ飛んでくる。
だから、面倒事は避けたいのである。
まぁそれ以前に楓にも羞恥心というものが備わっているので恥ずかしくてできないのだが。
「あー腹減ったなぁー」
お腹に手を当て周りを見渡す。
そういや、あっちの方に新しいパン屋ができたらしい。
教室で誰かが言っていた。
それを求めて足を前に出した。
「ほんっとマジで有り得ないよね!あいつら!ほんといきなりなに?って感じだったもん!」
「うわー確かにそれはないねー、残念残念。どんまいどんまい」
「……あんたさぁ話聞いてんのかよ」
「んー?聞いてないよー」
「…………てめぇ」
楓は目の前で笑っている同い年の少年を若干引き気味に見つめた。
「だっからさぁ!あいつらがさぁ!酷いんだってば!」
楓は声を荒げて叫んだ。
「どーしてだよ?」
こいつ、何にも聞いてねぇええええ。
こいつ───飯田春樹は私の幼なじみだ。
先程、新しいパン屋に入ったらこいつとばったり会ったのである。
飯田春樹はいい奴だ。
この朱附で悪い意味で有名になってしまった私を大抵の普通の子は避けたりするのだが、こいつはしない。
誰にでも優しくて面白い。
しかし、誰にでも欠点というものがあるのである。
こいつの欠点はそれはもう致命的だ。
やろうと思えばできるのにダルいと言ってやらないのだ。
それは──────。
「人の話を聞けっつーんだよ!!!」
人の話を全く聞かないのだ。
いや、聞くときは聞くのだ。
しかし、興味がないなら一切聞かない。
そういう奴なのである。
「あーごめんごめん。次はちゃんと聞くからさー」
私は今まで何度、彼のこの言葉を聞いてきたことだろう。
切実に、最初から聞いといてほしい。
二度も同じ話を言わなければならない、こちらの身にもなってみろ。
「まぁ、つまりお前は普通の女になるなって止めてほしかったんだよな」
全てをもう一度話し終えた楓に春樹は頭を掻きながら聞いた。
「……まぁそうなるのかな」
歯切れ悪くそう返す自分に春樹は再度口を開く。
「なるほど、もっと自分を必要としてほしかった訳だ。」
簡潔に春樹の口から出た言葉に唇を噛み締める。
違う、と言いたいが春樹の言葉は図星だった。
「……」
こうはっきり言われると悲しくなってしまう。
だって、自分は必要とされなかったと言われてるも同然だから。
「こう言うのは少し悪いと思うけどさ」
春樹は一呼吸おいて楓を見た。
「勝手に不良やめるって皆に言っといて、それでまた必要としてもらいたいってちょっとさ、 虫が良すぎるんじゃねーの?」
返す言葉がない、というのはこういうことをいうんだろう。
わかってた。
きっとわかってた。
無言で頷く自分を見て春樹は口を開いた。
「いやまぁ、あいつらだってさぁ不良なわけだし、まあそういうもんじゃねーの」
楓が傷つかないよう頑張って気をつかってるのがバレバレだ。
「……うん、やっぱそうだよな。わかってたよ。大丈夫、自分で決めたんだもん、普通になるって。」
楓は立ち上がって隣の椅子においておいた鞄を取って肩に掛ける。
「相談、乗ってくれてありがと。じゃあもう帰るわ。」
そう笑ってその場を後にする。
待って、と春樹の声が聞こえた気がしたが楓は足を止めなかった。




