8
遠い昔、僕たちはよく夢を語り合っていた。
マキは、デザイナーになると言っていた。
彼女は、画家になると言っていた。
僕は、ちゃかしてお嫁さんになると言っていたような気がする。
「ねぇ、ケイコって誰?」
朝食を食べながら、昨日の続きのようにナミカがまた答えづらい質問をした。
「どうして?」
「昨日、うなされていたから…」
そう言えば、昨日、夢を見ていた。
実際には彼女の夢を見ない日はない。
もしかしたら、毎晩、うなされてその名前を声に出していたのかもしれない。
一週間目にしてナミカは覚悟して聞いたのだろうか?
僕はできるだけそっけなく答えた。
「12年前に僕が殺した僕の彼女」
「……」
僕はお味噌汁をかき混ぜながら小さなゆらゆら揺れるワカメを箸でつかもうとして失敗した。
「知りたい?」
味噌汁を飲み干し箸をおいてナミカを見つめた。
ナミカの箸はほとんど進んでいない。
「…知りたいけど、知りたくない」
「それを知ってもナミカには何の意味がない。ただ、知らなかった時には戻れない。
他人に対して知らないふりをすることはできるが、自分に対してはそんなことはできない」
「わかってるよ。だから、知りたいけど、知りたくないの」
長い沈黙の中、車が砂利を踏みしめる音がした。
マキの車だ。
ガラス戸が開く音がしてマキが居間に入ってきた。
「おかえり」
そう笑顔で言ったナミカにマキはぎこちない笑顔を向けて、
「ただいま」
と返した。
「あのなぁ、ここはぼくんちだから」
明らかにマキの表情は強張っていた。
「…何かあったの?」
「別に…、それより朝の散歩しましょう!」
突然、言いだした。
「マキさん。朝ごはんは?」
「食べてきたから大丈夫。ナミカちゃんも散歩する?」
ぎこちない笑顔でナミカも誘った。
そのマキの笑顔に何を見たのか…、ナミカも笑顔で返した。
「やだよ」
「…そうよね」
「だって寒いんだもん」
「寒い…からね」