同棲生活
「こんにちは。ユーリさん」
「あら、いらっしゃいシロウさん。あらら? 今日はドマも一緒に買取なのね。めずらしい」
暇だったので買取所の椅子に腰掛けて、キコキコと椅子の後足2本でバランスを取っていたユーリは意外そうな声を上げた。
いつもは買取の時には少し離れた備え付けのベンチで待っていることが多いドマが、今日はなぜかシロウの後ろについてきていたからだ。
「ええ、今日はちょっと特別な日なんですよ」
そう答えながらも、なぜか少しはにかむシロウ。
「特別な日ねえ……ドマ! おめでとう。とうとう犯ったわね」
にっこりとドマに微笑みかける。
「友人代表の祝辞は任せておいてね。あることないこと色々ばらすから」
「……何を勘違いしてるんだ」
「なにって?……ナニじゃないの」
「おっさんかお前は!」
ドマはポカンとしているシロウを見て慌てて言葉を付け足した。
これ以上ユーリに喋らせていると余計なことを言われると思ったらしい。
「今日は私とシロウの出会った日なんだ。それで、この後、ふ、二人で食事に行くからついてきただけだ」
頬を染めながらまくし立てるドマ。
本当にからかいがいのある友人だとユーリは思う。
「へー、ドマがシロウさんに出会ったのって今日なんだー」
「ええ。出合ったというか、命を救われたというか……4年前にドマさんに助けてもらえなければ僕、死んでました。だからあの時は本当にドマさんが女神様に見えたんです」
「女神様ねえ」
顔を真っ赤に上気させてクネクネと照れているドマを横目にみる。
つくづく単純な人だわね。
「迷宮で死にそうになってたところをドマに助けられたんでしたっけ?」
「はい。6人で小さな迷宮に潜ったんですが、運悪くブレード蟷螂の大型に出会ってしまって……当時は魔物のことはよく知らなかったから……」
その時の恐怖がよみがえったのか少し青ざめながら話すシロウ。
「あー駆け出しだとブレード蟷螂は無理めですね。しかも大型だと……ほんとによく生きてましたねえ」
「実際ほとんど死んでましたよ。6人で潜ったんですけど、あっという間に2人殺されてしまって。残った人は、その、逃げてしまって」
「それはお気の毒でしたねえ」
そう応じたものの、実際のところユーリは逃げた仲間の判断は妥当だったと考えている。
シロウ君の仲間ということは、腕前も似たようなものだろうし、無理に立ち向かっても死体が増えるだけだと思うのだ。
そもそも、よほど親しい冒険者同士でなければ迷宮内では助け合うといったことはない。
死にそうな冒険者に迷宮内で出会っても見捨てることがほとんどだ。見捨てるだけでなく積極的に身包みを剥ぐ者すらいるという話だ。
もっともアルマリルの大迷宮ではなぜか他の冒険者に出会うことはないらしいのだけれど。
見ず知らずの冒険者を体を張って助けるなんて、そこでクネクネと照れているお人よしの女神様ぐらいなものだろう。
そういう意味では、シロウ君は幸運だ。
「それで、そこをドマに助けられて刷り込みが行われたということですね?」
「刷り込み? よく分かりませんけど、あの時は本当に夢かと思いました。かっこよかったなードマさん。蟷螂の腕を一刀両断したんですよね。それで、僕助けられた後に気絶してしまったんですけど、目が醒めた時にドマさんに弟子入りしたんです」
「弟子入り?」
「はい。弟子入りです」
なぜか胸を張るシロウ。
「……よくドマが承知したわねえ」
「いや、最初は断ったさ。だがなあ、それから毎日私の宿に通ってきては頭を下げるのだ。とうとう根負けしてな」
ひとしきりクネクネと照れていたドマが立ち直ったのか、口をはさむ。
「はあー。シロウさん積極的なんですね。でもドマは加減を知らないから大変でしょ?」
「そんなことないですよ。ドマさん僕に剣術教えてくれる時も凄く親切ですし。それに別々の部屋に宿を取ってると料金もかかるから自分の宿にきて住んだらどうだと言ってくれましたし」
「!? ドマと一緒の部屋に住んでるんですか?」
「はい。勿論ベットは別ですけど」
世間話をしていたら凄く面白い話を聞けてしまった。
奥手だ奥手だと思っていたドマが、まさかこんな積極的な行動に出ていたとは。
ユーリはニヤリと笑いながらドマを見る。
「シ、シロウ。そろそろ行かないと時間じゃないかな?」
「あっ! そうですね。あのお店は夜になると凄く混みますから、もう行きましょうか。じゃあユーリさん、この魔石の換金をお願いします」
「はーい。かしこまりました」
しばらくはドマにたかれるわねー。
などと考えながら、ユーリは愛想良く魔石の鑑定に取り掛かった。
友人のために今回は大甘な査定をしよう。なに、その分はレンさんあたりの査定を厳しくすれば問題はないのだ。