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黒と彼らの関係性  作者: 各務 迥
黒とサザンカ
12/24

十話:ハミル探偵事務所にて


 橘所長に関して思う事はいくつもある。


 まず給料を上げなくていいから危険な仕事に引っ張って行かないでほしいとか、幽霊は気味が悪いので勘弁してほしいとか、お姉さん(自称姉と言っていたが、橘は妹と言っていた。実際彼女も「年下だ」と認めていた。しかし「中身は上」だと主張していたが)とのドメスティックでバイオレンスな喧嘩は止めて欲しいとか、訳のわからないイキモノを使役させようとしないでほしいとか、色々である。

 危険な仕事は下手をすればミッションインポッシブル並みにヘビーで、幽霊は昔絡んできた変態を思い出すから嫌で、きょうだい喧嘩は即安全地帯に退避しないと即死ものだし、訳のわからないイキモノどもの面倒をみるのは疲れる。

 まあ、橘の手にかかれば危険な仕事は数日がかりのお使いレベルに格下げされ、幽霊は彼の靴底にへばりつき床とハグの憂き目に遭い、きょうだい喧嘩はこっちに気を使ってくれているし、イキモノどもの自主規制は彼の恐怖政治の賜物ではあるのだが。


 つらつらと思いだすついでのように、一つのトラウマがひょっこり旋毛を覗かせた―――穏やかな、蒼い光を浴びた黒曜石の微笑みを。

 艶やかな黒絹を腿まで垂らし、薄桜色の着物を纏い、その美麗で物腰柔らかな姿を持つ、自称≪至高の魔法使い≫というイタ設定の持ち主(いや、実際魔法をバンバン使っていらっしゃいましたが。後で知ったが、数人しかいない魔法使いの一人で魔術師のトップ、世界レベルの危険判定SSSらしい。でもだからって至高はないだろう、至高は)。


 名を思い返すだけでも頭が痛くなる、しかしただの隣人なら最高と言いきれる人物。

 橘の妹、自称姉の淑やかな姿を。


 橘に負けず劣らず濃い性格で、ごりごりと岩砕機で心の根っこを削られていくストレスに曝され、果ては怪獣大戦争に巻き込まれるという超局所的天災級の人物だった。そのきょうだい喧嘩の末、山一つが消失。

 傍迷惑も度が過ぎると嵐が通り過ぎるのを待つ心地になると言う事を、架谷はあの時に学んだ。人は大自然の前には無力だが、度の過ぎた災厄の前にも無力なのだ。人間、諦めも大事なのだ。言い聞かせるまでもなく、縁側でお茶を飲む老女の気分を知った。

 後に、何事もなく数キロメートル先で件の山が出現するという怪事件が発生し世間を大いに騒がせたのだが、そんな賑やかさとは関係なく、架谷の日常は滞りなく送られていた。






 何故架谷が今その時の事を思い出すかと言えば、目の前の人物に関係する為だった。

 薄く焼けた肌の上に剃刀の如く鋭い目、真っ直ぐな鼻梁と薄い唇が絶妙なバランスで配置されている―――優男とは正反対の凶相風な面相になるように。

 いや、鬼の様な顔つきではないのだ。鬼瓦では凶相ではなく奇相である。多分遠目からも傍目から見ても十分整った容貌である。美人というより男前、線の細いイケメンではないが絶対スポーツマン風ではない。この爽やかさと縁遠そうレベルは橘といい勝負である。

 しかし、内なるものがそう見せるのか、口の歪み方(恐らくは笑顔)といいその仕草と言い、どうしても碌でもないものに通じているように思えてならない。


 詰まる所、と架谷は結論を出した。


 同類だ。この人絶対所長や椿さんの同類だ。

 それも絶対あっちゃいけない方向での同類だ。


「それで、貴女は雇用主に対して何をしたいんですか?」


 丁寧な、底に流れる悪意を感じる声だ(嘲笑というか、喜色に近い)。多分隠そうとも思ってない、不思議と不快感のない、暗闇に誘い込まれるような声。きっとハーメルンに訪れた鼠捕りや魔王の鳴らした笛の音もこんな音色だったのではないだろうか。

 深みのあるバリトンは、まるで魔的だ。聴く者に破滅を与える魔笛の声。

 きっとこの声に抗える人は、とても少ない。


「いえ、別に何をしたいという訳でもなくて。ただかすみちゃんに愚痴を言ってすっきりしたいだけですから」


 そう思いつつもばっさり断った。この程度でどうにかなるなら、架谷はとっくに破滅している身である。大抵は自身の未熟さや欲深さ(だって脅されて! と弁護しておく。借金返済しなければ自由はないのだ)が招いた結果とはいえ、嫌が応にでも日々鍛えられている身なのだ。嫌でも耐魔適性も伸びるし退魔能力ぐらい素人ながらも自然と身についてくる。

 もとから望んでいないモノを引きだされる事がない程度には、架谷はこの業界に馴染んでいた。真に、本当に、心から遺憾ながら。


 そんなことは全く知る由も縁もない、スーツを適当に着こなした男はおもむろに、にやり。………猫のように笑った。碌でもない感じで。例えるなら、ディズニー映画の不思議の国のアリスに出てくるピンクと紫の縞模様の猫(名前は忘れた)。

 じわり、背中から汗が噴き出てくる。思わず尻を後ろにずらして距離を取ろうとするも、すぐさま革張りの背もたれに妨害されてしまい無駄な抵抗に終わった。きゅ、と使い古されてなお張りを失っていない本革が鳴る。机越しであるはずなのに。何故だろう、この圧迫感。ものすごく追いつめられている感じがしてしまうのは。


「ハミルさん、架谷さんを追い詰めないで下さいよね。初対面の女子大生受け、絶対しない顔なんですから」


 ―――かすみちゃんすごいね勇者だよ真正面からそんなはっきりと!


 峪梨のあまりにも遠慮ない発言に慄く。まだここのバイトを始めて5カ月程度の筈なのだが、そうまで言い切れるのはよほど気に入られているのか、はたまた意外とこの男の懐が深いのか。

 ………いや前者だろうとすぐさま断じた。何せこの男、奥の部屋からやってきた途端、自分に絡んできていた従業員二人(男)を「邪魔だ」の一言でぶっ飛ばしたのである。ちなみに武器は手近にあったモップ(使用済み)。現在も彼らは部屋の隅でうつぶせに積み重なっている。静かなのは良い事だ。


「架谷さん、ほんっとうにごめんね。所長一度興味持つとなかなか止まんなくて。別のものに興味を持てばいいんだけど、逸らすのが面倒くさくて」

「おま、友達の危機に面倒て………」

「ホント言葉を飾らないんねえ、かすみちゃん」


 部屋の隅っこから声がしたが女性二人の談笑に黙殺される。「最近の若いもんは………」という呟きも聞こえたが、同様に無視された。


「とにかく、私は探偵に頼んで解決したい事は今のところないんです。ですから………」

「君はだいぶ堅実で他人に深入りしない性質だそうだね」


 いきなり人の話をぶった切る形で話し始められた。声を張っていないはずなのに、あっという間に主導権を奪われる話慣れた語り口。それにどこか、既視感を覚える。


「言い換えればそれは軸がぶれないとも情に絆されないとも言える。或いは薄情とも。そんな君が、誰かに失望したり、あるいは希望に縋ったりすることなど珍しいのじゃあないか?」


 その既視感に、言いしえぬ違和感も。


「そもそも、他者に感情を揺さぶられること自体が少ないようにも思えるな。心を開いても決して依存しない。頼りにする事は有っても頼られる事を嫌う。しかし無償の信頼ほど面倒なものはない。そんな目に見えない不確かなものより、目に見える絶対価値の方がよほど分かりやすくやりやすい」


 違和感がゆっくりと形を変える。形を露わにしていく。


「自分に不利益がかかったことに対して怒った事は有っても、他者への失望で我を忘れる事などない。―――それが君の本質だ。どこまでも冷静で冷徹で淡泊。だからこそ計算高い。君に計算抜きの偶然で降りかかった災難はあっても、必然的に訪れた災厄は常に修正可能な範囲。実に切れ者だ」


 この、言い表せない〝コレ〟は―――ナニ?


「だから―――何故だろうな? 君はどうして、〝ある人物が関わるとき〟、その〝関係性が揺らぐ〟瞬間とき激昂する?」

「―――っ!」


 びくりと体が痙攣する。けれど動けない。

 ぐるぐると視界が廻り―――そのまま、架谷の体から、急激に力が抜けていった。





「架谷さん!」

「峪梨さん、動くな」

「、でも!」

「助けたいんだろう? 〝アモン〟」


 その言葉に、峪梨の体が引き攣ったような反応とともに動きを止めた。


「………その名前では」

「大丈夫だ。彼女は眠っているだけだ。後は目覚めた後に説明をすればいい」


 チャリ。金属が擦れる音が、ハミルの手の中で鳴る。それは銀製の細い鎖の音だ。鎖が通されたチャームと鎖が擦れ、小さな音が不連続に鳴る。チャリ、チャリ。


「―――分かりました。それと、私はアモンじゃなくてマモンです」

「同一だ、という解釈もある。大して問題じゃあないさ。―――勿論、君次第だけどね」

「大問題ですよ。………じゃあ彼女隣の部屋で寝かせてきます。間違っても布団にもぐりこまないで下さいね」


 ふん、と鼻息一つで軽々と架谷を持ち上げ(いわゆるお姫様だっこというやつで)、そのまま隣室へと姿を消した部下の背を、ハミルは逞しいものだと見やった。


 そこで、ああ、逞しくなったのか、と思い直す。

 彼女は確実に成長している。このままもっともっと優秀に成っていけば、マモンの性質でなくアモンの能力を掲げることもできるだろう。

 それを思えば、数十年の苦労など大したことではない。


 手の中のチャームを弄ぶ。クルスを模ったそれは男の指では摘むほどの大きさしかない。その中心に設えられた二重構造になったガラス玉は澄んだ赤。しかし、その中心は白く濁って渦巻いている。

 今にも内膜を食い破ってしまいそうなその濁りに、ゆっくりとハミルは嗤う。

 半年前嗅ぎつけた、そして叩き斬られた手掛かりが手中にある事を、愉悦を以って迎え入れる。


 ―――わざわざ〝あんな真似〟してまで、飼っていたいとは。


 そうまでして欲するのか。

 そうまでして求めるのか。


 絶対に理解できない筈の感情を、しかしハミルはその身をもってよく知っていた。


 そして、思う。

 糞ったれな運命とやらは、既に獲物を捕らえているのだろうと。


 もうひとつ。


 ―――どうあがいても、あいつらはお前の跡を辿るらしいぞ。


「なあ、≪破滅の黒≫」


 災厄と畏れられ、悪夢と怯えられ、トリックスターの如く振る舞い、自分本位でハミルには決して真似の出来ない、しようとも思えない道を望んで歩いた―――たった一人にあてられた忌名を口ずさんだ。






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