酒場と甘味
「プハー! この一杯のエールの為に生きているといっても過言じゃないわね。しかもオゴリだと思うとよりいっそう美味しいわあ」
冒険者ギルドの近くにある大衆酒場。
安い値段でそこそこ美味しい料理を出すお店で、コップになみなみと注がれたエールを一息で飲み干すと、ユーリは間髪いれず店員をつかまえおかわりを注文した。
エールは基本的にはかなりアルコール度数が低いのでユーリのような女性にもかなり飲みやすい。このお店では少し蜂蜜を入れているのでなおさらだ。
ユーリはお酒が来るのを待つ間に、お摘みとして注文したまんまる鳥の揚げ物を口いっぱいに頬張る。
サクサクの衣にジュワッとしみでる肉汁。
「くー。相変わらずここのは美味しいわねえ。この付けダレがシロウトには出せない味なのよね」
「……相変わらずオゴリだといい飲みっぷりだな」
そんなユーリの様子を見ながら、丸いテーブルの向かいに座るドマはあきれたようにそう言ったあと、自分もグイッとエールをあおった。
珍しいことに、買取所の営業時間が終わり、ユーリが冒険者ギルドを出たところでドマが待っていた。なんでも、相談したいことがあるので少し付き合ってくれないか? とそう持ちかけられたのだ。
「ほほで? ホマ。ほうだんふたいことってのは何よ?」
「口に物を入れたまま喋るな」
口いっぱいに頬張っていたまんまる鳥をゴクンと飲み込む。
「それで? 相談したいことってのは何よ? おおかたシロウ君がらみのことなんだろうけど……ついに結婚するとか? 友人代表のスピーチならしてあげても良いわよ?」
「けっ、結婚!? そんなわけないだろ。大体まだまだシロウは未熟だ。教えることも多い」
ユーリの言葉に慌てたように答えるドマ。
光石で照らされた少し暗めの店内でも真っ赤に頬が染まっているのが見て取れる。
ユーリの心に悪戯心が沸々とわきあがった。まんまる鳥なんてメじゃない格好の摘みが見つかったのだ。
「なるほどねえ。色々教え込んだら結婚するんだ」
「し・な・い! シロウは大切な仲間だが、まだそのような関係ではないと以前から言っているだろ」
「だから、以前も【まだ】そんな関係じゃないって言ってたから【もう】そんな関係になってるのかなーって」
そう言って、運ばれてきたお代わりの蜂蜜酒を一口。
(相変わらずからかいガイのある人ねえ)
そんな感想を持つ。
だが、激しく否定するかと思っていたドマは本来の用事を思い出したらしい。
ズイッと身を乗り出すとあたりを気にしながら少し小さな声で切り出した。
「この話はもういい。でだ、相談というか少し頼みがあるのだが……ちょっとこれを食べてみてくれないか?」
そう言ってドマがテーブルに小さな箱を置いた。
なぜか宝石でも入っているかのように慎重に中を開ける。
中から出てきたのは三角の形をした白いショートケーキ。ちょこんとてっぺんに赤いヌペラの実がのっている。
「あら? これはショートケーキかしら? 久しぶりに見たわね」
「確かにこれはショートケーキというらしいが……さすがによく知っているな。ショートケーキなんて私は初めて聞く食べ物だよ。まあ、とりあえず食べて感想を聞かせてくれ」
妙に真剣な表情のドマを横目にそれじゃあとフェークで一口。
実は酷いゲテモノじゃないかと疑っていたのだが、口いっぱいに上品な甘さが広がった。
続けて一口、また一口と食べだすユーリ。
「美味しいわねー」
「そ、そうか! 美味しいんだな?」
「ええ、かなり美味しいじゃない。この白クリームが凄く上質な甘さだし、イチゴ……じゃなかった、ヌペラの実の酸っぱさがちょっといいアクセントになってるわね」
ユーリの言葉にパッと顔を輝かせるドマ。
「かなりのレベルね。これ何処で売ってるのよ? あなた甘いものはそんなに好きじゃなかったんじゃないの?」
「いや、売り物じゃないんだ。実は……シロウが作ったものだ」
凄い秘密を打ち明けるようにユーリの耳元まで顔を寄せる。
「シロウ君が? ちょっと凄いじゃないの」
「ふふん。なんでもセンモンガッコウというところで2年ほどパテシエの修行をしていたそうなんだ」
「専門学校でねえ」
なぜか自慢げに言うドマに少し首をかしげてみせるユーリ。
「ああ。私も良くは知らないのだが……なんでもシロウの故郷には料理を教えるところがあってそこに通ってたみたいだな」
「へー。シロウ君ってばどんな環境で育ったのかしらね?」
「どうだろうな? シロウは妙に故郷のことを話したがらないし、少しこの町の常識に疎いところもあるからなあ。そうかと思えば驚くような知識を持っていることもあるし、もしかすると異国の貴族様なのかもしれないな」
うんうんと自分の言葉にうなずくドマ。
「貴族様ねえ。まあ、それは分からないけど、シロウ君がこんなにも美味しいお菓子を作れるなんてねえ。……人間なにかとりえがあるものなのねえ」
何気なく相槌を打ったユーリの言葉に満足げに頷いていたドマがピクリと反応した。
「……シロウを能無しのように言わないでくれ。奴は奴で色々と良い所もある。剣術は多少不得手だが……この前は」
と、シロウ君がどんなにいい奴なのか例を挙げ説明し始めるドマ。
自分で振った話題だが、特に興味がないので聞き流しながらパクパクとケーキを平らげる。
「はい。ご馳走様」
――いろいろな意味で。
心のなかで一言付け加える。
シロウ君に気があるのはバレバレなんだし、さっさとやることやれば良いとユーリは思うのだ。
(ドマは勝気なくせにこういうことには凄く奥手なのよねえ)
言うと怒るだろうから言わないが、多分処女だとユーリはふんでいる。
本来ならドマみたいな女の子は男のほうが積極的にリードした方が良いと思うんだけど……。
(シロウ君も奥手なのよねえ。これだから童貞は……)
正直なところそれなりに経験豊富なユーリからすればもどかしくて仕方がない。
「それで? 私にこれを食べさせるのが相談なの?」
「いや、まあ、そうだが、シロウがそれを売れるかどうか知りたいといっていたのでな。お金がたまったらこの町で店を持とうと思っているそうなんだ」
「へーお店をねえ」
「それで、いろいろと詳しそうなお前に聞いてくれないかと頼まれたのだ」
「まあ、この味なら結構良い線いくんじゃないかしらね? 値段にもよるけど、少なくても私は贔屓にするわね」
この町では甘味所はあまりない。
せいぜい水あめや果物の砂糖漬け程度。プリンに似たプディングという高級なお菓子もあるのだが高すぎて滅多にユーリは食べられない。
値段さえ安ければ間違いなく繁盛しそうだ。
仮に値段が高くても、貴族様みたいなお金持ちが喜んで買いそうだ。まあ、貴族様たちなら他にもおいしい物を知っているだろうけど。
「そ、そうか。シロウも喜ぶ」
と、ユーリの返事に凄く嬉しそうな表情をみせるドマ。
「でも、お店を買うとなるとそれなりのお値段でしょ? お金は有るのかしら? 最近は魔石の買取もあまりよくないし」
「うむ。私にいささか蓄えがあるからそれを貸そうかと思っている。とはいってもまだ足りないだろうから当分は迷宮に潜らねばならないだろうが」
「ちょっとドマ! その蓄えって、あなたの火傷の痕を治すために貯めてるお金じゃないの?」
「まあそうだが、いずれシロウの商売が上手く行けば返してもらえるだろうしな。それに……」
「それに?」
「う、うむ。シロウがな、私の火傷の痕はな。私の雰囲気にあってて良いアクセントになってると言っていたのでな。まあ、当分は直さなくてもいいかと思ってな」
そう言って照れくさそうに顔を伏せる。
「あー、はい。そうなんだ」
(あんた達さっさと結婚しなさいよ)
と、そんなことを思いながらユーリは適当に相槌をうった。