ユーリのお給料とマジックアイテム
世界には真理というものがある。
揺らぐことのない世界を形作る最も根源的なものだ。
女性というのは例外なく宝石が好きである。
ユーリは女性である。
必然的にユーリは宝石が好きなのである。
完全無欠の真理である。
そんなわけで、アルマリルの街で最も大きなランディのお店の2階、その装飾品売り場にユーリは来ていた。
今日は久しぶりの休日なので、冷やかしに来ているのだ。
とはいえ、冒険者ギルドのお給料はさほど高くはないから、ユーリはもっぱら安ピカ物を中心に見て回る。
下手に本物を見るとそいつが「おお! 美しいユーリさん。私を買ってください。私は貴方に買われる為に生まれてきたのです」
と懇願してくることがあるからだ。
以前10回ローンで宝石を購入して危うく破産しかけたユーリは慎重なのだ。
一月の間、小麦粉と塩だけの生活は、ダイエットには非常に効果的ではあったのだけれど。
「あら? このネックレスはちょっと良いかも? 前に買った服に似合いそうなんだけど……」
一人暮らしの悲しさ。
すっかり独り言の多くなったユーリがそんなことを呟く。
ちょっと迷いはしたものの、その安ピカ物のネックレスの値段を店員に確認しようとした時、ユーリの目の端に知り合いの姿が映った。
まるで鶏小屋に入れられた兎のようにオドオドしている男の子。シロウ君だ。
(あらら。シロウ君なんでこんなところに居るのかしらね?)
当たり前の話だが、装飾品売り場は女性客が多い。
男性客はシロウ君を除けばほんの数人だ。その数人も恋人らしい女性連ればかり。
シロウ君は女子高にたった一人だけ居る男子生徒のような、そんな気後れをしているようだ。
童貞ならば至極普通の反応だろう。
と、そんなシロウ君にカモが来たとばかりにハイエナのように近づいていく一人の女性店員。
(シロウ君は押しに弱そうだから変なものを買わされないといいんだけど。まあ、このお店なら二束三文のものを売りつけられるってこともないかしら?)
そうは思うものの知り合いがカモられるのを見捨てるのも気が引ける。
それにユーリはシロウ君のことがけっして嫌いではない。
ラブはないけどライクはある。
仕方なく声をかけることにした。
「やっシロウさんじゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」
ユーリの言葉にちょっと肩を震わせるシロウ。
近くまで来ていた店員は当てが外れたのか、残念そうな表情を浮かべ、シロウをスルーして違うお客の元に向かっていった。
「あれ? ユーリさん。今日はお休みなんですか?」
そういいながらほっとした様子をみせるシロウ。
子犬のような無邪気な表情はただでさえ幼顔のシロウをさらに幼く見せていた。
正直その手の趣味の女性ならお持ち帰りしたいほどかわいらしい。
まっ、ユーリは年上が好みなのでどーということもないのだが。もしかするとドマはそんな趣味なのかしらねと失礼なことを考える。
「そうなんですよー。かれこれ10日ぶりのお休みなんですよね。っと、そんなことよりも。珍しいじゃないですか。なんでシロウさんがこんなところに? ドマも一緒なんですか?」
「あっ、いえ。ドマさんはこういうところあまり好きじゃないみたいで」
「それじゃあどうして?」
シロウはなんだかちょっと言い難そうな様子だ。
なぜか顔を赤くしている。
(これは! 凄く面白い話が聞ける予感!)
ユーリのセブンセンシズがそうささやく。
声をかけたかいがあったというものだ。
「いや、ちょっと」
「ちょっと……なんですか?」
「あの、指輪を一つ買おうかなと」
「指輪ですか? でも冒険に役に立つ指輪は付与師が魔力を入れてるから凄く高いんじゃないですか? 迷宮で一山当てたんですかあ?」
付与師とは魔力を物にふきこむ魔法使いだ。
エンチャンタラーとかなんとか正式には言うらしい。
家事に欠かせない高熱を発する炎石や食料品の保存に便利な氷石。さらには光をともす光石。これらはすべて付与師が作り上げたマジックアイテムなのだ。
当然、冒険者の装備にも付与師が魔力を注いだ装備が存在する。
剣に魔力を注げば、その剣は非常に硬くなり破損し難くなる。例え欠けても少々であれば自己修復までするというはなしだ。
もっとも付与師の数はかなり少ないらしく、その為マジックアイテムは例外なくかなり高額な商品なのだが……。到底シロウ君に購入できる代物ではない。
なにしろこの国で一番おおきな冒険者ギルドであるこの町のギルドにすら、付与師は数人しか所属していない。
同じ冒険者ギルドの職員とはいえ、下っ端も下っ端。居ても居なくてもたいして問題がないようなユーリは彼らにあったことはないのだが、噂によるとユーリの何倍ものお給料で雇われているそうだ。
「いえ、そういうんじゃないんですけど……」
「ふむ。もしかしてドマにプレゼントとか?」
「……」
ビンゴ。
二人の仲はそこまで進んでいたらしい。
「そうなんですね。それではドマの親友として私も協力しないわけにはいかないですね」
「えっ! いや、別にそんな……」
「まー良いですから。親友のため私も一肌脱ぎますよ。で、予算はおいくらですか?」
「ですから別にだいじょ……」
「いくらなんですか?」
「…………1万ヘルです」
なぜかすべてを諦めたかのような表情を浮かべるシロウ。
1万ヘルといえばユーリのお給料の半月分。
駆け出し冒険者のシロウ君にとっても2回か3回迷宮に潜らなければ稼げないお金だろう。
普通の冒険者は週に1回潜る程度だから、けっして安くはない金額だ。
「1万ヘル!? これはまた凄い奮発しますね。大丈夫なんですか? ドマからお店を持つから貯金しているとお聞きしましたけど?」
「あっ、その節は試食ありがとうございました。まあ、正直凄く厳しいですけど……。明日からちょっと深い階層で頑張ろうと思うから……」
「……ねえシロウさん」
「はい。なんでしょうか?」
「やったのね?」
「あの、何をでしょうか?」
「ナニをよ!」
おっさんである。
「……」
「それで……責任を取るために指輪でもということですか」
「こ、心が読めるんですか? ユーリさん」
「いえいえ論理的な思考。そして推考です。昨日酒場でドマが妙に椅子に座りたがらなかったですからね。やっぱり初めてだったんですねえドマ。シロウさんも初めてでしょうし……ちゃんと上手くできました?」
「……」
どう考えても余計なお世話なユーリの言葉に耳まで真っ赤になりうつむくシロウ。
どうやらあまり上手くはいかなかったらしい。
「じゃあシロウさん。お店を変えましょうか? 詳しい話は指輪を買ってからしましょう」
「お店を変える? っていうか……詳しい話をするんですか?」
「はい。ドマは私の親友ですから。さっシロウさん。このお店はちょっと値段が高いですからね。品揃えはここよりも劣りますけど、もっと安いお店にしましょうよ」
シロウの返事も聞かないで歩き出すユーリ。
親友のために休日を使うというのは素晴らしい過ごし方なのではないだろうか?
しかも、当分の間、話のネタになるのであればなおさらだ。
後でレンさんあたりに面白おかしく聞かせてあげようと思う。ウジウジと未練たらしいレンさんにもちょっとは効果があるかもね。そんなことを考える。
お金の価値は概ね1ヘル10円程度。
ただ、物によっては変動します。目安程度に。
色々矛盾が生じそうですが……今後はそんな感じです。