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一人前の冒険者と職場恋愛

 ザラザラザラザラ。


「おお!」


 ザラザラザラ……ゴトン……ザラザラ……コトン。


「おおっ! おおお!」


 冒険者ギルドの買取所。

 シロウ君が逆さにした布袋から魔石がこぼれおちてくる。

 数もさることながら、ユーリはその中にひときわ大きな魔石を見つけて本当にびっくりした。

 中魔石と呼ばれる魔石だ。


 いや、買取所で働くユーリは今までに何度か極大魔石や稀魔石をみたこともある。

 馴染みのレンさんが持ってくる魔石にしても中魔石が多いのだ。

 だからその大きさに驚いたわけではない。

 中魔石はアルマリル大迷宮では十階層以上の階層に住まう魔物しか落とさない魔石なのだ。

 つまり、シロウ君はついに一人前の冒険者と駆け出しの冒険者を分ける階層だといわれる十階層に到達したのだろう。


「……やりましたねシロウさん。ついに十階層ですか」


 お世辞でもなんでもなく、そうシロウ君を賞賛する。

 ユーリが冒険者ギルドの買取所で働くようになって結構たつが、この階層に行き着くまでに命を落としたり、深手を負って廃業する冒険者は数多く見てきた。

 十階層の冒険者とそれ以下の階層の冒険者は天と地、月とすっぽん。処女とヤリマンほども違う。

 言っちゃ悪いが、ユーリはシロウ君が九階層を超えられるとは全然想像していなかったのだ。


「あっ! 分かりますか?」


 何気ない風を装ってはいるが、シロウ君もいささか自慢げだ。


「そりゃ中型の魔石がありますからね。九階層を超えれば稼ぎも結構変わりますからお店も早くもてそうじゃないですか」

「ええ、そうなんですよ」

 

 そう嬉しそうに話すシロウ君。


「ドマさんと相談したんですけど、このまま下層に潜り続けても、お金をためるのに時間がかかりますからね。ちょっと危険かもしれないけど十階層以上でお金を稼いでいこうって決めたんです」

「でも二人だときついでしょ? 低階層でしたらともかく、十階層以上は普通は三人で潜ると聞いていますけど……」

「いえ、ドマさんの知りあいの冒険者でソロの人が何人かいるので、その方たちと一緒に潜っているんです。本当は人形があれば一番いいんですけど、アレ高いですからね」


 ほーそれはなかなか思い切ったわねえ。

 慎重そうなシロウ君の決断に驚きながらも魔石の鑑定をするユーリ。

 いつもの倍以上の金額を受け取ったカードに入力する。

 まあ、あのドマがシロウ君を危険な目に合わせることは無いと思うから、ドマからみてもシロウ君は十分十階層に潜れると判断したんだろう。

 思えばシロウ君も一端の男とゆーヤツになったものだ。


「でも、本当に気をつけてくださいよ。シロウさんやドマと会えなくなるのは寂しいですからね」


 ドマがついているからそう無茶はしないだろうけれど……。

 そう思いながらも、入金を終えたカードをシロウ君に返しつつガラでもない忠告をするユーリ。

 十階層では九階層と比べて格段に魔物の強さが上がるときいている。

 一度に遭遇する魔物の数も随分と増えるらしい。

 さらにだ。冒険者達から【迷宮の守護者】とよばれる強力な魔物まで徘徊しているというではないか。

 そういったわけで九階層から十階層に挑戦する時、これが冒険者が2番目に死にやすい時期なのだ。


 因みに最も死にやすいのは一階層だ。それも初めて挑戦する時が最もあぶない。

 嘘かホントか真偽のほどは分からないが、極秘裏に冒険者ギルドが行なった調査では、冒険者になって一年未満の者の死亡率が5割を超えていたとか。

 恐ろしいほどのブラックぶりである。

 まっ、食い詰めて冒険者になるものは多いから問題ないといえば問題ないのだが。


「はい心得てます。僕もユーリさんに会えなくなるのは寂しいですから、頑張って生きて帰るようにしますね」


 にっこりと笑顔を浮かべてそんなことを言うシロウ君に、不覚にもキュンと高鳴るユーリの胸。

 なるほど……。これでドマは堕ちたのね……。

 と、妙に納得する。

 ユーリはずっとドマほどしっかりと自立したヤツが、シロウ君のように今ひとつ頼りない男の子にベタぼれなのが不思議で仕方がなかったのだ。

 

 しかし、年上趣味のユーリでさえ思わず動揺したのだ。

 年下趣味……ショタっぽい趣味の女性であれば一撃必殺だろう。


「それでは、ドマさんが待ってますので失礼します。換金ありがとうございました」


 そうユーリに頭を下げ、嬉しそうに走ってドマの元に向かうシロウ君を見ながらユーリはこっそりと考えるのだ。シロウ君ってば冒険者なんかより、どこかの金持ちのヒモの方が稼げるんじゃないかしらね? と。余計なお世話ではある。



 ☆★



「先輩、先輩」


 勤務時間の終わり間際。

 あがりが遅くなるから、換金に冒険者が来ません様に!

 と真摯な祈りをささげていたユーリの背後からそんな声がかかる。


「あら。ククルじゃない何か用?」

「はい。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、時間ありますか?」

「今勤務中だから時間はあるけど……。でももう少しであがりだから手短にね」

「……いつも思うんですけど先輩って、もう少し真面目に人生を生きましょうよ。普通逆だと思うんですよね」


 疲れたようにそういったククルはちょっとユーリの耳元に口をよせた。


「まあ、それはこの際おいといて。ちょっと確かめたいことがあって……あの……」

「あっ! ククルが机の中に隠してた蜂蜜酒を黙って飲んだのは本当に反省してるわ。夜番の時にククルの机をあさってたら偶然見つけたものだから」

「……あんたか犯人は! というより人の机をあさらないでください! いえ、そうじゃなくて……蜂蜜酒のお金は払ってもらいますけど……シロウちゃんが十階層まで潜ったって本当ですか?」

「ええ。中魔石を換金したのは私だから間違いないわね」


 しまった別件だったか。

 などとちょっと後悔をしながら肯定するユーリ。


「へーやっぱり本当だったんだ……となると、そろそろですかね」


 そういって肉食獣のような目をするククル。

 チロッと出てきた舌が唇を妖しく舐める。


「なにがそろそろなのよ?」

「いえ、そろそろ食べごろかなーと。十階層まで潜れる冒険者なら稼ぎもそこそこいいじゃないですか。シロウちゃん可愛いですし、以前から目をつけていたんですよね」


 シレっとそんなことを言う後輩。

 ここにもショタコンがいたらしい。


「あんたねえ……。シロウ君にだって好みはあると思うわよ?」

「それは大丈夫です。シロウちゃんと話すときはいつも笑顔で話すようにしてますし、魔石の換金の時にさりげなく手を握ったり……とコツコツといままで地道にアピールしてきていますから」

「……本気で地道なことしてるのね。でもシロウ君ってば鈍感だし気がついてないんじゃないかしらね?」

「そこは織り込み済みですよ。まっ、いざとなったら人気のないところで強引に迫ろうかなーと。シロウちゃんって押しに弱いですから。既成事実さえ作ってしまえば後はどうとでもなります。それにほら、私はまだお肌ピチピチですからね。曲がり角の先輩と違って」

「……」


 アグレッシブなククルにある意味尊敬の念を持ちながら、それでもユーリはシロウ君とドマの為に釘を押さすことにした。

 曲がり角の先輩にも友達はいるし友情もあるのだ。


「まっピチピチのククルには残念だけど……もうドマとくっ付いているわよ?」

「ええっ!? まさか! ドマさんってば男嫌いじゃなかったですか? 先輩と出来てるって噂を聞きましたけど」

「本当だってば。てゆーかその噂はどこで流れてるのよ」

「いえ、噂を流したのは私なんですけど。……しまったなー。もう少し早く食べちゃえばよかったなあ……」


 とんでもないことを自白しながら、心のそこから残念がるククル。

 まあ、冒険者ギルドの職員だと勤務時間が普通の人と違うから中々出会いというものがない。

 稼ぎが良くて、人柄と顔が良い冒険者は確かにねらい目ではあるのだ。ギルドがそういったことを特別禁止しているわけでもないので、冒険者とくっつく女性職員は毎年そこそこいる。

 ここだけの話。あのレンさんだって腕利きの冒険者ということで女性職員には人気があったりするのだ。顔は今一だけど、粗暴じゃない上に稼ぎがいいからだ。

 

「まあ、早い者勝ちだしね。あきらめなさいな」

「いえ、諦めたらそこで終了です。略奪愛というのも……」

「ククル。私とドマは友達よ? そんなことしたらククルちゃんが禿げるぐらいいじめたおすわよ?」

「……や、やだなあ冗談ですよ。冗談」


 ククルが慌ててパタパタと手をふる。

 ユーリが本気で言っていることに気がついたのだ。


「だよね。……ところでククル。さっき言ってたお肌が曲がり角の先輩って……もしかして私のことなのかしら?」

「い、いえいえいえ。実はそこの曲がり角でオーダハン先輩に出会ったって言ったんですよ」


 引きつった表情でブルブルと首をふるククル。

 上目遣いにユーリをみながら媚びた表情を浮かべた。


「……あの、関係ないですけど蜂蜜酒の代金はいりませんから。お世話になっている先輩から代金なんて受け取れませんよ」

「あら? 悪いわねククルちゃん」

「いえいえお気になさらず。あの、もう失礼してもいいですか?」

「ええ、いいわよ。でも分かってるわね?」

「……はい」


 そう言って逃げるように、というか実際に逃げていくククル。

 かくして悪は滅びユーリは酒代が浮くという結末になったのである。


「間に合ったか……。おうユウリ。換金頼むわ」


 随分と長い間潜っていたのか、くたくたに疲れた様子でカウンターの前に立ったレンさんの声を聞きながら、友達の恋人を守ったという満足感に浸る。

 そして、定時になったのを確認したユーリは換金所の窓口をピシャっとしめた。


「……てめえ。馴染みの冒険者にはちょっとぐらい残業しろよ。おいこら開けろ。おりゃ疲れてんだから次に開くまで待ちたくねーんだ」


 そんな声と共にドンドンと乱暴に叩かれる窓口を一顧だにせず、ユーリは荷物をまとめてギルドを後にした。 

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