出会い
この小説が初の投稿作品です。誤字・脱字等ありましたら、教えてください。また、分かりにくい表現や話の矛盾も極力ないようにしますが、出てきてしまうかもしれません。気づいたら加筆・修正を加えますが、ご容赦ください。批判に関しても、真摯に受け止め、励みにしますので遠慮なくどうぞ。
もし、早めにこの小説の続きがみたいなどありましたら、FC2ブログで、廃人なるきの小説で検索してください。そっちである程度書きためたものをこちらに掲載しますので。
至らない点数多くあると思いますが、この「魔王が正義になる為に」を楽しんでいただけると幸いです。
この世の中には、正義と悪があるという。
何が正義で何が悪なのか、そんな小難しいことは正直分からない。一つ言えるのは、どんな行為だろうが、立場や視点を変えて見れば、正義にも見えるし、悪にも見えるということだ。つまり何が言いたいかというと、何が正義で何が悪かは、客観的な判断に任せるのではなく、その人の判断に任せてしまった方がよっぽど楽だということだ。
だから、俺は必要とあらば悪にでも正義にでもなる。第三者から見れば明らかにあくどい行為だろうと、それが俺にとって必要なことならば、躊躇いなくその行為を実行する。そこに罪悪感はほとんどない。何故なら、所詮人の人生の幸福指数とは自分の考え方一つでマイナスにもプラスにもなるからだ。ならば、罪悪感を感じて、自分の幸福指数をマイナスにする必要なないだろう。
人間が何かしらの行動をする時、それはその人の様々な基準によって決定される。そして多くの人は絶対的に譲れない基準を最低一つは持っているものだ。もちろん俺も持っている。俺の中の絶対的に譲れない基準とは『楽で平和な人生』だ。俺はこの基準にのっとり、行動を決定している。その結果、雨が降る森の中、頭に小さな角を生やした女の子が目の前で倒れていて、助けられる人物が周囲に俺しかいなくても、俺がその女の子を見なかったことにし華麗にまたいで素通りを試みたとしても、それは当然の行動と言える。
まぁだが、知ってはいたが人生そうは甘くない。
俺の右足を何かが掴んだ。この場合は何者かが掴み、その何者かは、人間と敵対している魔人の子供であると確定している。仕方なく俺は顔だけを後ろに向けた。銀色が目に入った。白濁とした銀色ではなく、光を吸いこんだかのような長い銀色の髪だ。その銀色の髪がさらりと動く、ゆっくりと顔が俺へと向けられる。その女の子の目が俺の目を捉えた。いや、俺の目が、意志が射抜かれた。刹那の間俺と目を合わせていた女の子はまたスグに気を失った。俺の右足は離しちゃくれていないが。
仕方なく俺は体毎振り返り、膝をつき俺を掴んでる手を離そうと、女の子の手に触れる。温かい手だった。その温かい手は、俺の手に触れとたん、安心したかのように力を抜いた。
「はぁ、厄日だなこりゃ。」
ため息交じりにそう呟き、俺は帰路に帰ることにした。本当はもう少なくなった食材を買うためにわざわざ外出したのだが、でも仕方ない。俺の両手は塞がっていて、とても買い物なんてできそうにないからな。
「本当に厄日だ。」
俺の手の中で気持ちよさそうに気を失ってる女の子の顔を見ながら、俺は同じセリフをもう一度つぶやいた。
俺は両手で荷物を抱えながら木造の自宅の前に着いた。俺は体力には自信はあるが、俺の家は森の少しばかり深いところにある為に、道が整備されていない。両手がふさがった状態で雨が降る森の中を自宅まで帰ってくるのにはちょっと骨が折れた。普通ならこの荷物こと女の子を一度降ろさなければ扉を開ける事が出来ないが、
「クロ、帰ったぞ」
俺がそう言うと家の内側から扉が開けられた。開いた扉の先では、俺の親友兼、家族兼、相棒であるクロがこちらを見て「わん」と一声吠える。
「おう、ただいま」
俺はクロにそう返事を返した。俺が家に入ろうと一歩を踏み出すと、頭の良いクロは、黒色の体毛に包まれたその大きな体を玄関の端へと寄せた。ちなみにこのクロという名前は俺が名付けたわけではない。クロ自身がそう言ったのである。俺はクロに目で礼を良い、靴を脱ぎ、たいして長くない玄関を通り抜けリビングへと向かった。リビングには、机と台所とソファーしか目につくような家具は置かれていない。これも全て木製である。俺はとりあえず女の子をソファーへと寝かした。両手が自由になった俺は、とりあえずこの雨に濡れた体を拭く為にタオルを脱衣所から取ってきた。濡れた個所をを拭きつつリビングに行くと、クロは女の子を寝かしたソファーのすぐ近くに座っており、俺を目で確認すると、訴えかけるような声で「くぅん」と鳴いた。
「買い物行こうと森を歩いていたんだがな、行き倒れてるのを見つけて拾ってきた。倒れてた理由は分からんが、魔人の、しかも子どもがこんな人気の近い場所に来る事はない。大方どこかの見世物小屋か貴族の屋敷から逃げてきたんだろう。」
そう返事を返しながら、俺はいまだに眠り続けている女の子へと歩みより、脱衣所から持ってきたもう一枚のタオルで濡れている髪の毛を拭いてやる。タオル越しからでもわかるのは、絹のような髪の手触り。おそらく、この髪で縫物をすれば、王族ですら目を細め愛でるであろう感触。
「濡れた髪はこれで良いとして、服はこいつが起きるまではこのままにするしか無いか。」
俺に小さいお子様の裸体を見て喜ぶような趣味はないが、こんなお子様でも一応は女だ。と、泥水で汚れた服を変えてやることはできずに、ソファーにかけてあったブランケットを体にかけてやった。
「しかし、本当にきれいな髪をしてやがる。」
俺は寝ている女の子の髪を手ですきながら、小さくそう呟いた。手をすく手がくすぐったかったのか、んっ、と小さく呻きながら女の子の目が少しづつ開かれている。そこで俺は髪をすいている手をどけ、話しかける。
「わりぃな、起しちまったみたいだ。」
目の前の女の子はまだ意識が覚醒しないのか、うつろな目を左右に揺らしている。やがて目の前にいる俺を視界に納めると、当然の疑問を俺に訪ねてきた。
「ここはどこだ。」
年相応の可愛らしい声、しかし凛とした口調。
「ここは俺の家だ。森で倒れているところを見つけてな。仕方なく連れてきた。」
聞いているのかいないのか、しばらくの間俺の目を真っ直ぐ見詰め、やがてうなずくかのような仕草を見せた後、思わずこちらも微笑みたくなるような笑顔で顔をあげる。
「そうか、礼を言うぞ。」
「…まぁ気にするな。とりあえず、その濡れた服では風邪をひく。着替え、というか俺のシャツを貸してやるから、風呂入って着替えてこい。クロ案内してやってくれ。」
あまりの無邪気な声と表情に俺は目を思わず逸らしながら、クロに少女の世話を頼んだ。すっと、クロは俺の横に来て自分の存在を女の子に教える。少女はクロを見ると、俺に向けた笑顔と口調でクロに話しかけた。
「おまえはクロと言うのか。案内よろしく頼むぞ。」
優しくクロをひとなですると、クロは気持ちよさそうに目を細め、「わん」と、了解の返事をし、少女の服の袖を軽く噛み、くいっと引く。少女にもその意味は伝わったのか、先行するクロの後をとことことついて行く。ある程度歩いたところでくるりと少女は俺に体を向けた。
「助けてくてありがとう。あと、わらわは腹が減っておるぞ。」
そう楽しそうに言い、俺の返事を聞く気はなかったのか、くるりと体を翻し、クロの後をタタタっと追いかけていった。
ずうずういガキンチョだと思いながらも、不思議と不快では無かった。まぁちょうど飯時だったしな、と思いつつ台所向かう。冷蔵庫を開けると牛乳と数種類の穀物が少々、後は青野菜が少しあった。とりあえず、サラダを作ることにきめ、メインは何にしようか。明日こそ買い物に行かなければな。と思案していると、脱衣所からかすかに鳴き声と、笑い声が聞こえてくる。
「…何遊んでだか。」
そう呆れたように呟き、俺はメインの料理を何にするか決め調理を始める。トントンとリズミカルに食材を切る音、脱衣所から聞こえてくる水の音と笑い声が俺の家を満たしていた。この時俺の口元が緩んでたかどうかは、もちろん俺にも分からない。
木造の家の中では、甲高い音が良く響く。先ほどから後ろでは森で拾ってきた魔人の少女が飯はまだかと言わんばかりに、「おい、まだ出来ぬのか。わらわの腹と背がくっついて一つになってしまうぞ。」いや、実際に声に出してスプーンでコップを叩き催促してくる。おまえは俺の家族でもなければ、客人でもないんだがなと思いつつも、煮込みはまだ甘いが、塩とコショウで味を整え料理を仕上げた。
「ほら、がきんちょ。できたから机に運べ。」
「出来たか。」
嬉しそうに叫び、俺の隣に小走りで寄ってくる。料理を見ると目を輝かせ先ほどよりも嬉しそうな声をあげた。
「クリームシチューではないか。さてはお主、わらわの好物を知っていたな。」
「冷蔵庫の中身でできる世間一般のガキンチョが好きそうな料理を作っただけだ。俺はシチューを運ぶから、お前は冷蔵庫にあるサラダを運んでくれ。」
うむと、うなずき、サラダを持って机に並べる。イスに座ると、スプーンを片手に問いかけてくる。
「もう食べても良いか。」
言うが早いか、ガキンチョはシチューをすくい口に持っていこうとしている。
「いや、まだだ。」
ガキンチョは俺の静止の言葉を聞くと、まるで世界の終焉を目にしたかのような表情で俺を見て、からんと手にしていたスプーンを皿に落とす。
「わらわにお主がシチューをおいしそうに食べるのを黙って見ていろというのか。何という拷問。さてはお主、悪鬼羅刹の類か…。」
「違う。ちゃんと手を合わせていただきますと言ってからだ。」
「おぉー、それはすまなかった。わらわとしたことが礼を欠いておったな。」
「分かればいい。ほら、ちゃんと手を合わせろ。…世界の生けるものに感謝を」「「いただきます。」」
俺は食事をしながら、ぱくぱくと幸せそうにシチューをほお張るガキンチョを観察する。風呂にはいり、身体の汚れを洗い流した肌は、透き通る白さをもっている。アーモンド形のぱっちりとした眼は吸い込まれるような黒。美しい銀色の長い髪は、先ほどよりも輝いており、まぶしさを感じるほどだ。更に、言動や振る舞いは子供だが、どこか凛とした雰囲気を持っている。パクパクとシチューを食べてはいるが、皿が音をたてることはない。意識してしているようには見えないことから、身体に染みついた食べ方のようだ。しかし、これは取り立てて不可解なことではない。魔人の容姿は総じて人間よりも美しいと言われているし、食べ方もしっかりとした教育を受けたと考えれば納得できる。不可解な点はこのガキンチョの警戒心が皆無であるということだ。現在魔人と人間は敵対関係にある。お互いを、侵略し、奴隷とするような関係だ。10歳そこらの歳なら知っていなくてはいけない世界の常識。そして、なぜ、人間の住処に近い森で倒れていたのか、この点もガキンチョに聞いてみたいところだ。
「なぁ、なんでお前は…」
「おかわり。」
「…おう。」
どうやら俺の出鼻はくじかれたようだ。しかたなく、おかわりを持ってこようと席を立つ。
「くろー、おまえは幸せ者だなー。」
「わぅん。」
「あんな美味しいシチューを毎日食べておるのだろう。それは人生で一番幸せなことじゃぞ。」
「…くぅーん」
「分からんか。贅沢なやつじゃ。」
「ほらよ、おかわりだ。」
ありがとうと礼を言うと、ガキンチョは食事は再開する。その笑顔を見ていると、なんだか、質問は後でいいかなと思いだす。このガキンチョが言うには、俺のシチューを食べることは幸せなことのようだからな。あいにくと俺は人の幸せを邪魔する趣味は持っていない。今は、このガキンチョの幸せに俺も便乗させてもらうとしよう。
観察と思考のせいで、少しさめてしまったシチューを口に含む。やはり煮込みが甘かったか、と思いながらも、普段よりも不味いはずのシチューが普段よりもおいしく感じたのは、目の前のガキンチョに影響されたからだろうか。どうやら俺は、ガキンチョの幸せに上手く便乗できたようだ。
俺とガキンチョは、家から少し離れた南の湖に来ていた。湖は、人の手が加えられていないおかげで、水は透き通り、月明かりが水草と水面を照らしいる。その輝きは、淡いエメラルド。どんな芸術よりも美しい自然の絵画。しかし、ガキンチョは、最初こそこの湖を愛でていたものの、現在は目をつむり悠然とたたずみ、意識を集中させている。俺は距離を少し後ろにおき、クロとともにガキンチョを注視していた。この湖には食後の運動に来たわけでもなければ、ガキンチョに森を案内しようとしたわけでもない。ガキンチョの言葉の真偽を確かめに来たのだ。理由は、今から約30分前。食後にまでさかのぼる。
「で、なんでガキンチョは森で行き倒れていたんだ。」
俺は、食事を終えて、まったりとしているガキンチョに今まで気になっていたことを尋ねた。ガキンチョはまったりとした表情を変えること無く答える。
「お主は阿呆か。人間腹が減ったら行き倒れるじゃろう。」
「阿呆はお前だ。俺は行き倒れた原因ではなく、何で人里近いこの森で倒れていたのか聞いているんだ。」
ガキンチョは俺の阿呆発言にムカついたのか、若干顔に不機嫌の色を浮かべていた。
「阿呆という奴の方が阿呆じゃ。わらわは追われておったのじゃ。気づくとこの森でまよってしまってな。」
「なら、やっぱりお前が阿呆だな。人間に追われていたのか。」
「むぅー。…いや魔人にじゃ。」
ガキンチョはなにか言い返そうと唸っていたが、思い浮かばなかったのかおれの質問に不承不承と答えを返した。
「何で魔人であるガキンチョが、同じ魔人におわれていたのか。てっきり、人間から逃げ出してきたとばかり思っていたよ。故郷で罪でも犯したか。」
ガキンチョは俺の言葉に少しばかり目を伏せる。
「罪か…。罪と言えばそうかも知れんの。わらわは、わらわの果たすべき責任を放り投げてしまったのだから。しかし、わらわにはどうしても果たしたい目標があったのだ。」
こんなガキンチョにかかる責任なんてあるのか、それも追われるほどの…
「んで、その目標とやらは何だ。」
ガキンチョは伏せていた目をあげて、真っ直ぐ俺を見つめる。仕方なく俺もガキンチョと視線を合わせた。そうしなければいけない気がしたからだ。
「…一つ聞きたいのだが、お主、魔人のことをどう思っている。」
「魔人は、人間よりも高い魔力、身体能力を持っている極めて凶悪で残酷な危険な種族。人間とは相いれない種族。」
おれはガキンチョの問いかけに淀みなく答えた。俺の発言は、人間の子どもが成人していく過程で教わったことである。多くの人間は、ガキンチョの問いかけに同じように返すであろう。
「そう、…か。」
ガキンチョは悲しそうに眉をひそめた。
「だが、それはあくまで一般的な認識だ。俺個人としては、魔人は普通の人よりも魔力が多い、運動神経抜群な人間だと思っているよ。おそらく魔人の証である角は、魔力の高い者に現れる外見的特徴だろう。この大陸で神聖であるユニコーンやペガサス、東国付近の麒麟や龍は多くの魔力を有しているし、角がある。魔人とは、魔力を多く持つがゆえに、少しばかりの角が生えた人間だ。まぁ、その角は現在では遺伝的なものとなっているんだろうな。」
ガキンチョは俺の意見を聴くと、ぱぁっと顔を輝かせた。
「そうなのじゃ。わらわも魔人と人間は本来同じ種族であると考えている。現に魔城の書庫にある史実書には、今よりはるかに昔は、人間と魔人は一緒に暮らしていたとある。何より魔人という言葉すら無かったのだ。しかし、今はどうじゃ。お互いが争い、殺し合っている。わらわは、人間と魔人は仲良くできるはずだと考えているのじゃ。だから、わらわは城を抜け出し、人間と仲良くなりに来たのじゃ。」
「ガキンチョ、お前城から抜け出したってことは、まさかとは思うが魔人の姫だったりするのか。」
俺はあくまで冷静を保ちつつ、尋ねた。俺が冷静でいれたのは、ガキンチョの容姿から見ても、姫というのは納得できたからである。しかし、次のガキンチョの返答には俺もさすがに驚いた。
「いや、魔王じゃ。」
「…は?」
「何を鳩が豆鉄砲食らったような顔をしておる。聞こえなかったのならもう一度言うぞ。わらわは魔王じゃ。」
「すまん。よく聞こえなかったからもう一度言ってみろ。…ちょっと待て、今耳の穴かっぽじってるから。よし、言え」
「だからわらわは魔王じゃ。」
ずぽ。
かっぽじってた指が耳の穴にはまりすぎたようだ。正直いたい。なんだか指の先が生温かい気がするが、まぁそれはひとまず大した問題ではない。今この場の問題とは、痛みを感じているということだ。痛みがあるということは間違いなくこれは現実で、目の前のガキンチョは言うにことかいて魔王とか抜かしてやがるということか。…いやそうだ。普通に考えたら、こんなガキンチョが魔王なはずがない。ならば、俺がこの自称魔王なガキンチョに言うべき言葉は一つじゃないか。
「ガキンチョ、お前は阿呆だ。」
「なんじゃと、きさま。」
「お前のようなちびガキが、魔王なわけがないだろう。確かに、お前は容姿は人一倍優れている。だから、ガキンチョが姫様だったとしても納得できる。しかし、魔王は無理だ。なぜならお前はちびでガキでガキンチョだからだ。」
「むきゃ~。先ほどから我慢しておれば、ガキだのガキンチョだの阿呆だのガキンチョだの。わらわが魔王じゃと言うのがそんなに納得いかぬことか。」
「ああ。いかない。そんなに言うなら証拠はあるのかガキンチョ。」
「ぬ。」
ガキンチョが言葉に詰まるのをみて、俺は内心勝ち誇った。
「ほれ、見ろ。ないんじゃないか。お前が魔王だったら、魔剣をだせば良いだけの話じゃないか。たしか、魔王とはその剣の力を扱えることが条件だろう。」
「たしかにその通りじゃ。しかし、魔剣は魔力が強すぎて、出しただけでわらわの居場所が露見してしまう。」
「なら、証拠はないな。やはりお前はガキンチョだ。わはははは。」
「ぐぅううう。…ならば、お主、わらわをどこか拓けた場所に案内しろ。そこでわらわの魔王たる証拠を見せてくれる。お主の阿呆ずらを更に阿呆にしてくれるわ。」
ほう…。言うにことかいて助けた恩人に阿呆ずらとは。このガキンチョめ。少々お仕置きが必要なようだな。
「ならば、一つ賭けをしよう。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くというのはどうだ。」
「その勝負受けて立とうではないか。」
と、言う訳で、俺とガキンチョはこの南の湖に来たのだ。こんな回想をしているうちにガキンチョが何かを始めるようだ。ガキンチョが何をしようがあんな子どもが魔王なわけがない。俺はそう確信し、ガキンチョへの命令は何にしようかと考えながら、ガキンチョを眺めていた。
ガキンチョが両手を広げると、一陣の風が吹く。それをきっかけに、風が吹き踊る。そう、吹き荒れるのではなく、この風は踊っているんだ。生命の活力に満ち溢れ、喜びに踊っているんだ。そして、この嬉々とした風は遊ぶように俺に触れ、最後は目の前のガキンチョの元へと走る。そんな目の前のガキンチョの周りは何とも幻想的であった。風は葉や花片を運び、水面に触れて雫をとばす。それらすべてはガキンチョの周りを優雅に踊っていた。月に照らされ輝く雫のなかを舞う銀の髪。俺はこの芸術に飲まれていた。いや、魅了されたというべきなのかも知れない。なぜなら、先ほどまで姿を見せなかった、森の動物たちもこの湖に集まり、ガキンチョを見つめていた。その気配はとても穏やかでありながら、明らかに喜んでいた。我慢しきれずにガキンチョの周りを跳ねる動物もいるくらいだ。気持ちは分かる。何故なら俺がそうだからだ。湧き上がる自らを含めた生命の喜びを抑えるのに必死だった。それを何とか抑えつつガキンチョを見ていると、ガキンチョは言葉を紡ぎだした。
「湧きあがれ 生命の喜び
湧きあがれ 生命の強さ
湧きあがれ 生命の輝き」
ガキンチョの声は天から降るかのような、いや天に届くのではないかという程にすんだ声。ガキンチョの体はうっすらと銀に金が混じったかのような白銀の輝きに包まれていた。ガキンチョはゆっくりと両手を前に持って行く。
「わらわは魔王。そのわらわが許そう。そして与えよう。
お主らに喜びを 強さを 輝きを」
ガキンチョが更に言葉を紡ぐと、ガキンチョを包む白銀色はその輝きを一層強めた。
「さぁ、ともに踊ろう。」
ガキンチョを包む白銀は、ゆっくりと両手に移動していきそして放たれた。まっすぐ進む白銀の球は湖の中心まで行くと一度大きく跳ね上がり、湖の中へと降りて行く。
「爆ぜろ。『生命の喜び』」
言葉とともに湖が輝く。湖の中心から白銀の光が全体へと広がり全面を覆ったその時、水面から光が爆ぜた。湖から湧き上がる光は空まで登ると、光の雫を空から降らす。あまりの美しさに心を奪われ、手を伸ばす。一つの雫が俺の手へと触れた。雫に質量は感じず、手の平から俺の中へとはいって行く。瞬間、身体が歓喜に震えた。心が澄み渡っていくのを感じ、自分の心が癒されて行くのが感覚的に理解できる。湖を中心とする森一帯が生命の喜びに満ちているのが分かる。奇跡だ。素直に俺はそう思った。こんな湖一帯に効果を与える魔術規模。更には、その雫一つ一つに癒しの力を持たせる魔術なんて見たこともなければ、聞いたこともない。ふと、この奇跡を起こした魔人のガキンチョに視線を向ける。ガキンチョは光の雫の中からこちらを見つめていた。その瞳の色は赤。血のような赤色ではなく、ルビーの輝きを持つ赤色。ガキンチョの持つ雰囲気は、気品に溢れ、神秘であった。そこには、確かに王といわれも不思議はない佇まい。むしろ納得できた。あぁ、信じられないことだがこいつは確かに魔人の王なのだろう。この魔術と、その輝く赤の瞳、何よりガキンチョの持つ気品がガキンチョを魔王だと信じさせた。俺の知識によれば、魔王とは膨大な魔力を有し、その名のもとに魔術を行使する。そして、魔王は魔術の行使をする時、その瞳の色を変えるとあった。なるほど、確かにこのガキンチョは魔王だ。俺にはもうガキンチョを疑うことはできなかった。ガキンチョは俺に声をかけた。
「賭けはわらわの勝ちで良いな。」
「あぁ、ガキンチョ。確かにお前は魔王だよ。」
俺がそう言うと、嬉しそうに微笑み、小走りで俺の方に走ってくる。もうそこには先ほどの王たる気品は感じず、ただの腕白なガキへと戻っていた。
「ならば、お主にはわらわの言うことを一つ聞いてもらうとしよう。」
「仕方ない。言ってみろ。」
あまり無理な注文が来ないことを祈ろう。しかし、そんな甘い俺の祈りはガキンチョの言葉に打ち砕かれる。
「お主、わらわのパートナーとなれ。」
「…は?」
「あまりの光栄さに言葉が続かぬか。お主はこれからわらわのパートナーじゃ。魔人と人間が仲良くなる為のな。」
あまりの驚きに開いた口がふさがらない。これは何とも無理難題である。ってうか無理すぎる。俺はその頼みは聞けないと答えを返そうとすると、俺が言う前にガキンチョは言葉を告げた。
「そうと決まれば、わらわたちの家に帰ろうか。これから人間と魔人が仲良くなる為の計画を立てねばならんからな。クロ行くぞ。」
ガキンチョは一方的に俺に死亡宣告をすると、この場合の死亡宣告とは『楽で平和な俺の人生』にだ、さっさとクロをひきつれて俺の家に帰ろうとしている。そして言葉から分かる通り、ガキンチョは計画を達成するために俺の家に住み着く気満々なようだ。それだけは俺の人生の為にも何としても防がなければ。人間と敵対している魔人のガキ、ましてや魔王を家に住み着かせるなど、パートーナーになるなど、とてもじゃないが生きた心地がしない。てか寿命が縮む気がする。
「おいガキンチョ、ちょっと待…」
「ガキンチョではない。わらわの名はアリステアじゃ。アリステア・クロリィー・エクランドⅧ世。これからはアリアと呼べ。お主の名は。」
「マシューだ。」
「マシューか。これからよろしく頼むぞ。パートナーとしてな。」
そう言うと、ガキンチョはさっさと、俺を置いて走って行ってしまう。まったく変な拾いものをしてしまったものだ。と自分の浅はかな行動に後悔を覚えつつ、ガキンチョを追いかける。しかし、断じて魔王のパートナーになるという運命を受け入れるわけにはいかない。うけいれたが最後、俺の寿命は確実に縮むだろう。それだけは何としても防がなければ、俺はそう決意を決め、如何に魔王のパートナーという不本意な役職から降りるかを考えながら、家路を急ぐ。この時間になると森は通常視界が暗く、慣れている俺でも少々注意しなければならないのだが今日はそんな必要もない。ガキンチョの起こした魔術のおかげで、湖は光り輝き道を照らしているからだ。
「ったく、今日は本当に厄日だ。」