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冒険者ギルドとは?

「ほはよー」

「あっ、おはようございますユーリさん」


 あくび交じりのユーリの挨拶に床を掃いていたククルが元気のよい返事を返した。


「やー、ククルちゃんは朝から元気ねー」

「ユーリさんが元気なさすぎなんですよー。また夜中までお酒飲んでたんじゃないですか? 目が充血してます」


 清掃の手を止めてククルが自分の目を指差している。


「夜中というか、ついさっきまで飲んでたわね」

「うわぁ。もう少しまじめに人生をおくりましょうよ。てゆーか、仕事できるんですかあ?」

「大丈夫大丈夫。私もまだ16歳だから若いしね」

「……大胆にさば読みますよね。16歳と120ヶ月でしたっけ?」


 あきれたような声を上げるククル。


「私は20歳の誕生日の時にね、16歳から年をとらないって決めたの! 永遠の16歳……ふっ罪な女ね私も」

「あー、まー確かに年齢詐称ですからある意味、罪な女といえば罪な女ですね」

「あら? 今日のククルちゃんはちょっと毒舌よね……あの日なのね。私も重い方だから気持ちは分かるわ」


 ユーリの言葉に「はあー」と大きなため息を一つつくククル。


「違いますってば。そりゃ嫌味の一つも言いたくなりますよ。お忘れですか? 昨日の売り上げの最終確認はユーリさんだったのに、いつの間にかいなくなってたから私が押し付けられたんですよ」


 そう言って手に持ったモップをビシッとユーリに突きつける。


「それは災難だったわえ。でも若いうちの苦労は買ってでもしなさいというから、いい経験になったじゃない」

「災難というか人災なんですけど」

「人災ねえ。まあ、あまり気にしちゃだめよ? 私なんか全然気にしてないから」


 ヘラヘラと笑いながらそう言うユーリにククルの目が据わった。

 ジトーっとジト目でユーリを見ながら絞り上げるように怨嗟の声をあげる。


「……先輩、最近は物騒ですからね。いつも月が出ているとは限らないんですから、新月の夜は気をつけてくださいね」

「へいへい」


 恨めしげにそういうククルに、パタパタと手をふりながらユーリは話を切り上げた。

 これ以上話しているとククルが本気で腹を立てそうな気配がしたのだ。



 冒険者ギルドに勤めるユーリの朝は早い。

 今だ夜もあけきらない時間に出勤したユーリは、ククルと分かれた後も、いつものように同僚に挨拶をしながら自分の部署に向かう。

 自分のカウンターをキツクしぼった雑巾で拭き、支払い用の機材の調子を確かめると髪を後ろで手早くまとめた。まるで絹のように艶やかで美しい――と自分では思っている黒髪は、少し伸ばしているので仕事の邪魔になるからだ。


 パンパン


 自分の顔を両手で叩き気合を入れるとユーリは大きな声で、すでにならんで待っている冒険者に声をかけた。


「お待たせしましたー。魔石の買い取りはじめまーす」




 ■□■□■□■□




 突如として大陸を襲った摩訶不思議な大地震により世界各地に大きな迷宮が沸いた【大変動】より百数十年。

 マルクトが創設したマルクト商会──通称冒険者ギルドは現在ではほぼすべての町に支部を設ける一大商会である。安い金利での冒険者への金銭の貸与。迷宮内部の情報の収集と分析。整理された情報を安い値段で冒険者へ提供とその業務は多岐にわたる。

 アルマリルの大迷宮のように特に大きな迷宮では各階層への転送を行っているから、迷宮に潜る冒険者にとってはなくてはならない組織といえるだろう。

 とはいえ、マルクト商会は決して慈善団体などではない。

 それどころか少なくない冒険者には、吸血鬼だの蛭だのと罵られるほどの営利団体だ。


 冒険者への優遇に対する見返りは迷宮内でのみ採れる様々な魔石の独占販売権。

【魔石】──迷宮の魔物の体内からのみ採れる魔力の結晶とも言うべき黒い石。

 あるいは高熱を発する炎石、あるいは冷気を発する氷石といった、日常生活になくてはならない製品に加工できるから非常に換金価値の高い商品なのだ。

 この魔石の買取価格と売却価格の差額、これが商会のもっとも大きな収入源である。

 つまるところ、言葉は悪いが商会は義理や人情、あるいはもっと直接的に借金で冒険者を縛りつけ、その上前をはねているのだ。


 当然、少し才覚のある冒険者はなんとかギルドを通さず魔石の販売を試みるが、多くの場合それは徒労に終わる。

 あたり前の話だが国、あるいは町の権力者と協定を結んでいるため、そういった取引は容赦なく摘発されるのだ。

 稀に【魔石】の売り買いを行う大掛かりな非合法組織が現れることもあるが、なぜかそういった組織はしばらくすると組織のトップが変死したり、対立組織に襲撃されたりしてつぶされてしまう。

 まったく世の中には不思議なことがあるものである。


 まっ、そういうわけで、冒険者ギルドで最も活気がある場所は迷宮内で手に入れた魔石の売却を行う買取所ということになるのだ。

 冒険者ギルドの中途採用職員ユーリの職場、アルマリルの冒険者ギルドの買取所にも、今日も今日とて多くの冒険者が魔石を売りに来ていた。

 硬皮の軽鎧を身につけた黒髪黒眼、いまだ幼さの残る若い冒険者から魔石の入った布袋を受け取るとユーリは重さを量るようにポンポンと布袋を揺らした。


「おーやりましたねシロウさん。今回はかなりの大量じゃないですか! 凄いです」


 そうユーリに賞賛されて頭をポリポリとかき出す若い冒険者。照れているらしい。


 (若い子はちょろいなー)


 そんなことをこっそりと考えながら、ユーリは袋の中身をザラリと買取所のカウンターに空けた。


「今日は運良くというべきか運悪くというべきか、グラスフィードの巣に入ってしまって……僕は死にかけましたけど、ドマさんが凄く頑張って殲滅したんで見入りも多かったんです」

「ほーグラスフィードの巣を潰せるようになったんですね。初めてお会いした3年前からは想像もつかないですね。えーっと微小魔石が6。小が20ですね」


 世間話をしながら手早く魔石を大きさごとに仕分けたユーリは、チラッと横目でカウンターの横に張ってある今週の買取価格表を確認した。


「ですので買取価格はしめて1万と……500ヘルになります」


 シロウと呼ばれた黒髪の冒険者は怪訝そうに少し眉をひそめた。


「あれ? 1万2000はかたいと思っていたんだけど……また値下がりしたんですか?」

「そうなんですよ。なんでもラインの町の深層冒険者が大規模な迷宮を攻略したとかで。小魔石は先月よりも少し下がってるんですよね」


 売りに来る冒険者がほとんど同じ文句を言うのですらすらと理由を述べるユーリ。

 同時に本当に申し訳なさそうな表情を浮かべるのが無用のトラブルを避ける秘訣だ。

 ほんとのところ、別に魔石の買取価格が上がろうが下がろうがユーリの給料には一切係わり合いがないのでどうでもいいのだけれど。


「1万500かー。今回の稼ぎで武器をもう少し良いのに買い換えようとしてたんだけどなあ。あの……」

「出来ませんよ?」


 もう少し色を付けてくれと言われるのを先回りして答える。

 実際、冒険者の格が上がればともかく、6等級の冒険者にはユーリの裁量ではどうすることも出来ないのだ。

 まあ、大き目の微小魔石を小魔石に分類することは出来なくもないのだが、今回はそんな微妙な魔石もないのだからどうしようもない。


「はあー。そうですか……」


 明らかに落胆し肩を落とすシロウ。


「じゃあ冒険者カードに入れてください。えーっと、5250ヘル……」

「いつものようにシロウさんとドマさんのカードに2等分ですね?」

「はい。お願いします」

 

 シロウが差し出す2枚のカードを受け取り、支払い用の四角い箱に挿入したユーリは、しばらくして吐き出されてきたカードを返却した。


「どうぞご確認ください」

「はい。だいじょうぶです。ユーリさんありがとうございました」


 にっこりと微笑んでペコリと一つ頭を下げると、シロウは仲間が待つ少し離れたベンチに走っていった。


(この子はこういうところが好感が持てるわねえ)


 一癖も二癖もあるスレた冒険者とは違い、素直なシロウのそんな様子を営業8割、本心2割の笑顔で見送りながらつーと目線で追う。

 まるで子犬のように嬉しそうに仲間のところに駆け戻ったシロウは、そこで待っていた大柄な女性にしきりと何やら言いながらカードを差し出している。

 じっと耳を澄ませば喧騒に混じってかすかに声まで聞こえてきた。


「すいませんドマさん。また少し買い取り価格が下がっているみたいで、一人5250ヘルにしかなりませんでした」

「そうか。まあ残念ではあるが、なに気にするな。そもそも買い取り価格が下がったのはお前のせいではあるまい。それに5250ヘルだって随分と良い稼ぎじゃないか。これもシロウが頑張ったからだな」


 顔半分、右目から頬にかけて引きつったやけどの痕がある大柄な女性──ドマがそうシロウを慰めているようだ。

 女性の冒険者としては珍しいことだが、ドマは人族だ。

 顔にある大きな火傷の痕を差し引いても美人といえる容姿なのだが、幼い頃に負った火傷痕の治療費のため冒険者になったということだ。

 火傷をしてすぐであれば冒険者の必需品、傷薬で跡形もなく直っただろうが……。

 火傷などが一旦完治してしまうと、その痕を治す為にはより効果の大きな魔法薬か治療魔法が必要なのだ。

 いずれの手段も普通の仕事ではまかないきれない大金が必要となる。

 普通でない仕事の筆頭である冒険者は、自分の技量さえあればどんな者でも一攫千金のチャンスがあるのだ。

 もっとも、大金を稼げるのはごくごく少数の深層冒険者と呼ばれる者達ぐらいなのだが。

 他の多くの冒険者はせいぜいが日銭を稼ぐ程度。命をかけている割には儲からない商売ではある。


 と、ユーリの視線に気がついたドマがユーリに向かって軽く手を上げた。シロウもその動作に気がついてペコリとまた頭を下げる。

 実のところ、ドマは年の近いユーリともちょくちょく一緒にお酒を飲むほど親しい冒険者なのだ。


(相変わらずシロウ君には優しいのよね。やけどの痕を気にしているのか対外的な交渉はシロウ君に押し付けてるみたいだし気兼ねしているのかしらねえ)


 二人に手を上げて挨拶を返しながら、換金する冒険者が一息ついたユーリは二人をこっそりと観察する。

 冒険者として生活しているだけあって、ドマは本来は男顔負けの気性の荒い性格だったはずだ。

 コナをかけようとした冒険者はことごとく撃沈している。

 たしか卑猥な言葉で誘った冒険者の中には腕を折られたものさえいる。

 

(その彼女がこんなに気安く会話をしているなんてねえ。シロウ君にも脈はあるのかもね) 


「おいユウリ。換金たのむ」


 そんな感想を持ちながら、なおも観察を続けようとしたユーリにかかるなじみの冒険者の声。

 30過ぎと見える無精ひげを生やした冒険者が一人、いつの間にかカウンターに魔石を投げ出していた。


「はいはい。レンさんは今日も大量ですねえ」


 いいところで邪魔するんじゃないわよ! そんな本心をおくびにも出さず、ユーリはにっこりと微笑んで業務に戻った。

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