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黒と彼らの関係性  作者: 各務 迥
黒とサザンカ
11/24

九話:Q:「街案内ですか?」→A:「いいえ暇つぶしです」



 結局、ハンナが叶え屋商会派出所を出たのは翌日の昼前だった。

 それは見事にぐぅすか寝入っていたので起こすのが忍びなかった、と語る威津島と彼を叩くマリの手によって仮眠室に転がされたハンナが目を覚ましたのは日も昇らぬ早朝。目が覚めれば見覚えのない場所だったためパニックを起こしたために一騒動起こしてしまったのは早々に忘れ去りたい出来事だった。

 その後なんやかんやで朝ごはんを頂いて、これ以上はしのびなく居た堪れなかったので、家近くの駅まで送ってもらう事となった。


 最後まで威津島さんベソ掻いていたなぁ。他人が見れば情けないと容赦なく扱き下ろす様だったが、無類の動物好きで幻想種、特に幻獣をこよなく愛すハンナにとっては懐かれた犬がしがみついてくるかのような光景だったため激しく萌え悶えた。

 威津島が泣いた理由が、尾崎付きで日々荒風に晒される心の癒しが去っていくのが名残惜しすぎたため。という事実をハンナは知らない。


 正直夢を見ていたような気分だった。なんというか現実味が薄い。5年渡英してカレッジにいた時でも実家で幻獣たちに揉まれていた時も、魔術や異種の人たちが周りにいたはずなのに。なのに、現実味が薄いなんて。


 ぐぎゅう。


「…………」


 考えてもぐるぐると詮無いだけなので、ランチでも食べに行こう。

 照りつける太陽に髪を焼かれながら、ああ冷たいものがいいな………。


「そうだな、こう暑いのは敵わん。冷やし中華を食うぞ」

「あ、それいいですね………ぎゃあ――――っ!?」

「うるせえ」


 何でアナタがここにいるんですかっ!?






     ◇◇◇◇






「…………」

「ファストフード店ってあんな風になってたんだな。確かに安いが味は最悪。これなら手間をかけても自分でやった方がまだ食える」

「…………」

「インテリアもいまいち。店員のサービスもなってねえ。おまけに人も多い」

「…………」

「ああ、そういえばさっき初めて満員電車に乗ったが、ありゃ修業か体罰の一種か? あんな狭い箱の中にぎゅうぎゅう詰めになるなんぞ正気の沙汰とは思えんな」

「………あの」

「あん?」

「ひぃっ、―――………な、なんで付きまとうんですか………」

「ふざけんな。付き纏ってない」

「す、すみませ」

「時間潰すのに案内させてやってるだけだろうが」


 なんなのこの人ー! 派出所で見た時と違う、フードを眼深く被ったパーカー姿のオレ様な態度に本気で泣きたくなってきた。

 目の前の冷やし中華はこの人の奢りだが、こんなに嬉しくもないタダ飯もない。だってこれ取引材料でしょう。これ食べたら従えという事でしょう。

 それでも体は正直で、規則正しい空腹感と食欲を誘う食べ物を前に今にも屈しそうになる。ああ、おなか減った、ものすごく減った、おいしそう、でもだめだ、食べたら狗になる………!

 箸に手を付けた手が冷やし中華の上を行ったり来たりしているのがハンナの葛藤を示していた。しかし箸に手を付けた時点でほとんど負けている。


 十数分後、嫌みたらしくあげつらわれ目の前で食事をされ、「俺の(金で買った)食事が食べられないのか?」という一言おどしに屈する事となる。せめてもの嫌がらせにデザートと飲み物を追加したが、それは自分で払えとばっさり切り捨てられる事となった。




「まあまあだったな」

「………あそこ、わたしのお気に入りなんですが」

「知るか。―――さて、食ったからには働いてもらわなくちゃあなあ」

「………ええと、ハイスクールに通うような齢の女の子に奢りなんて安いもんじゃ」

「食ったよな?」

「………はい」


 ああああああ、食べなきゃあよかった………。猛烈に後悔するがもう遅い。何事も後で悔いるから後悔なのである。


「俺の暇つぶしに付き合え」


 どんな恐ろしい暇つぶしなんでしょうかと聞きたくなるのをぐっと堪える。聞いたらデビルスマイルで前にも後ろにも動けなくなってしまう、という警報がガンガン鳴り響いた。


「ぐ、具体的には」

「街案内」

「………え?」

「街案内。お前、ここに住んでるんだろ? だったら出来るよなあ?」




「ここが役場です。最近はクールビズで見た目涼しそうなんですが、節電対策が空調に直撃したそうで、運が悪い時に訪れると死にそうなぐらい暑いです」

「ふうん」



「ここが郵便局です。その隣がスーパーで、結構色モノを扱っている事で有名です。普通のスーパーなら扱ってそうなものは逆に手に入りにくいんですよ。変わってますよね」

「へえ」



「ここが図書館です。ジャンルは文学から医学書、幽霊や妖怪とかまで幅広いんです。今の時期だと勉強に来ている学生でごった返してますね」

「あ、そう」



「ここは街の中心街で、御覧の通りビルとお店ばっかりです。ビルはオフィスばっかりで、もう少し前の時間だとサラリーマンやOLで食事出来る場所が埋まっちゃいます。お昼時にはサラリーマン目当ての屋台も結構来てますね」

「ふうん」



「あそこは住宅街です。こっちの道に行くと民営のプールや小・中学校があります」

「へえ」



「………この公園は市営だそうです。夏祭りも開催されますね。あそこの公民館では地区単位で行事が開かれたりします。」

「あ、そう」



「…………」

「…………」


 この人、聞く気あるの? さっきから返答が、「ふうん」「へえ」「あ、そう」の三通りだけしかないんですが。

 暇つぶしって言ってたけど、本当に暇つぶしなんだなぁとしみじみと実感する。腹は立たないが居心地が悪い。何を話しても反応がパターン化されているというのはこんなに嫌なものなのか。しかも相手が一切気にしていない事が拍車をかけている。

 かといって逃げだせばどんな目に遭うか分かったものではないので街案内は続けられていた。街案内ってこんなに緊張するものなんだっけとハンナはこっそり涙した。


 というか。この街案内という名の暇つぶしはいつまでやればいいんだろう。

 ふと気になって矢岸を見上げて、


「あ?」

「………ナンデモアリマセン」


 相手を刺激しない程の素早さで顔を矢岸側と反対斜め下に背けた。


「きゃっ」


 そんな風によそ見をしていたからか、どん、と人とぶつかってしまった。すみません、と謝った時にはすでに相手はすぐ傍の角へと曲がって見えなくなる。

 ああ、悪い事してしまったな、と思ったが後の祭りである。この時相手を追いかける事を口実にして矢岸から逃げられた可能性があったのだが、ずる賢さから程遠いハンナが気付く事はなかった。

 まあ、それは到底勧められたものではなかったのだが。


「…………、」

「? 矢岸、さん?」


 矢岸の視線が、ひたり、とある一点に向けられていた。

 その視線の先は数メートル先の裏路地で固定されている。


 ―――なに?


 その視線に、その先に、表現できない〝何か〟を感じてしまった。


「………おい、ハンナ・ブース。暇つぶしになった。ありがとな。―――という訳でさっさと帰れ」

「へ、ええ?」

「俺はもう行く。じゃあな」


 言うだけ言って、矢岸はあっという間に遠ざかっていった。その背中は、一瞬で人垣に呑まれて見えなくなる。


 最後まで俺様で自分勝手だった矢岸の背を、最後までハンナは茫然と見ていた。まるで、何かを待っていたように、猛禽の目を垣間見せた男の背を、見えなくなった後も。


 ゆっくりと、数歩後ずさる。


 ここから先は、危険だと判断した為に。これ以上はマズイと、本能が告げた為に。

 夕闇が迫る。

 奇しくもそれは、2日前の黄昏時の再現のようだった。






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