すれ違い
「どこで待っていればいい?」
「どこでもいいよ」
待ち合わせ場所を決めないで、お互いそれぞれ出発をした。
「線路沿いの道を歩いてきて」
「わかったわ」
たったそれだけの会話で携帯電話が切れた。ただ不安な気持ちだけが残った。
言われたとおり、線路沿いの道を歩いていく。
(出会えなかったらどうするの?だって歩道は左側にしかないのよ)
こんなに車の通りが激しいところで、歩道のない右側を歩くのは、到底無理だった。仕方なく、反対側の歩道の上を、少し足早に歩いた。対向車を横目で見ながら、ただでも不安な心が、ますます不安になってくる。うまく彼の車を見つけられるだろうか。そして、助手席に無事乗ることができるのだろうか。彼は私を見つけることができるのだろうか。焦る気持ちが、どんどん先へ私の体を運んでいく。
どんよりと曇った空が、今にも泣き出しそうだった。私も一緒に泣き出しそうだった。
(出会えなかったらどうするの?)
いったい彼の車は今、どのあたりを走っているのだろう。
どのくらい歩いただろう。小さな交差点に差し掛かった。私は思わず足を止めた。もっと先まで歩いていくべきだろうか。それとも、止まっていたほうがいいのだろうか。判断に迷った私はその場に立ち尽くしながら、ただただ対向車を見ていた。車は何台も何台も通り過ぎていく。彼の車はジャガー。国産車のそれとは違って、ヘッドライトに特徴がある。スタイルもちょっと違う。でも、車なんて彼と付き合うまでそれほど興味のなかった私。こんな状況で、彼のジャガーを発見する自信なんてまるでない。
もしかしたらあの車かも・・そう思っても、じっと見ているわけにもいかず、時々わざと、どんよりとした悲しそうな空に視線を移してみる。
運転席の彼は、私に気づくだろうか。せめて、今日私が着ているコートの色くらい、知らせておけばよかった。今日私が着ているコートの色は深い草色。彼の車の色よりはちょっとくすんでいる。でもこのコート、まだ彼に見せたことがない。だから余計、気づいてくれるか心配。こんなことならいつも着ている茶色のコートにすればよかった。
(私はここよ、ここにいるのよ)
もう何台車が通り過ぎていっただろう。いったい何分時間が経過しただろう。
不安げな表情のまま立ちすくんでいる私の前を、きれいなグリーンのジャガーが右折していく。何も言わず静かに横切っていく。そして、少し走ると、左前方に横付けをした。やはり彼の車だった。こんなに広く交通量の多い幹線道路の上で、何の特徴もないこの私を、彼は無事に見つけてくれたらしい。
(良かった、出会えて)
急いで助手席に乗り込むと、私は大きなため息をついた。
「良かった、逢えて。出会えなかったらどうしようと思ったのよ」
「そんなドジはしないさ」
そういうと、彼はもうすでに車を走らせていた。
(そんな簡単に言わないで。私はとても心配だったのよ)
いつも私は不安だった。もう逢えないんじゃないかって。いつも心は不安になる。ただため息が出てしまう。でも彼は気づいていない。いつもそう。私の不安な心には、全然気づいてくれないのだ。私たちはしばらく何も言葉を交わさなかった。ただ静かな音楽だけがいつものようにやさしく流れている。
(ねえ、あなたは不安じゃないの?)
私の心臓はまだどきどきしていた。本当に出会えてよかった。すれ違ってしまったらどうしたのだろう。もうこんな待ち合わせは懲り懲りだ。そんな気持ちで、運転する彼の横顔を見つめると、私の視線に気がついた彼は、いつもと変わらない笑顔で助手席の私を見た。全くいつもと変わらない。
(全然わかってないよね)
いつもそう。不安なのは私だけ。どうして彼は不安じゃないのだろう。それほど私を好きではないのかもしれない。二人の心には温度差があるのかもしれない。そうだ、きっとそうなんだ。
(いやだな、なんだか)
いつもなら、二人の大好きな曲がかかっているだけで嬉しいと感じる私だが、今日はほとんど何も聴こえない。きっと彼のことだから、私のお気に入りの曲を用意してくれたはず。なのに、何も聴こえない。
大好きな彼との距離は、ほんの30センチほど。それなのに、なんだか遠くに感じる。なぜだろう。こんなに好きなのに。大好きなのに。
(私の心に気づいて)
再び私はため息をついた。何とかこうして出会うことはできた。でも心はちょっとすれ違ったみたいだ。
私は言い知れぬ不安に襲われたのだ。そんな私の心をわかってほしい。でも、本当の気持ちをぶつけることができない。怒らせるのが怖いからだ。嫌われるのが怖いからだ。どうしてこんなに自信を持てないのだろう。彼は私の憧れの人。好きで好きでたまらない。好きになりすぎてしまったのかもしれない。だから、不安で仕方がないのかもしれない。いつもそうだ。でも今日は特に、彼の心が見えない。
(あなたは私を本当に好きなの?)
「やっと逢えたね。何ヶ月ぶりかな。」
「2ヶ月ぶりよ」
(そんなことも覚えてないのね)
運転しながら彼は、左手で私の右手にそっと触れた。その手はとても暖かかったし、やさしかった。彼は2ヶ月たっても何も変わってはいなかった。この2ヶ月、私はどんなに彼に逢いたかったか。毎日毎日、指折り数えて今日の日を待っていたというのに。
(彼には私の心が全然伝わらない)
伝わらない私の心、やはり2ヶ月たっても全く変わっていない。
(どうしてなんだろう)
数分後、フロントガラスに、悲しく淋しく、そしてせつなく、大粒の雨がポツリポツリと落ち始めた。